66 裏側はこんな感じだった
ようやく全会一致の賛成を経て、捕縛作戦は始まった。
キリは引き続きサミエル担当。そのフォローはバリーさんと侍女さんズ。バリーさんの張り切る様子が、直視できなかった。キリの掌の上でコロコロされているよ。バリーさん、コキ使われているのに、ニコニコしてる。幸せなんだね……。
キリからも、ちゃんとサミエルから媚薬を受け取ったと報告された。ロルフ殿下の言う通り、媚薬には二種類あった。わたしには廃人コースの媚薬を、もう一種類は軽いもので、ジンさんに飲ませる様に指示があったのだとか。
また、ラナ嬢の世話をしている侍女さんズからは、ラナ嬢が張り切って扇情的な夜着を選んでいると情報が入った。ほー。何の為に選んでいるのかなぁ。外見は素晴らしく麗しいラナ嬢の事だから、色っぽい夜着はお似合いになるんでしょうねぇ。
腹が立ったのでジンさんに八つ当たりをしたら、物凄く喜ばれた。なんで怒ってるのに喜ぶのさ。最近のジンさんは、怒られる事に喜びを感じる、妙な趣味を開花させているんじゃないのだろうか。
そういえば、奴らはどんな理由を付けて、王族の食事に薬を盛らせるつもりなのかと思っていたんだけど。
『シーナ嬢を連れ出す時に邪魔をされる恐れがある。念のため、ジンクレット殿下も眠らせておこう』
と、言ったそうな。マジで。
それを聞いて、わたしは呆れるのを通り越して、腹が立ってしまった。
王族へ薬を盛るって、バレたら死罪確定だよ?王家への反逆罪、一族郎党死罪だよ?それなのに、念のため眠らせるために薬を盛ろうって、おい。雑すぎるぞ。そんな理由で、キリがジンさんに薬を盛ると思ったのか?
サミエルのヤツ『俺様の魅力でキリはメロメロ。俺様の為なら、キリはどんな事でもやってくれるぜ』とか思ってそうなところが腹立つ。ウチの子、そんなに馬鹿じゃないよ?
だが、これで相手の手札が全て分かった。
薬を盛られるのはわたしとジンさんなので、わたし側の護衛兼証人はリュート殿下、ジンさん側はアラン殿下にお願いすることに。サイード殿下はいつも通り、総監督だ。
サイード総監督の采配は完璧だ。証拠固めも完全に終わっているし、どう足掻いてもコルツ家側に逃げ道はない。わたしが徹夜のハイテンションで作った穴だらけの計画を、よくもここまで補完できたものだ。罠にかかった獲物が落ちてくるのを、優雅に眺めてるよ。敵に回したく無い人だと、心底思った。
それにしても。陛下の命であるナリス王国への接触禁止に、全員背く事になるけどいいのかなと、不安になったのだが、総監督は喰えない笑みで笑っていた。
陛下の命令だろうと、納得できない事には従えない、と。4兄弟は、ナリス王国とロルフ殿下にはムカついていたが、カナン殿下の頑張りは知ってたからね。このまま国交にヒビが入れば、カナン殿下が窮地に立つのは目に見えている。マリタ王国にとっても、友好国を失うことは、長い目で見れば有益では無いのだ。
「我が国で悪さをしようとしている輩を、捕らえるだけだ。これぐらいの雑事、俺の権限で処理できる」と、サイード総監督の頼もしくもカッコいいお言葉。そして、次代のナリス国王に恩を売るチャンス!とノリノリだった。権力者め。
『王たる俺のやる事に問題があると思うなら、止めてみろ。但し、それなりの材料を揃えてからでなければ、叩き潰されると思え』というのが陛下の教育方針らしいですよ。暴君ではないけど、頑固親父ではあるんだね、陛下。今、貴方の息子達は貴方を論破するための材料を、必死こいて集めてますよー。
「シーナ嬢。俺にも何か出来ることはないか。ナリス王国とカナンの為ならば、この命を君に捧げよう」
「いらんってば。くだらない事言って邪魔しないでください」
事あるごとに謝罪と仕事探しにくる隣国の王弟殿下が死ぬほど邪魔だったが、どんなに塩対応しても、底知れぬ面の皮の厚さで近寄ってくるよ。わたしハローワークじゃ無いんだけど。この人が絡むとジンさんとキリの機嫌が悪くなるから、構わないで欲しいのに。その辺に転がって、死んだフリをするのがお仕事ですって言ってみようかな。
「だが君たちに、俺の失態の為に負担を掛けているのが申し訳ないのだ。俺に出来ることはないだろうか?」
俺の失態の為に?何言ってんだ、コイツは。
「あのね。わたしもみんなも、カナン殿下の為にやってるの。ロルフ殿下は関係ないの!」
カナン殿下とわたし。サンドお爺ちゃん特製、残すと倍量になる薬湯を共に乗り越えた仲ですよ。あのヘドロ味をお互いに鼓舞しながら飲み干す毎日。共に苦しむ仲間がいたから乗り越えられたんだから。カナン殿下はわたしの心の友であり、癒しなんですよ。わたしが頑張るのは、カナン殿下の為なんだからね。ロルフ殿下なんぞの為になど、絶対働いてないからねっ!
「君は……、優しいな」
力説するわたしに、ロルフ殿下がなんだか変な顔になった。女の人でいえば、完璧な化粧をさっぱり落とした様な、素朴な表情だ。子どもみたいな顔だな。
「罵られて優しいと感じる特殊性癖を持つロルフ殿下に褒められても嬉しくないです」
「そんな性癖はないっ!君は一体、俺を何だと思って……。いや、言わないで良い。どうせロクな評価じゃないんだよな」
顔を片手で覆って、ため息を吐くロルフ殿下。そうして何故か、クスクスと笑いだした。
「本当に君は……。お人好しだな」
鬱陶しいまでの色気がないロルフ殿下は、気安い印象だった。読めない笑顔の下で、ピンと張り詰めていた雰囲気が、スルスルと解けて、穏やかなものになる。
「そうか……。君は、カナンを大事に思ってくれているんだなぁ」
止まらない笑い。いや。笑い過ぎだよね。なんだか、腹が立ちますよ。
「……ありがとう」
笑い過ぎて若干涙目のロルフ殿下に、何故かお礼を言われた。いや、お礼はいいんだけどさ。
「なんだか勝手に許された感を出してるけど、わたし、貴方の事は、ビタ一文許してないからね?」
不法侵入するナルシストを受け入れる、度量の深さは持ち合わせていませんよ。
「おや。俺には冷たいな、シーナちゃん?」
「ちょっと!ちゃん呼び止めて。ジンさんに刻まれるよ?」
わたしの心からの叫びに、ロルフ殿下は嬉しそうに笑った。
「ふむ、君は嫌がってないんだな。ならば構わない。ジンクレットは迎え撃つ」
「全力で嫌がってますっ!」
こんな感じでぐいぐい絡んできて、マジ切れしたキリとジンさんに追い払われている。何度追い返しても、隙を見つけてやってくる。踏んづけたガムみたいな、底知れぬしつこさだ。ジンさんの氷の王子モードにも、キリの威嚇にも、マリアさんの笑顔にも、バネッサさんの真顔にもノーダメージのロルフ殿下を、一体誰が止められるというのだろう。
面倒だったので、ロルフ殿下の事はリュート殿下に預けることにした。リュート殿下なら、あの優男風な外見からは考えられないぐらい腕っ節が強いし(脱ぐと凄い系ガチムチだ)、相手がロルフ殿下だろうとなんら躊躇なくぶん殴れる人だから、大丈夫だろう。
ロルフ殿下をこき使うリュート殿下からの報告によると、ロルフ殿下の子飼いの部下さん達が、王都内に沢山潜伏していた様で、情報収集等で役立っているとのこと。
『当初の目的は、コルツ家がシーナちゃんを害した時の証拠集めと、王都内の情報を撹乱させ、コルツ家と聖女の評判を落とすことだったんだろうなぁ』と爽やかにリュート殿下は笑っていたけど、わたしは笑えなかったよ。王族怖い。
◇◇◇
そして。捕縛計画決行当日。
驚くぐらいの緊張感のなさで、わたしはその日を迎えていた。
だって。
逐一、サミエル達の動向は、侍女さんズを通して、イヤーカフで報告が入ってくるし。諜報部もかくやという優秀な侍女さんズは、サミエル達の行動を、全て完璧に記録していた。奴らのトイレ時間の報告とかは、省いても良かったんじゃないかな。特に知りたくなかったな。
そして、薬入りのお皿が目の前に並んだら。鑑定魔法さんから最大限の警告音(脳内放送)と共に、例のポップアップがバババッと出てきた。『これ媚薬』『えぐい方』『味はパンケーキの甘いソースに媚薬が程よい酸味を与えて絶品』『美味しいけど食べたらダメ!絶対!』って、張り切って教えてくれて。
なんとなく、前世の母、ヨネ子と一緒に、二時間サスペンスを見ていた時のことを思い出した。
もうね。ヨネ子はわたしよりも二時間サスペンスの達人だから。出演する役者さんを見ただけで、犯人が分かるだけでなく、動機まで推理しちゃうから。始まって、10分か15分ぐらいで、『この人が犯人!』『動機は怨恨!実は生き別れの親子!』とかって。当たるのよー、これが。
序盤でストーリーまでしっかり予測できるのに、最後の定番、崖の上での犯人の告白シーンでは、毎回、犯人に同情して、本気で号泣するヨネ子。そんな所が可愛いと、横で晩酌している父が、惚気るまでが一連の流れだったなーと思い出し、ハッと気を引き締めた。いや、緊張感がなさ過ぎだろう。集中、集中。今わたし、昏倒して拐われているフリをしている所でした。
そして。改めて、キリの演技力に慄いた。
侍女さんズから絶賛されていたのは知っていたけど、実際、サミエル達を相手にしている所を見てみたら、凄かった。
わたしは薬で昏倒しているフリをしていたから、薄目でしか鑑賞出来なかったんだけど。
本当に、サミエルに恋してるの?って思えるぐらい、可愛い顔してて。わたしを裏切ることに対して、罪悪感を抱きながらも恋しい人には逆らえないという、複雑な女心を見事に演じ切る女優キリ。圧巻。
いやー、あれは騙される。サミエル達は全くキリを疑っていなかったから、単純な奴らだなぁと思っていたけど、違った。キリの、言葉に出して好きとは言わず、表情とかちょっとした仕草とかで、サミエル大好き!と表現できるところが凄い。普段のクールビューティーなキリが、恋をしたらこんな感じになるんだろうなぁと思わせる、自然な演技だった。
それを見ていて、しみじみと、考えちゃったよ。
キリだってお年頃の可愛い女の子なのだ。サミエルなんぞは論外にしても、キリに本当に好きな人が出来たら、その時はわたしのことは気にせず、自分の幸せを一番に考えて欲しい。
それでもし、わたしの侍女を辞めることになっても、キリが幸せならいい。きっと心の底から喜んで送り出せる、と思う。
想像しただけで、かなり寂しい。多分、目が溶けるぐらい号泣する自信があるけどね。
キリの相手がバリーさんなら、ずっと侍女を続けてくれるかもしれないけど、わたしの側にいるためになんて理由で、結婚相手を決めるのはやめて欲しい。キリは物凄くモテるみたいだし、心から好きになった人と一緒になって欲しいよ。
その時は、お相手を審査の上、涙を呑んでお嫁に出してあげなきゃね。わたしの審査は死ぬほど厳しいけどな。フハハ。簡単に、ウチの子をもらえると思うなよ。覚悟しておけ。
わたしが脳内で『キリさんを僕に下さい』する仮想敵と攻防を繰り返している間に、サミエルが気持ち悪い事を言いながら、鼻息荒くのし掛かってきた。そこから色々あって、魔法でペイッとしたら捕縛作戦は無事成功していた。お疲れ様ー。
作戦中、大半は別のことを考えてて、全く集中していなかったなんて、心配で死にそうになってたジンさんとキリには言えない。ごめんなさい。





