24、悪意と偽りの聖女
会場の空気はまだ華やかで、祝福の声が絶え間なく響いていた。
けれど、私の背筋をひやりとした悪寒が走る。
――コゼットの瞳。
さっきまでと違う、冷たい光が宿っていた。
「ふふ、その表情……やっぱり気づいているのですね?」
天使の微笑みの裏で、手のひらが小さく震えているのが見えた。
その瞬間、私の耳元に冷たい囁きが届く。
「……今日は特別な演出をしてあげる」
黒い光が、コゼットの指先から伸びた。
それは冷気を帯び、鋭く胸を突き破ろうと迫る。
「……っ!」
(やっぱり……コゼットには、何か力がある!)
息を呑む間もなく、胸を圧迫するような重圧に身体が押し潰されそうになる。
けれど――周囲にはその気配は伝わっていない。
人々の笑い声や拍手は続いたまま。誰も、異変に気づいていない。
(倒れちゃダメ……!ここで屈したら――!)
必死に両手を掲げた瞬間、あたたかな金色の光がふわりと広がる。
心臓の奥からこみ上げるように、全身を包み込む優しい輝き。
――パァン!
光が黒い奔流を飲み込み、弾けるような音を立てて弾き飛ばした。
逆流した黒い光は、一直線にコゼットの胸元へ――。
「……っ!?」
コゼットの顔が一瞬驚愕に歪む。
けれど――ほんの一瞬、口元に薄い笑みが浮かんだ。
見間違いではない。苦痛に歪むはずの表情に、確かな愉悦が混じっていた。
次の瞬間、コゼットの身体はぐらりと揺れ、まるで力尽きたように倒れ込んだ。
「コゼット様っ!」
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
「きゃあっ、誰か医師を!」
会場は一気にざわめきに包まれた。
床に横たわるコゼット。
その瞳が、うっすらと涙を滲ませながらこちらを見上げる。
「……お姉様......?」
――その声は、哀れな被害者のそれ。
まるで“何かに襲われて倒れた”かのように見える。
(しまった......!)
これではまるで、私がコゼットを害したかのように映る――!
「ち、違うの、私は――!」
必死に声を絞り出した、その時。
「これはどういうことだ!」
低く鋭い声が響き渡る。
人々を押し分けて現れたのは、第一王子ノクス。
金の瞳が、怒りを帯びて私を射抜いた。
「セレナ嬢、まさか……コゼットに何かをしたのか?」
「ち、違います! 私は――!」
必死に否定しようとした瞬間――。
「セレナ!」
強い声とともに、ノエルが人波をかき分けて飛び込んできた。
私の前に立ち、片腕を広げて庇う。
金の髪が揺れ、鋭い瞳が真っ向からノクス殿下を射抜く。
「殿下。証拠もなく、彼女を疑うのですか?」
「……なに?」
「第一王子ともあろうお方が、ただの推測で責め立てるとは。あまりに軽率ではありませんか」
静かな声。けれどそこには確固たる怒りと信念がこもっていた。
会場の空気が一気に張り詰める。
床に横たわるコゼットは、涙に濡れた瞳で私を見上げる。
その顔は――まるで“何も知らずに巻き込まれた哀れな少女”。
(……違う! 本当は彼女が仕掛けてきたのに!)
心の中で叫んでも、誰にも届かない。
冷たい視線だけが、私に降り注いでいた。
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