60 反撃の時
ようやく、いつもの調子に戻るはず。ご心配をお掛けしました。
「びっくり。こんなにベラベラ悪事を全部白状するなんて、二時間サスペンスの犯人だけかと思ったけど、現実にもあるんだねぇ」
サミエルの顔が驚愕に染まる。そりゃあビックリするよね。息も絶え絶え苦しんでいた相手が、いきなりこんな流暢に話し出したら。
サミエルは本能的な危険を感じたのか、わたしの上から飛び退いた。ビスクも、驚くほど俊敏な動きで踵を返し、部屋から逃げ出していく。
「リュート殿下!聞こえた?」
「ばっちりだ!」
クローゼットの中から飛び出してきたリュート殿下が、ピッと親指を立てる。爽やかそうに笑っているが、笑顔が黒い。
「こちらも捕まえたぞ」
ロルフ殿下が、ビスクを引き摺って来た。あの一瞬で何をどうしたのか、縄でぐるぐる巻きになってる。凄ーい。綺麗にみっちり首から下が縄で巻かれてるー。どうなってるの?蓑虫巻きなの?
「くそっ」
サミエルが懐からナイフを出し、襲い掛かってきた。
わぉ、危ないじゃん。ロルフ殿下がとっさにわたしに向かって動いたのが目の端に見えたけど、それより先にわたしはサミエルの身体に風の塊をぶつけ、吹っ飛ばしていた。
サミエルは「ぎゅうっ」と声を上げて天井に叩きつけられた。おー、よく飛んだなぁ。ロルフ殿下がこちらに飛び付きそうなポーズのまま、驚きで固まっている。あ、助けは不要ですよ。
「あーあ。やっちゃったー。もう!手加減は苦手なのに!スパーンじゃないだけ感謝してよね。うっかりこの部屋を血塗れにしちゃう所だったよ」
わたしのスパーンは大木すら真っ二つだからね(カイラットで実証済み)。人間に対して発動しちゃならんよ、あれは。一応、自重してるんだよ。
取り敢えずサミエルに回復魔法をかける。鑑定魔法さんに『下衆サミエル、状態、骨折箇所多数。全身の打撲により瀕死』と即座に教えてもらったので助かったよ。彼にはまだまだ聞きたいことが沢山あるしねぇ。うふふ。
ちなみに今の状態は、『下衆サミエル、状態、気を失っている。この後、地獄が待っている。お楽しみに!』である。次回予告か。お茶目だね、鑑定魔法さん。
「シーナちゃん…。回復魔法だけでなく、他の魔法も使えるのか?」
「使えますよ!」
探る様なロルフ殿下の視線をサラリと躱して、わたしは力瘤を作って強いぞアピールをしてみる。筋肉のないポヨンとしたわたしの二の腕に、ロルフ殿下は笑いを堪え、目を逸らした。リュート殿下は遠慮せずに笑いやがった。ほっとけ、ちくしょー。
「シーナ様!ご無事ですか?」
ほのおの剣を持ったキリが部屋に飛び込んでくる。おぉ、今日もよく燃えているね、ほのおの剣。ロルフ殿下の胡乱な目が、ほのおの剣にも向けられている。何なんだ、こないだからボーボー燃えてるあの剣は、って目だよね。そういえば、武器関係はナリスにあんまり伝えていないって言ってたっけ。
キリは部屋の状況を見て危険はないと判断したのか、ほのおの剣をしまうと、真っ直ぐわたしに向かって走ってきて、その途中に転がるサミエルをギリギリと足で踏みにじってから、わたしに飛びついて来た。容赦のないブラックなキリも、また良し。
「シーナ様。あの下衆達に触られた場所はどこですか?念入りに消毒しましょう。すぐに湯殿へ!」
「ええー。まあ、気持ち悪かったけど、触られた時は鳥肌が立ったけど。うーん、髪とか顔とか手ぐらいしか触られてないからなぁ、別にお風呂なんていいよ。後で顔洗うねー。それよりキリは大丈夫だった?思った以上にあいつら下衆だったね?さっきのパンケーキのお皿、鑑定したらえげつない薬だったよ!!変なことされなかった?」
「すでに消毒済みです、ご心配なく」
虫ケラを見ている方がまだ情がありそうな目を、キリがサミエルに向ける。ふんっと鼻で笑う。
「口説き文句が陳腐すぎて、笑いを堪えるのが大変でした」
冷ややかに切り捨てるキリに、わたしは内心、ここにはいないバリーさんを応援した。
頑張れ、バリーさん。生半可な口説き文句じゃ、キリに鼻で笑われちゃうよ。ふんっだよ、ふんっ。
「でもキリ、お芝居上手だったね。段々とサミエルに恋をしていく過程が自然だったって、侍女さん達が絶賛してたよ。美人で可愛くて強くて有能でお芝居まで出来るなんて、ウチの子、凄すぎる…」
わたしは侍女さん達の、映画評論家ばりの感想をキリに伝えた。サミエルは皆の目に触れない所でキリを口説いていたつもりかもしれないけど、実は事情を知る多くの侍女さんズに見張られてたんだよね。侍女さんズは普段から、王宮内の恋愛事にアンテナを張り巡らせ、さり気なく鋭い観察眼を周囲に向けているから、サミエル如きに隠蔽出来るはずもない。サミエルにキリが接触する度に、シュパパパパッと侍女さんズが連携のために動いてたらしいよ。凄いね。
ちなみに、侍女さんズのサミエルの評価は『何、あの演技。年下のちょっと頼りない男感を出してるけど、下手すぎ』『純真さが足りない。生臭い感じがする』と酷評だった。特に年下好きの侍女さん達には、不評でしたよ。
キリは賞賛に顔を赤くして照れる。先ほどのサミエルに見せていた塩っぷりは微塵も残っていない。はにかむキリが、かーわーいーいー。変なものの相手をした後だけに、癒されるわぁ。
「いやー。馬鹿な奴らで良かったな。証拠もたんまりあるしな!生き証人二人に、キリさんの証言だろー。俺もバッチリシーナちゃんを襲う馬鹿二人の言葉を聞いたし。ふふふっ、アホみたいにラナ嬢の関与をハッキリ証言してくれたなぁ。はー、毎回こんな感じのアホだったら楽なのに」
リュート殿下はサミエルをビスク同様ぐるぐる巻きに縛り上げる。成程、あの蓑虫ぐるぐる巻きはあそこに縄を通して、ここで縛って、…あ、途中の過程が分からなくなった。後で教えてもらおうっと。
「シーナちゃん達に盛られた怪しげな薬の出所は、バリーとロルフ殿下が掴んでくれた様だな」
「バリーさんも有能だよね。どこから情報を得てるんだろう」
ほくほく顔で喜ぶリュート殿下に、わたしは疑問をぶつける。ロルフ殿下はナリス王国にいる時から、ラナ嬢の動向を探っていたので情報も掴みやすかったみたいだけど、バリーさんは違うよね?
「んー、バリーの情報網は広いからな。俺も詳細は分からんが、周辺国に何人かは潜り込ませてるみたいだな。…ウチの諜報部より凄いからな」
「まあ、あの諜報部よりは…。最近は人員の入れ替えがあったから大分マシになったってアラン殿下が言ってたけど。バリーさん、抱えている情報屋さんが多いんだねー」
「全員、巨乳なんでしょうね」
わたしの予想に、キリが真顔でとんでもない予想を重ねてきた。聞いていてたリュート殿下が気まずげに目を逸らす。正解だったようだ。
「シーナちゃんっ!!無事かっ」
ドタバタと勢い良く部屋に飛び込んできたのは、ジンさんだ。なぜか床に転がるサミエルをわざわざ踏んでから、キリと同じ様にわたしに飛びついてきた。
「あ、ジンさん。無事無事ー。ジンさんも大丈夫だった?うっかり薬、食べてない?」
「ちゃんと金縁の皿に薬を盛ると事前に聞いていたからな。シーナちゃん監修の、ええっと、りはーさる?だったか?の、お陰で、演技もスムーズにできたから緊張もなかったし、問題ないぞ」
ジンさんが得意げに笑う。囮捜査を前に、入念なリハーサルを繰り返したお陰で、戸惑いはなかったようだ。それにしてもジンさんのあの欠伸はわざとらしくて、台詞は棒読みだった。演技の才能は無いんだなー、王族なのに。腹芸とか必要じゃ無いの?王族ってさ。
「ラナ嬢も捕らえた。気色悪い薄着で俺の部屋に入ってきたのを、アラン兄貴と部下たちが取り押さえたんだが…。気持ち悪かったぞ、あの、うねうねした動き。アレに似た魔物がいるんだ、なんて名前だったかな?」
ラナ嬢、中身はともかく外見は妖艶な美女なのに…。うねうねって。魔物って…。鑑定魔法さんが『これかしらー?それとも、これ?』と色々なうねうねした魔物をわたしの脳裏にリストアップしてくれる。鑑定魔法さん、いらないから。その情報、いらないから。
「ジンさん、せめて魔物に似てたとは、本人には言わないであげてね」
真剣な顔で思い出そうと頑張るジンさんに、わたしは怖い顔をして諭した。敵にも情けは必要ですよ、うん。
こんなの引っ掛かるかなぁと不安だった囮作戦だったけど、敵は思った以上に単純だった。あっさり、がっつり、騙されてくれたよ、ありがとう、コルツ家の皆様。君らがアホで良かった。
どうしてこんな展開になったのかは、あのロルフ殿下が侵入してきた晩にまで、遡る。





