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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日


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鉄道国有化

 






 ――――――




 北京滞在中に袁世凱と何度となく会談した。軍務大臣として日本軍の建設に関与し、内務大臣として日本の地方政治体制の整備にあたった。その経験から今後の方針を助言した。時には前世の知識から中国史の故事を交えつつ説明。彼は何度も頷いていた。現地の人間からは袁世凱の顧問だとか言われている。


 日清両国が秘密裏に共同している満州における諜報活動についても感謝を伝えるとともに、今後もよろしくと。袁世凱は快く応じてくれた。満州の解放を建前にしているので協力はしてくれる。失敗を知っているからこそ満州は領土的に手を出さない。イギリス式に経済圏として取り込むつもりだった。


 北京への寄り道は想像以上に有意義なものになり、結果に満足しつつ帰国する。だがその満足感は帰国した瞬間に吹き飛んだ。いつまでもおんぶに抱っこではいけない、と政治は桂以下、派閥の人間に丸投げして外遊していた。さてさて上手くやっているかなと思っていたら、桂と原からそれぞれ別ルートで泣きつかれる。


 一方は政府、もう一方は政友会と所属している組織が違うので微妙に違いはあれど、言いたいことは同じだった。あいつ(政府、政友会)を何とかしてください、というのである。


 私の第二次内閣のときは政友会と蜜月関係を築いていたが、続く井上内閣では財政政策をめぐって政府と議会が対立。内閣交代の引き金となる。桂にバトンパスしたのは生まれた溝を修復するという意図もあった。事実上、私の後継者であるから山縣二次内閣の再現を狙ったのである。


 しかし、その目論見は外れた。船出の時点からして桂は大隈たち非政友勢力に接近していたところ、議会運営を円滑にするためとして多数派である政友会と提携させた。


 この時点で既に隙間風が吹いていたが、さらに米国での債券募集に失敗して新年度予算があわや不成立というような状況に陥る。幸い、不足分は各省が予算を見直したことで補い予算は成立した。議会からはこのドタバタに対して苦言が呈される。当然といえば当然だが、政府としては面白くない。俊輔や原が政府批判は程々にと注意してくれたのでそれ以上は追及されなかったものの、溝は確実に深まったといえる。


 そしてこの微妙な関係を決定的に動揺させたのが地租増徴問題であった。地租増徴問題は松方内閣、伊藤内閣、大隈内閣を吹っ飛ばした難題で、私の第二次内閣のときに期限を切ることで議会を説得して成立させた。その期限が来てしまったのである。政府は更なる軍備増強のためにその継続を主張するが、議会は打ち切りを主張して対立した。


 タイミングの悪いことに、この問題が浮上する直前に選挙があった。議員のなかには選挙公約として期限を迎える地租増徴の打ち切りを訴えて当選した者も多い。そうした議員は有権者を裏切れない、と党を突き上げた。幹部たちもその動きを抑えきれず、予算委員長になっていた原敬もやむなく地租増徴を否決する。


 史実では年末に停会の後に解散となるのだがそうはならなかった。桂は政友会と提携せよという私の申し送りがあるし、政友会も俊輔と原が押し留めていたので破局には至っていない。こちらも私が桂内閣をよろしく、と頼んでいたからだ。


 私も間に入り、政府と政友会の間で妥協に持ち込んだ。地租増徴分の主な充当先である海軍拡張費は維持して鉄道建設費から支弁。財源を失った鉄道建設費は既に実施している事業は公債を宛て、その他は一旦凍結する。来年度までに委員会で討議されている鉄道国有法を成立させ、鉄道事業による利益と一部国庫からの繰入金を鉄道建設費にすることにした。


 色々と条件はつけたが、結局は政府側が折れて地租増徴は打ち切りとなる。桂たち一部は解散すべきと主張したが、


「勝算はあるのか?」


 というひと言で黙った。任期満了ならいざ知らず、解散して勝算のない戦いに挑むのは愚か者のすることだ。己の思想信条に殉じるのはなるほど理想だが、現実はシュミレーションゲームのように自分の思い通りにはいかない。眼前の現実に即して柔軟に対応することが為政者に求められる能力だ。


 とにかく私の仲介で両者の仲は取り持ったかに思えたが、私の帰国に前後して再び問題が生じる。地租増徴継続問題で対立した際、妥協案に鉄道国有法が盛り込まれた。この内容について政府と政友会で意見が割れているのだ。


 政府は十七の私鉄買収を企図しているのに対して、政友会はさらに十五社の買収を主張。政府は政友会案を「財政を無視した無謀策」と批判し、反対に政友会は政府を「民情を無視している」と批判した。対立の収拾がつかず、両者とも私に調停を依頼してきたのである。


 着地点は既に見えている気がするのだが、一応、両者の言い分を聞いてみることにした。まずは政府から。


「主に海軍費を捻出する観点から徒に財政を膨張させるべきではありません」


 地租増徴が打ち切られて財政的にはかなり苦しい。鉄道国有化となれば財源は公債に頼ることになるが、それも見越して財政にはある程度の余裕を持たせておきたい。そのために買収する路線はなるべく減らしたい、というのが彼らの主張だった。


 対する政友会はというと、


「二十六、七年戦役(日清戦争)の後、不況局面に入ること二度。各社とも疲弊しております。物流を円滑にするのみならず、これらを救済する上でもより積極的な買収が必要だと考えます」


 とのことだった。また政府が問題視している財政面についてだが、国有化に際して鉄道事業費は特別会計になる。とりあえず初回の買収さえやってしまえば、それらを担保に外債を募ることで資金は確保できるとの話だ。


 ……政府が鉄道を国有化するのはロシアとの戦争になった際、必要となる莫大な戦費を外債で集めるための担保にするため。国有化に必要な資金を賄う債券の担保にするわけにはいかないのだ。


「それは承知していますが……」


 鉄道国有化を軌道に乗せたのも私の内閣のとき。原も閣僚として参加し、政府が検討する対露戦計画については軍機に関することを除きほとんど知っている。だが中堅以下の党員はんなこと関係ない、と積極財政を主張しているそうだ。


 現実的な政策を打つ俊輔や原はそれらの統制に苦労し、時に制御しきれないこともあった。原は新参者という遠慮から彼らと迎合して見せることもあったが、俊輔は私や桂との情誼から政府の意向に沿うよう誘導することもしばしば。結果、党員の反発に遭って総裁の権限を弱められてしまう。


「丁度いい機会だろう」


 俊輔は私のところに来てそんなことを言った。何をと思ったが、それは先の約束――世代交代について。実は総裁を退任しようとした俊輔だったが、このまま辞められたのでは困ると留任を要請されたのだ。


「――という次第なんだが……」


 世代交代をしようと言っておきながら自分はしばらくその地位に留まることに俊輔は詫びを入れてきた。だが私は構わないと返す。別に今すぐにとは思っていなかったからだ。色々と柵も多いからな。


 俊輔はじっと機会を窺っていたが、政府寄りの姿勢に対する責任を追及されたのをいい機会と捉えたらしい。西園寺公望と枢密院議長と政友会総裁のポストを交換して第一線から退く。原も今度ばかりはやむなしと慰留はしなかった。


 かくして西園寺が政友会総裁となり、原に松田正久を加えて三頭政治的な党運営がなされる。ただ俊輔が事実上、党を追い出されたようにその影響力は後退していた。西園寺や伊藤系の人材をまとめる原などを介して意向は伝えられるが、それを上位下達的に履行させることはできない。……かく言う私(山縣閥)も桂を介した院政的な体制をとってはいるものの、完全に御すことはできないのだが。この辺は時代の変化を感じる。


「知っていると思うが、このところロシアは満州の兵を撤兵するどころか軍を増強し、関連した施設も建設が進んでいる。――君にだから話すが、対露開戦は来年初頭になると思う」


「っ!」


 原が息を呑む。念のため他人には漏らすなよと釘を刺す。もちろんです、と応じたがその声は震えていた。


「まあ、交渉が上手くいかなければの話だがな」


 現在、桂内閣はロシアと交渉を行なっていた。直近では清国とロシアの間で合意された撤兵の第三次期限がきていたが、ロシアはこれを無視している。第二次撤兵も履行しておらず、日本からの不信感は指数関数的に増大していた。今やほとんどの新聞が開戦論を唱え、それに感化された民衆もこれに追従している状況である。


 他にもロシアは日本の開戦論に燃料を投下していた。ロシア宮廷の話は漏れ聞こえている。宮廷は主戦論が跋扈し、蔵相のウィッテがただひとり対日戦反対と唱えていた。陸相のクロパトキンは帰国して程なくは反対論者だったが、皇帝から弱腰と見られているのを聞くと口を閉ざして消極的な開戦派になっていた。まあ軍人だから致し方ない。彼らの立場からして極東の島国に勝てません、とは口が裂けても言えないだろう。非戦論のウィッテですら、勝てるけど戦争は損だという論法だった。


 ただまあ日本だって対露戦は危ない橋であることには変わりなく、避けられるならば避けたい。リスクを重く見る俊輔なんかは唯一の良心であるウィッテに大いに期待していた。ところが八月に希望の星であったウィッテが蔵相を解任されてしまう。それと前後して旅順に極東総督府が設置され、エヴゲーニィ・アレクセーエフが総督に任命される。これを日本側から見たとき、少なくとも関東州についてはロシアの植民地とする! という宣言に他ならない。日本の危機感はピークに達していた。


 世論は開戦せよ、ロシアを懲罰せよとの大合唱。ただ政府はあくまでも慎重姿勢を崩さない。政府内でも開戦論が主流であったが、肝心の天皇がロシアとの妥協を主張。その意向を受けて僅かな希望に縋りつつ対露交渉を続けていた。まあ当事者のほとんどは内心で無理だろ、と思ってはいたが。


 そして僅かな非戦論者を嘲笑うかのように、ロシア側が提示したのは朝鮮半島の三十九度線以北を中立地帯にするという回答を寄越す。それはかつて私がロシアを訪れた際、日本側が提示した大同江を堺とする緩衝地帯を設ける案に近いものだった。しかし日本の回答は否である。


 まだロシアが満州や朝鮮に食指を伸ばし始めた頃ならひとまずの緊張緩和につながるが、今やシベリア鉄道が建設されており満州はロシアの軍事拠点となっている。あのときと今ではフェーズが違う。それに対抗できるだけの縦深――すなわち朝鮮半島の確保は必須だった。


「話を戻して鉄道国有化についてだが、予算の見込みが立たない以上はどうしようもない。だが喫緊の課題であることも確かだ。そこで二回に分けて取得するのはどうだろう?」


 ひとまずは東西の連絡をとるために幹線だけ先に買収してしまい、残りは後回しにする。ひとまず日本鉄道(信越、東北方面)と山陽鉄道(山陽方面)は確定として、余裕があれば九州鉄道や北海道鉄道、北海道炭鉱鉄道なんかを第一期線、それ以外を第二期線にしてしまう。何を二期線に組み入れるかは政府と政友会とで継続協議――要は棚上げしてしまうのだ。


「それならば調整もつきやすいと思います」


 どちらにせよ鉄道を国有化するという点では両者とも一致している。問題はどこを買収するのかと予算(財源)。なので早々に双方が合意し予算の目処がついたところについては一期線として買収する。二期線については双方がすり合わせをしてから実施することを提案した。


 原もそれなら政府との提携を壊さず、党内での調整をつけられると納得。政友会は彼が、政府は私が説得することになる。困っていた桂も段階的に買収する案に同意。政友会でも将来的な実現性があることからひとまずこの提案に同意し、議会に提案された。


「鉄道は私設民営たるべし。官設公営など言語道断!」


 未だ反対論もあるために議会は紛糾する。渋沢栄一や高橋是清などの財界人に加藤高明、井上馨といった有力政治家も反対論を唱えた。買収される鉄道会社も、黒字経営をしている大手は反対する。


 だが、衆議院では政友会と政府系政党の賛成で、貴族院でも清浦奎吾が指導する子爵や男爵を中心とした研究会、平田東助が指導する茶話会(幸倶楽部)の賛成と工作により多数派を形成。それぞれの賛成多数にて鉄道国有化法を可決した。


 国有化の検討を始めてからそれなりの期間が空いている。政権が代わったことで政府と政党の間で調整が難航したのもあるが、最大の要因は史実と異なる特殊な形態をとることであった。議会では国有化法とともに会社法と国有鉄道法とが提出されて賛成多数で可決された。戦後に発足する国鉄を最初から創ったのである。


 この国鉄だが、「国有鉄道」と名乗りつつ法律をよくよく見ると後世でいう第三セクターとなっている。法律で国は最低でも株式の五割を保有し、逓信大臣が黄金株を保有することが規定されていた。


「黄金株?」


 聞き慣れない単語に初めて聞いた者は一様にそんな反応をする。黄金株の制度はサッチャー政権時代のイギリスで生まれたものだ。こういう反応はおかしなものではない。


「鉄道国有化は国家安全保障上からも必須だ。しかし財政は十分とはいえず、鉄道費の確保に苦心していることはよく知っているだろう。そこで、民間資本も導入したい」


 それゆえの国有企業化だ。しかし通常の株式会社の形態をとると外国資本による買収を阻止するという国有化の目的が果たせなくなる。そこで株式の半数を国が保有し、かつ議決をひっくり返せる黄金株を保有するという二重のセーフティーをかけておく。


「しかし、そんな面倒なことを……」


 色々な法案を通してまですることかと。渋る者に私はこう言って聞かせた。


「たしかに調整が大変なのはわかる。だが、日本は資源に乏しい」


 鉱産資源だけでなく、経済資本においてもだ。倉屋が牽引して政策的にも支援して工業化のペースは早まっているが、産業構成においてはまだまだ農業国。得られる資本は乏しく予算編成も毎年のようにギリギリの調整が続けられていた。


 他方、近代化という時代の要請から必要な事業は積み上がっている。開国してから主に道路、河川修築、鉄道などなどの交通インフラの整備。製糸や紡績といった外貨獲得のための産業資本の振興に製鉄業や造船業といった工業化の推進。小学校から大学までの近代的な教育機関の整備と毎年どこかしらで起こる災害復旧費。外国からの脅威に備えるため軍備も整えなければならない。近年では港湾の整備も課題に上がっていた。


 必要とされる事業に対して資本が十分ではない。増税しようにも議会の反対に遭う上、現行税率でも割とギリギリだ。農業貧困国の経済力を舐めてはいけない(悪い意味で)。政府支出では絶対に賄えないから、その速成には民間資本の獲得が絶対に必要なのだ。


 金がないことを身に沁みてわかっている政府の人間はこれで説得した。そして政治家たちも残り五割の株式は当分の間は金の生る木。新規路線をどこに通すかという問題をひとまず棚上げさせるだけの餌になった。


 諸々の手続きや業務の引き継ぎなどの準備期間、とある事情も相まって組織が正式に発足したのは三年後。公募の額はかなり強気に設定したものの早々に売り切れ。追加発行分も争奪戦とかなり好調だった。整備計画に関しては当面は国が握る安全運転ながらも、史実よりもはるかに早いペースで路線整備が進んでいった。










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― 新着の感想 ―
相変わらず山縣がいないとまとまらない政治状況ですね。 それと鉄道の国有企業化に噛むことで山縣(倉屋)が株式を大量に獲得することができそうですね。
黄金株とは妙案ですね ザッカーバーグみたい
山縣さんの健闘に期待! 満州確保は必須ですよね。 傀儡国作るか経済圏にするかの形態はともかく勢力圏内にはしないと。 戦後50年ぐらいを見て満州は要らなかったって意見ありますけど、今の日本の食卓には、遺…
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