リレーションシップ
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エドワード七世の戴冠式まで少し時間があるので海はドイツへ。友人のベルタに会いに行った。約束だったからな。
私はイギリスに残って様々な人物と会う。特にロンドン市長をしているマーカス・サミュエルとの会談はとても実りのあるものになる。サミュエルはシェルの創業者であり、サンライズ社(とその裏にいる倉屋)からの支援を感謝された。
「市長はナイトに叙されていましたね」
「それもサンライズ社あってこそですよ」
彼は1898年に英王室からナイトに叙されていたが、座礁したイギリスの戦艦ヴィクトリアスをシェルの船が救援した功績を称えてのものだ。その船はサンライズ社が建造したものだった。
ロンドン市長になれたのも私たちからの投資を得て、順調に事業を拡大できたからこそだと感謝された。それから海を中心に商売の話をする。日本における油田開発への技術者派遣や有望な地域の話、そして将来の船の話などだ。
イギリスの造船業は盛んだ。二十一世紀を知る私からすると考えられないほどに。そのなかでサンライズ社の船をこれからも選んでもらえるよう、売り込みを忘れない。船舶用ディーゼルエンジンの研究をしていることをサミュエルに話す。それにより同じトン数でも積載量が増えることも。狙い通りに彼は興味を示し、一番船は是非ともシェルにと言った。
しかし、会談で強い興味を示したのは新たな油田開発の話だ。
「樺太?」
「ええ。北部に石油の湧出が確認されているのです」
北樺太に石油の存在は確認されていたが開発はなされていない。これを確保できれば日本の石油事情も多少はマシになる。倉屋が主体となりシェルの資本参加と技術支援で将来、共同開発しないかと勧誘した。
「将来ですか?」
「ええ」
まあロシアが首を縦に振るはずもないが、言うことを聞かせる手段がないわけでもない。明言はしなかったが彼も政治家。昨今の情勢からそれが何を暗喩しているのかは察していた。こちらもその暁には、と前向きな返答を得ることに成功。私たちにとっては大満足の会談だった。
そしてサミュエルを通して思いがけない相手と知遇を得ることになる。その人物とはナサニエル・ロスチャイルド。イギリスロスチャイルド家の当主であった。サミュエルはロスチャイルド家の関係企業からケロシンの販売権を得て事業を興した。これがシェルの創業話である。
ナサニエルは傲岸不遜でイギリス人らしく嫌味ったらしい人柄で有名だった。そのことを示すエピソードとしては、慈善活動家が二億五千万ポンドの支援を求めた際、説明を最後まで聞かずに三億ポンドを出した。しかし活動家はあくまで二億五千万ポンドが必要なだけで五千万ポンドは不要だと言うと、同席していた弟に向かって「彼は私に同情してくれるそうだ」と言ったという。何ともイギリス人らしい皮肉である。
そんな人物だが、サミュエルはナサニエルと同じユダヤ人であったことからそれなりに付き合いがあった。言うまでもなくロスチャイルドは世界有数の資産家。その協力を得られればより事業がやりやすくなるだろうし、日本の政府としても資金調達が容易になるだろうとの厚意で紹介してくれた。
「貴殿が山縣侯か」
「はい」
「噂は色々と聞いている」
ナサニエルは銀行家として、近年成長著しいサンライズ社に注目していたと明かした。また、彼はエドワード七世とケンブリッジ大学時代からの友人だとか。ジョニーがエドワード七世に漏らした情報がナサニエルに伝わっていた――というのは想像に難くない。社会って狭いね。
……もしかするとサミュエルの厚意だけでなく、ナサニエルの側からもこちらに接触したいというアクションがあったのかもしれない。
ナサニエルは南アフリカでダイヤモンドが発見されるや現地に投資を決め、世界のダイヤモンドを支配するデビアスの誕生を支援した。現代でいうと将来のユニコーン企業にいち早く投資したようなもの。とにかく彼の目は確かで、これと見込んだものへの投資には積極的だった。サンライズ社にも同じような匂いを感じたのではなかろうか。何となくそんな気がした。
「今のところ日本の政府に貸す金はない。だが貴殿の会社になら貸すことも吝かではない」
政府が発行する国債を引き受けてくれたらよかったのだが、さすがにそう上手く事は運ばない。それでも倉屋やサンライズ社への投資には前向きな姿勢を示してくれる。大資本家にそれだけの価値がある、と認められたようで嬉しくもあった。
「ありがとうございま――」
「ただし」
感謝の言葉を述べているとナサニエルはそれを遮った。
「祝賀飛行を見てからだ」
投資には値する。ただどれほどの価値があるのか見せてみろ。そう言われている気がした。そんなことを言われたら男として燃える。
「ええ。その日をお楽しみに」
私は挑戦的な笑みを返し、ナサニエルもまた受けて立つとばかりに笑っていた。
後日、この話を聞いたサンライズ社のイギリス人は一様に顔を青くする。今やシティに絶大な影響力を誇るロスチャイルド家の当主になんてことを! と。今からでも遅くないから謝りに行くべきだと言われた。
「はははっ」
「笑い事じゃないですよ!?」
預言者に終末を告げられたかのよう。
終わりだ、お終いだ、再就職先あるかな……
とかなんとか好き放題言っている。
「待て待て。冷静に考えてみろ。怒ったのなら投資の話はなしだ、と言われるだろう?」
そうなっていないのはナサニエルが怒っていないという何よりの証拠だ。それを聞いたイギリス人たちもたしかに、と納得していた。冷静になった頭で考えると今はピンチではなくチャンスであることに気づく。あのロスチャイルド家から支援を受けるチャンスなのだ。その日から彼らの目の色が変わる。
「何か手伝えることは?」
「ほらここ、窪みがあるじゃないか!」
「ティータイムの時間だ。あまり働きすぎるのもよくない」
投資の規模が祝賀飛行にかかっていると知るや、私が連れてきた飛行機の技術者たちを構い始めた。手伝えることはないかと聞き、飛行場整備の監督では敷地を歩き回り窪みひとつ見逃さないと目を皿にする。また働き詰めはよくないとお茶を勧める光景も見られた。急な態度の変化に二宮たち技術者たちは困惑していた。まあ無理もない。
とはいえ現地人が非常に協力的なのはありがたい。準備は順調に進み、イギリスに持ち込んだ機体の組み立てや各種の動作テストを完了。日野による試験飛行もパスした。
「おお、飛んでる飛んでる」
試験をしている会場では人が集まっている。飛行機というものに興味があるのだ。ジョニーもそのひとり。わざわざ私にいつ飛ぶのかという日程を確認して、案内もさせる始末だ。なかなかの度胸である。
「乗れないのかい?」
「残念ながら今のところは一人乗りだ」
第一の課題はやはりエンジンの出力。次に機体構造だ。後者は工夫でどうにかならないこともないが、前者はどうしようもない。もちろん双発や四発にして飛ばすという力技もあるにはあるが、貨客目的でそこまでするメリットはないのが現実だ。
「だから空の旅を楽しみたいなら飛行船でどうぞ」
「まだ乗れないだろ」
飛行船は飛行機より少し早い1900年と1901年にドイツとフランスで開発されていた。しかしジョニーの言う通りこれらにはまだ乗ることができない。あと水素ガスを利用しているため下手したら爆発事故でお陀仏という危険もあった。飛行機も大概だが、無茶な飛行をして空中分解でもしない限りはエンジンが止まっても滑空して着陸できる。まだ安全なはずだ。
準備はとにかく入念に。天覧飛行にも引けをとらないレベルだ。そして月日は流れエドワード七世の戴冠式の日。ウェストミンスター寺院で戴冠式が行われた。ロンドン市街でのパレードもあり、市民は街を飾りつけて新王の即位を祝う。
日本からは天皇の名代として小松宮彰仁親王が派遣された。先にイギリス入りしていた私は一応その随員ということになっている。ともに陸軍元帥で付き合いもあるので関係はいい。荘厳な寺院に対する感想を言い合いながら戴冠式を見守った。
戴冠式の熱も冷めないなか、ロンドン郊外で日本軍による祝賀飛行が行われる。注目のイベントであり、戴冠式に参列した外国要人はほぼ全員が見守っていた。貴人の量だけでいえば天覧飛行の比ではない。
「緊張していないか?」
「ははっ、まさか」
パイロットを務める日野中尉は大丈夫だと胸を張る。その横から、
「晩餐会のときは緊張して硬くなってたくせに」
と二宮たち技術者から野次が飛ぶ。土産話が活用されているようで何より。一度成功しているからというのもあるが、その日はどこか余裕があった。
「人はあのように飛べるのだな!」
イギリスに持ってきたのは天覧飛行で使用された富嶽と同じ型式の飛行機。試験機二号で私はこれを淡海と命名した。やはり琵琶湖が試験場になっていたのだからそこから名前をとらないのはおかしいだろと。なお富嶽(試験機一号)は遊就館に保存されることになっている。
日野が操る淡海は無難に旋回飛行をしていたが、いい子を演じられていた時間は短かった。すぐに痺れを切らしてアクロバット飛行に移行する。観衆はロックな動きに熱狂して喝采を浴びせた。
あまり長時間飛び続けられない上、アクロバット飛行は燃費も悪い。そろそろかと思っていると淡海がフィナーレを飾る。
「あっ!」
観衆のひとりが声を上げる。淡海から何かが落ちた。もしかして部品か? とざわつく会場。しかし、それは杞憂だ。直後、破裂音とともに白煙が柳の枝のように広がった。
「あれは我が国の文化である花火です。火薬を詰めた球を打ち上げて爆発させるのですが、今回は飛行機から落としてみました」
我々からのお祝いだと聞くと納得して喜んでいた。別にテロじゃないからね?
花火はサプライズゆえにぶっつけ本番だったが上手くいってよかった。上空でまさか火を使うわけにはいかず信管を使ったのだが、いい感じに動作してくれたようだ。
最後を飾った淡海はほどなく地上に舞い降りる。着陸も問題なし。画竜点睛を欠くということにはならなかった。
「素晴らしい!」
イギリスでも飛行に成功して安堵していると、興奮した様子のエドワード七世が褒めちぎる。観衆からも再びの喝采を浴びる。それから何かひと言と促されたので、それならばとちょっとしたスピーチをすることに。
「ありがとうございます。しかし晩餐会でも申し上げたように、この成功は我々だけの力ではなし得ませんでした。欧州――ことこのイギリスで生産されたものが多くこの飛行機に使われています。そこにいる日本の技術者の努力、またイギリスにいる職人たちの努力に改めて最大限の敬意を!」
うおーっ! と歓声が上がる。自国のことが称えられてイギリス人は大いに喜んでいた。
「そして! 我々からひとつサプライズプレゼントを――」
私は駐機された淡海を指し示し、
「あの機体を日英の友好を記念してイギリスに差し上げます!」
と言った。場がどよめく。そりゃそうだろう。天覧飛行の際、各国が売ってくれと言ったがすべて拒否した。それを譲渡するというのだ。驚かないはずがない。
だからこそ私はこれに相当なインパクトがあると考え、日本の首脳陣に根回しをした。反対もあったが、最終的にイギリスをこちら側へ引きつけるための最良の武器であるとして認められる。かくして淡海は(日英)リレーションシップ号としてイギリスに譲渡されることになった。
とはいえ飛行機を運用できる人間(パイロットや整備士)がいないので日本に派遣して訓練を受けることになる。それまではぶっちゃけただの置き物と化すのだが、最先端のものをくれたという事実が何よりも大きな意味を持つ。
リレーションシップ号は日英同盟を象徴するモニュメントとなったわけだが、一方で当時欧米に流布していた黄禍論をも刺激した。白人が未だ実用化していないものを黄色人種が実用化したことを脅威と捉える。その感情は理解できるが、私は祝賀飛行の後から殺到するメディアを通して日英は補完の関係にあるべきだと訴えた。
「人に長短あるように、国にも長短がある。互いにその長ずるところを以て他の足らざるところを補う。それは人類普遍のことで、今回の日英同盟にしてもその精神に則ったものと理解している」
イギリスにとって極東の権益を保護するための軍事力を求め日本と同盟した。日本はそれを提供する見返りに、軍事力を養うのに必要な資源をイギリスから提供される。こういうのってこれまでもあったことでしょ? と。
飾らずに言えば仲よくしようよという話だが、それを賢しらに言ってみた。こうしないと知性を疑われるのでね。いじめなんかでもそうだが、こういう手合いは反応するとエスカレートする。まともに相手をせず程々に流すことが重要だ。政治的な意図を以て生み出されたムーブメントならともかく、発作みたいなものならじきに収まる。今回は後者だと判断した。
一般イギリス人が存在しない脅威に勝手に怯え恐怖する一方、上流階級を中心に熱烈なラブコールが送られる。ナサニエルからは激賞され、ロスチャイルドからサンライズ社に多額の融資が行われることに。祝賀飛行の後は各種のパーティーに引っ張りだことなり、忙しい日々を送っていた。
招待は尋常ではなく、とても捌ききれる量ではなかった。やむなく断りを入れることもあったが、代理として誠を送り込んだりペアではなく単独で出席するなどして可能な限り応える。
「大変だよ。何とかならないの?」
私と海は慣れているが、誠はこう言って抗議してくる。
「姉に任せてたのが仇になったな」
「むう……」
日本でもこういう社交はあったが、誠は専ら姉の水無子に任せていた。そのツケが回ってきたのである。ある意味では自業自得だ。
ただ見逃せない動きもある。ホストや出席者から露骨に妹や娘を紹介されるのだ。妻や愛人にどうですかと。特に誠は独身なので攻勢が激しい。そろそろ嫁さん見つけてこいと言ってやった。海も孫の顔が見たいと促すが、誠は納得いっていない様子。まだ先のことになりそうだ
私? もちろん海に怒られるので誘いには乗らない。俊輔ほどお盛んではないのだ。あいつがおかしいのかもしれないが。
「大変そうだな」
見かねたのかエドワード七世が呼び出しという体で休みをくれた。もっともただの口実ではなくちゃんとした用事である。それは勲章について。
訪英にあわせて勲章を与えられることになっていた。当初は日英同盟の締結時の首相ということで聖マイケル・聖ジョージ勲章(外交、内政で功績のあった人物に贈られる)が予定されていたが、祝賀飛行などで王の歓心を買うことに。結果、エドワード七世の意向でバス勲章ナイト・グランドクロス(武官)も同時に授与される。
祝賀飛行に携わった者にもロイヤル・ヴィクトリア勲章のメダル(等級外)が与えられ、パイロットの日野と主任技師の二宮には特に五等の勲章が。海も飛行機開発と戴冠式への参列を込みで三等を受章する。
勲章の授与自体は大変名誉でありがたいことなのだが、社交の場での話のタネが増えてそれはそれで苦労する羽目になるのだった。
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