11、違和感の芽生え
アストリッド公爵家で暮らすようになってから、もう数日が経った。
相変わらず精霊使いの力は沈黙したまま。ウンディーネも現れない。
(......また来るって言ってたのに)
そんな中、私の部屋は客間からノエルの部屋の隣へと移されていた。
壁一枚隔てただけの距離。ふと、音や気配まで近くなった気がして――心臓が速くなる。
(……なんだか、もう嫁いだみたい)
そう思うと頬がほんのり熱を帯びた。
ただ、ひとつだけ気になることがある。
着替えや入浴以外の身の回りの世話を、すべてノエルがしてくれるのだ。
……どうして?
公爵家を継ぎ、公務もあるはずなのに。
彼は今もこうして、丁寧に私の髪をとかしている。
ゆっくり、ゆっくりと。まるで壊れ物でも扱うように。
時おり櫛が耳元をかすめ、吐息がふっと触れる。
そのたび胸がくすぐったく、心臓が跳ねた。
とかす手を止めることはないのに、視線だけが髪越しに私の横顔をなぞっている気がする。
(こんなの、おかしい……はずなのに)
心臓の音が、うるさい。
「ねぇ、ノエル。ずっと気になっていたのだけれど、このお屋敷……使用人の数、減らしたの?」
彼はくすっと小さく笑う。
「いや、前と変わってないよ」
「……そうなの?」
「うん。あ、もしかして俺じゃ不満だった?」
「いえ、そういうわけじゃ……!」
慌てて否定すると、ノエルは少し楽しそうに微笑んだ。
その笑みは、どこか子どもっぽくて――でも、少しだけ底が見えない。
「むしろね……足りないくらいなんだ」
「え……?」
意味がわからず瞬く私を見て、彼は少しからかうように笑った。
「ふふ、驚いた顔も可愛い」
(足りない、って……何が?)
再び櫛が髪をすくい上げるたび、胸の奥に小さなざわめきが広がっていく。
「ノエル……本当に、大丈夫なの?」
「……何が?」
「公務もあるのに、私の世話まで……負担じゃないの?」
その問いに、ノエルはわずかに動きを止めた。ほんの一瞬。けれど、沈黙が永く感じられる。
「……セレナのことになると、不思議と疲れないんだよね」
優しく落とされた声。
続く言葉は、もっと静かに、深く。
「だから、君の周りに余計な人間を近づけたくないだけ」
その声はとても穏やかで、やさしくて、怖いくらいに甘い。
(余計な……?)
触れてはいけない何かが、その言葉の奥に潜んでいる気がして、私は何も言えなかった。
でも、嫌な気はしない。
ただ、どこか“見張られている”ような居心地の悪さも、確かにあった。
ブクマ&評価ありがとうございます!
とても励みになります!




