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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日


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黒鳩金

 






 ――――――




 新たに成立した桂内閣は予想通りというべきか、世間では「二流内閣」だとか「小山縣内閣」だとか呼ばれていた。世間の評判は悪いが、私から見て桂は慣れない仕事を懸命にやっている。他の元老も温かい目でその奮闘を見守っていた。


 そんなとき、ロシアとの間で重大な外交問題が浮上する。北清事変に際してロシアは満州を占領。事変が解決した後も占領を継続していた。これに日本やイギリスが反発。返還交渉をする清国を後援して満州還付条約が結ばれた。三度に分けて撤兵を行い、最終的に満州を返還するという条約である。


 第一回の撤兵は一応行われた(実際は鉄道守備隊に転用して駐留を継続した)ものの、第二回の撤兵を行う時期にはロシア国内の政治的変化によってそれを難しくしていた。


 ロシアではニコライ二世の信任を得たベゾブラーゾフとそのシンパが政治の主導権を握る。彼らはイケイケの強硬派であり、特に日本に対して譲歩する必要は無い。いざとなれば武力で叩き潰してやればいいのだ、と極東外交を強硬的に行うべしと主張していた。


 また、裏で進行していた通商条約の改訂交渉のなかで日本やアメリカが満州地域の開港を求めていたことも、ロシアにおける撤兵慎重派の主張を強化する。ロシアが退けばそこに日本やアメリカが入ってくるという警戒感を刺激したのだ。それでロシアが前に出れば日本を刺激することになるのだから外交は難しい。


 結局、そんな論理もあってベゾブラーゾフ一派は慎重派だったウィッテやラムズドルフを圧倒。ロシアの高官たちは満州の占領継続もやむなしとの結論に染まった。一応、清国に対してロシアの関与なしで満州の開港を行わないことなどの条件をつけて第二次撤兵を行うとした。満州還付条約の際に助言した繋がりで日本にもこれらの条件がリークされる。


「あり得ない!」


 条件を見た小村の第一声がこれである。拒否すべきであるが日本と清国とでは影響力が弱い。前回と同様に英米両国にもリーク。ロシアのやってることヤバすぎ、と誘導して三ヶ国で厳重に抗議した。半ば義理での付き合いで英米はそれ以上の行動はなかった。とはいえ三ヶ国がバックにいるとわかった清国はこれを拒否。従って撤兵も行われなかった。事実上、満州還付条約は破棄されたのである。


 ロシアは韓国においても行動を見せた。公式には西・ローゼン協定など日露間の協定において韓国からは手を引いたことになっているロシア。しかし民間人が行動するには問題ないだろう、とロシア系企業が鴨緑江で事業を始める。それだけなら抗議する理由はないのだが、彼らは韓国の龍岩浦に軍事拠点を築き始めた(龍岩浦事件)。これは日本を大いに刺激し、世論も徐々に反ロシア的なものに傾いていく。


 新聞の紙面は反露報道で賑わった。特にベッサラビアにおけるポグロム(ユダヤ人に対する迫害)が伝わると、人々は非道な行いだと義憤に駆られる。ロシアはけしからん。ロシア討つべし。――そんな声で世間は溢れかえった。


 こうなると誰の頭にも「戦争」の二文字がちらつく。桂もそのことを意識してか、私たち元老との面会を求めてきた。対ロシア政策のすり合わせをしたいとのこと。結局、政府側からは桂と小村が出席。元老からはロシア問題に関心の高い私と俊輔、知恵袋として無理やり引っ張り出してきた大久保の三人が出ることになった。大久保が高輪に建てた別邸を会場にして話し合う。


「お三方には前もってお話しさせていただいた対ロシア政策についてご意見を頂戴したいのです」


 桂はそう切り出しまずは政府としての希望を小村に話させる。


「政府としましては従来の方針――すなわち韓国は日本、満州はロシアという棲み分けをするという方針を維持したいと思っております」


 満韓交換論を大原則とすることには変わりないようだ。もちろんこれは表面的なもので、ロシアがやったように民間が進出する分には問題はない。清国は門戸開放が原則であるからして。


「他方、昨今はロシア側よりこの原則への挑戦が続いております」


 小村はあくまで現時点ではと断りを入れた上で、ロシアの行動は満州はおろか朝鮮までをもその勢力圏に収めようとするものに他ならず、これを座視すれば日本の安全保障に重大な影響を及ぼすと指摘した。


「話はわかった。それでどうするというんだね?」


 結論が見えたのか俊輔が急かす。勿体ぶらずにさっさと話せという意図だと察した小村は桂内閣としての見解を述べる。


「従来方針は絶対堅持。このためには如何なる結果に至ろうとも貫徹すべきだと愚考します」


「つまりは最悪、ロシアとの戦争も辞さないと?」


「はい」


 韓国は日本の、満州はロシアの勢力圏とする。これを侵犯されるようなことがあれば戦争も辞さないと述べた。ただ戦争は既定路線ではない。あくまでも交渉が上手くいかなかったときの最後の手段。何もかも失って崖っぷちに立たされてからではなく、まだ失っていないうちに挑戦するということだ。


「私はそれでいいと思う」


 戦争になると確信して軍備を整えてきたが、ならないならそれに越したことはない。努力することは必要だと桂たちの政府方針を支持する。


「交渉での解決を諦めないというならば反対する理由はない」


 俊輔も持論である対話による解決が模索し続けられるならばと賛成した。


「大久保閣下は如何でしょう?」


 桂は唯一、何も発言していない大久保に訊ねる。促されてようやく口を開いたが、その先は桂ではなく私だった。


「山縣さん。今の軍でロシアに勝てますか?」


「勝てます」


 はっきり答えた。俊輔はもちろん桂さえも目を剥く。桂は戦争も辞さないと言ってはいるが、内心では勝算があるのか微妙だと思っていたらしい。ところが私がはっきりと勝てると言ったので驚いたようだ。


 しかし日露戦争は私が日本軍に関わりを持って以来、常に意識してきたことである。世界大戦に耐え得る近代、あるいは現代軍への脱皮を長期目標とするならば、日露戦争は中期目標であった。幸い、思い通りの軍備を整えることができている。史実の反省も込みのもので、勝算はさらに高まっているはずだ。そういった考えから自信を持って勝てると言えた。


「――軍のことをよく知っている山縣さんがこう言っているのだ。ならば臆することはない。桂くんのやりたいようにやりたまえ」


 大久保は激励も込みでそう言った。後に御前会議でもこの方針は確認された。天皇もまた大久保と似たようなスタンスをとり、ただ最後まで非戦の可能性を探るようにと注文をつけたのみでこれを許すのだった。


 そんななか、ロシアからひとつの通知が届く。


「陸軍大臣のクロパトキンが来る?」


「はい。ロシア皇帝から極東視察を命じられ、その一環として訪日すると」


 相手が陸軍大臣ということで軍務相の山本が応対するところだが彼は海軍。陸軍部長だと格下になってしまうので上を探したところ首相の桂に話が行った。ただ桂も桂で忙しいので私に転送してきたというわけだ。


 他に人はいないのか。そう思ったが呑み込んで引き受ける。ただし一番大変な事前準備は丸投げ――もとい委任した。何から何まで私がやるのはよくないよね、うんうん。


 そんな茶番はさておき、クロパトキンが訪日する目的である。日露関係が緊張するなかでしかも軍の高官を派遣となればその目的は自ずとわかるというものだ。


「まあ日本の軍事力を確認することが目的だろうさ」


 海軍力は保有する船の量で大体の判別がつく。だが陸軍力は部隊数だけではなかなかわからない。実際に兵士が動くところを見なければ。クロパトキンが派遣されたのもそういう目的であろう。


「で、乗るか反るかとなるわけですが……」


 用兵に関することだから参謀本部の川上と児玉にやらせる。二人がクロパトキンの目的を分析してどうするか訊ねてきたが、


「もちろん乗る」


 なるべく非戦で、というのが政府としての意向である。高い軍事力は抑止力であるからして、それを見せることを厭う必要はない。


「ですよね」


 知ってた、というような反応。そのつもりで計画を立ててきました、と彼らの計画とやらが披露される。


 クロパトキンは日露の友好を願ってとの名目で国賓として扱われることになっていた。滞在先は芝離宮なので都内での観兵式を行うこととし、第一師団に加えて近衛師団も動員する計画だった。


「方面隊の特科隊もすべて出します」


 方面隊は有事の際に編成される野戦軍の母体となることが想定されていた(動員の都合もあるので隷下部隊がそのまま野戦軍に改編されるわけではない)。そのため野戦軍に付帯する特科隊をいくつか有している。その代表格が攻城砲兵だ。師団砲兵がせいぜい一五五ミリ砲なのに対して、攻城砲兵は二〇三ミリ砲に加えて三八〇ミリ臼砲をも装備している。これらも揃って観兵式に参加させることになっていた。


 示威行為が目的なのでほぼ全力を見せる。クロパトキンに日本にはこれが十三個あるということを伝え、戦争になればただでは済まないということを示すのだ。


 そして軍隊は単に強力な兵器を持っているだけでは強くは見えない。時に兵器の質を超越するのが兵士の質だ。それを示す何よりの手段が規律。整然と行動する軍隊は強そうに見えるだろう。特別課程として練兵の時間を割いて集団行動の訓練にあてる。さながら運動会のために行進練習に明け暮れる学生だ。


 周到に準備が進むなか六月にターゲット――もとい、クロパトキンが来日した。


「ようこそ。クロパトキン閣下」


 私はクロパトキンを出迎える。胸にはニコライ二世の戴冠式に出席した際に授与されたロシア帝国の勲章――聖アレクサンドル・ネフスキー勲章を佩用していた。


「山縣閣下。お会いできて光栄です」


 彼とは初対面であったが、佩用する勲章とそれを身につけた日本人ということで個人を特定したようだ。私もこちらこそお会いできて光栄です、と応じた。


 事前の打ち合わせ通り、クロパトキンの滞在中は私が世話役を務める。本人は釣りが大好きとのことなので、東京湾での釣りも盛り込んだ。


 腕利きと評判の漁師が操る船に乗って沖合いのポイントへ。そこで二人並んで釣り糸を垂らす。魚が釣れるまでの間、談笑して関係を築いていく。互いに軍人なのでやはり軍事戦略が話の中心だ。


「閣下は軍において何を重視されますか?」


「第一に補給、第二に補給、第三に補給です」


 補給は大事。超大事。そう主張すると、クロパトキンも大いに首肯した。


「閣下もそう思われますか!」


 実は私もなんですよ、とニコニコ顔のクロパトキン。それを見てまあそうでしょうねと思っていた。日露戦争では物資と兵力の備蓄を行いつつ後退を繰り返していたところ消極的だとして解任されてしまうのだから。


「日清戦争で素晴らしい戦果を挙げられた閣下と共通の見解を持っていることで、私の軍事戦略も大外れではないということがわかり安心しました」


 そしてクロパトキンにはもうひとつ嬉しいことがあったという。


「閣下の胸に光る聖アレクサンドル・ネフスキー勲章。それを身につけて頂けているとは。皇帝陛下にもよい報告ができそうです」


 聞けばニコライ二世から極東視察を命じられた際、日本の山縣に会ってくるよう勧められたそうだ。卿の見識も深まるだろう、と。


 ……エドワード七世とはともかく、ニコライ二世とは大きなイベントはなかったはずだ。なぜにかくも好感度が高いのか。もしかしてエドワード七世から話がいった? 私の知らない王室ネットワークで何かしらあったのかもしれない。あの二人親族だし。


 そんなことを考えていると竿に当たりが。


「うおっ!?」


 船釣りゆえに覚悟はしていたがその想定を上回る引き。思わず声が出た。


「大きそうですな――っと!?」


 クロパトキンにも当たりがあり、上手く群れにあたったのか仲良く大型のサバを釣り上げた。刺身にしたいところだがクロパトキンの前なので我慢。陸に上がってから焼き魚にする。炭火でじっくりふっくらと焼き上げられておりこれはこれで美味しかった。その食事中、


「クロパトキン閣下。明日、閣下を歓迎するために観兵式を行います。私が育て上げた軍をご覧いただきたい」


 と申し出る。もちろん断られるはずもなくクロパトキンは了承した。会場は青山練兵場。そこで歓迎と称して盛大な観兵式をした。二個師団による観兵式は大演習くらいでしか見ないのでなかなか壮観だ。


 私もクロパトキンも軍服姿で式典に臨む。特別練習の成果か、隊列はもちろん手足の角度もほぼほぼ揃っていた。某北の国の行進を見ている気分である。それを私はレディーの背に跨って眺めていた。


 平時は近衛師団の隷下にある騎兵旅団もこれに加わっている。旅団長は春に清国派遣から帰国した秋山好古少将だ。


「我が軍の騎兵隊です。貴国が誇るコサック騎兵には敵いませんが」


 それでも兵士のみならず馬の育成にも力を入れていた。アングロアラブ(騎馬)とペルシュロン(駄馬)を中心に育成している。


「閣下の馬は大変ご立派ですな。しかし――」


 言いにくそうにしていたが何を言わんとするのかはわかるので続きを促した。


「その馬はサラブレッドとお見受けしますが、軍馬としては不向きかと……」


 それは既に言われていたことだ。なるほどサラブレッドは速く走ることに特化して進化させたため「芸術品」と言われるほど繊細である。怪我をしやすく物音に敏感。とても軍馬には向かない。しかしレディーはどういうわけかサラブレッドとは思えない丈夫な馬だった。気性面は荒いが。


 よくわからないがとにかく軍馬として使えるというので使っている。乗らないと拗ねてしまう。たとえ雨の日でもお構いなし。おかげで家のロンギ場に屋根がついた上、室内馬場の設置が予定されている。うちは牧場ではないのだが……。手のかかるわがままお嬢様である。


「珍しい馬もいるのですね」


「まったくだ」


 はははっ、と笑った。しかしお嬢様は不満だったようで違います、とばかりにちょっと暴れる。しかし褒めてるんだよ、と首筋をパンパンと叩く(褒めるサイン)とすぐ大人しくなった。ちょろい。


 さて、本命の軍備に関してだが、クロパトキンが驚いていたのは火砲の豊富さ。七五ミリから二〇三ミリ、果ては(臼砲ながら)三八〇ミリと強力そうな火砲が揃っている。体格はともあれ整然とした行進も練度の高さを窺わせ、後に彼は日本の軍事力は高く交戦すべきではないという非戦論を唱えるのだった。目的は果たされたのである。








 観兵式の描写はほぼ省きましたが、某北の国のパレードをイメージしてください




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また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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最初に読んだときは気づかなかったのですが、 さらっと203mm口径の砲や380mm口径の臼砲が出ているのはヤバくないかな? 史実では280mm海岸防衛砲を転用してたけど、 380mmって他国も採用し…
山縣の勝てるという発言ほど説得力があるものはないですね。建軍の父であり、西南・日清戦争の英雄であり、内政面でも数多くの功績を残しているカリスマの後ろ盾ほど心強いものはないと思います。
更新お疲れ様です。 ところで、情報将校の福島安正と明石元二郎を主人公は目にかけているのでしょうか? 作者様が、おそらく起こるであろう、対外戦争をどう描くか楽しみに待っています。
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