65 いてもらわなきゃ困ります
男子二人の決着がいつまでもつかず、そろそろ鑑賞にも飽きてきた頃、マリアさんが動いた。
煌めくものがその手から放たれたと思ったら、向かい合うジンさんとロルフ殿下の足元に深々と突き刺さる。
うん、あれは、フォークですね。床に刺さるんだね、フォークって。あれ?刺さったっけ、フォークって。
「両者、そこまで」
その迫力のある声に、ジンさんとロルフ殿下が思わず引いた。マリアさんって、一体何者なんだろう。
「マリア、止めるな」
「ふっ、はっ、ジンクレット、その剣面白いなっ!それもシーナ嬢の作か?」
殺る気満々のジンさんの冷えた声にも、ロルフ殿下の場違いに楽しそうな言葉にも、マリアさんは耳を貸さず、ふん、と息を吐いた。
「ジンクレット殿下。このまま続けると仰るなら、マリタ王国いい男ランキング上位者とシーナ様、キリさんの会食をセッティングしますよ?」
「んなっ!マリアっ!そんな事許さんぞっ!」
慌てるジンさんを無視して、マリアさんは冷えた視線を笑っているロルフ殿下に向ける。
「ハロス子爵家、グィン男爵家、マージス伯爵家…」
マリアさんが呪文の様な言葉に、明らかにロルフ殿下がギクリ、と身体を強ばらせた。
「ロルフ殿下…。これ以上、シーナ様の好感度を下げるのは得策ではないかと存じます」
さっきのジンさんみたいに、冷たく口角を上げるマリアさんに、ロルフ殿下がコクンと頷く。もしかして、過去の元カノ関係か?大丈夫!好感度なんて、既にマイナスの閾値は振り切ってるから、もう下がらないよ。安心して!
それにしても。
「会食…」
しかも相手はマリアさんが認めるマリタ王国いい男ランキング上位者!メチャクチャ気になる!
内心物凄くワクワクしてたら、久々のジンさんセンサー発動。ひゅんっと一飛びでわたしの元に着地する。わーお。ニンジャデスカー?
「シ、シーナちゃん!ダメだっ!」
ジンさんの泣きそうな顔に、わたしは会食を断念した。ちぇっ。前世でも会食は参加した事ないから、一度ぐらいは参加してみたかったのに。
ただでさえ、わたしの周りには若い男性がいないのだ。いや、マリタ王国4兄弟とか、その側近さん達とは頻繁に会うけどさ。それ以外の、例えば護衛さんとか文官さんとかは、お父さん世代の人か、若くても結婚していて、しかも愛妻家の落ち着いている人ばかり。
出会いってやつがない。いや、ジンさんいるから出会う必要はないけど、若くて独身のイケメンで目の保養がしたいというのは、女子の本能だと思うの。侍女さんズの教えてくれるランキング上位者を生で見て、一緒にキャーキャーしたいんだよ。
むーん、と拗ねていたら、キリがそっと寄って来た。
「シーナ様。ジンクレット殿下は、シーナ様の護衛や文官について、厳しく選別していらっしゃいます」
「んー。そうだよね、ジンさんがわたしの安全の為に付けてくれた人たちだもんね、分かってるよ」
文句言っちゃいけないんだけどさ。むーん。
「…ええ。皆様、大変優秀なことも選定の一要素でございますが。妻帯者である事、又は婚約者がある事も選定条件です」
「ん?」
妻帯者とか、婚約者持ちって、護衛に何の関係があるんだ?
「あぁ、わたしが未婚だから、そういう事に配慮するのかな?」
「…皆様、プロですから。普通はそこまでの配慮はないと伺っています。現に他の殿下方の婚約者様には、独身の護衛も付いていらっしゃいます」
「うん?じゃあ、なんで…」
あれ。なんだか、嫌な予感が…。
「シーナ様。再三申し上げております。ジンクレット殿下の愛はヤバ、いえ、重い、じゃなくて、深いと」
キリが眉間をモミモミしながら、重々しく告げる。
「嫉妬深い男性の中には、奥様に若い男性を近づけるのを嫌がる方もいるとお聞きしますが…。ジンクレット殿下は、年配の男性だろうが、女性だろうが、身内に結婚適齢期の息子がいる方も排除されています。世間話の中で、独身の男の話題が出て、紹介しますっ!という流れを阻む為らしいですよ」
えー…。なんだその念入りに無駄な条件。逆に、そんな条件で良く見つかったな、わたしの護衛。確かに、護衛の皆さんとの世間話は、息子が嫁をもらってーとか、娘に孫が出来てーとかばっかりだもんな。ほのぼの楽しいけど色気はない。
あー。皆がジンさんとの事を心配するのは、こういう事かぁ。囲い込まれ感、ハンパないね。確かに他に異性と出会いようがない。ジンさん、薄々は分かってたけど、かなり重い。ちょっとカッコイイ男子と楽しく会話したら、軟禁とかされそう。怖っ。
こそこそとキリと話している間に、ジンさんとロルフ殿下は落ち着いた様だ。仕留められなかったジンさんが、凄ーく不満そうだが、放っておこう。
「シーナちゃん。今回の囮作戦は分かったが、コレを作戦に加える事は賛成出来ん。裏切るに決まっている。事が終わるまで、刻んで牢にぶち込んでおけばいい」
『氷の王子』モードのジンさんが、冷えた目線でロルフ殿下を見据える。刻むな、ネギじゃないんだから。
そんな事を言われても、ロルフ殿下は動揺一つ見せない。他国の王宮で、味方とも切り離された状態なのに、肝が据わってますね。
「私もジンクレット殿下の案に賛成です。この方は信用出来ません」
激おこ中のキリさんもジンさんに一票。バリーさんも口に出さないところを見ると、ジンさんに賛成みたいですねー。
「やー、ダメダメ。ちゃんとロルフ殿下はこの作戦に加わってもらわないと」
でも却下だ。民主主義的多数決には従わないのだ、わたしは。
「何故だっ!シーナちゃんを害する奴らを、わざわざこの国に連れてきたんだぞっ!刻まれても文句は言えんはずだっ!」
怒りを抑えられないジンさんが、収めていた剣に手を掛ける。落ち着け。だから刻むな。
「分かるっ!確かに腹立つけどっ!夜、不法侵入されて気持ち悪いし、おまけに媚薬とかの話されて、気分悪いけどっ!よりにもよってなんつー胸糞悪い奴らを連れてきたんだ、趣味悪いって思うけどさ」
さっきまで平然としていたロルフ殿下が、胸を押さえていた。こっちの精神的苦痛に比べたら、こんな責めぐらい、優しいモンだろう。
「でもっ!ナリス王国と仲悪くなるのヤダっ!いや、ナリス王国とか、ロルフ殿下とかはどうでもいいけど、カナン殿下とは、もっと遊びたいもん」
ふくふくほっぺの可愛く健気なわたしの癒しを、そう簡単に諦められん。ガチムチばかりじゃなくて、可愛いものもたまには愛でたい。
「悪いのはロルフ殿下と、止められなかったナリス国王だよ。でもさ、あんなに国の為に頑張ってるカナン殿下が、馬鹿な大人のせいで被害を被るなんて、納得いかない。カナン殿下、大人も逃げ出すヘドロ味の薬湯にも厳しいリハビリにも文句一つ言わないんだよ。あの年で親元から離れてるっていうのに泣き言一つ言わないで、王太子として周囲に気を遣ってすっごく頑張ってるのにっ!」
「ぐっふ」
とうとうロルフ殿下から苦悶の声が漏れた。反省しろ、心の底から。8歳という年齢なのに、国交も頑張ってたカナン殿下の努力を無駄にしやがって。8歳って、小学二年生だぞ?親が恋しくて、毎日ヒャッホーって遊んでいい歳だぞ?そんな子どもに迷惑掛けた、色事ばかりのダメな大人の見本め。
「だからっ!ロルフ殿下は役に立たなくても作戦に加わって貰って、挽回してもらわないと!もうぶっちゃけ、捕縛の時に現場に突っ立ってるだけでもいいから!ロルフ殿下がその場にいて貢献したっていう名目だけでいいから欲しいのっ!カナン殿下のためにっ!」
有能な人らしいけど、本当に、何もしないでいいから。見届け人でいい。邪魔しなければそれでいい。
「シーナ様、シーナ様。それぐらいで。もう随分と弱ってますから。それ以上追い詰めると、弱りすぎて死にます」
バリーさんが珍しく、本当に珍しく、ロルフ殿下に同情的だ。当の本人は、蹲ってビクビク震えている。そんなものは放っておいて、ジンさんを縋るように見る。モテ友直伝のウルウル目だ。お願い、ジンさん。協力してー。
「俺は、反対だ…」
ジンさんが気難しい顔でムスッとして言う。くそぅ。手強い。
「でも、シーナちゃんがカナンを思う気持ちは、よく分かる。カナンは、本当に今まで苦労してきた。ようやく足も治って、これから報われるって時に、この馬鹿のせいで、マリタとナリスとの関係がこじれれば、次代の王たるカナンが、一番苦労する事になるだろう。陛下も、今の状態で、そう簡単にナリスを許しはしないだろうしな」
そう!一番は陛下を納得させるためなんだよ。というか、わたし、勝手にナルシストを婚約者候補にした陛下にも怒ってるよ。
一番の被害者であろうわたしが、なぜこんなに必死に加害者たちの間を取り持ってるんだろう。それならわたしの我儘ぐらい、聞いてもらってもいいじゃないか。国同士の面子だとか、そんなのは知らない。考えない。わたしは、カナン殿下のために、ナリス王国とは仲良くしていたいのだ。
そうブーブーと文句を言ってたら、とうとう根負けしたジンさんが折れてくれた。
「分かった、分かった、シーナちゃん。それなら、そこのなるしすと?も作戦に加えよう。もしもの時の盾にでもすればいい」
キリも仕方ないなぁという顔をする。
「そうですね。作戦が失敗した時は、敵と刺し違えた事にしましょう」
やったー。ジンさんとキリはわたしのおねだりには甘い。チラッとバリーさんを見てみる。
「ジン様とキリさんが決めた事に、否やはありません」
バリーさんが頷く。やった。許可が出た。
「ですが、ロルフ殿下の事などより、今回の作戦で、一番危険なのは、キリさんでは?サミエルの野郎が、キリさんに手を出してくる可能性もあります。俺はそこが納得出来ませんが」
固い声と怖い顔で、バリーさんは反対の姿勢を見せる。
他国の王族をサラリと蔑ろにしてますが、そこは誰も突っ込まない。だってロルフ殿下だから。
「問題ありません」
キリが事もなげに言うが、バリーさんの指摘通り、確かにそういう点は危険です。なんせ相手はゲスだし。わたしも、ちょっとそこは心配なのだ。キリは強いの知っているけど、可愛い女の子だもん。ゲスに何かされないか心配だっ!
「僭越ながら、その点は問題ないと、私も思います」
そこへ、マリアさんがキリに加勢した。バネッサさんも、うんうんと頷いていますよ。
「マリア侍女長?何を根拠にそんな事を…」
バリーさんが咎める様に声を上げるが、マリアさんは自信ありげだ。
「キリさんがあの程度の輩をあしらえない筈ありません。それに、私を始めとする侍女達も、皆でキリさんとサミエルをさり気なく見張っております」
「ですがっ!相手は女性の敵です。絶対という事はないでしょう!」
「バリー様」
声を荒げるバリーさんに、キリが静かに声を掛ける。
「もしもの時は、バリー様もお守りくださるでしょう?」
コテンと、小首を傾げてじっとバリーさんを見つめるキリ。その目は絶対の信頼に満ちている。キラキラだよ。
それに見惚れた時点で、バリーさんの負けは決まったようなものだった。
「そ、それは、勿論。全力で守ります」
「ならば、なんの危険もありませんね!」
可愛らしく頬を染めたキリが、ぱあっと花が咲いたような笑みを浮かべる。その無邪気な笑顔は、いつものクールビューティーとのギャップもあって、鼻血が出るほど可愛かった。
バリーさんの口元が緩む。顔が赤くなって、鼻の下がビローンと伸びた。
そうか。こうして群がる男どもを掌で転がしているのね、キリ。
「はい」しかいえない状況に追い込まれたバリーさんを見て、心の底から感心した。見習わなくっちゃ。メモメモ。





