MAD動画を作ろう
【訂正】
前話で誠を秋山が旅団の参謀に迎えようとしているとしましたが、旅団に参謀の設置はありませんでした。そのため当該部分を副官に迎えようとしている、と訂正しております
――――――
我が家の長男である誠の結婚が決まった。結婚式の準備が急ピッチで進められる。私の立場上、偉い人をたくさん呼ばないといけないので時間をかけたいところだが、戦争が近いので急いだ。
式は屋敷で執り行うことに。私の縁で政府や軍の高官が出席する。内相の児玉、軍務相の山本に参謀総長の川上などなど。果ては首相の桂まで出席している。時代は違うが、さながら大本営政府連絡会議のような有様だ。
出席した雪子の家族や親しい同期は雲の上の存在がズラリと並ぶ場にすっかり萎縮してしまった様子。申し訳ないと思い、挨拶は私たち夫婦が新婦の家族も連れて回った。
仕事で上下関係にある誠の方が(特に軍の高官を前にすると)緊張しそうなものだが、本人は至ってリラックスしている。むしろ雪子の方が緊張していた。なぜ平然としていられるかといえば、幼い頃から彼らをよく知っているからだ。桂も山本も川上も私の屋敷によく出入りしていたので、彼らとは顔見知り。出席した高官も首相や軍務大臣、参謀総長とかいう仰々しい肩書きに似合った厳しい感じではなく、親戚の結婚式に出てきたおじさんといった感じに振る舞っている。
「これでお前も所帯持ちか」
「いい嫁さんだな」
偉い人との挨拶を済ませた誠は士官学校や陸大の同期に囲まれていた。武藤信義(陸大同期)、白川義則、宇垣一成(士官学校同期)と錚々たる面子だ。気安い関係を築いているらしい。綺麗な嫁さんだとか、夫婦生活の心得を説く者もいた。
本日の主役なので何かと忙しいのだが、その合間を縫って私に話しかけてくる。それはいつかの教えに対するアンサーであった。
「月並みな答えにはなりますが、やはり家族のために戦おうかと」
惜しみなく愛情を注いでくれる母を大切に思っている。水無子や明など軍人ではない家族を――大事な人たちを守るために戦うのだと。
「それだと私と同じじゃないか」
はい、と返される。守ろうとする人間が多いならいいじゃないかと。
「それはそうだが……。別にいいんだぞ? 軍人として栄達するためでも」
何となく出世して何となく軍人をしているより、己の栄達のためギラギラしている方が好感が持てる。あるいは「お国のため」と方便ではなく本気でそう思っていたとしても、信念か否かをちゃんと区別しているのなら一向に構わない。だが誠はそうじゃないという。
「いいえ。あくまで家族のために」
雪子のことを考えてやはりこれだと確信したとか。戦争が近づいているなか、軍人ではなく山縣家の長男として考えたとき、いい加減に所帯を持たなければならないと考えたそうだ。弟二人がおり、うちひとりは文民であるからして戦争では死なないだろう。だから最悪の場合でも山縣家は続く。とはいえその責務から逃げ出すのはよくない、と結婚を決意した。
では誰ととなったとき、真っ先に思い浮かんだのが自分を慕ってくれている雪子だったらしい。彼女の両親が気にしたように身分の壁はある。あるいは愛人のような関係でもいいのではないかと思ったが、本妻との関係が悪いと負担をかけてしまう。そうならば離れるべきではないか。だが、彼女の隣に自分以外の男がいるのは許せない……。
悩んだ末に雪子との結婚に踏み切ったとか。
「お前……海にそっくりだな」
とっても重い。どこかで娘は男親に、息子は女親に似ると聞いたことがある。都市伝説らしいが、我が家では当てはまっているのかもしれない。
幸いなのは雪子の方も誠しか眼中にないらしいことか。何度か縁談が持ち上がったそうだが断ったらしい。恋愛結婚かつ、互いに太い矢印を向けているのだ。夫婦円満は約束されているのかもしれない。
息子夫婦は東京近郊に借家を借りて住むことになった。実家住まいは色々と気を遣うだろうからという配慮だ。ちなみに私からの援助はない。基本的に成人後の家計は独立している。例外は水無子か(実家住まいで天引きもなし。ただ本人は贅沢してもなお余る高級取りなのでよしとしている)。
実家に部屋は残してある。とはいえ東京に勤務していたときは実家から通っていたので寂しいものだった。寂寥感が漂うかに思われたが、意外にもそんなことはない。震源地の海がとても楽しそうにしている。なぜか。
「雪子さんが可愛くて」
曰く、水無子の後はずっと息子が続いた。家を繋げるという観点からすれば喜ばしいものの、やはりもうひとりくらい娘が欲しい。そんな欲求を持っていたそうだ。
「末娘って感じなのよ」
そんななかできた義理の娘。可愛くて仕方がないそうだ。誠の不在を埋めるほどに。屋敷には行儀見習いのレッスンのために来るのだが、海は先生役をやりつつも甲斐甲斐しく世話を焼いていた。家での様子を雪子から聞ける上、休日は頻繁に夫婦揃って訪ねてくる。海を寂しがらせないようにとの配慮らしいが、そういうのも相まって意外にも上機嫌だった。
「旦那様……じゃなくてお義父様、よろしくお願いします」
ズキュン、って音がした。お義父様……いい響きだ。海が熱を上げるのもわかる。
新しい家族をよく知ろうということで宴会を開いた。本当に親戚だけの会である。そこで発覚したのは義娘の酒豪ぶり。
「どうぞ〜」
「あ、ああ……」
アルコールで顔を赤くしながらも意識ははっきりしている様子。私たちに酒を勧めて回る手つきもしっかりしている。しかしかなりのペースだな。基本的に私は酒を嗜む程度にしか飲まない。だから早々に遠慮したのだが、謎の空気に飲まれた一家は勧められるがままに酒を飲み――全滅した。雪子に潰されたのだ。こりゃ本物のザルだな。
後日、彼女の両親に聞いてみたところあれは一向に酔わないとか。一升瓶はおろか、家の酒全てを飲み尽くしたそうだ。恐ろしい。
誠の家には彼の部下も出入りするようになり(実家は私や軍の高官が頻繁に訪れるので畏れ多いと寄り付かなかったそう)、宴会の会場になることも。ある時、部下のひとりがら雪子に酒を勧めた。高知出身らしく、おきゃく文化に基づく献杯と返杯みたいな軽い気持ちだったとか。
「おっ、奥さんいい飲みっぷり!」
既にそこそこ酔いが回っていたこともあり、ノリと勢いで囃し立てる。どれくらいいけるのか試してみようとなり、献杯と返杯を繰り返す実質的な飲み比べが始まった。誠は止めたらしいのだが、
「女子には負けません」
と豪語。だが呆気なく返り討ちに。だから言ったのに……と誠が呆れ返るなか、酔った勢いも手伝って仲間が続々と参戦。敵討ちだと意気込んだものの、結果は枕を並べての討死であった。
「あれ? もうおしまい?」
雪子はそう言って残念がったそうだ。部下たちは夫婦に介抱され、翌朝は誠に伴われて出勤した。全員が二日酔いに悩まされ、五苓散のお世話になったとか。
しばらく経ってリベンジだと素面の状態から飲み比べをしたそうだが、やはり全員が酔い潰れるまで雪子はケロッとしていたという。以来、姐さんと慕われているとか。
この話が部内に伝わり、月に一度くらいのペースで雪子に挑むチャレンジャーが現れるようになった。彼女の存在で誠の家は来訪者が絶えないそうだ。交友関係も一気に広がった。なお、雪子は負け知らずだという。
結婚を機に順風満帆といった様子の誠に対して、姉の水無子は暗礁に乗り上げていた。課題は彼女が統括する映画事業。倉屋の映画事業は大成功を収め、世間から注目されていた。これに軍部が目をつけ、プロパガンダの一環として軍のプロモーション映画を撮影することになった。その脚本作りをしているのだが納得がいかないらしい。結婚式前から唸っており、粘りに粘ったが遂に諦めて私のところに来た。アイデアをくださいと。
「なら観劇に行くか」
歌劇――外語的に言えばオペラ――の本家は欧州であるが、日本でもわずかに上演されていた。日清戦争の傷病兵に対する慰問として宮内省楽部の演奏、東京音楽学校の生徒による歌唱、オーストリア=ハンガリー帝国の大使館職員による劇で『ファウスト』第一幕が上演されている。
そして最近、東大と東京音楽学校の教師の監修を受けた歌劇研究会によりグルックの『オルフェウス』が上演されるという。場所は音楽学校の奏楽堂。実に文化的な活動だが学校からは場所を貸す以外の支援はなかった。話を聞きつけた倉屋が必要な資金を出しており、そのお礼として招待されていたのだ。
海が出席する予定だったが水無子の勉強のために譲ってくれと言い、多忙で行けないことにして代理での出席を認めてもらった。その時に貸し一ね、と言われたので後が怖い。私は娘の引率という体でついて行く。
高官の私が出席するということで学校側は大騒ぎだったようだがこれも娘のため。挨拶に来た幹部たちを適当にあしらいつつ観劇した。生徒たちは見事に『ファウスト』を上演。招待者(父兄たち)は万雷の拍手で称えた。私も拍手を送りつつ水無子に問う。
「どうだった?」
「お話の起伏に合わせて役者さんや演奏者さんが盛り上げたり盛り下げたり……そういう工夫が見られました」
「うん、いい感性をしているな」
伝えたいことはほとんど掴めていた。言いたいのは楽曲を演出に加えろということ。MAD動画を作れということでもある。
「そうだなぁ……陸軍は分列行進曲、海軍は軍艦でどうだろう?」
現代のMAD動画における定番の二曲だ。MAD動画の知識を元に、どういう絵を動画に盛り込むかについてもレクチャーする。
「本当は戦時の映像があればいいんだが……」
リアリティが増すが生憎とそんなものはない。代わりに演習における映像を撮ることにした。各地に撮影クルーを派遣して映像を撮らせる。
「えーっと、兵営での日常に演習の風景。陸軍は敵陣への突撃と火砲を撃つ様子は絶対に。海軍は火砲を撃つ様子と波濤を船が進む様子ですね」
宣伝部の部員に引率された撮影クルーは現地の司令官や部隊長に要望する。クルーの要望以前に上級部隊から「撮影には最大限協力するように」との命令が来ており快く協力してくれた。
水無子はこのアイデアにうんうんと頷いていた。基本、私のことを全肯定する子だからな。ほぼそのまま彼女の企画として会社や軍に持ち込まれた。ただ現場からは懸念の声が上がる。
「兵士たちがそこまで真面目に取り組みますか?」
ということだ。倉屋にも当然、徴兵を受けて兵士として軍に所属した経験がある者がいる。軍の訓練は厳しいが、兵士たちも馬鹿ではない。怒られない程度に手を抜く術を持っていた。上官も厳しくしてばかりでは回らないのである程度はお目溢しをしている。そんな経験からこの手の撮影は手を抜くに値する内容で、戦場の映像の代替となるだけの緊張感や迫力が得られるのかは疑問だというのだ。
軍としては世間では人気を博している映画だが、果たしてどれほどの効果があるのか不明。戦争が近いと予想される今、時間を割いてまでやるべきことなのかという反発もあった。特にあまり興行のない地方でその意見が強い。下士官からの反対をどんなものか知っている士官たちがまあまあ、と宥めている格好だとか。
「ご安心を」
しかしそこはちゃんと考えていた。現場からの意見に対して中央からは通達がなされる。兵営で映画を特別上映するというものだった。実際に見て判断しろということである。人気のタイトルをいくつかピックアップして上映。ついでに兵営のある都市でも興行しておく。効果は絶大で、人々に映画は面白いものと認識させた。その上で、
「映画は管轄区域において上映される。親類縁者に無様を晒すことがないよう全力で臨むように」
「「「応ッ!!!」」」
師団や鎮守府の管轄区域ごとに別の映画が上映される(近衛師団と第一師団は順番)。評判からしてかなりの人が観にくるだろう。親兄弟や友人に格好悪い姿は見せられない――という日本人の「恥の文化」を上手く利用して撮影に協力させた。
撮影クルーも職人魂に加え、兵士たちのやる気に感化されて撮影に熱が入る。迫力が足りないだとかここはこうしてくれとか細かい注文を入れるが、兵士たちはほとんど文句なしに何度もやり直しに応じた。
「ありがとうございました。最高の映画を作ります!」
撮影期間は長くても一ヶ月ほど。それでも仲間意識が芽生え、別れるときには絶対にいい物を作るぞという使命感に燃えるクルーたち。
撮影された映像はひとまず軍務省に持ち込まれ、防諜の観点から拙いものが映っていないかの検閲が入る。それをパスした上で倉屋の映画部門に転送され、映画の編集がスタートした。
ひとまず全編をチェック。それを踏まえて仮案の構想を土台に台本を書いた。イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、アウトロの部分で流す映像を選定する。
まずは陸軍。イントロでは国旗とタイトル、アウトロではクレジットを表示することに。そしてAメロでは兵士たちが整然と行進する姿、連隊旗が風に靡く様、上官に対する敬礼を引きで撮った画で規律の高さを示す。特に上官への敬礼はビシッと揃うよう何度となく予行練習を重ねたそうだ。旗手もひとりアップで映るので同僚からは羨ましがられたとか。
Bメロのメインとなるのは演習での映像だ。銃に着剣する姿、木銃を使って行う銃剣格闘戦の訓練に、野砲を運ぶ姿などが選ばれた。さらに所々、箸休めとばかりに兵営の様子を挟んで軍の活動を紹介する。
サビでは動きも激しく。兵士たちが突撃していく様を映し、銃砲における射撃や着弾の映像をこれでもかと詰め込む。男の子が好きな映像だ。
海軍では司令官などが乗艦する際の儀礼に兵棋演習の様子、食事の風景や乗員が運動する姿などをAメロとBメロに盛り込む。海軍ならではのスマートさをアピールだ。
サビでは波濤を切り裂く船首に波が被る様を筆頭にかっこいい映像をたっぷりと。主砲に副砲、速射砲の射撃を決めに合わせて入れ込んだ。特に船首が波濤を切り裂くシーンは、わざわざ波が荒い日に繰り出して苦心して撮影したんだとクルーが苦労話を語っていた。
個人的には単縦陣をとる戦艦が主砲を連続して発砲するシーン、巡洋艦が一斉に回頭するシーンなどが印象に残った。後者は艦上だけでなく高台からの映像もあり、一人称と三人称の視点からどうなっているのかを見ることができる。
後は台本と映像を上手く音楽に合わせて編集する。音源は陸海軍の軍楽隊が録り下ろしたものを使用した。完成したものを軍務省に持ち込んで再びチェックを受ける。軍にとって好ましいものかを判断してもらうのだ。
「素晴らしい!」
と、軍からは称賛された。イベントでこれらの軍歌はよく演奏されていたが、映像をつけることで勇ましい曲調が強調されていると。定期的に制作するのもいいかもしれない、と何やら大事になりそうな感じだった。とはいえ私には直接関係ないし、何より軍がお役所的に硬直するのではなく、進んで新しいものを取り入れていく新進的な存在になりつつあるのは歓迎すべきことである。
完成した映像は招魂祭や兵士の入退営など軍が絡むイベントの度に上映された。映像は軍のプロモーションとしては十分だった。
撮影に参加した兵士は自身の姿を見つけ、親類縁者にあれは自分だと指さして教える。
家族はスクリーンに映し出された演者の姿に驚き、次いで称賛を浴びせた。
子どもたち――特に少年は躍動する軍人たち、これでもかと威容を見せる兵器たちをキラキラした目で見る。
先に記したイベントでは大盛況。見物待ちの行列は某夢の国のアトラクションと錯覚するほどの大行列だ。評判は兵営などがない都市にも広まり要望が殺到。その声を受けて地方で興業を行う零細業者にもフィルムが渡され上映された。
ともすれば白眼視されていた軍だったが、この映像をきっかけに世間では親軍的な空気が形成される。その変化を感じた軍――特に宣伝部の人間は「計画通り」とほくそ笑んだ。そしてこれをプロデュースした倉屋と水無子の名声もまた上昇したのだった。
「面白かった」
「続きが気になる」
と思ったら、ブックマークをお願いします。
また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。
何卒よろしくお願いいたします。




