53 シリーズ化は定番【後編】
「これは…面白いですね」
目を爛々と輝かせて、わたしの落書きの様な設計図モドキを見ているのは細工職人のダグさんだ。タイロップ男爵と息子ジョゼフさんから紹介された人だ。職人さんというと、頑固、無愛想、怖い、というイメージだったけど、ダグさんは物腰柔らかな人だった。
「こちらは、材料はいかがいたしましょう?」
「この籠に使っている様なものが良いかなぁと」
私は果物が入れられていた籠をダグさんに見せる。鑑定魔法さんに教えてもらったが、この籠は『カタン』という植物の皮で出来ているみたい。前世でよく見た、ラタンみたいな素材だった。名前も似てるね。
「確かに。カタン(ラタン)なら適材でしょう。丈夫で撥水性もあり、色合いも品がある」
うん。前世の高性能ベビーカーは便利だけど、ラタンのクラッシックな乳母車は趣があるよね。憧れです。使う予定はなかったけど。
細かな構造をうろ覚えの知識で補足していくと、流石の細工職人さん。わたしの落書きをサラサラと緻密な設計図に書き換えていく。プロや、ここにプロがおります。
わたしはダグさんと乳母車の仕様について打ち合わせ中だが、リュート殿下とタイロップ男爵は契約関係について打ち合わせ中。漏れ聞こえる数字に背中が冷たくなったが、心を無にしてわたしは出来ることをしようと思います、うん。
一通りの話し合いを終えて、休憩のお茶を頂いていると、タイロップ男爵がホクホクの顔で乳母車設計図や赤ちゃん人形を見ている。
「いやぁ。シーナ様のお考えになるものは素晴らしい。赤ちゃん人形も可愛らしいですが、このスタイ?でしたかな?これも画期的です!実際の赤ん坊にも使えますな。これがあれば赤子のヨダレで汚れたら産着丸ごとではなく、このスタイだけを洗えば良い。抱っこ紐も、構造が面白い。赤子を抱きながら両手が空くのが良いですな。そして何より乳母車!これは貴族の皆様にも流行りますぞ!」
マリタ王国には抱っこ紐や乳母車に類いするものは無いそうです。昔の日本では紐で子供を背中に括り付けていたらしいけどね。
「しかし、乳母車は細工職人を集めて何とかなりそうですが、赤ちゃん人形やスタイや抱っこ紐は時間が掛かりそうです。針子がなかなか集まりませんでなぁ」
タイロップ男爵が一転、シュンとした困り顔。そういえば、そんな話をリュート殿下がしてましたね。
「ふむ。タイロップ商会だけが針子を独占するわけにはいかんからなぁ」
お針子さん達は服飾関係や小物作りでも活躍しているしね。なんせミシンの様な機械がないから。わたしが着ているドレスもお針子さん達の手仕事で作られている訳です。
でも人形やスタイや抱っこ紐は、そんなに凄い技術がいる訳でもないんだよな。まぁ、人形や子どもの服はちょっと難しいけど、一度型を作ればその通りに縫っていけばいいし。お貴族様の一点ものドレスって言うより、前世の既製品に近いよね。
スタイとか、抱っこ紐とかお人形は、型さえあれば子どもの手習いみたいなものでも作れるじゃない?お針子さんじゃなくても良いのでは?
「内職とかしてもらえたら楽ですよねー。潜在的な人手の発掘ができる」
ポツンとそう言ったら、皆がキョトンとしていた。
「ないしょく?」
「ああほら、外には働きに行けないけど、家の中なら働ける人とかいるじゃないですか。足は悪いけど裁縫上手なお婆ちゃんとか、小さな子がいる奥さんとか。材料を渡して、家で作ったものを納品して貰って、出来高で報酬を払うの。お針子さん達を沢山雇ったら働いてもらう場所とか必要だけど、これなら各自、家の中で出来るじゃない?作り方は作成方法を紙に書いて材料と一緒に渡せばいいしね?」
「…文字の読めないものもいますので、紙に書いては難しいかと」
「じゃあ一度は作り方講習会をして後は各自の家で。完成品見ながらなら、そんなに難しくないし。作成工程が複雑なものは、例えばそれぞれパーツだけ作ってもらって、縫い合わせはお針子さん達にやってもらうとかさ。型紙通りに生地を切って貰うだけでも楽になるし、作る方も小遣い稼ぎになるんじゃないかな?」
そういえばアラン殿下が孤児院の子ども達に手に職をつけさせたいって言ってたな。女の子はお針子の修行、男の子は乳母車とかおままごと道具の木工部分の作成をしてもらったらどうかな。
しばしの沈黙。うん?適当に話し過ぎたかしら?
まあ、素人の思い付きだから、軽い気持ちで聞き流してくれて良いんだけど。
「すいません、適当に思いついた事なので…」
「いや!素晴らしい!確かにそれなら無理に針子を雇わなくても済む。それに乳母車も、なぁ、ダグ?」
「ええ。木工部分は複雑では無いので、パーツだけなら見習いでも十分です。年取って力仕事の出来なくなった職人に監督させて、孤児院の子どもにも教えることが出来ましょう。それなら考えていたより数を増やせるかもしれません」
適当な思い付きに、タイロップ男爵とダグさんが物凄く喰い付いてます。
「孤児院も絡めるとなると、アラン殿下もお呼びした方が良さそうですね」
バリーさんによると、孤児院関連はアラン殿下の管轄らしい。あと、アラン殿下の婚約者のハンナ様のお父様が、孤児院関連の部署の長らしいよ。えっと、ローダット伯爵家だったかな?王子妃教育で習いました。
「他の商会も真似しそうな手法だな。商業ギルドを巻き込んで仕組みを作るか…」
リュート殿下の呟きに、わたしはウンウンと頷いた。
「そうだねー、冒険者ギルドみたいに、商会から内職の募集を商業ギルドに出して、お針子さん達を探すのもいいね。家で出来る仕事ってあんまりなさそうだから人気出るかも。内職斡旋専門コーナーとかあると、色んな内職を選べて便利ー」
また適当に思いついた事を話していたら、リュート殿下とサリア様に凝視された。なんでしょう?
「はははっ。キリさん。シーナちゃんの午後の予定はどうなっている?」
「午後はジンクレット殿下とのお食事だけですね」
「その予定は変更で。教会と商業ギルドとの調整入れるから。バリー、アラン兄さんの予定は?」
「午後は空けていただきました。ハンナ様とローダット伯爵もご一緒出来るそうです」
おや。ハンナ様との交流は大歓迎だけど、神殿と商業ギルドは何の為に?ねえ、何の為に?そしてさり気にジンさんとの食事が変更された!毎食一緒に食べてるからいいけど、ジンさんは怒ると思うぞー。
案の定、午後の予定変更を伝えると、ジンさんがわたしの部屋に駆け込んできた。ジンさん、今は隊の実践訓練じゃなかったっけ?だから今日の昼食は遅めねって言ってたのに。
わたしの部屋の面々を見て、ジンさんがヤバいって顔をした。うふふ、リュート殿下の額に青筋が立っているもんね。
「ジンクレット。よもや訓練を投げ出してきたのではあるまいな?」
「う、リュート兄さん。だが、シーナちゃんとの昼食の約束が!」
「お前は毎日毎食、シーナちゃんと食事をしているだろうが。一食ぐらい我慢しろっ!そもそも同じ王宮に住んでいるのだから、毎日シーナちゃんと顔を合わせられるだろう!俺は結婚までサリアと毎日会う事は出来んのだぞ!寂しいがそれでも自分の職務は全うしている。アラン兄さんもハンナ嬢と会うのを我慢して、毎日手紙を送っているというのにっ!お前も少しは真面目に仕事をせんかっ!」
おおっと、リュート殿下。ジンさんを叱ると見せかけて、盛大に惚気てるのか?この場にいないアラン殿下もトバッチリを受けたー!
「あ、や、いや、それはそうなんだが。だけど、毎日のシーナちゃんとの食事は俺の生き甲斐で」
「俺とてサリアとの逢瀬は最大の喜びだ!出来れば毎日会いたいが、王族としての責務がある。少しは我慢する事を覚えろ」
ガンッとリュート殿下のゲンコツを喰らい、バリーさんに連行され、ジンさんは訓練に戻って行った。
タイロップ男爵とジョゼフさんが、驚きながらも商人らしい愛想笑いを浮かべる。
「いやいや、王族の皆様の仲睦まじいご様子は、マリタ王国の一員として喜ばしい限りですなぁ」
やめてあげて、タイロップ男爵。サリアさんの真っ赤な顔が見えているでしょうが、もう。
「サリア、どうした?」
扇子で顔を隠しプルプルしているサリアさんに、困惑しているリュート殿下。溺愛っぷりを周りに見られる事に慣れていないんだよって言ってやりたい。せめて二人だけの時にして欲しいよね。
伴侶に甘いのはマリタ王族の特性なんだろうか。国王陛下も王妃様に甘々らしい。流石に周囲に人がいる時は、国王、王妃として泰然としているが、二人っきりの時は大変らしい。
「幾つになっても新婚みたいに甘えてくるし、しつこいのよー」と王妃様は苦笑いしてた。しつこいんだ。ダンディの塊みたいな国王様なのに、しつこいんだ。想像つかない。親子揃って自覚がないって、これも遺伝なんだろうか。怖いな、遺伝。
一度、王妃様を筆頭に、マリタ王族妻&婚約者の会を開催してみても良いかもしれない。議題は勿論『マリタ王家の男どもの重さの弊害について』。これに限るわ。





