幕間「時戻りの腕輪」
ヴァルディア王国の一室に、漆黒の髪と金の双眸を持つ青年が静かに佇んでいた。
この国の第一王子──ノクス・ヴァルディアである。
彼は先日の出来事を反芻していた。
コゼット・グランディール。
彼女の誕生パーティーで放たれた、青い光。
──あれは、精霊使いの力。
王家にとって、その稀有な力は“保護”の対象。
いずれ彼女とは、政略的に婚約することになるだろう。
だが、問題はその後だった。
パーティーで倒れて以来、彼女はまだ目覚めていない。
覚醒の代償か。それとも別の何かか。
現在は王宮にて治療と監視を受けている。
そしてもう一人──義姉、セレナ・グランディール。
同時に倒れた彼女も、無関係ではないはずだ。
本来なら彼女も王家で保護すべきだった。
だが、ノエル・アストリッド公爵によって、その申し出は退けられた。
……とはいえ、優先すべきはコゼット嬢の方だ。
精霊使いであるならば尚更。
ノクスが思案を巡らせていると、突然廊下から足音が駆け込んできた。
緊迫した気配をまとい、側近が扉を叩き開く。
「ーー殿下!大変です!」
ノクスは眉をひそめた。
「どうした?」
「"時戻りの腕輪"に、使用された痕跡が見つかりました!!」
ノクスの金の瞳が鋭く光る。
「……何?」
「殿下。他の王族の記憶にも痕跡はありません。……殿下ご自身は?」
「……ない」
「で、殿下......それはつまり──」
「王族以外の者が、腕輪を使った……ということだな」
重たい沈黙が落ちる。
ノクスはゆっくりと立ち上がり、冷ややかな声で命じた。
「痕跡をすべて洗い出せ。必ずだ」
”時戻りの腕輪”――
それは王家にのみ許された、ただ一度きりの聖遺物。
未来を覆し、運命を書き換える代償として、絶対の禁忌が課されている。
「王族以外が使用したとあれば、その行為は王家の法において──死罪に値する」
重く響く宣告のあと、ノクスは静かに目を伏せた。
使用者には回帰前の記憶が残ると言われている。
王族に記憶のあるものは、誰もいない。
つまり──
(王国の切り札が、外部の人間によって使われた……?)
(許されるはずがない)
その金の瞳が、ゆっくりと闇を見据えるように細められる。
――必ず、突き止める。
この手で。王族の名にかけて。




