ブレイクスルー
――――――
イギリス滞在も終盤。社交に引っ張りだこで忙しいが、訪英目的のひとつである造船所の見学に訪れる。ヴィッカース社の造船所ではまさに戦艦が建造されている最中であった。担当者に案内されて施設を見て回る。
「こちらは日本から注文された戦艦の八番艦です」
八四艦隊計画に基づいてイギリスに十二隻の主力艦が発注された。これまで日本が保有しなかった戦艦の整備が急がれ、真っ先に竣工したのが伊勢型の二隻。日本に回航されて乗員の訓練にあてられていた。
次いで六隻の戦艦と四隻の甲種巡洋艦が順次建造されていく。気になる艦級は戦艦が山城型、甲巡が富士型とされた。前者は山城、薩摩、長門、土佐、肥前、尾張。後者は富士、石鎚、吾妻、蔵王となっている。
戦艦は維新に功労があった旧藩の国名からとってきた。ただタイプシップをどこにするのかで絶対に揉める(順番でも揉めた)ので、不毛な争いを回避するために平安京のあった山城を一番艦の名前にしている。
十二隻のうち目の前にいる戦艦八番艦――尾張は末っ子だ。船体は完成して艤装もかなり進んでいる。ぱっと見は完成しているように見えるが、細かなところで作業が続いていた。
「ご存知の通り本艦には最新のクルップ・セメンテッド鋼(KC鋼)を採用しています。装甲防御が占める重量を軽減させており、より武装を充実させることができました」
伊勢型と比較すると主砲は同じだが副砲二門、その他の軽砲が八門増加していた。前級と比較しても攻撃力防御力とも着実に向上している。
尾張は細々とした工事を終えると公試に出され、それをパスすると日本海軍に引き渡されることになっていた。遅くとも年内にはとのこと。同艦が到着して計画された日本艦隊が揃うのが楽しみだ。
作業しているところにお邪魔して艦内を見学する。基本的には伊勢型戦艦と大差ない。とはいえ男としてこういう機械を見るのはワクワクする。そういう気分を味わっていた。
「失礼します」
そこへ造船所のスタッフがやってきた。何やら私に用事があるという。
「何かね?」
「はっ。先ほど閣下に面会したいという方がいらっしゃいました」
面会希望者らしい。私が何か言う前に随行していた林公使が皮肉を言う。
「この時間、閣下は造船所を見学することになっておりお約束はしていないはずですが?」
遠回しにアポ無し突撃とは非常識だなと非難していた。スタッフもそれはわかっているのだが、何か言いたそうにしている。もしかして。
「誰か断れない相手だったかな?」
と促すと救世主を見るような目で私を見た。直感は当たっていたらしい。
「はい。実はお越しになられたのはフィッシャー大将なのです……」
「「ええっ!?」」
私と林公使の驚きの声が重なった。
フィッシャー大将は第二海軍卿を務める人物だ。彼を一躍有名にしたのはドレッドノートの建造を推し進めたことだろう。私はそんな大人物が訪ねてきたことへの驚きから声を上げた。
「閣下、如何いたしますか?」
林公使の問い。ここで断ってもアポ無し突撃してきたのが悪いので咎められないだろう。とはいえフィッシャーほどの人物が訪ねてきたのだから多少の非礼は無視しても面会すべきでもある。判断つかず上役の私に委ねたわけだ。
「せっかく来てくれたのだ。お会いしよう」
私はスタッフに案内するよう伝えた。尾張を見せてこの船に対する現役海軍軍人の感想を聞きたかった。
「はじめまして。海軍大将ジョン・フィッシャーです」
「陸軍元帥の山縣有朋です」
と無難な挨拶から入ったのだが、フィッシャーはすぐにグイッと距離を詰めてきた。
「閣下がこの船のコンセプトをまとめられたと伺いましたが?」
「事実です」
私は軍務大臣として海軍の艦隊整備計画――八四艦隊計画を主導した。肯定するとフィッシャーのテンションが上がった。
「やはり! 私は日本海軍の方針に感銘を受けました」
フィッシャーはドレッドノートの建造を主導したことで知られているが、根本にある思想は単一巨砲を備えた高速戦艦の整備である。後に彼は九十隻の艦艇を「雑魚」としてスクラップにし、六十隻を超える艦艇もまた「がらくた」として予備役にした。そうして資金と人員を捻出してドレッドノートをはじめとする弩級戦艦の建造を推し進めていく。
ありきたりな手法であるが、日本海軍のそれは彼がやろうとしたことの体現といえる。その実行者である私が来たことで居ても立ってもいられず突撃してきたというわけだ。さすがはスピード狂。
「閣下は陸軍にありながら海軍にも造詣が深いご様子」
「貴国もそうですが、我が国もまた島国。陸軍が力を発揮するには海軍に道中の安全を確保してもらわなければなりません。それを重視することは不思議ではないでしょう」
これは国内でもよく言われることなので、よく使う回答をする。まあ私はコンセプトを提供するだけで、実際のことは山本に任せているのだが。それでも政策を推進する後ろ盾になっていた。信吾が死んでからは特に。
フィッシャーはうんうんと頷いていた。ここでひとつのアイデアが思い浮かぶ。ちょっと早いが彼に入れ知恵するのも面白いかもしれない。
「フィッシャー提督。ちょっとお話ししたいことが――」
上手いこと言ってフィッシャーを造船所の部屋に連れ込んだ。そこでこれは極秘なんですけどと断ってグラスゴーにあるサンライズ社傘下のサミューダ・ブラザーズで建造しようとしている新規軍艦の話をした。
「ほう、それはどのような?」
「まだ計画なのですが……」
興味を示した。内心では釣れた、と大歓喜。意気揚々と咄嗟の思いつきでありもしない計画(後で帳尻合わせのために現場が忙殺されることが確定)をつらつらと話す。
「新機軸の戦艦ということでアルファ艦と呼んでいるのですが――」
ありもしないアルファ艦の計画とはこうである。
排水量 二万トン程度
主砲 十二インチ連装四基八門
速力 二十ノット以上
機関 石炭石油混焼蒸気タービン
防御 KC鋼を使用し同格砲の直撃に耐えられる程度
というもの。史実のドレッドノートを基本に、時期として近い金剛型戦艦の設計も勘案したアイデアだ。脳内では山城型戦艦に続く次期主力艦として将来的に整備しようという構想があった。それをいい機会だと具現化したのである。レシプロ機関よりも優れた蒸気タービン機関も実用化されているからな。
「素晴らしい! これこそ私が、いや我々が求めていた戦艦だ!」
アルファ艦はフィッシャーの心をフライングゲットした。単一砲を多数搭載した高速な戦艦こそが次世代の海の主役だ、と熱弁する。彼の脳裏では既にアルファ艦が進水しているのだろう。
「このアイデアを英国海軍に提供していただきたい」
建造に向けて万難を廃して臨むとの決意が示された。設計委員会を立ち上げて私のアイデアを元に具体的な設計を練るというのだ。流れはこちらの狙い通り。だがまだ足りない。
「それは嬉しい申し出です。ただ、元は日本海軍に売るために造るつもりでして……」
イギリスに囲われるのは歓迎されないと訴える。フィッシャーもそこは承知していた。
「ならば日本からも技術者を派遣してもらおう」
アイデアをもらうわけだからそれ相応の返礼が必要だとフィッシャー。イギリスにできる返礼は技術だと日本に対する技術供与を申し出る。
「それは望外なことですが、よろしいのですか?」
「もちろんだとも。政府も説得して見せよう」
内心では釣れた、と思いつつ恐縮して見せる。この辺の演技は上手くなった。問題はフィッシャーが本当にイギリス当局を説得できるかにかかっていたが、彼は見事に当局を説き伏せて日英共同での新戦艦設計を実現させる。
これは意外にも世論の後押しもあった。リレーションシップ号の件は戴冠式の余興ということもあって新聞で大々的に報道された。世界一の国であるイギリスが貰ってばかりでは面目が立たない。日本に何かお返しをすべきという論調だ。イギリス政府は日英共同事業でもって日本にない技術を供与することでお返しをすべきとの論調に応えようと考えたのだ。
かくして私の咄嗟の思いつきとフィッシャーのブルドーザーぶりとがシナジーを起こし、史実よりも少し早い戦艦ドレッドノートの概念設計が始まった。私が日本に戻ってからもこのプロジェクトに携わる。最終的に史実ドレッドノートの艦型(主砲を五基に増やし、二番三番砲塔を左右の舷側に配置)に落ち着いたイギリス案と、金剛型戦艦を縮小した艦型(主砲は四基のままで一番二番砲塔を背負式とした)の日本案に分化した。
イギリスの最新技術を見ることができ、その導入も進んだ。派遣された技術者のなかには留学を命じられた平賀譲の名前もあった。しかし、私の本命はイギリスの射撃指揮装置だ。民間発明家のポーレンという人物により初期の射撃盤が開発される。1906年のことだ。フィッシャーは採用を熱望するも海軍はこれを見送る。しかし日本はこれを購入して日本式の射撃指揮装置へと発展させていく。
閑話休題。
果たしてフィッシャーとの会談は上々の出来だった。やはり帳尻を合わせるために現場には仕事が降って湧くことになったが見て見ぬふりをする。
新戦艦の設計は日英海軍当局との合同事業となり、連絡や調整に倉屋は大わらわ。そんな彼らを尻目に私と海はエドワード七世の招待を受けて競馬観戦に来ていた。
「我が国の競馬はどうかね?」
「いやはや、熱気が凄まじいですね」
欧州競馬といえばフランス凱旋門賞が有名だが、イギリスなどでも盛んに行われている。日本では賭け事の一種として認識されているが、欧州では貴族の遊びとして出発した名残で賭け事の側面もありつつ貴族趣味が色濃く残っていた。
現代でこそ衰退している欧州競馬だが、この時代は大人気コンテンツ。エドワード七世も皇太子時代から競馬にのめり込み、馬主として活動もしていた。王族が馬主をすることは珍しいことではないが、ダービー勝ちや馬主チャンピオン、生産者チャンピオンになっているのだから恐れ入る。
国王に気に入られたらしく、暇を見ては呼び出されていた。ジョニーと親しい国王は私の嗜好をばっちり把握している。共通の趣味としてたどり着いたのが馬で、共に競馬観戦をすることになった。
先述のように欧州競馬は貴族の趣味から派生したものだ。そのためドレスコードがありモーニングに山高帽という格好である(貴賓席のある競馬場ならシルクハット)。今回の観戦場所はニューマーケット競馬場で、上流階級は馬上から観戦することが伝統だった。しかしここで問題が発生する。
「服はともかく馬がないんですが……」
日本なら何頭もいるので用意しておくことができる。ただイギリスまでは連れてきていない。服は仕立てればいいが馬をこのときのために買うのはさすがに……と遠慮した。するとエドワード七世は、
「ならば余の牧場から一頭融通しよう」
と言った。日程を都合して彼の個人牧場に足を運んで当日乗る馬を選ぶことに。重賞馬もいたが現役の馬は申し訳ないので引退馬か若駒に限定して選ぶ。
「どの馬も素晴らしいですな」
「国王陛下が昔から熱心に育ててきましたから」
例えば、とある馬の許へ案内される。鹿毛の細マッチョといった感じの馬だ。
「この馬はパーシモン。96年のダービー馬です」
パーシモンはエドワード七世とイギリス王室の人気を一気に高めた馬だ。ダービーをレコード勝ちしたインパクト、それがエドワード七世(当時は皇太子)の持ち馬ということで人気を博した。さらにこのレースは録画されており、各地でフィルムが上映されて当時の興奮を何度となく再現する。イギリスを飛び出してオーストラリアやニュージーランドでも上映されたというから、いかに人気であったかが窺えるというものだ。
「そしてこちらはダイヤモンドジュビリー。ご存知の通り1900年の三冠馬です」
「ほほう、これが」
見事な黒鹿毛の馬だ。ダイヤモンドジュビリーという名前の由来は先代のヴィクトリア女王の即位六十周年――ダイヤモンドジュビリーにあたる年だったから。皇太子だからこそつけることができた馬名である。
「注意してください。閣下に万一のことがあったら……」
スタッフが怖いことを言うがこれは脅しではない。
名誉ある名前を持つダイヤモンドジュビリーはかなりの気性難であった。見物人を蹴飛ばそうとし、騎手を振り落とそうとし、馬丁の指は食い千切りと大暴れ。「悪魔」とまで言われた。どこぞの黄金の旅路や船が可愛く思えてしまうエピソードである。遂には誰も乗りたがらなくなり、仕方なしに厩務員のジョーンズ君が騎手を務めた。……それで三冠馬になるんだからこの馬のポテンシャルは恐ろしい。
そして今も私を見てやんのかテメェ、みたいな感じで睨んでいる。だが私もこの手の馬には慣れていた。ダイヤモンドジュビリーが悪魔なら、こっちは野獣(あるいは馬によく似た怪獣)と呼ばれた日本馬を扱ってきたのだ。手をつけられない馬ならこちらも強気に出るべし。舐められるので引いてはいけない。
睨み合うことしばし。やがてダイヤモンドジュビリーはつまんねーとばかりにそっぽを向いた。私の勝ち。
「す、凄いですね閣下」
ダイヤモンドジュビリーが退くところなんて滅多に見られないとスタッフ。この話はエドワード七世をはじめとした上流階級にも伝わり、あの悪魔を退けたとして話題になる。
「なあに、こういう馬は概して賢い。最初は序列をつけるために強く出て、後は気を悪くしないよう気遣ってやるんだ」
某黄金一族の話は日本の競馬好きの間では有名だ。そのエピソードに自分が馬と接するなかで感じたことをミックスさせて我流ながら馬への接し方というのを身につけていた。それがダイヤモンドジュビリーにも当てはまっただけのことだ。
「しかしああいう馬はいいな」
「えっ!?」
私が呟くとスタッフは信じられないものを見た、と言わんばかりの表情をする。そんなに変なことを言っただろうか?
できればダイヤモンドジュビリーの子がいいが、繁殖入りして間もないので初年度産駒が生まれたところだ。しかしその父で同じく気性難で知られたセントサイモン(サンシモン)の子がいた。私はその中からダイヤモンドジュビリーほどではないにせよ、見せてもらったなかでは一番のお転婆という馬を選んだ。反対されたが私は構うものかと押し切った。
「good girl. good girl」
「girl」と呼んでいるように選んだ馬は鹿毛の牝馬だった。最初は何よ、と落ち着きがない。それでもいい子いい子、とあやしながら乗っていると仕方ないわね、とばかりに落ち着きを見せる。
競馬観戦当日もその馬に乗って会場へ。セントサイモンの子で、なかでもとびきり気性難の馬だということは伝わっていたらしい。果たして無事に乗れるのか、と観戦に来る貴族の間で賭けもあったとか(なぜ知っているかといえば「乗れる」に賭けたジョニーから聞き出したから)。
レースの熱気にあてられたのか少しヒートアップする場面はあったが、いい子いい子とあやせば落ち着く。結局、何事もなく観戦できた。
「本当にセントサイモンの子か……?」
と観戦に来た貴族たちは目を丸くしていた。
エドワード七世も、
「これでは立派なレディーだな」
と笑った。まるで貴族令嬢のように大人しいというのである。まだ名前がついていなかったので丁度いい、とこの馬はレディーと呼ばれるようになった。
競馬は特に何事もなく終了。エドワード七世の持ち馬も出走していたが、本日は残念ながら勝利とはならなかった。とても残念がっている。
「山縣侯の前で勝利する姿を見せたかったのだが……」
「勝負は時の運と申しますから」
暗くなったので話題を変える。競馬の運営についてだ。国として統一されているのはやはりいいなと感じた。日本ではあちこちに競馬場ができているが、国として統一した運営はできていない。落ち着いたらその辺の整備もやっていく必要があるだろう。エドワード七世も協力は惜しまないと言ってくれた。
競馬が終わると解散となる。レディーも借りたということになっていたので返そうとしたのだが、
「これは……困ったな」
お別れ? みたいな感じで私の服を噛んで離さないのだ。撫でたら離すのだが、距離をとろうとするとすかさず噛んでくる。三度ほど同じことを繰り返した。
困っているとエドワード七世が、すっかり懐かれていて離すのも心苦しいということでレディーを私に譲ると言い出す。それは悪いと遠慮したのだが、これほど懐かれるのも珍しいから是非にと。断りきれずレディーは私に譲渡された。
最終的に私が折れるとレディーは服を離した。まるで人の言葉がわかっているかのような振る舞いである。
「まったく、賢い馬だよお前は」
私の負けを認める。レディーは当然でしょ、と言わんばかりに低く嘶いた。
なお余談。
競馬場から帰ると海の機嫌が悪かった。何かあったのかと思うと、思いもしなかった言葉がかけられる。
「競馬場でレディーを引っ掛けるのは楽しかった?」
「は?」
何を言っているのかわからなかったが、ここで頭ごなしに否定するのはよくない。慎重に話を聞けばとんでもない誤解をしていることが明らかになった。海は競馬場で国王と一緒に貴族令嬢をナンパして回っていたと思っていたのだ。
「待て待て。レディーというのは馬のことだぞ?」
もちろん信じてくれなかったので随行していた武官を呼んで証言してもらう。誤解はあっさり解けた。
しかし誰がこんなガセネタを掴ませたのか。犯人は海の口から語られた。
「ごめんなさい。ジョニーさんにそう言われてすっかり信じちゃって……」
悪戯したジョニーは後で締めておいた。
「面白かった」
「続きが気になる」
と思ったら、ブックマークをお願いします。
また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。
何卒よろしくお願いいたします。




