68 巨大竜と聖女
以前いただいた感想で、ロルフ殿下の行動を親戚が宗教団体に騙されて壺を交わされそうになったというたとえ話で表していらっしゃった方がいましたが。その頃にこのお話を書きかけていたので、凄く的確にロルフ殿下を理解しているのだなーと凄く感心しました(嫌かもしれませんが)。幸せになる壺を買わされそうになる話、よく聞くけど、本当に買う人いるのかしら。皆さま、お気を付けくださいね。
反撃とは言っても、相手は陛下である。普段は気さくを装っているが、この大国、マリタ王国を統べる王。前世も今世も筋金入りの平民のわたしが敵う相手ではない。この国の民の命と生活をその背に負っているのだ。わたしのような凡人とは、そもそも視点も考え方も違うのだろう。
でもモヤモヤするのだ。わたしの人生の重大な事を、勝手に変えられそうになったことに。この世界の権力者なら当たり前の感覚なのかもしれないが、前世の記憶があるわたしにとって、どうにも馴染めないのだ。現代日本では、自分の意思で結婚相手を決めるのが普通だったし。いや、偉そうに言っても、前世の椎奈に自分で選んだ結婚相手はいなかったのだけども。ううっ。悲しい事を思い出して、陛下と戦う前からダメージを受けてしまった。いやいや、負けるなシーナ!
「陛下!」
陛下の恐ろしいオーラは怖かったけども、わたしだって怒ってる。怒りで自分を鼓舞して、はいっと手を挙げた。
カナン殿下と対峙していた陛下は、ギロリとこちらに視線を向けた。ひぃぃぃ、ヤクザも真っ青だよ。怖い!よく泣かないで相手に出来たな、カナン殿下。わたしも負けんぞ。
「あとにしてくれ」
バッサリ切り捨てられたが、ここで諦めたら、カナン殿下と遊べなくなる!頑張れ、わたし!
「確かにロルフ殿下のやった事は最低なことで、わたし個人としても、到底許すことができません。『嫁とか無理』と一言で断ればいいのに、打診を受けた振りをしてわたしを囮にコルツ家を陥れようとしたんですから。……正直、陛下はロルフ殿下のどこを見込んでわたしの婚約者候補にしたのか疑問しかないのですけど……」
不敬だとは分かりつつも、陛下の言葉を無視して、わたしなりの感想を述べたら、バキバキに怒っていた陛下が、チョットだけ、コンマ1ミリぐらい、揺らいだ。体力5000の巨大竜を1ぐらいは削れたか?
「不法侵入、ナルシスト、冷酷で腹黒のくせに調査不足で失敗の能無し。世の女性はどこが良くてキャーキャーするんだろうと疑問しかないんですけど……。えっ?本当に、どこがいいの?」
じいっとロルフ殿下を見て、わたしは首を傾げた。顔はいいけど、阿呆さや押しの強さがクドくて嫌ー。この胃もたれしそうな過剰な色気も嫌ー。観察してたらロルフ殿下が情けない顔になったが、全く絆されなかった。自業自得だ。
「ナ、ナル?」
陛下がナルシストという言葉に引っ掛かり、眉をひそめる。
「ああ。ナルシストとは、遠い国で、水面に映った自分の顔に惚れちゃった人の名前を起源としています。転じて、自分大好きで自信に溢れた人の事を指します」
「ぶっふぇぇっ」
この独特の笑い声は、バリーさんだ。噴き出すのを我慢できなかった様だ。
「そ、そうか」
ひくひくと頬を引き攣らせる陛下。威厳を保つため、笑いを堪えているのかな。苦しそうだ。
「まあ、それはともかく。今回のロルフ殿下のやらかした事は、国同士の信頼を揺るがすぐらい大変な事とは思うんですけど。でも、ロルフ殿下の立場だったら、多分わたしも同じ様に何とかしようと行動したと思います。あ、ラナ嬢をマリタ王国に連れ込んで不穏分子を一気に潰そうなんて、陰険な事は考えませんけど。少なくとも、ナリス王国を守るために、マリタ王国に厳しい目を向けたと思うんです」
自分がロルフ殿下だったならなんて、考えるだけで嫌だが、そこは我慢して想像してみる。
「例えばですね。王妃様がある日、昔からの友人に『この金色の壺を白金貨100枚で買うと幸せになれる』って言われて、壺を買いたいんだけどと、相談されたらどうします?」
「はっ?」
ポカンと陛下は口を開けた。王妃様が美しい微笑みを浮かべたまま、ちょっとだけふらついた。例え話ですよー。動揺しないでください。
「そ、それは、詐欺だと止めるだろうな」
陛下はゆるゆると王妃様に目を向ける。王妃様は慌てて大きく首を振って否定した。だから、例え話ですよ。
「そうですよね。でも王妃様は友人に絶対の信頼を置いていて、陛下の言うことも聞いてくれないわけですよ。困りますよね?そうすると、自然とその友人に怒りが向いてしまいます。こんな荒唐無稽な話を持ち込んで、王妃様を騙そうとしているわけですから」
「ま、まぁ。そうであろうな」
肯定する陛下に、わたしはにこりと笑った。よし、掛かった。
「ロルフ殿下もですね。多分同じ心境だったと思うんですよ」
「何?」
「昔からの友好国であるマリタ王国が、ある日いきなり、『聖女が現れた。失った足や腕を再生し、魔物を避ける香を作り、食糧難を解決した。聖女を守るために支援してくれ』と言ってきたわけです。ナリス国王は、マリタ王国の言うことだからと疑わない。カナン殿下の足も治してくれるかもしれないと、大事な王太子を、マリタ王国へ行かせると言う。聞いたところによると、これまで、カナン殿下の足を治せると称した詐欺師が、褒章や名誉を目当てに群がってきたのだとか。だから、いくら友好国の言うことでも、ロルフ殿下には簡単に信じることができなかった」
はーっとため息をついて、わたしは肩をすくめた。
「わたしの功績って嘘っぽいですもんね。羅列されると、インチキ宗教の教祖みたいな功績だなーと、自分でも思います」
「いや、俺はそこまでは思っていない…」
ロルフ殿下の弱々しい抗議は無視する。多分、近いことは思っていたはずだ。わたしは自分の功績?を評価してみた。別に全部、自分に必要でやった事なので、功績と言われてもピンとこない。再生魔法や魔物避けの香は、キリや兵士を助けたかったから作ったし。ザロス(お米)なんて、1000%わたしの食欲の為だもん。マリタ王国が食糧難になりかけてたとか、正直知らんし。偶然、上手いことマリタ王国の問題を解決出来ただけなのだ。
「陛下や王妃様がわたしの事を初対面から信用してくれたのは、カイラット街のことがあったからだと思います。カイラット街で魔物の香の効用が証明されてなくて、アラン殿下や兵士達の怪我を治してなかったら、ジンさんが隣国の元罪人の偽聖女にたぶらかされて、国に連れ込んだって疑ったんじゃないですかね?」
ロルフ殿下も、多分、マリタ王国のことを調べたとは思うよ?でも再生魔法も魔物の香についても、厳しい緘口令がしかれていたなら、あまり情報は得られなかったんだろうな。ザロス(お米)の情報は野放しだったけどさ。バリーさんが張り切って情報を撹乱してたらしいから、余計に難しかったのでは。
「ロルフ殿下はナリス王国の王族です。ナリス王国を守るのが一番なのは当たり前です。なんの疑いも持たずマリタ王国を信用するお兄さんを心配して、ロルフ殿下は不安だったのではないでしょうか。マリタ王国に恨まれたとしても、ナリス王国を守ろうと動いたのは、王族として、家族として、当然ではないかと思います」
それぐらいの警戒心は持つべきだと思いますよ、と、5年間騙されてたわたしが言っても説得力はないと思うけどさ。
それになぁ。チラッと陛下に視線を向ける。
「ロルフ殿下の言い分を信じるなら、ナリス国王は陛下のことを信頼して、カナン殿下をマリタ王国に訪問させたようですし。親友に信じて貰えなかったというのは誤解なんですから、そんなにショックを受けなくてもいいんじゃないですか?こんな事でナリス国王との仲が拗れちゃったら、仲直りするの、難しいと思いますよ」
陛下がグムっと息を呑んだ。顔を赤らめ、怖い顔を保とうと努力していたようだが、へにょりと眉を下げた。情けない顔はジンさんと似てる。眉の形が一緒だ。
前世の父が言ってたんだよね。飲み屋で親友とくだらない喧嘩をしたんだけど、素直に謝ることができず、数年単位で絶縁してたと。年を取ると意固地になってしまい、こちらから謝るのが難しかったんだって。偶然再会した時、親友と仲直りは出来て、以前の様に一緒に飲み屋に行くようになったけど、その親友はしばらくして病気で亡くなってしまった。つまらない意地を張って親友との時間を無駄にしたと、喪服姿の父は項垂れていた。
この世界でのお父さんに、前世の父と同じ思いはしてほしくないよ。
実害は、まぁ、わたしが動揺して一晩眠れなかったぐらいだし、ナリス王国とは揉めないでほしいなぁ。外交とか国の体面とか、わからないけどさ。お詫びとか、欲しくはないけど貰えるみたいだし。
「シーナちゃんはそれでいいのか?一番の被害を受けたのは君だ」
「被害って、マリタ王国を信じられなくなった事と、ラナ嬢に薬を盛られて襲われそうになった事ですか?全部キリが解決してくれたので、問題ありません」
ジンさんやロルフ殿下が霞むヒーローっぽさを発揮するキリ。君に首ったけだ。今回、大活躍だったもんね。パーフェクトクールビューティーなキリ。やだもう、格好良いのは知っていたけど、再認識したよ。
「わ、我が国を信じられなくなった?何故?」
ギョッとする陛下。何故って、こっちの台詞だわ。
「だって陛下、わたしとジンさんの結婚を認めてくれてると思ったのに、勝手にナリス王国にロルフ殿下と結婚の打診をしたじゃないですか、わたしに内緒で」
「そ、それはっ!違うんだ、シーナちゃん。私はっ、君に相応しい結婚相手をと」
慌てる陛下を、わたしは不信感をこめて見つめる。
「ジンさんの妃に相応しくないから、わたしを他の国に追いやろうとしたんですか?」
だとしたら悲しい。相応しくないと思ったのなら、せめて面と向かって言ってほしかった。勝手に新しい婚約者を準備するんじゃなくて。
「違うっ。違うんだ。逆だ!愚息が、君に足りておらんのだ!私はなぁ、君の世界が狭い事が、心配だったんだ。前の婚約者はアレだから、ジンクレットが良く見えただけではないか?言っちゃあ何だがな、シーナちゃん。君は、趣味が悪いと言われんか?私は君たちの旅の報告書を読んだんだがな。一体愚息のどこに、惚れる要素があったんだ?」
おおっ。酷評だな、陛下。ジンさんが傷ついていないかと心配してチラっと見たら、無駄にキリっとした顔をしていた。どんなに酷く言われようとも、わたしに嫌われる心配はないから平気だと思ってそうな顔だな。なんだか腹が立つな。
「私も報告書を読ませてもらいましたけどね。銀狼に襲われた所をキリさんに助けてもらって、カイラット街で活躍したのも、シーナちゃんとキリさん。普通は殿方が格好良く活躍して、心を奪われるものではないかしら。あの報告書で一番格好いいのはキリさんだったわ。ジンクレットのどこがいいのか本当に疑問で、バリーに何度も確かめたのよ。ジンクレットが怪しげな魔道具とかでシーナちゃんを洗脳しているんじゃないかって」
王妃様にも畳み込まれるようにそう言われ、ちょっぴりわたしの恋心が揺らぎそうになった。いやいや。落ち着け、わたし。わたしはちゃんとジンさんが好きな、筈。
「そもそも。わたし、守ってもらえるから、ジンさんを好きになったわけじゃないです」
結局さ、似たもの親子なんだよね、この人たち。わたしを守ろうとして、空回りしているところとかさ。
ゆっくり考え、言葉を選ぶ。顔から火が出そうなほど恥ずかしいが、ちゃんと言わないと、たぶん陛下や王妃様には分からない。親が結婚相手を選ぶことが常識であろうこの世界で、わたしにとって一番いい伴侶を決めるのが、当たり前だと思っているのだから。
「ジンさんは、わたしの話を聞いてくれて、気持ちに寄り添ってくれて、一緒に考えてくれるんです。そんなところが、好きなんです。ジンさんのお陰で、キリ以外に味方がいないと思い込んでいたわたしが、もう一度、誰かを信じたいって思えたんです」
裏切られて、傷ついて、理性では分かっていても、心が信じることを勝手に拒絶しちゃって。もう無理だと思っていたのに、ジンさんは信じなくていいって言ってくれた。それが当たり前だって、あっさり受け入れてくれた。いつもは嫉妬深くてヘタレなくせに、こんな所は度量が広い。わたしの事をきっと、誰よりも理解しようとしてくれている。そういう所が、どうしようもなく嬉しくて、惹かれるんだ。
「わたしは、そんなジンさんが、好きなんです」
そう、まっすぐに陛下と王妃様を見つめて言ったら。
陛下と王妃様は、頷いてくれた。陛下が小さく、「勝手なことをして、すまなかった」と謝ってくれた。
周囲はしぃんと静まり返っていたけど、悪い雰囲気ではない。カナン殿下が、ほぉっと息を吐いて、涙目になっているのを見て、安心した。頑張ったね。少年勇者様。ナリス王国とマリタ王国の国交は、君が守ったんだよ。君がいたから、わたしも守りたいと思ったんだよ。
「お、俺も、シーナちゃんが好きだぁ!」
そんなほのぼのした雰囲気は、涙と鼻水にまみれたガチムチが叫んだ事で霧散した。
わたしの腰に抱き付き、号泣するガチムチ。あれ?この人、わたしが好きな人ですよね。
おいガチムチ。100年の恋も冷めそうだから、少しは自重しろと思ったのは、わたしだけではないはずだ。
遅くなってすみません。





