世代交代
ひと言。皆さんヴィリー好きすぎ
それとあとがきに小話あります
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イギリス滞在を終えて帰国することになった。ジョニーだけでなく、交友を持った多くの上流階級の人々から別れを惜しまれた。エドワード七世からも惜別の言葉と、レディーをよろしくとの伝言が。滞在中の厚遇を感謝するとともに、賜った馬は大切にします、と返事をした。
日本に帰国すると天皇に帰朝の報告をする。飛行機の譲渡など今回の訪英は私的なものでありつつ半ば公務でもあった。報告をするのは当然のことだ。ところがその場で泣きつかれた。
「内閣と議会が衝突して収拾がつかん。なんとかしてくれ」
後事を託して渡英したのだが、その井上が議会(政友会)と衝突したらしい。きっかけは鉄道政策。鉄道網の拡充と、路線を地元に誘引する目的から政友会の議員たちは予定線の早期着工、完工、新規線の盛り込みに熱心であった。しかし井上は野放図な財政膨張を懸念して首を縦に振らない。そのためしばしば両者は衝突していた。
原は政府との対立を避けるために奔走したが、幹部とはいえ党員を完全にコントロールすることはできずに破局を迎える。井上内閣は孤立してしまい政府原案による立法が通らなくなってしまった。天皇はこれをどうにかしてくれと言ってきたのだ。
これは困った。
私の偽りない感想だ。別に私は政友会と近しいわけではない。俊輔や原を介してコントロールしていただけだ。なので何とかしようにも守備範囲外なので手が出せない。ともあれ、まずは事情を知っている人間に訊ねようと原を訪ねた。
「面目ありません、閣下」
「人を束ねるというのは難しい。仕方ないだろう」
右を向けと言えば大人しく右を向いてくれる人間ばかりではない。山縣閥も完全な意思統一ができているというわけではなく、脅し同然に意見を曲げさせたこともある。人を束ねる苦労は理解しているつもりだ。
原から改めて事情を聞く。話は予め聞いていたことと同じだったが、問題はなぜ拗れたか。その核心にある。それについては、
「井上総理と渡辺蔵相が公債事業を一切凍結するということを声明したのですが……間の悪いことに政友会で現在の事業以外は新規に起工せず、代わりに予定線へ新規事業を盛り込むことで折り合いをつけたところだったのです」
「それで話が違うじゃないか、と代議士たちが怒ったわけだ」
「はい……」
それは本当に間が悪い。しかも井上や渡辺から何の相談もなくいきなりそういう声明が出たそうな。井上は根っからの財政緊縮論者であるからわかるが、渡辺が賛成したのは意外だった。彼は積極財政派だからだ。
「景況はよくなりつつあるといえど、軍事費や勧業費など支出は過大であると井上総理が仰って――」
「渡辺は押し切られたわけか」
「はい」
渡辺は諏訪高島藩の出身で、京都御所の警備にあたっていた際に大久保と知遇を得る。維新後に召し出されて政府の官僚となった。当初は民部省に勤めていたが大蔵省へと転属。大隈重信や松方正義の下で働き、特に松方に目をかけられて彼の下で局長や次官になった。その後は俊輔の下で政友会の設立に携わって今に至る。
そんなバックを持つ渡辺であるが、元老である井上に対抗するには後ろ盾が弱かった。一見すると錚々たる面子だが、有名無実という状況だ。大久保は総理退任以来、楽隠居を決め込んでおり生存確認とばかりに召し出されない限りは表舞台に姿を現さない。私も忙しい身なので季節の挨拶くらいしかできていなかった。文通はよくしているのだが。
松方も一度ならず二度までも総理として失敗しているためその権威には翳りが見える。ただし財政に関しては天皇から圧倒的な信任を得ており、召し出されては相談を受けているらしい。私も畑違いなのであまり接点はないが、たまに会って話をする。
最後に俊輔。こちらは充電を終えて活動していた。とはいえ政権とるぞと意気込んでおいて途中で投げ出したというダメージは大きかった。政友会において独裁体制を敷いていたが、その件を機に権限を縮小されてしまい幹部のウエイトが大きくなっている。退任も囁かれていた。
このように様々な事情から後ろ盾が弱体化しており渡辺は井上に対抗できなかったようだ。
「事情はわかった。原くんは引き続き政友会の掌握に努めてくれ。井上さんのことはこちらで何とかする」
「わかりました」
政府のことは私が何とかするしかないだろう。井上との面会を取りつけて会いに行った。
「大変なことになったようだな」
「ええ、まったく」
やってられないよ、みたいな態度の井上。気持ちはわかる。政党はこちらの統制が利かないから好き勝手要求してきて各所との調整が大変なのだ。まあ、政党員を内閣に入れるとある程度向こうで話をつけてくれるので楽にはなるのだが。
よほど参ったらしく辞めたいと言い出した。押しつけられたようなもので元からやる気はない。経緯を考えると無責任とも言えなかった。とにかく天皇に報告。後継首相を選ぶ元老会議が直ちに招集される。
俊輔には絶対に来るようにと厳命が下った。前回の会議には出席しなかったからだ。信吾(西郷従道)や黒田清隆など元老も数を減らしている。意見や承認という手続きの関係からちゃんと出てこい、という天皇のメッセージだった。
意外(?)なことに俊輔はこれに乗り気だった。会議の招集が告げられた次の日、アポ無しで私のところへ突撃してくる。
「小助」
「こっちに来たのか俊輔」
彼が来たとき、私は新たな愛馬となったレディーの世話をしていた。船でもそうだったが、私が顔を出さないと機嫌を損ねてしまう。馬丁からはあんな怪物によく乗れますね、と言われた。可愛いけどな。
馬の世話をしているから屋敷で待っておけと言っていたはずだが、早く話したいのかわざわざ馬房まで来たようだ。
「立派な馬だな」
「そうだろう。英国の国王陛下から賜った馬だ」
異母兄にイギリス三冠馬がいるんだぞと言うと驚いていた。レディーに乗って駆けさせたが他の馬とは比べものにならない。競走馬をしていればレースに勝てたのではなかろうか。あるときブラッシングしながらこれでよかったのかと問いかけたが、別にいいのよとばかりに嘶きが返ってきた。本当に賢い馬である。
「それでどうしたんだ?」
「実はな――」
俊輔は引退を仄めかす。本人だけなら好きにしろと言うだけだが、元老が揃って第一線を退こうという話だった。
「いつまでも我々が表舞台に立つ必要はない。大久保さんのように隠居してはどうかと思ったのだ」
「……この機会にその話をするということは、次の首相は我々以外から選ぼうということか?」
「ああ」
世代交代をしようという提案だった。会議までに根回しを済ませたいと言い、まず最有力の私を説得に来たらしい。
「いいぞ」
「本当か?」
「本当だとも。私がお前に嘘を吐いたことがあったか?」
ないな、と俊輔は笑った。細かいところで言いたいことはあるが、とりあえず総論としては賛成である。世代交代も考えていかなければならない。……主にロシア情勢で予断を許さないこんな環境で引き渡すのは申し訳ないが。
政府系の人材における主な派閥は三つ。長州系が私と俊輔(山縣系と伊藤系)、薩摩系が大久保(実際に取り仕切っているのは山本)である。薩摩系は既に交代しているも同然なので除外し、長州系で後継を決める必要があった。
「うちは桂だな」
そのつもりで色々と任せている。イギリスに行っている間は派閥のことも任せたが無事にやっていた。それに大隈たち非政友系の勢力と接触しているとか。たしかに政友会は伊藤系の牙城だからそこを崩すよりは現実的だ。とはいえ政友会には親しくしている原がいるので私個人としては微妙なところである。
俊輔の方は西園寺を出してきた。こちらもまた妥当なところ。世間の噂通り俊輔は総裁を退任して西園寺に後を任せるそうだ。
「それで次の首相だが……」
そこが大事なところだ。これ次第で場合によっては……という可能性がある。だがそれは杞憂だった。
「桂くんはどうかと思っている」
曰く、西園寺は基盤とする政友会が安定しているとはいえず、下手をすると井上内閣の二の舞になりかねない。政友会が動揺してもさほど影響がない私の派閥から出すのが適当だということだった。
桂を推薦するのは私の後継である以外にも、人事の都合で宙に浮いていることがあった。同世代の川上は参謀本部に入り浸り、長く軍務を司っていたがこれも山本に譲っている。方面隊司令官として遇していたが本人の立場としては必ずしも適当とはいえない。これらの事情を総合的に勘案して桂が適当だと判断したそうだ。
「それもそうだな」
納得したという風だが内心ウキウキだ。小細工しなくとも桂に決まったのだから。やはり自分の息がかかった人間の方が政策実現しやすい。なるほど世の中にフィクサーが溢れるわけだ。その心理を知った。
俊輔には井上や松方の説得に行ってもらう。私は大久保と大山に話をした。楽隠居を決め込んでいる大久保も、政治には極力関わらないようにする大山も同意。俊輔の方も首尾よく同意を取りつけた。
そして迎えた首相選定の元老会議。私たちは全員一致で桂太郎を推薦する。元老を代表して俊輔が天皇に意見を述べることに。
「陛下のご威光、臣民の不断の努力により国運は益々盛んになりつつあります――」
そんな言葉から始まり、元老の間で合意した理由が述べられていく。世代交代が必要で今こそやるべきだと。
「そなたたちがそう申すなら桂に任せよう」
天皇もその必要性を認めて桂に大命降下した。ただし、私たち元老に対してよく助けるようにとも言い添える。元よりそのつもりであり私たちは頷いた。
「――ということだ。よろしく頼むぞ」
桂に大命降下に至った経緯を伝え、ニコニコ顔で肩にポン、と手を置いて締めた。「ニコポン」と呼ばれた彼の癖を真似たものだ。突然の大命降下に目を白黒させていたが、肩ポンの衝撃で我に帰ったらしい。
「唐突すぎませんか?」
「急に決まったことだからな」
藩閥に対する批判はあるものの、私がまだ政党に融和的であるためか史実ほど批判は激しくない。元老の引退もまだ先だろうと見られていたところでこれなのだから困惑するのも当然だろう。
「まあそう気負うな」
当面は経験者の元老がバックアップするから恐れずにやれと言う。桂が就任することで批判もあるだろうが、それに対しては私たち(元老)に推されて仕方なく就任したんだ、という体をとってくれていいと言っておく。
閣僚人事なども桂に任せる。もちろん相談には乗るが基本はお任せ。ただひとつだけ注文がつく。
「桂くんの勝手次第と言いたいところなんだが、俊輔との関係で政友会と提携するようにしてくれ」
桂が大隈と接近して非政友系を中心に糾合した新政党を立ち上げようとしていることは知っている。ただそれは上手くいっているとは言い難く、このままいくと桂内閣は少数与党として出発することになってしまう。俊輔の協力を得るためには政友会との提携が必要だったが、桂にとってはむしろ渡りに船といえた。
その動きが反対党の大隈の目にどう映るのかは考えなければならないが、政局次第でどう転ぶかわからないのが政治。桂と政友会との提携が致命的な溝を生むとは考えにくい。桂も了承してくれた。
かくして井上内閣は総辞職。桂に大命降下して桂内閣が発足した。組閣の準備は既に終えており、桂は大命を拝受するや直ちに内閣を組織した。
総理大臣 桂太郎
内務大臣 児玉源太郎
外務大臣 小村寿太郎
大蔵大臣 曾禰荒助
軍務大臣 山本権兵衛
司法大臣 清浦奎吾
文部大臣 菊池大麓
農商務大臣 平田東助
逓信大臣 芳川顕正
政友会からの入閣はなし。大隈たちとの関係を懸念して政友会とは閣外協力という形にしたようだ。政友会としても藩閥ガチガチの桂内閣に対して一歩引いた位置にいられることから歓迎しているとは原の談である。
内心とんでもないタイミングでの世代交代だと思っていたが、私も含めてあまりにも元老たちが首相の座を敬遠するので致し方ない。こうなったものは仕方がないので、せめて全力で支えようと思う。
その矢先、早速とばかりに重大な外交問題が浮上するのであった。
おまけ
〜レディの来日とあれこれ〜
レディ「ここがご主人の国なのね」
ボス馬「おん? 新入りか。ねえちゃん、まずはボスに挨拶するのが礼儀ってもんだろ」
レディ「は? ボスはご主人でしょ」
ボス馬「……こいつはちょっと『教育』してやらんとな」
ほどなくして
元ボス馬「参りました……」
レディ「わかればいいのよ」
厩務員「その日のうちにボス馬になりました」
山縣「草」
レディ「ご主人、褒めて褒めて(ふんす、ふんすㅎvㅎ)」
山縣「おー、よしよし」
海「あら、人懐っこい子ね」
レディ「ふんだ」
海「あらら?」
山縣「知ってた」
レディに懐いてもらうために奮闘する海。しかしなぜかレディが懐くことはなかった…
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