59 いつもの食卓
いつものように、ジンさんとテーブルを囲む。
本日のご飯は料理長ナリトさん渾身のコース料理ですよ。メインは白身魚。海に面した領地から、氷魔法で覆った魚を運んできたんだって。王都でお魚を食べると割高になるらしい。
そんな美味しそうなコース料理は、デザートまで含めて全6品。キラキラと輝いて見えるよ。
「シーナちゃんは魚も好きなんだな」
「あまり食べられないからねー、あぁぁぁ、美味しいー!」
ほんのり塩味でバターの風味の効いた白身魚のソテー。震えるぐらい美味しい。ナリトさん、すっかり乳製品の使い方をマスターしちゃって…。さすが王宮料理人。
ジンさんがお魚を堪能するわたしの向かいの席で気遣わしげに微笑んでいる。あのことを聞いて以来、ちょっとジンさんに接するときはギクシャクしている。ご飯の時は忘れる様にしてる。美味しいご飯に失礼だからね。ジンさんはわたしの様子が変わった事にオロオロしてるけど、何も聞いてこない。
ジンさんとのご飯は、未だに毎食一緒だ。こんなに頻繁にわたしと過ごしているけど、ちゃんと仕事をしているのか心配になる。聞いても『ちゃんとやってるぞ!』しか言わないし。食事がおわるや否や、バリーさんが青筋立てて連れ戻しにくるから、大丈夫じゃないんだろうな、多分。
コースの最後には美味しそうなデザートが出た。小さなパンケーキを重ねたものに、果物が飾られ、ソースが掛かっている。金色の縁取りのお皿に載ったそれは、一つの芸術品のような美しさだ。
甘いソースと果物が絡んでいる。鼻腔をくすぐる、バターの香り。絶品だ。
最後まで食べ終わると、うぅ、お腹が一杯。食べ過ぎたー。
「ああ、お腹一杯。眠くなっちゃった」
意識がトロリと溶ける様な感覚。眠りに落ちる寸前の気持ち良さが全身を包んでいる。
「俺も今日は訓練がハードだったから眠いな。しかしこれからナリス王国の兵たちと、打ち合わせが入っているんだ。シーナちゃんは早めに休んでくれ」
ふあぁと大きな欠伸をして、ジンさんはバリーさんと打ち合わせに向かった。わたしはカクンと落ちそうになる頭を、必死で支えていた。見かねたキリが、わたしを抱き上げ、寝台に寝かせてくれる。侍女さんズが心配そうにしてたけど、食べ過ぎて眠いだけーと笑えば、苦笑して部屋の灯りを落としてくれた。
柔らかで幸せな眠りに、コテンと落ちていく…。
◇◇◇
しばらく後。
シーナの部屋に三人の人物がやってきた。
「よく眠っておられる様だ」
ぐっすりと寝入るシーナを見て、サミエルは微笑んだ。
「ああ、これなら、静かに運べるな」
ビスクがニッと笑みを浮かべる。
「早く移動しましょう」
最後にキリが、焦った表情でシーナを抱き上げた。シーナはお付きの侍女が多い。いつ他の侍女が部屋にやってくるか、気が気でないのだ。
シーナを連れた三人は、王宮のあまり使われていない部屋に移動した。古い家具などが仕舞い込まれているその部屋は、掃除は行き届いているが、普段は人気がない場所だ。
キリは部屋の中にある古い寝台にシーナを横たえた。シーナからうぅん、と寝ぼけた声が漏れる。キリはそんな主人の姿を、直視出来なかった。いくら彼女の為とはいえ、薬を盛ってこの様な場所に許しもなく連れ込んだのだ。罪悪感で潰されそうだった。
そんなキリに、サミエルは優しく笑いかける。
「キリ。君は戻って、シーナ様が部屋にいない事を誤魔化していて。あと、荷物をまとめておくんだよ?君は僕と共にナリス王国に帰るんだからね。もう離さないよ?」
サリエルにギュッと抱きしめられ、キリは顔を赤らめる。従順に頷き、サミエルに名残惜しそうな視線を向け、足早に部屋を出ていった。
「国に連れ帰って遊んでポーイかよ。キリちゃあん。その後は俺と遊びましょうねぇ」
「声が大きい、ビスク。聞かれたらどうするんだ」
「今すぐ遊んでポーイになるだけだろ」
「バカだな」
笑って、サミエルはシーナに視線を移した。
先程まではグッスリと寝込んでいたシーナの様子が変わっていた。段々と呼吸が荒くなり、顔も真っ赤になる。
やがて、シーナはゆっくりと目を開けた。
「あぁ、シーナ様、大丈夫ですか?お辛いでしょう…」
煌めく金髪と翡翠色の瞳の男が、はぁはぁと荒く息づくシーナの側に近寄った。
「だ、誰…?」
「私の名はサミエル。ラナ様の側仕えを務めさせていただいています。本日はシーナ様へご挨拶に参りました」
「……うん?あぁ、その髪、レクター殿下に似てる…」
まだ目が覚めきっていないのか、トロンとした様子で、シーナはサミエルを見てとりとめなく呟いた。
「ダイド王国一の美丈夫と言われるレクター殿下に似ているとは…、嬉しいお言葉ですね。お懐かしくなられましたか?」
するりとシーナの手をとり、艶めいた動きで撫でるサミエル。シーナはブルリと身体を震わせた。
「おや、そんなに震えて。なんとお可愛らしい。随分と顔が赤くなっていますよ。身体が燃える様に熱いでしょう?」
するりとシーナの頬を撫でる。その触れ方が気持ち悪くて、シーナは身体が震えるのが止められなかった。
「いやっ」
シーナに覆いかぶさり、サミエルは口の端を歪めた。子どもなど趣味ではなかったが、小柄なだけで楽しめないことはなさそうだ。
「おお、これはお辛そうだ。わたしも喜んでシーナ様の回復にご協力しましょう」
下卑な笑いを浮かべたビスクがシーナのもう一方の手を取り口付けた。ビスクも渋っていた割には積極的だった。
「う…、何…、ここは…?キリ…は、どうしたの?」
部屋の様子が違う事に気付き、怯えた声で、シーナは部屋を見回す。身体は思うように動かず、よく知らない男たちに囲まれて、じわじわと恐怖が込み上げてくる。
サミエルはシーナの言葉に低い笑い声を上げた。荒い息と潤んだ瞳。幼い容姿と相まって怪しげな色香を放つ少女に、サミエルは舌なめずりをした。
「やめて…どうして?身体が動かない…」
シーナの狼狽え、怯える様に、サミエルは優しげに微笑む。
「シーナ様は少々、身体が熱くなるお薬をお飲みになったんですよ。先程の夕食に薬を盛ったのは、貴女の忠実な侍女のキリです」
「キリが?嘘!そんなことキリがするはずない!」
「したんですよ。金貨と、私への恋心で、簡単に貴女を裏切ったんですよ?お可哀想に。大丈夫、私達が貴女を慰めてあげますからね?」
シーナの髪を梳き、サミエルは微笑んだ。その目に抑え切れぬ残虐さを読み取って、シーナは肌を粟立たせた。
「どうして?わたしが何をしたっていうの?」
怯えて涙ぐむシーナに、サミエルは首を振った。
「君如きの身分で、ラナ様のお相手であるジンクレット殿下のご寵愛を受けるなど、分不相応なのだよ。君はね、ラナ様の逆鱗に触れたのだ。ふふふ。愛する君がラナ様の側近である我らを、立場を利用し誘惑したなんて知ったら、ジンクレット殿下は悲しむだろうね。大丈夫、そんな傷心のジンクレット殿下を、今頃ラナ様が慰めていらっしゃるさ」
ジンクレットの名を聞いて、シーナは目を見開く。
「ジンさん?ジンさんに、何をしたの?!」
「なぁに、君よりは少し効能は低いが、同じように薬をね。ラナ様の魅力なら、そんなものがなくてもジンクレット殿下もその気になるだろうが、一応ね…。さて、そろそろ自分の事に集中したほうがいいんじゃないかな?」
暗い笑みを浮かべてのし掛かるサミエルに、シーナは驚愕の表情を浮かべた。





