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【完結済】悪女にされた公爵令嬢、二度目の人生は“彼”が離してくれない  作者: ゆにみ
第一部

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9、波紋の始まり

 ノエルが部屋を出たあと、セレナはひとり、考え込んでいた。


 ウンディーネは「力は戻っている」と言っていたけれど、どうやって使えばいいかまでは教えてくれなかった。



 手に僅かな熱を帯びているような感覚はある。

 とりあえず念を込めてみる。



 ……反応なし。



 

  手を振ってみたり、ぎゅっと握りしめてみたりもした。



 (やっぱり、ダメ……)



 熱だけはあるのに、それ以上はない。

 この力が本物なら、いったいどうすれば使えるの?



 そもそも、何ができるのかさえ分からない。



 (精霊使いって……どんな風に力を使うの?)



 答えのない焦燥が胸を焦がす。

 このままじゃ、何も変えられない。



 あの未来に進みたくないのに。




 途方に暮れているとふと、思い出した。




 (……そういえば、コゼットは目覚めたのかしら)




 コゼットの誕生パーティーで私とコゼットは同時に倒れた。


 あれは、もしかしなくとも精霊の影響なの?



 そう考えていた、その時。



 --"ええ、そうよ!"



 突然、透き通るような高音が耳元で声が響く。



 「え......!?」



 この声は、まさか......

 

 

 そして目の前に現れたのは、透き通るような水の髪、水しぶきのように揺れる衣をまとう少女--ウンディーネだった。




 「さっきぶりね!セレナ!」


 「……あなた出てきていいの?」



 思わず周囲を見回してしまう。人の気配はないけれど、まさかまた堂々と姿を現すなんて。



 「あの時は、仕方なかったのよ!あの女を一刻も早く止めなきゃ行けなかったんだから!」



 ウンディーネは両手を広げ、大げさに肩をすくめて見せた。まるで自分の行動を正当化する子どものように。



 「それに、大勢の前だったじゃない?今は周りに誰もいないから大丈夫よ」



 彼女はくるりと宙に舞い、セレナのすぐ近くまで滑るように寄ってくる。



 「やっぱり……コゼットも倒れたのは、あなたのせいね?」


 セレナが問いかけると、ウンディーネは口元に指を当てて、いたずらっぽく笑った。



 「ふふ、そうね。でも感謝して欲しいくらいだわ!」

 「だってあのままだと、また同じ未来が繰り返されるところだったんだから!」



 「……ありがとう」


 素直にそう言うと、ウンディーネは満足そうに頷く。



 「ところでセレナ!あなた、私の水の力くらいは使えるはずよ?」



 唐突に身を乗り出してきたウンディーネ。セレナは思わずたじろぐ。


 (また急に……!)


 その瞬間だった。



 --コンコン



  扉から控えめなノックの音が響く。


 「!」


 ウンディーネは一瞬目を見開き、すぐに不機嫌そうに舌打ちした。


 「チッ、タイミング悪いわね……またあとで!」


 彼女の姿は水の波紋のようにかすれ、すぐに空気へと溶けて消えていった。



 (……行っちゃった)



 残された水の気配だけが、かすかにセレナの肌を撫でていた。

 まるで、夢から醒めたあとの静寂。


 ふう、と小さく息を吐いたその瞬間――


  


 「セレナ。入ってもいいかな?」


 扉越しに届いた、落ち着いた声。ノエルだった。



 現実に引き戻されるような気配に、セレナは一瞬だけ目を伏せる。

 そして気持ちを切り替えるように顔を上げ、小さく返事をした。


 


 「……どうぞ」


 

 ゆっくりと扉が開く。


 ノエルは、金の髪をさらりと揺らしながら現れた。片手にはトレイ。その上には、湯気の立つスープと、丁寧にカットされた果物が乗っている。

 


 「食欲はどう? 昼食を持ってきたよ」


 

 その言葉に、セレナは一瞬驚く。

 まさか、婚約者である彼がわざわざ食事を運んでくるなんて。


 (使用人に任せればいいのに……)



 もちろん、心配してくれているのだろう。目の前で倒れたのだから。



 「ありがとう。食べられそうよ」

 

 

 スープの香りがふわりと鼻をくすぐる。

 ノエルは「よかった」と柔らかく微笑みながら、トレイをテーブルに置いた。


 その所作は丁寧で、まるで壊れ物でも扱うようだった。


 「じゃあ……」


 彼はそのままスプーンを手に取り、スープを掬って――


 そのまま、こちらに差し出してきた。


 

 「え!?ノエル!?」


 「ん?」


 「ええっと、その……自分で食べられるから……」



 

 混乱が先に立つ。まさか、口元まで運ばれるとは思わなかった。

 だんだんと顔に熱が集まってくるのが、わかった。


 けれどノエルは、どこ吹く風とばかりにスプーンを静かに差し出したまま、目を細める。



 「......食べてくれないの?」


 

 その声が妙に優しく、心に触れてくる。



 (う……ずるいわ……)



 結局、セレナはゆっくりと口を開け、ノエルは満足そうにスプーンを運んできた。


 口の中に優しい温もりが広がる。それと同時に、心臓が早鐘を打ち始めた。



 (ちょ、ちょっと……何この空気……!)



 ノエルの眼差しはやわらかくて、けれどどこか見透かされているようでもあって。

 自分でもどうしていいかわからないくらいに、体の芯が熱くなる。



 (……本当に、回帰前と違いすぎて……)



 この優しさにどう応えればいいのか。

 顔の火照りは冷めず、鼓動のうるささにさえ気づかれるのではと、不安になるほどだった。



 

 これは――ただの看病なの? それとも……


 私の知らない“未来”が、今ここから始まっているの?


 スプーンをそっと口に迎えながら、セレナはわずかに目を伏せた。

 知らない感情が、胸の奥にそっと降りてきていた。

 




 

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