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【完結済】悪女にされた公爵令嬢、二度目の人生は“彼”が離してくれない  作者: ゆにみ
第二部

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36、力では、君は――僕に、勝てない

 ――精霊がこの国を殺す。

 その言葉を聞いた瞬間、思わず息を呑んだ。


 ルシアン殿下の声が、静かに胸に響いていく。

 私の常識を、まるで指先でなぞるように崩していく。


 精霊は国を守るもの。

 加護が弱まれば国は危機に晒される。

 私は、生まれた時からそれが当たり前だと思っていた。


 幼いころから、人々にとって精霊は空気のような存在で。

 いない世界なんて想像すらしたことがない。


 ――でも。


 殿下の言葉も、わかってしまうのだ。


 「精霊の加護に縋りつき、自分の足で立つことをやめた国」


 その言葉が頭の中で響き続け、いままで信じていた世界がぐらりと揺らぐ。

 

 私が黙り込むと、殿下が小さく首を傾げた。



 「……どうしたの? 黙り込んじゃって」


 「……いえ。ただ……否定しきれなくて」



 その言葉を口にした瞬間、殿下の瞳が驚くほど大きく開かれた。


 「へぇ……理解してもらえたのか。ふふ......この国も捨てたものじゃないね」



 嬉しそうに笑う殿下。

 その笑顔の奥に、深い闇がある。

 覗き込んだら最後、二度と戻れないような。


 だからこそ、背筋がざわりと震えた。



 「じゃあさ......国のために――死んでくれるよね?」



 あまりに自然に、残酷が口をついて出た。

 胸元から取り出されたのは、刃が鈍く光る――短剣。



 「っ……!」


 喉がひりつく。

 全身の血が、一瞬で冷えていく。



 「ですが……その結論は……間違っています」



 震える声をどうにか紡ぐと、殿下はきょとんとした顔で首を傾げた。



 「え? どうして? 精霊がいらないなら、精霊使いも消えるべきだよ。ねえ、夫人?」



 一歩、また一歩。

 獲物を弄ぶ獣のように、距離が縮まる。

 私の背が壁に触れた瞬間、殿下が囁くように言った。


 「あ、黒魔法は使わないよ。あれは不意打ちだから成功しただけだし。……でもね、夫人」


 ぴたりと殿下の足が止まる。

 影が重なり、呼吸が触れ合うほどの距離。


 「力では、君は――僕に、勝てない」



 次の瞬間、背中が硬い壁に叩きつけられた。

 逃げ道は消えた。

 喉元に触れた刃が、ひやりと皮膚を凍らせる。



 (まずい――!)



 構えるより早く、手首を押さえられた。

 殿下の指は細いのに、鉄のように強い。



 「......終わりだよ」



 刃がゆっくりと掲げられた――その時。




 「……セレナッ!!」



 部屋を裂くような怒声。

 瞬間、強い腕に引き寄せられ、殿下の手から短剣が弾かれた。


 「なっ――!?」


 床に刃が転がる金属音。

 驚いて顔を上げると、そこには――


 金髪の、愛しい彼。

 ノエルが剣を構え、息を荒げながら立っていた。

 


 「ノエル......!」



 「遅くなって、ごめんね」



  殿下が困惑した目でノエルを見た。



 「……なぜ、生きているんだ? 呪いは解けたのだろう......?」



 ノエルは静かに答える。



 「ええ、呪いは解けました。一度、俺は――死にましたから」


 「……は?」



 殿下の表情がねじれた。

 理解が追いつかないような表情。

 しゃがみ込み、頭を抱えていた。


 私はノエルの横を通り、殿下へと歩み寄った。



 「セレナ!?」



 ノエルが止めようとするが、私の顔を見て手を下ろす。



 (この人を……放って置けない)



 私は、殿下に恐ろしいことをされた。

 到底許すことはできない。


 だけど、それなのに――今この人を、見捨てたら、私は絶対に後悔する。


 殿下は、ただ、救いたかっただけなのでは、そう思えたから。

価値観のゆらぎ……

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