10、じわじわ甘い
ノエルは私にスープを食べさせながら、まるで嬉しくて仕方ないというように微笑んでいる。
その顔を見ていると、胸の鼓動は今でも収まらない。
体は落ち着いたはずなのに、心だけがひとり暴れていた。
けれど――
ふと、コゼットの顔が浮かんだ。
(……彼女は、どうしているのかしら)
「ねえ、ノエル」
「ん?どうしたの?」
「……コゼットは、大丈夫かしら?」
私の問いに、ノエルの手が一瞬、ぴたりと止まった。
たったそれだけで、空気が静かに変わる。
けれど彼はすぐに、何事もなかったかのように微笑んで、再びスプーンを差し出してくる。
「コゼットも無事に目覚めたみたいだよ。大事には至らなかったって」
「……それと、彼女は今、王家によって保護されている」
「えっ……?!」
思わず声が上ずった。王家によって……? なぜ?
「セレナもね、本当は王家で預かるって言われたんだけど……俺が止めた」
「……離れたくなかったから、ね」
不意に落とされた言葉に、胸の奥がひどくかき乱される。
(ノエル……)
口に出そうとしたけれど、名前が喉にひっかかって言葉にならない。
結局、私は静かに首を振って、笑ってみせた。
「……ありがとう」
彼の言葉はまっすぐで、だからこそ眩しかった。
けれど、心の奥に少しだけ引っかかる感情もある。
(どうして、こんなにも……?)
なんというか、前よりも感情が出ているというか......
でも、それよりも先に疑問が口をついた。
「でも……なんで王家は、コゼットを?」
私の問いに、ノエルはわずかに表情を曇らせる。
「……わからない。でも、あのパーティーでの“光”が影響していると思う」
「おそらく……精霊使いの力、かな……」
「セレナも同時に倒れたから、関係があると思われたのかもしれない」
どくん、と心臓が跳ねる。
さっきとは違う理由で、胸の奥がざわつき始めた。
(......王家に、目をつけられている?)
今の私は、力を扱えない。
“本物”と判断されたのは、たぶんコゼット。
彼女がもし、私の力を奪っていたのだとしたら――
(……何をされるか、わからない)
警戒するに越したことはない。
王家の“保護”が、単なる善意とは限らないのだから。
考え込みながら、私は返事をした。
「そう……でも、無事だとわかってよかったわ。ありがとう」
「うん」
しばらく、ふたりの間に沈黙が落ちた。
ノエルはもう一度スプーンを手に取り、楽しげに微笑む。
「じゃあ、続きね?」
そのまま、当然のように私の口元へスプーンを差し出してくる。
(……ま、また!?)
さっきよりもスムーズにスプーンが伸びてくるのに、私はまったく慣れていなかった。
(やっぱり、慣れないわ……!)
胸が熱くなる。
心臓がうるさい。
頬が赤く染まるのが、自分でもはっきりわかった。
ノエルの瞳は相変わらず優しくて、包み込むようで――
けれど、どこか少し怖いほどまっすぐで。
(ノエル……あなたは、どうしてそんなふうに……)
問いかけたい気持ちはあるのに、言葉にならない。
その代わりに、スプーンをそっと受け取った。
口の中に広がる優しい温かさと、彼の視線の熱が、じわじわと胸に満ちていく。
(……甘い)
けれどその甘さは、どこか溶けすぎていて、
まるで気づけば抜け出せなくなる、やわらかな檻のようだった。
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