41、この日常が、ずっと続きますように
ルシアン殿下との対峙から、半年が経った。
嵐のような日々が嘘みたいに、今は驚くほど穏やかだ。
ノエルの腕の中にいる時間が増え、
目を閉じれば温かな未来が想像できる。
そんな日常を取り戻した今だからこそ――私は強く思う。
あの日、ルシアン殿下が呟いた言葉は、まだ胸に残っている。
「精霊の加護に縋りつき、自分の足で立つことをやめた国」
あの時は胸が痛かった。
けれど、彼は間違っていないとも思った。
彼の歪んだ救いは多くを傷つけた。
でもその根底にあった想いを、私は――知ってしまった。
私を傷つけたことは許せない。
だけど……彼が守りたかったもの、救おうとしたものは、痛いほど理解できた。
だからこそ、私は変わりたくなった。
彼が諦めかけた未来を、今度こそ“別の形”で叶えたいと思った。
まず私は、医療分野を研究する人々への支援を始めた。
初めはほんの小さな輪だったものが、精霊使いである私が継続して支援を表明すると、研究に携わりたいと名乗り出る者たちが増えていった。
“精霊の加護が弱い時期には病人が増える”。
その当たり前のように思われてきた事実すら、「本当にそうなのか?」と疑い、データを集め、検証しようとする者たち。
新たな治療法を見つけようと、薬の研究を始める者たち。
……ああ、殿下が言っていた“自分の足で立つ国”って、こういう景色なのかもしれない。
さらに私は、作物の研究にも資金をまわした。
この国の農業は、精霊の加護の強弱に大きく左右される。
恵まれた年は豊穣でも、加護が弱まれば飢えが訪れる。
けれど古い文献にはこう書かれていた。
“作物は、気候や土、気温に左右される――精霊以外にも、確かな理がある”
私はその言葉に衝撃を受けた。
それはまるで、
「精霊に頼らなくても、人は自力で育てられる未来がある」と語りかけてくるようで。
だから、私は決断した。
研究機関を建てた。
農業、医療、そして未来を担う学問を支えるための施設。
私自身が研究をするわけではないけれど――
私の支援が、人々が立ち上がるきっかけになればいい。
それが、ルシアン殿下の願った“自分の足で歩く国”への一歩になるのなら。
そしてなにより――
この国に生きるすべての人のために、私は力を使いたい。
それが、私が選んだ未来。
ノエルと共に歩むこの国を、守るために。
人は、自分で歩く勇気さえあれば、未来を変えられる。
そんな中、ルシアン殿下の国外追放の詳細が正式に伝えられた。
聞いた瞬間、胸の奥が少し痛んだ。これが彼の結末なのだと思うと。
コゼットを操り、黒魔法を使わせた罪。
そして、私への殺害未遂。
本来なら死罪のはずの黒魔法使用の罪が伏せられていた。
浄化したのは、私だけど。
それにルシアン殿下はコゼットを唆しただけのはず……
(もしかして……ノクス殿下のために罪を被った?)
でも王族たちの間で決めたことなら......私は何も言わない。
それが彼らの“選んだ答え”なのだから。
そして、もうひとつの大きな知らせ。
――コゼットが、再びノクス殿下の婚約者に戻った。
最初は反対する声もあった。
処刑を偽装し、密かに幽閉していた事実が明るみになったのだから。
でも日が経つにつれて、
“それでも彼女を見捨てなかった殿下の想い”
“罪を償い、やり直そうとするコゼットの姿勢”
そういった物語が民の心を溶かしていった。
気づけば、二人の愛は祝福される空気に変わっていた。
(……本当に、よく考えたわね)
噂の真偽はともかくとして、この結末はノクス殿下にとって救いだったはずだ。
そんなことを考えていると、執務室の扉がノックされた。
「セレナ、コゼットから手紙がきてる」
ノエルの声に胸が一瞬だけ強く締めつけられる。
封を切ると、丁寧な文字が並んでいた。
謝罪。
反省。
そして――「会いたい」という言葉。
その文字を見た瞬間、手が少し震えた。
もう会わないと、思っていたはずなのに......でも。
「……会わないわ」
即答だった。
どれだけ反省しようと、私が傷つけられた事実は消えない。
許すことはできない。
だけど、ふと浮かぶ。
あの頃の優しい笑顔。
春の日差しみたいに暖かかった、あの子の記憶。
「でも……時間が、解決してくれるかもしれない」
いつか、笑って会える日が来るのかもしれない。
「そっか。そうだね」
ノエルは私の隣で、いつものように穏やかに笑った。
窓から差し込む光が、ゆっくりと部屋を満たしていく。
こんなふうに、ノエルと並んで穏やかにお茶を飲む時間がある。
世界に平穏が戻り、失われたものを拾い直し、未来へ歩くための小さな種が蒔かれている。
――この日常が、ずっと続きますように。
次回、最終話です!




