二つの道
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十九世紀が過ぎ去り二十世紀を迎えた。和暦でいうと明治三十四年(1901年)だ。史実ではこの三年後、日露戦争という無謀な大戦争を戦うことになる。太平洋戦争でもアメリカと戦うなんて馬鹿だと言われるが、国力の点からいえばロシアとの戦争も同じようなものだ。
しかし、現世でもある意味で順調に(?)戦争への道を歩んでいる。なるほど無謀だ。一か八かの大博打。それでも為政者の身では国をベットしてでもやらねばならないと思っている。ロシアが極東に足場を固めている最中の今こそがチャンスなのも確かだった。
戦争への準備は怠っていないが、同時に平和的な解決への道も模索していた。そもそもとして日本が戦争に至ったのはロシアの満州、朝鮮半島への進出であった。最悪、満州は渡してもいい。だが朝鮮半島だけは国防上死守しなければならない。このような認識から、日本では二つの政策潮流が生まれていた。
ひとつは日露協商論。ロシアとの戦争を回避するために二国間協定による権益の棲み分けをしようというものだ。俊輔や井上馨などがこれを支持している。
二つ目は日英同盟論。ロシアとの戦争も辞さないが、その後ろ盾としてロシアとのグレートゲームを展開するイギリスと同盟しようというものだ。私や桂などがこれを支持している。
ハト派とタカ派みたいなものだが、双方とも相容れないというわけでもない。保険の意味も込めて両方を推進していた。そんなある日、俊輔が訪ねてくる。
「やあ小助」
「どうした?」
「実は今度、新政党を立ち上げることにした」
いつぞや挫折した新党運動を諦めていなかったらしい。ついては憲政党を解党して新党に合流するとのこと。憲政党は政権与党なので総理の私に断りを入れに来たらしい。
「政綱が変わらず、こちらと提携を続けてくれるなら好きにしてくれていいが……」
何なら閣僚入りするかと訊いたが、あくまでも個人として動きたいと断られた。聞けばあらゆる公職を辞任したとか。あれだけ反対していた天皇からもどうやったのか勅許と二万円を賜っていた。
伊藤新党の結成はまだ存命だった星亨が主導したらしい。今は山縣内閣の与党に甘んじているが、いずれは政党から首相を出して本格的な政党内閣を作りたいという野心の現れだった。歴代首相のなかでも大きな飴を与えていたはずだが……。まったく食えない奴である。
主導した星は死んでしまったが、俊輔をトップとする伊藤新党改め立憲政友会が史実より一年遅れで誕生した。総裁に収まった俊輔が圧倒的な強権を以て党を統制している。するとしばらく経ってまた訪ねてきた。しかもえらく腰が低い。
「……何かあったか?」
見かねて問うと待ってました、とばかりに用件を口にした。
「困ったことになってな」
曰く、山縣内閣の次を襲えという声が日々高まりを見せているらしい。下手をすると退陣させて次の総理に収まれ、というような勢いだとか。これを上手く収める方法はないのかと相談に来たと供述している。
「……長い付き合いなんだからはっきり言えばいいのに」
半ば呆れながら核心を突く。
「要は党内からの突き上げを収めるために首相を代われということだろう?」
そう言うとああ、と認めた。そんなことだろうと思ったよ。俊輔は下から突き上げを食らって仕方なく、みたいな感じだが実のところそうではない。本人もやる気なのだ。そうでなければ相談に来ないだろう。組織の揉め事を収められないような人物ではない。これが桂なら鵜呑みにしたかもしれないが。
「丁度いい。次は俊輔にするか」
やる気があるなら是非ともやってもらおう。私の後継は俊輔に決まった。天皇も否とは言わないだろう。
「いいのか?」
「ああ。陛下とも後継の話をしていたんだ。渡りに船だよ」
ただし、と政権移譲にあたっては条件をつける。それは日英同盟の締結後に譲るというものだ。これに俊輔は反発した。
「イギリスと同盟するということはロシアと戦をするということになるじゃないか」
「まだそうとは決まってない」
そうなる可能性が極めて高い。が、ならない可能性だってゼロではないのだ。ゼロか百かなんて何十年と政治の世界に生きてきてそんな幻想を抱いているわけじゃなかろうに。少し皮肉を込めて言うと俊輔も冷静になったようだ。
「……そうだな。よし、決めた!」
「凄まじく嫌な予感がするが、一応聞こうか」
こういうときの俊輔の提案は碌でもないことが多い。昔もホイホイ付いて行ったら茶屋に連れ込まれ、なる早で店を出たが匂いを嗅ぎつけた海に詰められた記憶が蘇る。うっ、頭が……。
「なに、こっちは下からの突き上げを躱し、小助は自由にやれる策さ」
「勿体ぶらず言ってくれ」
「それはな……ロシアへ言って協商を直談判する!」
「まともだ……」
「いつもはまともではないかのような言い草は止めてくれ」
いや事実だろ。特に女性関係。
それはともかくとして、出してきた提案はまともなものだった。基本、他国に首脳は出て行かない。そんな慣習からすれば首相経験者で元老、最有力派閥のトップのひとりで政権与党の党首である俊輔はこれ以上ない存在だ。
政友会も俊輔がロシア行きの特使となったとなれば反対できないだろう。上手い手を考えたものである。政権移譲の話があればしばらくは大人しくしているだろう。
「そうと決まれば実行あるのみ」
俊輔は天皇のアポをとり拝謁した。もちろん私も同行している。
「伊藤ならば何の問題もないだろう」
天皇は二つ返事で了承。ついでにロシア行きについても許可した。悪化する日露関係を憂慮した天皇が親善の特使として派遣するという建前である。ただし外交交渉の権限は与えなかった。それをやるのはあくまで政府だからだ。
「そういえば小助のところが運航している船が凄いらしいな」
「桜花丸のことか? どうも人気らしい」
ロシア皇帝の戴冠式に出席する際、桜花丸に乗ってイギリスへ渡った。航海で暇を持て余した私は娯楽として動画上映を発案。フランスのリュミエール兄弟から動画についての特許関係を購入し、寄港地の解説動画から芝居に漫才、アニメなどの動画を流していた。物珍しさに加えて内容も受け大人気コンテンツに。豪華客船ということで他社より割高な価格設定だが、チケットにはプレミアがついている。
口コミで広がりも見せており、とても乗れない(あるいは海外へ行く用がない)層からは船外でも見せてくれとの要望が多数寄せられていた。いい宣伝になる、と海は要望に応えて旧作を陸上で上映する。こうして新作は船上で上映してプレミア感を出しつつ、旧作を地上で上映して更に金を稼ぐ。そこで得た資金で新作の撮影をする……というサイクルが出来上がった。ちなみにこの映画事業を統括しているのは我が愛娘・水無子である。母の商才はしっかり受け継がれたようだ。
あやふやな言い方だったので、俊輔から自分の会社のことだろと突っ込まれた。だが何度も言うように倉屋は海のもの。私はできる範囲で便宜を図ったり、アイデアを提供しているだけ。財閥の一角に数えられるまで大きくしたのは彼女の才覚あってこそである。
「俊輔が乗りたいなら妻に言っておくが?」
「是非頼む」
そう言われたので手配した。人気すぎて空きがなかったので、俊輔のロシア行きに託けて臨時便を設定する。投入されたのは需要増に応えるために新造された青葉丸だ。
「健闘を祈る」
心にもないことを言って船上の人となる俊輔を見送った。対露交渉が妥結するはずもない。いやまあ史実ではボタンの掛け違いがあったことがわかっているのだが、下手に妥協すると勇敢な世論が納得しないのである。文化的な背景もあるのだろうが、これを見ていると官僚が無謬性に走ったのも理解できなくはない。
俊輔が旅立ったのは九月のこと。対露交渉はようやくその入口に立ったことになる。一方の日英同盟交渉は内閣交代や小村の帰国待ちといった遅延する要因がなかったため、正式な交渉入りは八月と史実よりも早かった。九月にはイギリス側から同盟の草案が提示され、各所でこれを検討する。そのひとつである元老会議(俊輔、大山欠席)にて、
「日英同盟を主、日露協商を従とするべきです」
こう主張したのは北京での交渉を終えて帰国。外務次官となっていた小村寿太郎であった。
「なぜだ? 両方を進めればいいだろう」
どちらかというと対露協商を大事にしている井上馨が反論する。彼はまた、盟友でもある俊輔がロシアへ行って交渉している最中にそんなことをすべきではないとも言った。私にも同意を求めてくる。
「理屈はそうだが少し事情が変わった」
日本としては一応、対英も対露もどっちもやるという全方位外交をしようという方針だった。しかしその動きを掴んだイギリスからあまり勝手をされても困ると警告が飛ぶ。政府内では小村を筆頭に、対露協商をひとまず脇に置いて日英同盟に注力すべきという意見が支配的になる。
井上は俊輔の面子を潰すことになると食い下がるが、私の発言を引き継ぐ形で小村が反論した。
「先ほども申し上げた通り日英同盟を主、日露協商を従とすべきです。一方が同時に交渉することは許さないと明確に言ってきた以上、片方を後回しにせざるを得ません。ただ破談にするわけではありませんから、伊藤侯の顔に泥を塗るという心配は無用です」
小村は日英同盟が結ばれた後、対露交渉に本腰を入れるとも言い添えた。日英同盟を背景にすれば対露交渉も有利になるはずという論法である。なるほど、日本一国よりも列強最強国のイギリスがバックにいた方がプレッシャーが大きい。日英同盟はむしろ対露交渉を有利にするとなれば井上も反対論を引っ込めるしかない。俊輔の交渉も無駄になるわけではないのだから。
結局、元老会議では全会一致で日英同盟の推進が決められた。発言がなかった松方に対しても小村は閣議で日露協商における二点の問題点を挙げて説得している。ちなみに問題点とは、
・英露で比較すると前者の方が経済的なメリットが大きい
・ロシアにつけばイギリスとの関係悪化を招き、主に海軍力の増強が必至となる
というものである。ドレッドノートによるグレートリセットは近いとはいえ、その後の建艦競争を見ても明らかなようにイギリスにとても付いていけない。そんな未来は置いておいても、相手が仲良くしようと言ってきて、損するわけでもないものを蹴ることはないだろう、と。これに松方も同意し、元老会議では特に発言をせず通過させた。
こうした元老会議の議論も経つつ、閣議ではイギリス提案の日英同盟草案の日本修正案を閣議決定。現地で交渉にあたる林薫公使に転送した。
同盟交渉が進展する傍ら、別の方面でも日英は協調して動いて関係を深化させていく……。
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