49 回復力について
今回から少し暗めの展開です。
「本日は宜しくお願いします!」
「宜しくお願いします」
キラッキラのカナン殿下の笑顔に、リュート殿下は苦笑して答えた。うん、カナン殿下の熱量が凄い。ナリス王国の次代の王は勤勉なのだ。
本日は、再生魔法により復元した箇所の効率的なリハビリを、再生魔法の先輩であるリュート殿下が、後輩のカナン殿下に教える会です。長いな、リハビリ友の会で良いかな。
回復専門魔術師やサンドお爺ちゃんみたいなお医者さんもいるのに何故講師がリュート殿下なのか。その理由はやはり、当事者にしか分からない身体の動かし方のコツや、上手く動かせない苛立ちと言うものがあるからだ。無かった身体の部分がある日いきなり復活して、さあすぐに動かしましょうと言うのは、流石に無理なのだ。
わたしも再生魔法を掛けたことは沢山有るけど、掛けられたことはないし、そこから地道なリハビリをした事もない。前世のように機能訓練のプロがいるわけでもなく、リハビリについては手探りになる訳ですよ。また、当事者にしか分からない苛立ちなどを共有できたら、少しはリハビリの励みになるのでは?とサンドお爺ちゃん達と相談し、リュート殿下にお願いした次第です。
ちなみにキリも再生魔法経験者だが、キリは怪我してすぐの再生だったから、それ程違和感はなかったみたい。怪我をして時間が経つほど、馴染むのに時間がかかると言うのがサンドお爺ちゃんの見解だ。
カナン殿下の場合、怪我をしたのが3歳、現在8歳と言う5年間のブランクがあり、なおかつ成長期の子どもとあって、足の大きさが全然違う。カナン殿下の身体が記憶しているのは3歳の頃の左足だ。再生された足は8歳の大きさであり、そのギャップで上手く動かせなくなる時がある。いわば3歳の記憶で8歳の足を動かしているようなものだ。
リュート殿下は大人なのでその悩みはなかったのだが、やはり怪我をしてから再生まで時間が空いているので、感覚を取り戻すためのリハビリも苦労したようだ。今、リュート殿下の右腕は、以前と殆ど変わらぬ動きが出来る様になっているとの事。凄いなー。
「俺が腕を動かし始めた時は、ピリピリと痺れる感覚があった」
「はいっ、僕も足の、切れた境目の所から先まで、ピリピリする感じがあります!」
「これは再生魔法を受けた他の兵士にも見られた症状だ。この症状は失った腕や足と身体が繋がったことで、血が身体を巡る時の違和感だと言われている。痺れがひどい時は回復魔法を掛けてもらい、我慢できる時はそのまま動きの訓練を続けて構わない。カナンはアダム師の回復魔法をまだ受けているな?」
「はい。暫くは1日1度は受けるようにとシーナ様が仰っていましたので」
合ってますか?と言わんばかりにチラリとわたしの方に視線を向けるカナン殿下に、わたしはウンウンと頷く。カワユイ。
「そうか。痺れの感覚が少しずつ薄れてくるので、そうしたら2日に1度、3日に1度と間隔を空ける様にするんだ」
「どうしてですか?回復魔法の助けがあった方が、早く動かせる様になるのでは?」
不思議そうに首を傾げるカナン殿下に、リュート殿下が言葉に窮した。子どものどうして?攻撃に深く考えていなかった大人が詰まってしまう典型的なパターンです。
「え、えっと…」
リュート殿下はわたしをチラチラ見ている。そういえば回復魔法を減らす理由について、リュート殿下から聞かれたことがなかったなぁと思った。
カナン殿下の側で熱心にリュート殿下の言葉をメモしていたアダムさんまで、純真な目でリュート殿下を追い詰めている。髭ボーボーのおじさんですから、こちらは見た目可愛くないです、念のため。
仕方ない、助け舟を出してやるか。
「カナン殿下の足が、カナン殿下の力だけで動かせる様になるためですよー」
キラキラの瞳と、おっさんの瞳がこちらに向く。おっさん、いらんって。
「回復魔法は確かに、足の動きを回復するのに効果的ですが、身体が自然に回復する力を弱めてしまうんです。寝て、食べて、動いて、人の身体は自然に成長したり回復するんです。回復魔法は、成長の助けにはならないんですよー」
これはわたしがサンドお爺ちゃんに口酸っぱく言われている事だ。わたしもご飯食べてよく寝る様になったら、背が伸びたしお胸も、ねぇ。希望が持てたもの。
それと、回復魔法の魔力を抜くと言う目的もある。長年、リュート殿下はイーサン君の、カナン殿下はアダムさんの回復魔法を受け続けているが、それは自然の流れにそぐわないものだ。回復魔法を受け続けた身体は、回復魔法を施す魔術師の魔力ありきで魔力量を記憶してしまい、無意識に自身の魔力量の作成を制限してしまう。本来の魔力量よりも少ない魔力量しか作れなくなると、魔法を使うときに不利になるんだよねぇ。魔力♾のわたしが言っても説得力はないが。
わたしの説明に、カナン殿下もリュート殿下もフンフンと頷く。素直な生徒である。
「カナン殿下の身体は、これから大きく、立派な大人になっていきます。一緒に薬湯と、リハビリを頑張りましょうね」
「「はいっ」」
カナン殿下とリュート殿下が揃って良いお返事。
「リュート殿下はもう立派な大人ですので、ご自身で頑張ってください」
「む?俺だって今からでも成長出来るだろう?カナンには負けんぞ?」
「いやぁ。8歳の子どもと20歳過ぎの大人では、やっぱり伸びが違いますよ。子どもなんてもぅ、吸収はいいし伸び盛りですから。すぐ追い越されますって」
「なっ?俺だって若いぞ?覚えもいいぞ?」
「むーり、むりむり。見て、このプルプルホッペ。若さの象徴。うはぁ。羨ましい!」
「ぐぬぅ」
どさくさに紛れ、カナン殿下のプルプルほっぺを突っつけば、カナン殿下は真っ赤になった。可愛い〜。
まあ、カナン殿下が本気でリハビリに取り組めば、リュート殿下はあっさりと追い抜かれることは間違いない。今までの経過を見てもそうだもんね。僅かな時間ですっかり歩くのはマスターして、今は走ったり跳んだり階段を登ったりのリハビリ段階にきている。他の再生魔法を受けた大人の被験者と比べても、著しい回復ぶりだ。子どもの順応力の高さは凄いねぇ。
「しかし、興味深いですなぁ。同じく再生魔法を受けても、大人と子どもではこれ程差があるとは」
アダムさんが髭を摩り、これまでの臨床データを見ている。マリタ王国で集めたデータは兵士のものが主だったので、子どもへの施術データが無かった。今回のカナン殿下の例は、再生魔法の新たな発見に繋がったのだよ。
「子どもはこれから身体が大きくなって作られる分、回復が早いのかもしれませんねぇ」
「……」
同じくデータを見ながら話すわたしに、アダムさんのなんとも言えない顔。なんでしょうか。
「シーナ様はどこでその様な知識を…?勿論、聖女としてお働きになっていた事は存じていますが、何というか知識や発想力が御年齢とそぐわない様な…。サンド様と話している様です」
どこって…。中身が40歳過ぎとは言えないしなぁ。まぁ、前世の知識もありはするが、再生魔法に関しては、今のシーナの経験がかなり活きている気がする。毎日毎日、生と死の中で回復再生を繰り返す、碌でもない経験だったけど。
あの頃の記憶は、幸せな今にいつも影を落とす。自分に回復魔法をかけて、空腹と疲労と寝不足を誤魔化していた。死んでいく兵士達に悲しむ間も無くどんどん負傷者は増え、終わりの見えない無理な討伐に皆がどんどん擦り切れていった。ちょっとした事ですぐに高揚したり消沈する兵士達、ピリピリと張り詰めた緊張感、苛立つ上層部。暴力や争いが増え、味方のはずの兵士達から身を守る為、隠れる様に身体を縮こませていた。キリも守ってくれたし、ギリギリのところでまだ皆の理性が保たれていたから無事だったが、あの断罪の時、兵士達から殺されなかったのは奇跡だ。グラス森への放逐も酷い罰だけど、己の手で嬲り殺してやろうという残虐心が兵達に芽生えてしまっていたら、人としての理性など呆気なく崩壊していただろう。人間は、どこまでも非道になれる生き物だから。
充満する鉄錆の臭い、魔物の咆哮、断末魔の声、うめき声を上げてのたうつ兵士、痛み、寒さ、暑さ。ぐるぐると回る視界に、思わず目を閉じた。
「……ナ様、シーナ様っ!」
フワリ。温かな何かがわたしを抱きしめる。
顔を上げると、銀の瞳が泣きそうに潤んで、わたしを覗き込んでいた。
「キリ、どうしたの…?」
「シーナ様。キリはずっとシーナ様のお側に。キリはどこまでもシーナ様について行きます!必ずわたしがお守りしますからっ!」
キリの触れたところが温かい。あれ、何だか身体が冷え切っている。あぁ、でも、いつものキリの声。落ち着くなぁ。
「シーナちゃん、大丈夫か?アダム師と話していたら、急に真っ青になって動かなくなるから!あぁ、具合が悪いのか?凄い汗だっ」
リュート殿下が顔を青くして、わたしを覗き込んでいる。カナン殿下やアダムさんまで心配顔だ。ちょっとグラス森討伐隊の頃を思い出して、鬱な状態に。トラウマってヤツかなぁ。身体がなんだかギシギシする。関節が固まったみたい。全身が汗に濡れて身体が冷たい。変だな、ほんのちょっと思い出しただけなのに。前はこんなの、なかったのに。
「私が、私が余計な事を申し上げたからっ!」
アダムさんがオロオロ泣きそうだ。いや、アダムさんのせいじゃないですよ。わたしの、せいなのだ。わたしの、心が弱いから。わたしの、せいなのに。わたしが、悪いから。
「シーナちゃんっ!!」
ドッカンと、全てを吹き飛ばす勢いで、ジンさんが登場した。いや、比喩ではなく、ドアを吹き飛ばした?!何してるの、このガチムチライオン。
キリがすぐにわたしをジンさんに手渡し、ダッと外に駆け出して行く。あーれーはー、サンドお爺ちゃんを始めとする関係各所へお知らせに行く動きですね。キリぃ、大丈夫だから、落ち着いて、ストーップ!!
「シーナちゃん、身体が冷たい。どうした?あぁ、怖い事を思い出したんだな」
久しぶりのジンさんエスパー発動。何故分かった。やっぱり心が読めるんじゃ…、鑑定魔法さん、首を振って否定。野生のカンですか?
「違うぞ、シーナちゃん。あんな経験をすれば、誰だって辛いし、乗り越えるのは難しい。君が弱い訳でも、悪い訳でもない。誰だって同じなんだ」
ジンさんにぎゅうと抱き締められ、息が詰まった。ちょっと痛いけど、縮こまっていた身体が解れる様な、そんな感じがした。
「碌でもない記憶だ。忘れたくても忘れられない強烈な記憶だ。だが、必ず薄れて行く。必ず。幸せな記憶で、必ず薄れて行く。大丈夫だから、俺を信じてくれ」
うん。ドアを文字通り吹っ飛ばしたジンさんのお陰で、ちょっと薄れたよ。それぐらい衝撃だった。ドアって、粉砕されるんだね。
「ふふふっ。ジンさん、焦りすぎ。ドアが飛んでった」
ゆるゆると可笑しさが込み上げて、わたしは身体から力を抜いた。あれ、なんか、眠い…。
「うん、大丈夫。そのまま寝ていい。ずっと側にいる。安心しろ」
背中を撫でるジンさんの手の温かさに、わたしの意識は暗転した。
話数のストックがなくなりました。
今後の更新は週1回程度になります。すいません。





