娘さんをください!
【ご報告】
先日「なろうチアーズプログラム」なるものの存在を知りまして、そちらに参加することといたしました。そのため広告の類が表示されているかと思います。少し読みにくくなってしまったかと思いますが、その分さらに面白くなるよう努めて参ります。ご理解のほどよろしくお願いいたします
――――――
社会がピリピリしている。新聞各紙はロシアとの戦争を煽りに煽り、メディアに煽動された大衆もまた戦争熱に浮かされていた。……メディアは売り上げのためだからともかくとして、戦争を望む大衆よ。いざ開戦なったら戦場に行くのは君たちなんだけどわかっているのだろうか?
戦争しろしろ、とカップルを囃し立てる外野のようなテンションで言うので私は困惑していた。彼らの感覚がちょっとわからない。
「軍内ではどうだ?」
「世間と同じような感じだよ。ロシアと戦争だって」
「海軍も同じ」
自宅にいた息子たち(誠と治)に陸軍と海軍の空気について訊ねたが世間と同じようだ。
「日清のときと同じように考えてるのか?」
大国相手の戦争ということに違いはない。ただ、清国とロシアを同列に見ることは危険だ。なるほど両者とも張りぼてではあるが、清国が木枠に紙を貼り付けただけなのに対してロシアはちゃんと(?)金属製。舐めてかかると怪我をする。
「戦争なんて嫌ね」
子どもたちが帰ってきてご機嫌な海がそんなことを言った。
「私が出征することになってもそんなこと言わないのにどうした?」
「旦那様は偉い人だから滅多なことはないじゃない。でもこの子たちは違うでしょ?」
「まあそうだが……」
万が一がある可能性は子どもたちが軍人になるときに納得しただろうに。そう思ったが口にはしない。機嫌を損ねることは明らかだ。
「誠は大丈夫だろ」
「どうしてよ?」
「陸大を出ているからな。これからしばらくは参謀を務めることになるはずだ」
陸海軍の大学校は文字通り軍の大学で、高度人材を養成する教育機関だ。厳しい選抜を経て入学するエリートで、卒業すれば中央(軍務省と参謀本部)の幹部か部隊の参謀として勤務する。つまり参謀として後方勤務は確定したようなものだった。
アメリカから帰国してすぐということもあり、誠は軍務省に配属となっている。この措置は水面下で行われている綱引きが原因だった。川上や児玉が中央に置こうとする一方、秋山が旅団(参謀格の副官)に迎えようと運動。決着がつかず、ひとまず軍務省預かりという身分になっていた。
私の子どもということで口利きしてくれみたいなことも言われたが、息子だからと依怙贔屓はしたくない。君たちで決めてくれと言って逃げた。そして結局は三者が妥協して中央(参謀本部の第二部)に配属するが、戦時となれば秋山旅団に転属ということで決着している。
「なら治は?」
「船に乗るかどうかだな」
治は中尉。何事もなければこの秋に大尉へと昇進するだろう。船に乗れば分隊長としてこれまで以上の責任を負うことになり、乗艦によっては少佐への昇進が近くなった段階で科長(航海長とか)を務めることになる。
しかし海軍では偉くなったからといって安全性が増すわけではない。運が大きく左右する。敵弾がどこにあたるかはわからない。一応、司令塔は分厚い装甲で覆われているので安全性は高かった。それでも隙間から断片なんかが飛び込んで死傷することもある。さらには船が沈む場合、脱出できるか救助してもらえるかなど越えるべきハードルは多い。
下っ端から司令官まで多少の差異はあれど命の危険を伴っている。陸軍のそれとは比較にならない。船に乗るというのは危険がいっぱいなのだ。
しかし陸上勤務であればそうした可能性は大きく減る。もしかすると基地の沖合に敵艦が現れて艦砲射撃を受けるということもあるかもしれないが、少なくとも日本国内の海軍基地は湾奥にあるのでそうなることは考えにくい。ましてや中央にいたら尚更だ。
「今は戦艦に乗っているんでしょう?」
海が不安そうに訊ねる。治の乗艦は戦艦長門。防御力は高いが標的になりやすい船でもある。こればかりは祈るしかない。
「まだ戦争になると決まったわけじゃない。今からそんなに不安がってたらキリがないぞ」
「うん……」
とは言ったもののいまいち浮かない様子。山縣一家の元気印である彼女がこんな調子では落ち着かない。何とかしろみたいな視線が私に注がれる。
「あー、もしかしたらだが二人とも後ろに回るかもしれないぞ」
「本当!?」
「お、おう」
実家が飛行機を開発していた倉屋であるからその存在は小さな頃から知っていた。自分の仕事でどう使えるのか考えるのは自然だろう。二人は兵学校における課題で『陸軍(海軍)における航空機の活用私考』というレポートを提出。また研究会を主催、参加するなど飛行機の使い方について研究を重ねていた。
まだまだ航空機に関心のある人間は少ない。何の実績もないのだから当然である。だからこそこのレポートは注目された。ただえさえ私の子どもということで注目されていたが、このレポートにより完全にロックオン。言い出しっぺの私とその子どもに航空機のことは任せよう、みたいな話も出るほどだった。
「――というわけで、治も後ろに下げられるかもしれない」
「山本さんのところへ行ってくる!」
暴走した海は何とか止めた。
話は本当だが、実際には治を航空部隊に置くことはないだろう。レポートには私の入れ知恵もあって、敵艦への航空攻撃が提言されている。しかし、現段階では航空機の側がその要求を満たせないのだ。
現時点で航空機に搭載できる爆弾はせいぜい六インチ砲弾を改修したもので、水平装甲の薄いこの時代の船でも貫通不可。貫通力を上げようと高空から投下した場合はそもそも当てることが難しいし、当てて貫通させたところで爆弾の威力が小さいのでよほど当たりどころがよくないとダメージは小さい。大本命の魚雷もやはり搭載量という大きな壁に阻まれていた。
こんな状況なので治の考えは実現不可。試す以前の問題だ。なので今は軍人としての経験を積ませるために通常の勤務をさせている――と私は人事を読んでいる。海には言わないが。
「そういえばあなたたち、何を隠してるの?」
「「えっ?」」
海から突然の指摘。不意打ちだったので二人揃って変な声を出す。ただ親から見ればなるほど、何かを隠しているときの仕草だ。
「そもそも二人揃って休暇を取って来るのも変だし、さっきから随分と時計を気にしてたし」
本当によく見ている。海の指摘に二人は明らかに焦っていた。
「いや、それはですね……明の奴が遅いなと思ってまして」
「そろそろ来るはずなんですが……」
「明も来るのか?」
聞いてないんだが。というか次男の明は(東京)帝国大学を出て内務省に勤めている。赤右衛門の養子になって倉屋の後継者にというのが当初の約束だったが、意外にも水無子が活躍したため見送りになっていた。
自由になった明は帝大を卒業後、内務省に入省。高等文官試験にも合格した。以後は地方局関係の部署を回っている。経験を積むために地方の参事官をしていた。今は京都にいるはずだが、子どもたちによれば地方官会議のお供で上京しているらしい。
「聞いてないんだけど?」
だって秘密にしてたんだものと息子たち。そりゃそうだ。
「それで、何を企んでいるのよ?」
迫る海。しかし二人はどうにか秘密にしたいことを守り切った。そうこうしている間にも明が到着。別の部屋には水無子もいるので家族全員が揃ったことになる。本当に珍しい。
「あの子も呼びましょう」
折角だからと海は水無子を部屋から引っ張り出してくる。リビングに来た娘は企画が〜、とぼやいていた。映画部門の統括をしているが、私の入れ知恵を元に企画や脚本も担当しているので売れっ子作家という一面も持っている。本人にも才能はあったようだがネタ切れを起こすとこういう状態になるのだ。
「それで?」
海が仕切るのは山縣家の日常である。雁首揃えて何かを隠していた息子たちを問い詰める。これだけ見ると彼らが悪いことをしたようだがそんなことはない。誠が戦争も近いのでその前に結婚したいということだった。
「三十三になりますし、身を固めるべきかなと」
「いいんじゃない?」
長男である誠の結婚話は度々出ていた。他所から持ち込まれたり、海が色々と動いたり。ただ、本人は断り続けていた。まだ早いと。
ただこの件については私も悪い。日清戦争の後、戦えなかったと嘆く誠に軍人としてかくあるべしと老婆心ながら語った。それを想像以上に重く捉えたらしく、自分はまだまだだと言って海が持ってくる話を断り続けていたのである。
夫婦としてはよっぽど変な人でない限りウェルカム状態。相手は誰なんだという話になる。もしいないならすぐに見繕ってやるぞと。我が家には独り身の子どもたちが四人もいるのでそういう話には苦労しない。何なら列ができるだろう。
「いやぁ……」
と、ここにきて照れたような様子を見せる誠。ここで日和るな! 漢を見せろ! 他人の恋バナは蜜の味。ついつい前傾姿勢になる。
そのときだった。海はふと閃いたと言わんばかりにポンと手を打つ。
「もしかして谷さんところの雪ちゃん?」
「うえっ!?」
誠から変な声が出た。当たりだな。
「やっぱり。怪しいと思ってたのよ」
実家に帰ってきては庭に出る機会が妙に多いことを疑問に思っていたらしく、何をしているのか訊ねたらしい。使用人たちが気にしていたところ逢引きしている姿が目撃されて海に報告が行ったらしい。
「何それ知らない」
家主なのに。
「他人の恋路だもの。茶化すものじゃないわ」
嘘つけ、という言葉を呑み込んだ。むしろ彼女はこういったことには積極的に首を突っ込んでいく出歯亀タイプ。とはいえ考えなしに手当たり次第というわけではなく、大丈夫なのかどうかは判断するタイプだ。……大丈夫と判断されたらグイグイ行くということでもあるが。
海のセンサーでは誠はちょっかいかけてはいけない部類にカウントされたらしい。いや、もしかすると相手の娘を慮ってのことか。偉ぶらないが山縣侯爵家としての世間体というものがある。隠れてやっているならともかく、認知したならばゴールインか強制的な破局かの二択だ。そのルートを気づかないふりをして回避したのかもしれない。
まあ、あくまでもこれは推測であり海の本心はわからない。いくら考えても仕方ないのでスルー。交際を白状したことで海が意気揚々と誠を質問責めにしていたので耳を傾ける。
お相手は「谷さんところの雪ちゃん」こと谷雪子。両親が屋敷の庭師と女中をしており、今年で二十歳になる本人も母親と共に女中として働いていた。
馴れ初めは誠が士官学校に通い始めた候補生時代のこと。山縣家では使用人たちに対する福利厚生の一環として年に数回の慰労会を開いている。家族も参加可能で、谷一家も幼い雪子を連れて参加した。彼女はたまたま帰宅していた誠の軍服姿を見て「かっこいい」と言って懐く。幼子に懐かれた誠も満更でもなく可愛がった。谷夫妻はひたすら恐縮していたが。
このことをきっかけに交流が生まれた。成長とともに「頼れるお兄ちゃん」は恋慕の対象となり、朴念仁ではない誠もそれを察知。彼もまた憎からず思っていたために交際をスタートさせた――なんてことを海が聞き出していた。途中から水無子も参戦し、母娘でキャーキャー言いながら恋バナを白状させている。二人ともその辺でね? というか水無子はネタが尽きて悩んでいたのではなかったのか。
話を戻すと、付き合い始めた二人だったが結婚はまだ早いと双方が思っていたらしい。誠は軍務が忙しく、また安月給だから嫁を貰っている場合ではないと。雪子もまた仕事を始めたばかりでいきなり寿退社(?)というのはよろしくないと考えたとか。ただ戦争の足音が近づきつつあり、誠も昇進(現在少佐)して経済的な見通しが立ったことから結婚を決意。兄弟に根回しをして実家に集めた上で私たちに話をしようとしたそうだ。
「なるほどな」
「それで父上――」
「言わんとすることはわかるが、まずは谷たちを呼ぼう」
仕事中の谷一家を呼び出して事実確認アンド事情説明。
「お前!」
と父親がヒートアップしたがすぐに落ち着かせる。母親もうちの娘がすみません、と謝ってきた。予想通りの反応である。だからうちとしては大歓迎だと伝えた。
「よ、よろしいのですか?」
「こちらとしては異存はない」
一応の立ち居振る舞いは身についている。侯爵夫人としての教育ではなく使用人としてのそれなのでお勉強は必要だが、ゼロからのスタートよりは遥かにいい。そもそも変な人どころかそれなりに知っている相手なのだから元から反対するつもりはなかった。好き同士ならいいじゃない。
「誠。ちゃんと筋は通せ」
「あ、はい。――お義父さん。自分に雪子さんをください」
「……こちらこそ。不出来な娘ですがよろしくお願いいたします」
娘はやらん、みたいなことはなくすんなりと認められた。おめでとう。
長くなったので分割しました()
「面白かった」
「続きが気になる」
と思ったら、ブックマークをお願いします。
また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。
何卒よろしくお願いいたします。




