世界最強の陸軍
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動画制作が進む傍ら、私は秋山好古とともにシベリア鉄道に乗っていた。外交筋から届いたロシア帝国からの招待――シベリア(正確には沿海州)で演習やるんだけど見にこない? というもの。さらにはなぜかロシア皇帝とクロパトキンが私を名指しして招待している。
「どうしますか?」
「行くしかないだろう」
元気なので断る理由はない。外相の小村は戸惑いながら出欠を訊ねてきたが、断る理由も思いつかないので行くという選択肢しかなかった。
超特急で準備をしてのシベリア旅行。ロシアからの招待を受けた秋山も一緒だ。完全なVIP待遇で一等車に乗せられている。ウラジオストクに上陸してから鉄路で演習地のニコリスク(ウスリースク)へ。
「閣下。ロシアの狙いはどこにあるとお考えですか?」
「秋山の想像通り。我々を威圧するつもりだろう」
日本のマスメディアは基本的に日露開戦を煽りまくっている。ロシアの動向を逐一伝えるのみならず、針小棒大に悪行を伝えていた。本人たちはほとんど無自覚だが、自身を善とし相手を悪に仕立て上げるという意味で立派なプロパガンダである。連日そのような報道を目にした民衆は義憤に駆られてロシア討つべしと叫ぶ。その声はエコーチェンバーにより広まりを見せていた。
このような日本の世論をロシアもよくよく承知している。さらに自身が極東への関与を強めるのに比例して、日本が凄まじいペースで軍拡を行い対抗していることも知っていた。ロシアとしては万が一を考えて、日本の指導者層に自分たちとことを構えることの愚かさを知らしめるために演習を行い、そこへ私たちを招待したのだ。
演習はロシア皇帝の指示である。そしてそれを見せつける相手として私と秋山を選んだ。理由は――あくまでも想像だが――天皇に近くロシアにおいて極めて抑制的に振る舞った私を親露派と見做しているのかもしれない。秋山は日本陸軍における騎兵の権威であり、騎兵はロシアにとって最も強力な兵科。戦意を挫く相手として適当と考えてのことだろう。
「まあ難しいことは考えず、世界最強の陸軍とやらを見せてもらおうじゃないか」
アニメの悪役が言いそうな台詞を言ってみた。周りは日本の軍人で固めているがどこに目や耳があるかはわからない。それ以上のことは言わずに他愛もない話に興じた。
演習の舞台であるニコリスクに到着した私たちは何とクロパトキンの出迎えを受ける。演習のためにわざわざ極東まで来たというのだから驚きだ。
「お久しぶりです閣下。本日も我が国の聖アレクサンドル・ネフスキー勲章を付けていただき光栄です」
クロパトキンは私の胸に光る勲章を見て笑う。この勲章の効果は凄まじい。クロパトキンは無論、ウラジオストクからここまで出会ったロシア軍人の悉くが恭しく接してくる。勲章の重みというものを実感していた。
「こちらこそ。今度は貴国の軍を見せていただけるとのことで」
「ええ。楽しみにしていてください」
日本では私に歓迎されたのでそのお返しだとか。皇帝の命令で行われることになった演習だが、クロパトキン自ら現地入りして手筈を整えたという。
話を聞くと、極東に配置されているロシア軍のかなりの数がここに集結して演習を行なっているとか。人材といい動員された兵員の数といい、えらい力の入れようである。この演習をロシア側がどれほど重要視しているのかが窺えた。
明日から演習がスタートするので、クロパトキンは詰めの調整があるからと挨拶と少しの談笑をして別れた。私たちはロシア側が用意してくれた宿泊先で一泊する。
そして迎えた翌日。演習地を見渡せる丘に建てられた台の上で演習を見る。台の上からの風景は壮観で、力を入れていることが伝わってきた。大砲が撃ち込まれる横では、万は超すであろう騎兵が馬蹄を轟かせながら突撃している。
「あれがコサック騎兵というやつか」
「はい」
秋山が頷く。なるほどその様は実に壮観である。世界最強の騎兵という称号は伊達じゃない。
「いかがですかな、閣下。精強なる我が軍は?」
「凄まじい、のひと言ですな」
その精強ぶりを称える。お世辞ではなく本心だ。気をよくしたのかクロパトキンは饒舌になる。
「我が軍の火砲は敵の突撃、あるいは敵の陣地を破壊するでしょう。歩兵は敵の攻撃を防ぎ、また果敢に敵陣を陥れ、騎兵は敵兵を蹂躙する。そして酒を飲み、歌う!」
それがロシアの戦い方だと。最後の話は余計だが、ロシア人のスタンスがよくわかる話だ。
示威行為としてはコサック騎兵が適当だと考えているらしく、私たちの前で様々な戦術行動を見せてくれた。圧巻だったのは騎乗射撃。式典などでは騎兵槍を持っているが、実戦となれば騎兵銃を使う。馬を走らせながらの射撃となるのだが、とても精度が高い。やはり遊牧民の末裔だけあって騎射戦術はお手のものなのだろう。
演習期間中、クロパトキンは付きっきりで案内してくれた。夕食も共にして軍事談義に華を咲かせる。秋山も一緒だったが、たまに抜け出してロシア兵と酒の飲み比べをしていた。クロパトキンとともに秋山とロシア兵に目の前で飲み比べをさせ、やいのやいのと騒ぎ立てる。ノリが男子校のそれであった。
「勉強になりました」
日程は順調に消化され無事に終了。クロパトキンたちと別れを惜しむ。秋山は連日、兵士たちと飲み比べをしたものだから大人気。アキヤマ、アキヤマ! と大歓声であった。
ウラジオストクへと舞い戻った私たちはそのまま帰朝せず寄り道をする。ウラジオストクを出た船は天津へ。天津からは陸路で北京に入った。
「およそ半年ぶりになるのか?」
「はい」
秋山は北清事変の勃発時、初動対応にあたった第五師団に勤務していた。師団とともに海を渡った後、現地で編成された清国駐屯軍の参謀長へと異動。二ヶ月後には同軍の司令官になった。以来、第一騎兵旅団長に異動となるまで清国に滞在していたのである。
その間、秋山は清国政府の人間と交流している。なかでも近年台頭した袁世凱は注目される存在だ。彼はかつて李鴻章の監督の下、朝鮮における清国の代表として権勢を振るう。その力は国王をも凌いだという。同地から日本の影響力を削ごうとした行動は日清戦争を招くこととなった。
しかし戦争ではあえなく敗北した清国。現実を目の当たりにした袁世凱は近代化の必要性を痛感。敗戦から間もない95年に定武軍という近代化部隊の指揮官になると自国を撃ち破った日本とその模範となったドイツを参考にすることを決定する。日独から軍事顧問を招聘。さらに定武軍の名も新建陸軍(新軍)と改めた。
袁世凱は現実主義者で、敗戦を機に改革志向を強めるなかで変法派を支持している。だが、戊戌の政変に際しては彼が変法派粛清の引き金を引いた。西太后の側近であり、自身を新軍の指揮官に引き立てた栄禄にクーデター計画を密告。変法を主導した光緒帝は幽閉され、改革を主導した主要人物の一部は処刑された(リーダー格の康有為、梁啓超らは日本に亡命)。
密告によって政治の主導権を握った西太后からは信任を得ることとなり、山東巡撫(山東省の長官)に任じられている。間もなく北清事変が勃発するが、袁世凱は自慢の新軍を駆使して山東省の拳匪を素早く鎮圧。その後、西太后から列国を攻撃せよとの命令が届くが、現実主義者ゆえに「列強に敵うはずがない」と近隣の長官(李鴻章、劉坤一、張之洞ら)と示し合わせて列国と東南互保を約束。交戦命令は義和団に脅されて出されたものだと主張して命令には従わず、むしろ列国の利権保護に動いた。
北京で八ヶ国連合軍にボコボコにされた清国軍は再び壊滅。高い質と練度を誇る新軍を擁する袁世凱の力は増すことになる。事変の処理にあたるため北洋大臣、直隷総督に返り咲いた李鴻章が没するにあたってその後継者に指名されたことでそれらの役職を引き継ぐ。これと前後して秋山が清国駐屯軍の司令官となった。
さて、新軍を指導するために日独から軍事顧問が派遣れたことは既に述べた。このとき日本から軍事顧問として派遣されたのは清国公使館付駐在武官の青木宣純。彼は袁世凱の信用を得る。義和団の乱が起こる前に青木は北京を離れているが、事態が落ち着いて日本の司令官がその同期(三期)であることを知った袁世凱は秋山に接触。青木の存在を梃子に親交を深めた。その縁を利用する形で私は袁世凱を訪ねる。
「おおっ、秋山将軍。久しいな!」
「ご無沙汰しております、袁世凱閣下」
「将軍と私の仲じゃないか。畏まらなくてよい」
秋山の姿を認めた袁世凱は一気に距離を詰めてその手を取るとぶんぶんと上下に振る。再会を喜ぶ袁世凱に対して、秋山は話の切れ目に上手いこと急な会見に応じてくれたことへの謝辞を挟み込んだ。
「お忙しい中こうしてお時間を作ってくださり感謝します」
「遠方から友来る。どうして無視できようか」
日本人の私としてはわからない感覚だが、事前のレクチャーによると中国では相手に頼ることが友情の証らしい。日本人がやりがちな遠慮は「あなたを信頼していない」というメッセージになるのだとか。今回のこともそういうコミュニケーションの一環と捉えているようだった。
「それで閣下。こちらが――」
「山縣有朋です」
「おおっ、貴殿が!」
私は中国語を喋れないので通訳を介しているが、その通訳から私の名前を聞くとこちらへ飛んできて秋山にしたのと同じように手をシェイクされる。
「庚子事変(北清事変)における日本の行動は山縣閣下の指示によるものだと聞いている。清国を代表してお礼を申し上げる」
「いえいえ。過去に不幸な行き違いはありましたが、我々は同じアジア人。欧米列強の手前、難しい面もありますが可能な限り便宜を図るのは隣人として当然であると思っております」
城内の金品や人々の保護、略奪品の返還のことを指して感謝されたのでそう返す。また未来志向で関係を構築しようとも付け加える。
ちなみにこれはリップサービスなんかではなくガチの本音だ。清国でも中華民国でもいいが、兎にも角にも中国情勢が落ち着いてくれないと日本でよからぬことを企む輩が現れる。辛亥革命から始まり国共内戦の終結まで、中国がヤジロベエのごとく不安定だったので日本が狂うことになった。まあそれを抜きにしても日本が悪いわけだが、とにかくそうならないよう中国には安定していてもらいたい。そのための協力は惜しまないつもりだ。
幸いなことに北清事変時の対応を指示したことが伝わっているらしく、思っていた以上に好感度が高い。この調子で袁世凱と関係を構築していけばある程度、中国情勢にも介入できそうだ。
「閣下は甲午戦争(日清戦争)のとき日本軍を率いて戦ったとか。そのときの率直な感想をお聞かせください」
「……あまり言葉を飾るのは得意ではないので直截に申し上げますよ?」
「はい」
予防線を張っておいたが袁世凱は何を言われるのかをわかっているように穏やかな表情を崩さない。罠ではなさそうだと石橋を渡ることにした。
「弱い。そのひと言に尽きます」
そう言うと袁世凱の後ろに立っていた青年――長男の克定――がムカッ、とした表情を見せた。気持ちはわかる。自軍が弱いなんて言われたらムカつくよね。しかし袁世凱はそうでしょうそうでしょう、と頷いている。
「重ねて伺いましょう。我が軍の方が兵数は多く、また兵器の質でも決して劣るところはなかった。が、それでも負けたのはどこに原因があると思われる?」
「理由は色々と思いつきますが、最大の要因は将兵の質でしょう。こちらが仕掛けて自軍が不利だと思わせれば逃亡していましたから」
こちらが強く出ればワンと鳴く負け犬であった。向こうの数が多くとも怖くはない。敵よりも補給が来るのかということを心配していたくらいである。
「私の認識と同じだ。そこで閣下にひとつお願いがあるのだが」
この流れで何のお願いをされるのだろう? ちょっとわからない。すんなり受け入れられるものならいいのだが……。
翌日。私たちは北京郊外にいた。清国駐屯軍から派遣された護衛も一緒だ。騎馬も貸してもらい秋山と二人並んで騎乗している。なぜこんなところにいるかというと、袁世凱のお願いがあったからだ。
彼のお願いは新軍の演習を見てほしいというもの。規律、練度ともに清国軍のなかでも最高峰と聞いているが、噂ではなく目で見て評価してほしいとの要望だった。かくしてロシアに続いて清国の演習を見ることになったのである。
「ほう……」
思わず感嘆の声が漏れる。万年負け犬のような清国軍の姿はそこにはなかった。規律正しく整然と行動するその姿はシベリアで見たロシア軍にも引けをとらない。秋山もこれがあの清国軍かと。前線で戦った彼だからこそその衝撃はかなりのものだろう。
「いかがですかな?」
「いや、これは驚いた」
実戦となると未知数だが、少なくとも演習で見せる姿は十分立派なものだ。さらに彼らは義和団の討伐に従事している。格下相手なら十分やれるということは証明されていた。十分なレベルに達しているといえるだろう。
そのことを袁世凱に伝えると満足そうに頷く。秋山も加えて軍談になるが、そこで袁世凱から清国軍はどのようにすればいいのか訊ねられた。
「これを私が言うのもおかしな話ですが――」
私見である、と断った上で清国軍のあり方を説いた。ひと言でいえば日本軍の後を追うこと。制度的なあり方を後追いすることが最上だと述べた。
「我が国も最初は随分と乱れていて、それを落ち着かせるのには随分と苦労しました」
明治維新からしばらくは内乱が続いた。不平士族に備えつつ江戸時代の封建制度を解体せねばならなかった。そのためにしばしば守備的と評される鎮台制をとり反乱に備えている。まあ清国は中央集権なので勝手は違うだろうが。なお、日清戦争で文字通り壊滅した海軍については放置。陸軍に注力する。
「しかし海防が……」
「閣下。その論法だと世界の国々は英国に匹敵する大艦隊を造らねばならなくなりますよ」
極端な話だがそういうことになる。それに陸と同時に海もなんて夢物語だ。数々の賠償で財政は火の車であるからして、あまり金をかけてもいられない。どっちかに絞るべきで、絞るなら陸一択だ。
「貴国は三方を陸に囲まれている。アメリカのマハンが提唱したシーパワーがあるがこれに対義語はない。仮に創るとすればランドパワーがあたるだろうか。とにかく清国は陸に囲まれているのだからそのランドパワーを養うことが先決だ」
シーパワー、ランドパワーともに地政学でよく知られる概念である。ただ実はこの時点でランドパワーという語は存在しない。書籍として形になるのはマッキンダー『デモクラシーの理想と現実』(1919年)であり、種の講演に遡っても04年だ。まあでも極東での与太話だからさほど問題にはならないだろう。
「そして海で勝てなくとも陸で勝てれば清国は侵略を防ぐことができる」
第二次世界大戦においてイギリスが米英軍による対ソ作戦シュミレーションを行った。その名も「想像を絶する作戦」。結果は奇襲攻撃でワンチャンあり、負けたらヨーロッパ席巻されてひたすら本土防衛に徹するしかなく、米英でソ連を軍事的に屈服させることは不可能だということになった。
「国が滅ぶのは内乱、次に他のランドパワー国家に負けること。ゆえに守備的な陸軍を拡張することこそが清国軍の進むべき道です」
清国ほど領域が大きいと孤立しない限り海洋国家との戦争で国が滅びることはない。ソースは日中戦争。だがそれがなくとも装備が同質であればより戦力の多い方が勝つ。(経済規模などはともかくとして)割けるリソースは基本的に陸軍国家の方が多い。沿岸部は敵が跳梁跋扈することになるだろうが、致命的な打撃にはならない。倭寇に悩まされた明王朝がイメージしやすいだろう。
「ふっ……ははっ、あはははっ!」
聞き終わった袁世凱は大笑いした。ほー、と私の意見を聞いていた周りも含め呆気にとられる。ひとしきり笑った後、袁世凱はこちらに向き直った。
「よくわかりました。……十年。十年でロシアにも負けない精強な陸軍を作り上げて見せましょう」
そう宣言する袁世凱。聞いていた新軍の将校が袁世凱閣下万歳、と唱える。次第にその声が伝播していき、万を数える将兵が万歳を唱和して北京郊外に轟く。私はその迫力に気圧されながらも楽しみにしています、と笑った。
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