40、もう一度夢をみてもいいのだろうか(sideノクス)
ルシアンが黒に手を染めていた――。
兄である俺は、それにすら気付けなかった。胸の奥に、鈍い痛みが残っている。
王宮の謁見室。
父へ事のすべてを報告し終えた後、静寂が落ちた。
「極刑は免れないだろう。だが、お前はどうしたい?」
父の言葉は、俺の胸をひりつかせた。
“王”ではなく、“父親”として問われているように感じて。
「ルシアンの黒魔法はアストリッド公爵夫人により浄化されています。状況も状況でしたし……王族という立場も考慮すれば……国外追放が妥当かと」
「法律を曲げることになるが?」
「……はい。法律と状況など色々総合的に判断をした結果です」
そう答えると、父はふと笑った。
「そんなに肩に力を入れるな。ルシアンの母を救えなかったのは私の責任でもある。それに――あの頭脳は捨てるには惜しい」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。
「ありがとうございます」
父は姿勢を変えると、別の刃をゆっくり抜くように言った。
「して、ノクスよ。……コゼット嬢の扱いはどうする?」
心臓が一度、止まった。
(……気づいていたのか)
処刑を偽装し、秘密裏に幽閉していたこと。
父はとうに見抜いていたらしい。
「私が気が付かぬとも思ったか? 中々新しい婚約者も見つけようともせぬし……な。だが、聞きたいのは謝罪ではない。どうしたいかだ」
「それは……」
本音を言えば、もう一度――
彼女と肩を並べて歩きたい。
だが彼女は罪を犯した。
ルシアンに唆されたとはいえ、事実は変わらない。
「ルシアンに責任を被せることも、できるのだぞ?」
「ですが、黒への接触は彼女自身の選択です。それを偽るわけには……」
父は満足げに目を細めた。
「ふむ……さすが王太子よ。だがな――どう思う?ルシアンよ」
謁見室の扉が開いた。
「ルシアン……!」
牢にいるはずの弟が、姿を現した。
「私が呼んだ。一度、三人で話したかったのでな」
父の言葉のあと、ルシアンは前を向き、はっきりと言った。
「俺が……コゼット嬢を唆し操ったことにします」
「……それはダメだ」
「償いくらいさせてよ、兄上。唆したのは事実だし……。それに、さっきの話を聞いてたよ。俺の命を救ってくれたんだ。これくらい、させて」
その声音は、どこか清々しかった。
まるで、ようやく呪縛から自由になったかのように。
父はゆっくり立ち上がり、決定を告げた。
「決まりだ。ルシアンは国外追放。コゼット嬢は哀れな被害者として処理する」
「父上……!」
「いいのだ。私が決めたことだ。責任は私にある」
そう言った父は、王としてではなく――
一人の“家長”として、俺たちを守るような表情をしていた。
もう一度……夢を見てもいいのだろうか。
彼女の隣で再び歩くことを。
コゼットとノクス殿下の物語については、番外編で書く予定です。
残り2話です。




