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58 疑惑

ロルフの評判が最悪ですが、この回で更に落ちると思うと何だか可哀想になってきました。

どこまで挽回できるのか。他人事の様に応援してしまいます。

 キリはロルフ殿下の姿が見えなくなると、すかさず窓を閉め、カギを掛けた。

 って、そういえばわたしの部屋って4階なんだけど。あの不法侵入者、普通に窓から入ってきて、窓から出てったね。ここの外壁って、足を掛ける場所なんか無さそうなつるっつるの石造りだったけど、どうやって登ったんだろう。女好きの執念って怖い。


「シーナ様、ご気分は悪くありませんか?少しお顔の色が悪い様です」


 キリがわたしに駆け寄り、顔を覗き込む。わたしは反射的に引き攣った笑みを浮かべる。

 グラス森討伐隊では、いつもこんな風に口角を上げて、笑い顔に見えるように表情を作っていた。キリに心配かけたくなかったから。大丈夫だよって笑っていれば、キリはそれ以上何も聞いてこないと分かっているから。

 そんなわたしを見て、キリが顔をこわばらせた。


「大丈夫だよ。…ねぇキリ、ここ、結構高さがあるけど、ロルフ殿下、普通に出ていったよ?大丈夫かな?」


 下覗いたら、サスペンスドラマの冒頭シーンみたいなロルフ殿下の死体が転がってるとかないよね?寝覚めが悪いよ。


「そのようなこと、シーナ様がお気になさる必要はありません。ですが易々と侵入された事は大問題です。まさかあの壁を登るとは…。警備体制を見直さなくては…」


 キリはロルフ殿下の安否なんて小指の先ほども気にしていなかった。窓に柵が必要だとか、警備の数をもっと増やさなくてはとか、壁に侵入者に反応する滅殺の魔術陣をとか、私も同じ部屋で寝起きをしないと、などと、ぶつぶつと呟きながら窓を睨み付けている。滅殺。触れたら火を噴くとか?滅殺、出来そうだね。


「シーナ様。やはり侍女長様にご報告申し上げて、早急にお部屋を移りましょう。早くお身体を休めていただきたいですが、安全には代えられません。今晩は私が側に付き添います」


「え?今から?もう遅いよ。侍女長さんたちも休んでいるだろうし、悪いよ。こんな高い場所に入ってくる人なんて、ロルフ殿下ぐらいだと思うし、一応帰ったし…」


 どうやってこの窓まで登ってきたか分からないけど、今日はアッサリ引き下がったから、大丈夫じゃない?


「シーナ様、危機感をお持ちください。一度引き下がったからと言って、あの男が、また来ないという確証はありません。あの手の男は、図々しくしつこいのです」


 無表情でキリが吐き捨てるように言った。ちょっと前までバリーさんに見せてた表情だ。あの頃から比べると、キリの表情は随分と穏やかになった。頑張ったんだね、バリーさん。


 そして、キリの中でロルフ殿下の信用度がぐんぐん下がってる。あのラナ嬢を連れてきた挙句、御し切れない所がマイナスポイントだったけど、今回の不法侵入で地面にのめり込む勢いで急降下してる。さもありなん。

 これで実はわたしを利用してコルツ家を破滅させるつもりだった、とか知ったら、切り倒しに行くかもしれん。

 一瞬、黙っていた方がいいかも、と思ったが、わたしの護衛でもあるキリに黙ってるのは良く無いと、先程ロルフ殿下が語って行った一部始終を、わたしはキリに話した。

 額の青筋が、ビキビキッとするキリは、大層怖かったのを報告しておこう。


 やがてキリは、でっかいため息を吐いた。


「あの男を見る限り、ナリス王国がシーナ様の安全やお気持ちを考えてくれる事はなさそうですね。シーナ様はカナン殿下の足を治したというのに、この仕打ちとは…」


 それからキリは一瞬ためらったが、顔を上げてわたしをまっすぐ見た。


「正直なところ…。私は陛下がシーナ様の意見も聞かずにロルフ殿下へ婚約を打診したことが、納得できません」


 …うん、わたしも。ロルフ殿下がわたしをどう思っていようと、どうでもいいんだけど、陛下がどうして勝手にナリス王国に婚約の打診をしたのかは気になるよ。陛下の事を信じたいけど、信じていいのか分からなくて怖い。また、騙されるんじゃないかって思うと怖い。


 マリタ王国の皆がくれる優しさは、本物なのだろうか。


 マリタ王国では、誰も彼もが優しい。皆、わたしを気に掛けてくれて、良くしてくれている。

 でも、ダイド王国でも、初めは皆優しかった。ダイド王国の王宮で、わたしに魔法を教えてくれた教師達には、稀に見る魔力量だと褒められ、これなら平民の孤児でも王太子妃になれるだろうと言われてた。綺麗な服も着れたし、美味しいご飯も貰えた。グラス森討伐隊に行くことが決まった時は、皆が拍手で讃えてくれたし、レクター殿下も、わたしが王太子妃で誇らしいと微笑んでくれていた。


 変わっていったのは、グラス森へ行った頃からだった。グリード副隊長は平民が王太子妃になれるものかと、わたしに辛く当たり、暴力を振るった。段々と兵士達もその態度に倣う様になっていった。庇っていてくれたレクター殿下も、次第にわたしと関わらなくなっていった。偶に会っても、無関心な目を向けるか、煩わしげに一言、二言、言葉を交わすぐらいで、労われるのも稀だった。


 それでもわたしは、騙されているなんて全く思わなかった。侯爵令嬢がレクター殿下に寄り添い、親し気にしていて、レクター殿下も侯爵令嬢をわたしより大事に扱っているのを見ても、馬鹿みたいに信じていた。将来は、わたしがレクター殿下の妃になるのだと。


 だからあの断罪の瞬間。

 愚かにも信じていたシーナの心は、粉々に砕け散ったんだ。

 劣悪な待遇と、心が擦り切れる様な状況の中で、ギリギリの所で保っていたシーナの心は、唯一の命綱だったレクター殿下に完全に見放され、追放されると知った瞬間、縋るものを無くして完全に壊れてしまった。全ての感覚が急速に遠のいて、精神のバランスがメチャクチャに振り切ってしまったのを、不透明な壁越しに見ている様な奇妙な感覚だった。

 そして、完全に壊れる前に、椎奈が蘇った。シーナの奥底に眠っていた椎奈が、砕け散ったシーナを繋ぎ止め、ぽっかりと大きく空いた穴を埋める様に融合して、この世に留まることができた。

 もし椎奈が居なかったら、シーナは多分壊れたまま、グラス森の魔物の餌食になって終わっていただろう。


 あの時の痛みを知るシーナが、椎奈の心を巻き込んで怯えている。

 こんな愚かなわたしには、何が嘘で何が本当かなんて、分からないんじゃないだろうか、と。

 

 信じたいのに怖い。信じられないことが苦しい。また騙されているのではないかと、ほんの少しの疑惑が、どんどん胸の中で膨らんで黒く大きくなってくる。


 この国で出会った優しい人たち。

 わたしが見てきたものは、貰った優しさは、本物だったのだろうか。

 何度も倒れて、熱を出して寝込んでるし、マナーも勉強も全然足りていない。平民だし孤児だし、何の後ろ盾もない。ダイド王国では高位貴族を害そうとした罪人だ。

 こんなんじゃジンさんの奥さんなんて、王子妃なんて務まらないと思われていないかな。

 わたしに気を遣っているだけで、本当は、皆に疎ましく思われているんじゃないだろうか。他の国に厄介払いしたがっているんじゃないだろうか。

 

 ジンさんの夏の空の瞳。優しくて温かくて、大好きな色。

 わたしを好きだと言ってくれたのも、本気じゃないのかな。ただの同情なのかな。それとも、利用したいだけなのかな。


 あの瞳とお別れするのは辛いけど、決定的な別れを告げられるぐらいなら、逃げ出したいと、わたしの中のシーナが怯えている。

 ジンさんの本心を知って、またあの時みたいに、心が砕け散ってしまうのではないかと、怯えている。


 分からない、分からないよ。

 ジンさんがわたしをどう思っているかなんて、分からない。


 キリが、心配そうに揺れるわたしを見ていた。

 キリにはわたしが何を考えているかなんてお見通しなんだろう。またキリに心配を掛けちゃったな。

 

「ねぇキリ…」


 ぽつりと、我ながら呆れるぐらい頼りない声が響いた。


「わたし…なんて、いない方がいいのかなぁ」


 




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― 新着の感想 ―
グレイソンもシーナを守ろうとして下手打ったなー ジンを好きなんだからプロポーズ受けたのに、その心を無視して他にやろうと画策するなんて、善意であろうが王族不信があるシーナには最悪の手だったな。
[一言] ロルフもジンも風俗出禁になりそうな性格してんな
[一言] ロルフの気持ちもわかりますね。 悪い噂があるのなら、まずは警戒するのは当然だろうし。これで 実際に会っても盲目的に噂を信じるのならアウトですが。 個人的にはロルフは、周囲が思ってるほど完璧人…
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