39、俺の愛しい人(sideノエル)
屋敷に戻った。
隣には――俺のすべてであるセレナがいる。
ただ歩いているだけなのに、胸の奥がじんと熱くなる。
数時間前まで、俺は“暗闇に沈んでいた”。
心臓の音も、身体の重さも、遠ざかっていく感覚だけが残っていた。
――その中で、唯一はっきり届いたのがセレナの声だった。
「私たちの未来のために……私は、何だってするから」
暗い底で迷っていた俺の元に、彼女の声が確かに響いていた。
同時に、彼女がルシアン殿下の元へ向かうことも理解できた。
止めたかった。
でも、それ以上に――セレナを信じていた。
......それでも。
また失うかもしれない恐怖は、内側で暴れ続けていた。
もしまたセレナが消えてしまったら――俺の世界は崩れ落ちる。
今度こそ、生きてはいけない。
(……戻りたい。セレナのところへ……)
その一心が、沈んでいた身体に光を差した。
ゆっくりと瞼が上がる。
その瞬間、胸の奥が破裂しそうになった
「セレナ……!」
名前を呼んだだけで、全身に血が巡り返っていくようだった。
すぐさま起き上がり、セレナの居場所を確認した。
やっぱり行き先は王宮だった。
そのあとはもう、必死だった。身体は勝手に動いていた。
(待ってて、俺もすぐ行くから......!)
王宮に着いた時、ノクス殿下と出会った。
「公爵……目を覚ましたのだな」
「ご心配をおかけしました」
その直後、扉の隙間から見えた光景で、呼吸が止まった。
短剣を手にした、ルシアン殿下。
壁際まで追いつめられた、セレナ。
あの瞬間、一気に血の気が引いた。
(セレナは、絶対に失わせない……!)
――守る。絶対に。
何が起きても、二度と奪わせない......!
その恐怖が、俺の足を狂ったように走らせた。
気がつけば、セレナを抱き寄せていた。
刃を弾き飛ばし、彼女の温もりを確かめて――ようやく、息ができた。
そして、今に至る。
こうして彼女が隣にいてくれる。
それだけで、この世界は救われたのだとさえ思える。
屋敷へ踏み込んだ瞬間、抑えていたものが溢れ出す。
「ねぇ、セレナ……もう離さないから」
彼女は少し驚いてから、柔らかく微笑む。
「私もよ、ノエル……」
その声が、俺の最後の理性を甘く溶かしていく。
「そんな……可愛い顔して。ねえ、セレナ……」
そっと彼女の頬に触れる。
その鼓動、その呼吸、その熱。どれもまるごと俺のものだと確かめるように。
愛しくて堪らない。
「この後……わかってるよね?」
セレナの頬が一気に染まる。
唇を震わせ、俺の名を呼びかけようとして――言えずに俯いた。
(ああ――俺の、愛しい人)
その時、ふと王宮でのあの場面を思い出す。
ルシアン殿下を救うために、抱きしめに向かったセレナ。
救うためと理解していても、思い出すだけで、胸の奥がざわつく。
……二度とあんな場面は、見たくない。
何はともあれ、今この瞬間に、セレナは隣にいる。
この手を二度と離さない。
どんな闇が来ても、必ず守る。
だから――今夜は、彼女が「生きている」証を、何度でも確かめたい。
次回は、ノクス殿下視点です!




