最終交渉
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鉄道国有化の関連法案(後世では鉄道三法と呼ぶ)が成立すると、主に逓信省周りが忙しくし始めた。というのも官営の鉄道事業は逓信省内局の鉄道局(監督)と外局の鉄道作業局(運行管理)とがあったが、役所仕事の常として仕事が遅く鉄道事業に支障をきたしている。国鉄の発足にあたってはここを改善することも目的としていた。
ひとまず内閣の下に鉄道関係の部局を移管。同時に内局と外局に分かれていたものを統一して鉄道局とした。ここで従来の鉄道事業を行うとともに、買収された会社からの引き継ぎ事務も行う。
国鉄の組織も史実とは異なる。史実では日本全国の路線を管理する巨大企業であったが、現世では鉄道院やJRに近い体制をとった。つまり北海道、東日本(東北本線)、中日本(東海道線)、西日本(山陽本線)、九州の支社と貨物との六社を傘下に持つグループを形成。国鉄本社は国と地方との調整、鉄道敷設法に規定された路線をどう建設するかの計画の策定にあたる。ダイヤについては会社を跨がる長距離列車を決め、各社はそれに基づいてダイヤを決めるという流れだ。
「確実に予算の配分なんかで揉めるだろうが、それは議会の役目だ」
議論や運動は議会で。その決定については実行機関が粛々と実施する。各種のインフラについては政党のみならず省庁へも各地から陳情が行われていた。官僚たちは優越感を得られる一方、地味に仕事の邪魔にもなっていた。その煩わしさからはかなり解放されるだろう。
ただこれは逓信省の仕事――言い換えれば権限を縮小するものではないかと反発もあった。一面においてはその指摘も正しいが、別の面から見れば外れだ。たしかに企業となって逓信省の手から離れることになる。しかし、当面は新線建設について国の統制下に置かれることになっていた。それを主導するのは専ら逓信省であり、国鉄は彼らの外郭団体と言ってもいい。
「そこに民間からも大量の金が入ってくるのだ。大蔵省を口説くよりは楽だと思うが?」
そんなカラクリを口にすると官僚たちは目をキラキラさせていた。財政学の上では要求対査定――すなわち一般省庁対大蔵省(財務省)において、原則として査定側は勝てないということが言われている。だが予算をぶん取る過程はかなり大変。それが鉄道に関してはほぼなくなるのだからそんな表情もしようというもの。
国鉄の社長には後藤新平が内定していた。児玉源太郎が台湾総督をやっていたとき、彼の招きで台湾に渡り辣腕を振るった。それを評価されての選定である。人事は桂たちが決めた。……個人的にはこの人事には反対だ。後藤は金に汚い桂系の星亨みたいな人物。半数は民間資本が入るとはいえ、そんな人間にやらせるのはどうかと。
だが、後藤でいいと思うところもある。彼はパワフルだ。こうと決めたことは押し通すだけのバイタリティがある。とかく利権が絡む鉄道事業の実行者としては適任であろう。実に痛し痒しという状況であった。
ともあれ政府と政友会との間に溝を作り出していた鉄道政策は落ち着きを見せる。だがこれだけでは関係修復には至らないからと、政府は政友会にもうひとつ飴を与えた。不要論が唱えられていた郡制廃止である。
明治日本では町村-郡市-道府県-国という行政単位が設けられていたが、郡は行政事務の煩雑化を招いているとの批判を設立当初から受けていた。そのため民党からは盛んに廃止論が唱えられる。対する官僚派は廃止に反対した。理由は私が創ったものだから。
実に下らない。だから桂に言ってやった。丁度いい機会だから郡制も廃止しよう。それを手土産に政友会との関係を修復するといい、と。
「よ、よろしいのですか?」
「構わない」
桂は戸惑っていたがやれと言った。私は神でも仏でもないただの人だ。間違えることだってある。この国をよくしようとプライドを持って仕事をしているが、やってきたこと全てが正しいとは思わない。将来の知識から最善策を打っても、この時代の空気からしたらそれは最善ではないこともある。
こと郡制についていえば、将来的にはインフラの発達などで不要になることはわかっていた。ただ、江戸時代に星の数ほどあった村落をまとめるにあたり、一定のまとまりは必要と思い敢えて創ったもの。地方にあって生活をする人間が「要らない」と言うのならそれも時代の要請であり、廃止することに躊躇いはなかった。
私が首を縦に振ったことで衆議院では全会一致、貴族院でも賛成多数で郡制廃止が決定。ただ廃止については事務処理などもあり猶予期間を設け、最終期限までに廃止されればそれでよしということにした。
このように政府が融和的な姿勢を示したことで政友会の態度もかなり軟化。再び磐石の提携関係が戻ってきた。かくして国内情勢を安定化させた桂内閣は外に目を向ける。その瞳に映るのはロシアだ。
満州と朝鮮をめぐる日露交渉は暗礁に乗り上げていた。従来の交渉で棚上げされていた朝鮮問題をいよいよ解決せねばならなくなり、両者ともが対立している。
日本からすれば進出先と目していた満州を譲ったにもかかわらず、日清戦争で勢力圏に取り込んだ朝鮮にまでロシアの手が伸びてきたのは面白くない。しかも満州にはロシア陸軍が跋扈し、旅順には日本と同等の性能を持つ戦艦や装甲艦を要するロシア太平洋艦隊がいた。これらは日毎に増強されつつあり、パワーバランスの観点から果てしない軍備増強に迫られている。
危機感を高めている日本側に対して、ロシアのそれは随分と暢気なものだ。この時代の一般常識として白人は優秀な種族。有色人種が敵うはずもないと考えられている。ロシアにおいては誰ひとりとして――それこそ非戦派のウィッテでさえ――日本に負けるなんて夢にも思っていない。だからこそ彼らはとても強気でほとんど譲歩しなかった。
となるとこれまた常識として、日本側のオプションに「実力行使」が追加されるのは不思議なことではない。話合いで決着がつかないなら拳で。現代と違って銃の引き金は割と軽い。軍人はもちろん世論も、その大半が正義は我にありとして盛んに開戦を叫んでいた。政府も雰囲気にあてられたか流されたか開戦論がチラつくのだが、一部が待ったをかけていた。
「交渉で解決できないか?」
そう言うのは天皇その人。ロシアは列強のなかでも後進国であり、日本が開国した頃は欧米列強のなかでも比較的好意的な国だった。過去の関係に加えてより現実的な問題として、日本がロシアに勝てるのかという問題がある。
ロシアは世界を席巻する白人国家のひとつで世界最強とも目される陸軍国家。人口、資源のいずれもロシアが有利だ。唯一の強みは海軍力だが、戦争の基本計画が満州に乗り込んでいっての陸戦。相手の土俵で戦うわけだから不安に思うのも仕方がない。
最近は私自身忙しく、あまり天皇に拝謁する機会がない。多忙さを慮ってからお召しも前よりは減った。とはいえ数少ないお召しや帰国などの報告の機会に、ロシアと戦わずに済まないかと訊ねられていた。また、やむを得ず開戦に至っても勝つ見込みはあるのかとも。
「陛下。桂以下の閣員はロシアと事態打開のための平和的な交渉に誠心誠意、努めております。これにかの国がどう応じるか。すべてはそこにかかっています」
これまでの日露交渉においてもパワーバランスから日本側が妥協してきていたが、その分をロシアがぐいぐい詰めてくるので瀬戸際に追い込まれているというのが実情だった。
日清戦争の主な目的は朝鮮の独立。あわよくば日本の影響下にあるといいが、最低限かの国が独立国として存在していれば日本に直接の危険が及ぶことは少ない。ところが現実は違う。ロシアの影響力が徐々に高まっていた。
日本はこの流れを止めるべくロシアを朝鮮と清国から駆逐することを考える……が、現実の力関係からしてそんなことは無理。交渉をしようにもあちらが強く出れば引き下がらざるを得ない。日本には力がないからだ。仕方がないので問題を一時棚上げし、交渉できるだけの力を蓄えることにした。日英同盟の締結、国力の限界ギリギリといえる大軍拡はその表れだ。
ただ時間とともに情勢も変わる。大きいのはやはり北清事変だ。これにより満州は完全にロシアの影響下に入り、朝鮮北部にもそれは及びつつある。清国などを動かして満州から撤退するという約束を取りつけたが、履行されていないことは再三述べた通り。加えてロシアの心臓部といえる欧州側から伸びるシベリア鉄道も完成しつつある。
「残念ながら時間はロシアの味方です」
国家としてのポテンシャルは間違いなくロシアの方が上。日本は国力の大半を注ぎ込んで極東においてどうにか軍事的優勢を確保した。しかし、シベリア鉄道が完成すればその均衡は崩れ去る。欧州方面から物資が大量に運ばれて日本軍を圧殺するだろう。
「となれば、日本としてはこの問題について何らかの根本的な解決策を講じる必要があります」
「それがロシアとの戦か」
「孫子が説くようにそうならないことが上策ではありますが、窮鼠になる前に動かなければなりません」
プレ世界大戦とも評される日露戦争はなるほど総力戦に近しいものがあった。日本の全てを注ぎ込んだ大戦争。それが日露戦争である。
「しかし戦となれば民が戦地に出ることになる……」
「臣民を慮る陛下の御心には感服いたします。ただ、非戦が却って民を苦しめることにもなるのです」
「……どういうことだ?」
怪訝な顔をする天皇。戦争しないことが民を苦しめるとはどういうことなのか、私は国際政治学の側面から解説した。
この時代、各国は勢力均衡を旨としている。相手が百の軍事力を持ったらこちらも百の軍事力を持つようにするというものだ。だが、相手が百を持っているのにこっちが五十しかなければ食いものにされてしまう。これが勢力均衡の危険性である。
国家が持ちうる軍事力は国力に比例するが、日本とロシアで比較したとき国力が上なのはロシアだ。勢力均衡による平和維持を図ると国の全てを軍事に注ぎ込んだとしてもなお足りない。当然、民には重い税金が課せられ苦しませることになる。今でも税負担はかなりのものだし、増税に伴う政治的なコストも高い。強行すれば激しい反発、幕末を彷彿とさせる社会不安に陥る可能性もあった。
「ままならないものだな」
苦々しい表情の天皇。私もそう思うと頷く。
主戦派の私だが、別に戦争をしたくてそう言っているわけではない。戦争に行ったら死ぬ可能性もあるのだから。だが、現代ならいざ知らず、近代の環境からして非戦を貫くのはすなわち国家的な死を意味する。譲る一方では強く出ればこちらが従うという印象を与えてさながらATMと化す。文句を言おうにも相応の実力を持っていなければならず、非戦を貫くと先に述べたような永遠の軍拡競争。いずれ限界がやってくる――というか今まさに限界を迎えつつあった。
「周りでそういう声(開戦論)が多いのも山縣の説明で理解した。それでその限界はいつになる?」
「今すぐに……と申し上げたいところですが、それは陛下も本意ではないでしょう」
「もちろんだ」
「ですので精一杯引き伸ばしたとして、今年の冬までですね」
その根拠はと訊ねられたので、制海権の問題だと伝えた。日本は戦艦八隻を中核とする艦隊整備に着手したが、ロシアもこれに対抗して海軍を増強する。旅順にはツェサーレヴィチをはじめとする戦艦六隻が配備され、ロシア本国には戦艦を含む艦隊がいた。なおもボロジノ級戦艦五隻も建造中で、これが完成すれば日本の戦艦八隻を上回ることになる。就役は今年の暮れから来年と見られており、これらが回航されて来る前に旅順艦隊を消したい。さもなくば通商路が脅かされ大陸に兵力を展開できなくなる。
「ではあと一度か……」
考えさせてくれと言うのでその場を辞した。あれからしばらく音沙汰なくどうなったのか気になっていたところ、唐突に御前会議が開かれる。そこに出席するよう求められた。議題は何なのだろう? 隠居状態の大久保まで召し出されていることからよほどの重大事。対露交渉についてだと当たりをつける。挨拶をした大久保たちも同意見のようだ。
「現下の情勢に鑑み、露国に対して断固たる処置をとるべきだと考えます」
議題の予想は当たっていた。対露交渉について、桂は政府の立場からロシアに対する断固たる処置――すなわち戦争をすべきと意見。私たち元老もこれに賛成した。俊輔たち非戦派もロシアが日本側の提案(満韓交換論)に見向きもしないので絶望したらしい。
「……わかった」
天皇は小さく頷く。では!? と色めき立つ桂をただし、と制した。
「今一度、ロシアに対して従来方針の下で提案せよ。その回答が満足いくものであれば交渉を継続するのだ」
戦争という最終手段に出る前提なので、これまでにない強い態度で提案しろとのこと。実力行使をも仄めかす。ロシアに少しでも平和的に事を済ませようという考えがあるのならば、こちらの言い分を拒否はしないだろうと。
軍の準備もあるので回答期限は年末に設定。翌年の一月に回答を精査し、事態が好転しなければ二月某日に開戦ということに決まる。会議後、天皇から元老たちは残るように言われた。
「そなたたちにはこれからのことについて万全を期してもらいたい」
元老はそれぞれの経歴や人脈などから専門分野みたいなものを持っている。私でいえば軍事と内務、俊輔や大久保は政治全般、松方や井上は財政といった具合に。それらについて必要ならサポートするように言われる。
「大久保。そなたも遠慮はするなよ」
後進に道を譲るとして表舞台には滅多に姿を見せない。そんな彼に天皇は表に出ろ、と釘を刺した。大久保は苦笑して、
「はっ。この老骨、最後のご奉公と心得ます」
と応じる。縁起の悪いことを言うなと怒られたが大久保は呵々と笑っていた。
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