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64 作戦会議を始めたい

ちょっと長くなってしまいました。

「ジンクレット殿下。よくぞ仰いました」


 一頻り泣いてスッキリした後、それまで黙っていたマリアさんが、口を開いた。


 笑みを深め、しかしその声音はブリザードの如く冷ややかに、ジンさんをひたと見詰めている。

 幻聴がっ。ピシーンと鞭の幻聴が聞こえたんだよっ!


「ラナ嬢の事は理解致しました。…しかし、ロルフ殿下がシーナ様の婚約者候補であると、どうしてシーナ様にお教えにならなかったのです?ジンクレット殿下がお隠しになっていたせいで、シーナ様は余計に不安になったのですよ?」


 ジンさんが、ヤバいって顔になった。なんだ、その顔は。まだ何か隠してるのか。


「俺も、その点はお話しになっていた方がいいと申し上げたんですけど。シーナ様に変に誤解されて、拗れる前にお話しした方が良いって、言いましたよね、俺」


 口を尖らせ、バリーさんが愚痴る。バリーさんの忠告も聞かなかったのか。何でさ。


「…それは」


 ジンさんは暫く逡巡した後、辛うじて聞こえるぐらいの声で、弱々しく呟いた。


「ロルフが…、婚約者候補だと知って、シーナちゃんが、ロルフに興味を持ったら嫌だと思って…」


「はっ?」


「ロルフは、昔からモテるんだ!顔が良くて、陰があって色気を感じるとかっ!スマートで、センスも良いとかっ!女性が絶えた事はないし、侍女達もロルフがウチに来ると、いつもキャーキャーと騒いでいただろう。そんなモテるヤツに、万が一、シーナちゃんが興味を持ったら嫌で、どうしても言えなかった…」


 オイ。

 なんだ、その乙女な理由は。少女漫画のヒロインか。ガチムチのくせに。

 さっきまで格好良かったのに。救われたとか思って感動したのに。


「…くっだらねぇ理由」


 ボソッと、バリーさんが呟く。

 それだっ!間違いなく、今の全員の気持ちを代弁してくれたよ。


 キリもあの時、同じ台詞を思わず口走ってたもんね。お?という事は、キリの推理は合ってたのかな。

 キリに目をやると、無の表情。あ、合ってたんだね。さすが名探偵。でも解決したのに全然嬉しくなさそうだ。


「さっきの、俺の感動を返せ!アンタについてきて良かったなんて思った、俺の純情を返せっ!なんつーくっだらねぇ理由で、シーナ様に逃げられる危機を招いているんだ!脳みそ詰まってるのか?あぁ?」


 バリーさんがゲンコツでゴンゴンとジンさんの頭を殴っている。こういう時って容赦ないよね。バリーさん。頼もしい。


 そっかー。わたし、こんなくっだらない理由のせいで、不安になってたのかー。国を出ようとまで、思い詰めてさぁ。

 このガチムチめ。どうしてくれよう。


「ジンさん…」


 でっかいため息を吐くわたしに、ジンさんが怯えた顔をする。そんなにビビるなら、ちゃんとしろよ。もー。


 ぎゅむっとジンさんの頬っぺたを両手で押し潰してやった。ふむ、凛々しいジンクレット殿下のお顔が、台無しだ。


「ひーなひゃん」


 キョロキョロと忙しなく動くジンさんの目をじっくり見てやると、観念した様に目を伏せた。


「ごみぇんにゃしゃい」


「ん。分かればよろしい」


 にっと笑って、トドメを刺してやる。


「わたしね、ジンさんしか好きじゃないよ。だから、二度と変な隠し事しないで。…不安になっちゃうよ?」


 マリアさんの作戦は、これでコンプリートの筈だ。ちゃんと、嘘ついたらダメよって言えたよね?あれ?お見通しよ、だったっけ?


 どうだろうと振り返ってみると、満足げなマリアさんと、笑いを堪えているバネッサさんがいた。


「ちょっと思っていたのとは違いましたが、あざと可愛くて、それも良し」


「ぶっ、はは、は、ジンクレット殿下の顔っ」


 顔ってなんだ?と思い、もう一回ジンさんを見たら、真っ赤になってた。目ぇ潤ますな。


「シ、シーナちゃんに、す、好きって言われた。もう絶対隠し事はしないですごめんなさい、嬉しい」


 わたしの腰に抱きつき、ジンさんがグニャグニャに溶けている。おぅ、相変わらず気持ち悪いけど、これなら隠し事はしないだろう。結果オーライかな?



◇◇◇



「これは、一体…?」


 だらしない笑顔で腰にしがみつくジンさん。

 色々な感情に振り回されて、虚脱状態のバリーさん。

 容赦ない殺気を放つキリ。

 ニコニコ笑顔のマリアさんと真顔のバネッサさん。

 そして、美味しいお茶とオヤツを、腰にジンさんをくっ付けたままウマウマしているわたし。


 そんなとっ散らかった所に招かれたら、戸惑いますよねー、ロルフ殿下。不法侵入してきやがった昨日の夜ぶりですが、無駄に元気で今日も色気が溢れてて腹立つ。


 戸惑うロルフ殿下に構わず、わたしは悪い笑顔で答える。


「はぁ。ラナ嬢捕縛の為のご協力していただくため、お呼びしましたー」


 ガラリと、ロルフ殿下の雰囲気が固いものに変わる。


「協力?いや、あやつらの捕縛は責任を持って俺が…」


「危険人物をわざとマリタ王国に連れてきた人に、全部お任せするなんてー。恐ろしくて夜も眠れませんわー」


 昨日眠れなかったのは婚約者候補云々のせいだが、嫌味っぽく言ってみた。ロルフ殿下のお美しい頬がピクリと引き攣る。


「眠れないので、捕縛作戦を考えました。題して『ラナ嬢とゆかいな仲間たち、囮で捕獲大作戦〜』」


 徹夜明けのおかしな状態で付けた作戦名なので、適当感が漂っているのは見逃して欲しい。


「囮?」


 不穏な言葉に、ロルフ殿下の眉間の皺が深くなった。


「実はですねぇ。最近、ラナ嬢の侍従と護衛がキリによく接触してきてまして。内容は、お茶くださいとか、寝具の替え下さいとか、些細な事らしいんですけど。キリが侍女さん達と一緒に仕事をしている時を狙って、わざわざキリに声を掛けてくるらしいんです」


 ね?と視線を向ければ、静かに頷くキリ。マリアさんやバネッサさんも頷く。侍女さんズは皆気づいてくれていて、それとなく警戒していてくれた。どっかの不法侵入者に比べて、なんて頼もしいのかしら。


「態度が馴れ馴れしいのと、頻度が多すぎるのが気になりました。ですから、侍女の皆様にサミエルの用事は私に一任していただく様、お願いしています。貴人の専属侍女に近付く目的など、食事に毒や薬を盛ったり、誘拐の手助けなど、碌な事しか企んでいないのは明白ですので」


「キリからはサミエル達の怪しい動きがあった時点で報告があったの。ジンさんに相談しようと思った矢先に、この騒ぎだったからさぁ」


 チラリと冷たくロルフ殿下と、ジンさんに視線を向けると、二人は揃って青ざめた。


「で、キリ。今、サミエルはどんな感じなの?」


「愛の告白を受けました」


 キリは無表情に報告。マリアさんもバネッサさんも知っているのか特に反応しなかったが、バリーさんは憤怒の表情。気持ちは分かるが、まだ恋人でもないバリーさんに、怒る資格はないと思うの。


「そっかー。短期間で、グイグイくるね?」


「会って3日で一目惚れだと告白して、受け入れて貰えると思う自信過剰さが鼻につきます。外見の良さを武器に、あれはやり慣れている感がありますね」


 キリ、冷静に酷評。よっぽど嫌いなのか、鼻に皺が寄ってます。可愛いキリはどんな顔でも可愛いから良いけど。


「多いのよね、ちょっとばかり顔が良くて貴族だからって、侍女が簡単に靡くと思ってる輩は。キリさんがどれほどあの手の馬鹿を振りまくってるか知らないから、あんな下心見え見えの告白するのよねぇ」


「キリさんが、マリタ王国のいい男(優良物件)ランキング上位の、第一騎士団のレイド副隊長や宰相補佐も務めるジャッシュ文官すら袖にした事、知らないんでしょう。でもねぇ、キリさん。あのお二人、お顔も良いけど性格も実直で優秀だし、本当にオススメなのよ?もう一度考えて見てはどうかしら?」


 マリアさんが冷笑し、バネッサさんが何気にすごい情報ぶっ込んできた。バリーさんが初耳って顔で焦ってる。わたしもそんな面白い事、聞いてないっ。なんで教えてくれないのさ?


「シーナ様が熱を出して倒れられた時の事ですから。キリさんはこんな時に余計な話をするなと、あのお二人を怒鳴りつけていらっしゃいましたよ」


 コロコロ笑いながらバネッサさん。キリは気まずげにしている。キリ、それさ、たぶん落ち込んでいるキリを助けたくって、告白したんじゃないかな。苦しむ貴女の力になりたいー、みたいな。いい人ぽいじゃないか。後で怒鳴った事は謝った方がいいよー。


「それにしても、ジンさんがさっき言ってた良からぬ薬の話と総合して考えると、わたしかジンさんに飲ませる気みたいだね?」


 毎食一緒にご飯を食べるジンさんがターゲットかもしれない。まぁ、キリはわたしの専属侍女兼護衛だから、わたしの可能性は高いけど。


「ちなみに、なんの薬なの?毒?」


「あー…、かなり強力な媚薬です。服用すると、廃人になるぐらいの」


 バリーさんが言い辛そうに報告してくれる。媚薬、しかも、廃人コースの。


「それ、さすがに王族相手には盛らないでしょ?とすると、狙いはわたしかぁ」


 媚薬で廃人って。えげつなぁ。


「…薬は二種類ある」


 ロルフ殿下が口を開いた。こちらを探る様に、じっと見てる。


「一つはバリーの言う通り、効力の強いものだ。もう一つは軽い媚薬だ。無味無臭、一時的に興奮を高める物で、後遺症も残らない」


「愛用されているんですか?」


「してないっ!君の中の俺の評価はどうなっているんだっ!」


「え?ナルシスト不法侵入者のタラシ」


 そこに媚薬愛好者が加わるのかなー?って思ったの。詳しいから。やだ。変態感が増した。やだ。気持ち悪い。


「私もっ、コルツ家を調査していたんだ!あの女は、侍従と護衛を使い、あの手の薬で気に入らない相手を潰すんだ。夜会で自分より注目を集めた令嬢に軽い薬を盛り、侍従達に弄ばせてその噂を流す。結婚の決まっていた侍女に、遊び半分で強い媚薬を盛ったという噂もあったな」


 うっわ、最悪だ。最悪!なんだそれ、取り締まれよ!


「…令嬢は醜聞を恐れ、泣き寝入りだ。侍女など、コルツ家の権力を前に、何も出来ない。証拠も残さないしな」


 苦渋の表情のロルフ殿下。


「気に喰わん。阿呆な権力の使い方をするコルツ家も、証拠がなく、何も出来ん俺自身も。いっそ一家全員、暗殺してやろうか」


「いやいや、正攻法で潰しましょうよ。暗殺なんて、バレたら大変でしょうが」


 わたしの中では極刑相当だが、だからって独断で処刑はアカン。よっぽど鬱憤が溜まっているのか、問題発言ですよ、ロルフ殿下。


「ん〜。もうちょいこっちの情報、サミエルに流してみるか。ね、キリ。今回の騒動、そのまま言ってみて。それでわたしがマリタ王国やジンさんに、不安になってるって、打ち明ける風で。そこに付け込んで、何か動きがあるかもー」


「はい」


「シーナちゃん、危険な事はっ」


「ないよ。あいつら、わたしとジンさんに薬を盛るんでしょ、キリを誘惑してさ。いつどこでどうやって盛るのか分かってるのに、引っ掛かる馬鹿はいないし」


 ジンさんの過保護をぶった斬り、バリーさんに声を掛ける。


「バリーさん。アイツらの一連の動きを見張ってるんでしょ?ちゃんと証拠も押さえられるようにしてる?」


「はいっ!薬の入手と我が国への持ち込みについては、入手ルートと持ち込みの証拠も押さえています。強い方のだけですが…」


「もう一つは違法とまではいかないものだからな。一般的に流通しているから、証拠としては弱いな」


 ロルフ殿下がバリーさんを慰める様にフォローする。バリーさんは悔しげにロルフ殿下を睨んでいた。そんなに、もう一つの薬の情報を掴めなかったのが悔しいのかー。でも、仕方ないよ。違法薬物じゃないんだし。


「まぁ、ロルフ殿下も持ち込んでるぐらいの薬ですしねー」


「断じて持ち込んでいないっ!本当にっ、君の中の私の評価は酷いなっ」


 胡乱な目を向けてくるロルフ殿下。いや、貴方がやらかした事が原因ですけど?心外っ!胡乱な目を返してやるっ!


「シーナちゃん」


 ロルフ殿下と胡乱な目で睨み合っていたら、ジンさんに、やけに静かな声で呼び掛けられた。

 怖いぐらいギラギラした目。お、おう?どうした?


「ロルフの事をなるしすと?不法侵入者と呼んでいるが、なるしすとの意味は分からんが、不法侵入者とは?」


 ジンさんの言葉に、そーいえば、ロルフ殿下が不法侵入して来た事、まだ話してなかったな、と思い出した。


「それに。先程から、二人とも、妙に…、仲が良くないか?」


「そこは断固、否定しますっ!」


 断じて仲良くないよっ!でも不法侵入の事を説明するのは気が進まない。絶対、怒りそうだし。


「ロルフ殿下は、昨夜、外壁を伝ってシーナ様の()()()侵入したのです」


 とか思ってたら、おおぅ、キリ、何で言っちゃうのー。しかも、寝所にって、強調した。いかがわしく聞こえるー。


「…そうか」


 ジンさんがスラリとしっぷうの剣を抜いた。ん?抜いた?


「ジンクレット殿下。私も助太刀します」


 ほのおの剣を抜いたキリが、にっこり笑う。

 キリさんや。何故に剣を抜いたの?


 そんなキリに、ジンさんは無表情で首を振る。


「キリさん、気持ちは嬉しいが。シーナちゃんの寝所に入った下衆は、俺がこの手でトドメを刺す」


「…これは、差し出がましい事を申し上げました。存分におやり下さいませ」


 おやり下さい(お殺り下さい)って言った!キリ、どうして煽るのっ!

 あ、ヤベェ。キリさんもしかして、ロルフ殿下にガチギレしてる?侵入だけじゃ飽き足らず、わたしを不安にさせ、寝不足にさせたって。

 昨日の晩はずっと、キリが側に付いててくれたんだけど、メソメソして、眠れないから妙なテンションで捕獲計画立てたんだ。キリはあの時、何も言わずに見守ってくれてたけど。静かにキレてたのかー。


「ジ、ジンクレット?」


「せめてもの情けだ。…剣を抜け」


 ロルフ殿下に真正面から向き合い、剣を突きつける。クッと上がった口角に、背中がゾクッとした。

 いつものジンさんと違い、笑みに温もりがない。 

 こ、これが噂の『氷の王子』か?ひゃー、真剣なジンさんってカッコいい。あ、イカン。見惚れてないで止めねば。


 踏み込むジンさんに慌ててロルフ殿下が剣を抜き、受ける。


「…っ!腕を上げたな、ジンクレット!」


「黙れ」


 ロルフ殿下の顔が驚きから楽しげなものに変わり、あっという間に打ち合いになっちゃう男子二名。わたしはキリに抱えられ、あっさり安全圏に運ばれた。


「チッ。これだから男は…」


 ガチンコ真剣勝負をしている二人より、舌打ちするマリアさんの方が怖かったのは内緒である。



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― 新着の感想 ―
この中で最強はマリアママンだと思う。
[良い点] ほんっとうにこれだから男はに1000000億点です シーナ様一度国でちゃって追いかけてもらって100回謝らせればいいくらいです! キリさんもマリアさんも最高です
[一言] 絶句!!
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