23、はじまりのパーティー
「ノクス第一王子と、コゼット・グランディール公爵令嬢のご入場です!」
第一王子とコゼットの婚約記念パーティーが、華やかな音楽とともに幕を開けた。
高らかな声とともに、二人が並んで会場へと足を踏み入れる。
煌びやかな照明を浴びたその姿に、場の空気が一気に華やぐ。
私はノエルの隣でその光景を見つめていた。
周囲からは賞賛や感嘆の声が波のように押し寄せる。
「まぁ……本当にお似合いのお二人!」
「コゼット様の誕生パーティーでのあの神秘的な力……やっぱり特別なものだったのね」
「精霊使いの力だって噂よ。王子殿下にふさわしいわ」
「なんて絵になるお二人かしら」
微笑ましい言葉が飛び交う中、ひそひそと小さな声も混じる。
「それに比べて……ねぇ?」
ちらちらと私のほうへ向けられる視線。
冷たい針のように刺さるそれを、気づかないふりで受け流す。
――わかっている。この前のパーティーでコゼットは賞賛の的にある。
私はただの“平民上がり”。
そう見られていることくらい、痛いほど知っている。
(でも……違う。彼女は偽物だわ)
前のパーティーで、彼女に触れられた時に走ったあの不快な感覚。
あれは偶然なんかじゃない。
それに、私の力を奪っていたという事実。
あの子は――何か“力”を持っている。
何を仕掛けてくるかわからない。警戒心が自然と全身に巡る。
私は心の奥で、そっと決意を固めた。
「……セレナ、大丈夫?」
隣のノエルが心配そうに覗き込む。
その声に思わずはっとして、慌てて笑みを作った。
「えっ……あ、ええ。少しぼんやりしていただけよ」
「……そう。ならいいけど。この前のこともあるし、無理はしないで」
その真剣な眼差しに、わずかに心がほぐれる。
「ありがとう、ノエル」
「うん」
さらりと、当たり前のように私の手を握ってくる。
それだけで、周囲のざわめきが遠のいていく。
鼓動は早まるのに、不思議と安心感が広がった。
(……大丈夫。私にはノエルがいる)
だけど、その安心も束の間。
「アストリッド公爵様、至急お耳に入れたいことがございます」
従者が恭しくノエルに声をかけてきた。
「それで?」とノエルは軽く問い返す。すると、従者は一瞬だけ私を見やり、言い淀む。
「……ここでは少し。お時間をいただけませんでしょうか」
「ふぅん?」
目を細めるノエル。
それでも結局、私へと顔を向けて柔らかく言った。
「ごめん、セレナ。すぐ戻るから」
「大丈夫よ。気をつけて」
「……ありがとう」
そう言い残し、ノエルは従者とともに会場を後にする。
一気に胸の奥がざわめき出した。
背中が遠ざかっていくほど、心細さが募る。
(……大丈夫よね?)
そう自分に言い聞かせたその時。
「お姉様!」
背後から呼びかけられ、はっと振り返る。
「……コゼット」
淡い水色のドレスに身を包んだ妹は、天使のように微笑んでいた。
「今はお一人なんですね?……でも、今日は来てくださって、本当に嬉しいです」
完璧に整った立ち居振る舞い。
その美しい微笑み。
けれどなぜか――私はそこに、言いようのない違和感を覚えた。
思わず顔に出てしまったのかもしれない。
コゼットの笑みが、一瞬だけ冷たく歪んだ気がした。
そして彼女は私に近づき、わざと周囲に聞こえるように柔らかく囁く。
「お姉様、大好きです」
愛らしい声に、周囲から「まぁ……なんて慈悲深い方なの」「ご姉妹の絆が美しいわ」と感嘆の声が広がる。
場の空気は、完全に“妹を慕う天使”を演出する彼女のものになっていた。
その直後、彼女は唇だけを動かし、耳元に冷たく囁いた。
「……お姉様。もしかして――気づいたの?」
ぞくりと背筋に走る悪寒。心臓が凍りつくほどの衝撃。
わずかな沈黙のあと、彼女は小さく息を吐き、何事もなかったかのように笑った。
それは“誰も疑うことのない、完璧な天使の微笑み”。
(ああ......どうして今まで、気が付かなかったのだろう)
彼女の瞳に隠されていた、底知れぬ敵意を。
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