48 バリーの憂鬱
「シーナ様…」
午後のお茶を楽しんでいたら、何だかフラフラな様子のバリーさんがやってきた。
「バリーさんどうしたの?」
「すいませんシーナ様。ジン様の膝から降りて食べさせっこも止めてもらっていいですか?今お二人のラブラブを見せつけられる心の余裕がないです…」
死にそうな顔でドンヨリ言われた。わたしもお膝抱っこからは降りたいんだよ、でもさ。
「ならん。俺の至福の時を邪魔するヤツは許さんぞ」
大人気ない上に必死なガチムチライオンがわたしの身体にガッチリ腕を回し、ガルガルと威嚇していたら無理だよね。
「くっ!このダメ主人。シーナ様に愛想尽かされて振られればいいのに」
「シーナちゃんに愛想尽かされたら俺は死ぬ」
「はいはい。強く生きてね、ジンさん。バリーさんは大事な話があるみたいだから、ちょっと降ろして」
ぶにっと両頬をツネると、ジンさんは目尻をダラシなく下げ、ニヤけながらわたしを降ろしてくれた。
「ヤダもうこの馬鹿ップル。傷心の俺をグサグサ刺した挙句に塩を塗り込んでくる」
バリーさんが何やらブツブツ呟いている。用件を早く話せ。
わたしがジト目で睨んでやると、バリーさんがこちらに向き直り、わたしを真っ直ぐ見つめた。
「実は先程、キリさんと手合わせをしました」
「ほっ?」
「お互いバングルなし、キリさんはほのおの剣を使わず、刃を潰した剣で…」
「どっちが勝った?」
ジンさんの言葉に、バリーさんはガクンと肩を落とした。
「キリが勝ったんだね」
バリーさんの様子から、だよなぁとわたしは思った。
「何であんなに強いんでしょう…。まっったく敵いませんでした」
「強いもんね、キリ」
魔法も入れた総合的な強さはわたしの勝ちだが、剣技に関して言えば、キリはぶっち切りに強い。
「冒険者ギルドでの測定でまさかと思いましたが、カイラット街での活躍を見たら、勝てると思う方が烏滸がましく…」
「俺でも歯が立たんと思う」
「うーん?ジンさんとはいい勝負だと思うよ?ただ、キリって実戦経験がかなり多いから、差があるとしたらその辺かなぁ?」
「実戦…そうですよね。あのグラス森討伐隊にいればそりゃあ…」
バリーさんがため息をつく。
あ、勘違いしてる。
「あー、の、ね。グラス森討伐隊では、キリはあんまり前線に出てなかったよ?」
気まずい気持ちでわたしは頬をポリポリ掻いた。
「…どういう事ですか?」
「あの、キリはほら、わたしの侍女兼護衛だったから。わたしは回復専門で、怪我人の治癒だから大体、隊の後方に居たの。後方だから偶に撃ち漏らした魔物をキリが狩るぐらいだったの。あの頃のキリは、火魔法は使えるけどそれ程強かった訳じゃなくて、多分部隊長クラスと打ち合えば、負けてたんじゃないかなぁ」
「えっ?」
バリーさんは目を丸くする。マリタ王国とダイド王国の部隊長クラスが同じレベルかは分からないけど、少なくともマリタ王国の部隊長クラスに、バリーさんが負けるはずないもんねぇ。驚くよね。
「キリが強くなったのは、わたしがグラス森討伐隊から放り出されて、一緒に付いてきたからなんだよね。周りは魔物だらけだし、わたしとキリで狩るしかないじゃない?キリもバングルとほのおの剣があったから、火属性と相性の悪い魔物以外は、ガンガン狩れるようになったの。そしたら凄い勢いでレベルも上がっちゃって。あははー、途中から魔物のお肉が美味しいのに気づいて、狩らなきゃ損!みたいな気持ちになっちゃって」
話しているうちにどんどんバリーさんがジト目に…。
「それで、どれぐらいの期間、グラス森にいらっしゃったんですか?」
「えっと、えっと、えーっと、ひ、一季節の半分ぐらいかなぁ?」
「一季節の半分!?え?グラス森討伐隊の本拠地から森を抜けるのってそんなに掛かったんですか?シーナ様とキリさんなのに!?魔物を討伐しながらって考えても、10日ぐらいで抜けますよね!?」
「マモノガツヨクテネー、テコズッチャッタンダヨー」
目を逸らして言ったら、バリーさんに睨まれた。
「シーナ様?白状しないとミルクの契約関係の仕事、手伝いませんよ?」
「狩りが楽しくなってちょっと遠回りして街道に抜けました!道なき道を進むのも楽しくって!新たな林道作ったりして!それでキリがメチャクチャ強くなりました!」
「このバカ主人がぁっ!」
あ、バリーさん泣いちゃった。ごめん、キリが強い原因の半分はわたしだ。そして半分は狩りを楽しんでいたキリです。
「でもキリに負けて何でそんなにガッカリしてるの?別にバリーさんも弱い訳じゃないし、問題はないでしょ?」
「自分より弱い男を、キリさんが好きになってくれるはずがないでしょう?」
バリーさんがどよーんとした空気を漂わせる。鬱陶しいなぁ。
「それキリに言われたの?自分より強い人じゃないと嫌だって?」
「いや、言われた訳では…。しかし普通女性は、自分より弱い男なんて嫌でしょう?」
「いやぁ?好きになるのに強さって特に関係ないでしょ」
わたしは首を傾げた。なんで男子って強さに拘るのかね?
「バリーさんは剣技ではキリに勝てないけど、他に優っているところ一杯あるじゃない。法律にも数字にも強くて先も読めて、一緒に仕事が出来て尊敬してるってキリが言ってたよ?」
途端に、バリーさんの顔が真っ赤になる。
「ほ、本当ですか?キリさんがそんな事を?」
真っ赤な顔でニヤケそうになるのを必死で取り繕おうと変な顔になるバリーさんを見て、わたしは意外にも(失礼)純情なんだなと思った。
「それにキリって強さに拘る男って嫌いだと思う。強い俺カッコいいだろって口説きにくるバカが一杯いて、力尽くで迫る奴もいたし」
「はぁ?」
バリーさんの声が一段低くなる。真っ赤だった顔が、シュッと元の色に戻り、目が据わった。ひぇっ?!
「シーナ様、そのバカの名前と特徴を教えていただけますか?」
怖いんだけど?!凄く怖いんだけど?!
周りの空気まで凍えてしまいそうで、わたしは思わずジンさんに縋り付いた。
「ジン様。ちょっとダイド王国までの出張を認めて頂けますか?」
「おい、少し落ち着けバリー。シーナちゃんが怖がっているだろう」
ジンさんが困惑顔でわたしを抱き締めながらバリーさんを諌める。そうだよ、止めて!ジンさん!国際問題になっちゃうよ?
「シーナ様を虐げた輩もまとめて血祭りに上げてきます」
「許可しよう」
即答するジンさんに、わたしは耳を疑った。
バカーっ!ジンさんのバカーっ!何で許可するのさっ!
「だ、ダメだよジンさん!バリーさんをダイド王国になんて行かせたらっ!」
「大丈夫!バリーなら一季節も掛からずにあの国を内部から崩壊させるなんて楽勝だ。証拠も残さないからバレないよ」
ジンさんも目が据わってますよ?ちょっと落ち着こう?
バリーさんもニコニコ頷かないで?なんで笑ってるの?
その時、ノックの音がした。ジンさんが控えていた侍従さんに合図してドアを開けてもらう。
「失礼します、シーナ様。お側を離れてしまい、申し訳ありませんでした」
侍女服姿のキリが、申し訳なさそうにやって来た。ほんのり石鹸の香り。バリーさんの手合わせの後、お風呂に入ったのかな?急がなくてもいいのに。
キリはバリーさんに気づいて、小さく頭を下げた。口元が少し綻んでいる。
「キリっ!大変だよ!バリーさんもしかしたらまた、お仕事で旅に出ちゃうかもしれないんだって!」
わたしのわざとらしい言葉に、キリは素直に驚いて、傍目にも分かるぐらいシュンとなった。
「そうですか…。バリー様にはもっと色々教えて頂きたいことがあったのですが、お仕事ではどうしようもありません。他の文官の皆様に教えて頂きます。また寂しくなりますね…」
「いえ大丈夫!仕事はなくなりました、何処にも行きません!キリさんに寂しい思いなどさせませんっ!それに、他の文官なんかより、なんでも俺にお聞きください!何時でも時間を取りますよ!」
キリに駆け寄るバリーさんの背景に、ハートマークが飛び交って見えるのは、わたしの気のせいじゃないはず。キリがホッとしたようにはにかんだ笑みを浮かべる。
「何だバリー、やめるのか?」
不満そうなジンさん。止めて、蒸し返さないで!
「ジンさん。せっかくバリーさんが思い止まってくれたんだから、余計な事しちゃダメだよ」
「シーナちゃんを苦しめた輩には、それ相応の報いを受けてもらう」
どこの魔王だ。全くもう。
「ジンさん。嫌だよ、今でも忙しいからあんまり一緒に居られないのに、余計な仕事を増やしてますます会えなくなるの?寂しいよ」
毎日毎食一緒に食べているから十分過ぎるほど一緒にいますが、ここは嘘も方便。
でも、こんなミエミエの嘘に引っ掛かるかなぁ。流石にジンさんも騙されないか?
「分かった、やめよう。シーナちゃんを寂しがらせたくない」
わーい、引っ掛かった。嬉しくなーい。チョロすぎるぞ、ジンさん。
ギュッと私を抱きしめて「そうか、シーナちゃん寂しいのか。もっと会える時間を捻出しよう」と呟くジンさんの髪を撫でて、わたしは安堵して身体から力を抜いた。
ジンさんの温もりに包まれると、ホッとして幸せな気持ちになるのは彼には秘密だ。煩くなるから。
◇◇◇
「おい、バリー」
シーナちゃんとキリさんがマナーのレッスンの為に部屋を出た瞬間、俺はバリーに声を掛ける。
「すでにダイド王国には工作員を送り込んでいます」
「シーナちゃんには勘付かれるなよ?」
「はい。しかしこちらが手を出さなくても、時間の問題かと…。すでにダイド王国の地方の都市や村で、被害が出ている様です。まだ王都は無事の様ですが、各国に救援を求めるのは時間の問題かと」
「民に被害が…」
俺は眉を顰めた。他国のこととはいえ、力無き者が一番先に犠牲になる事は気分が良くない。
「救援依頼が来たら、俺の軍が出る事になるだろう。もう一軍はアラン兄さんか、リュート兄さんが…」
「たぶんサイード殿下も出たがりますよ。ジン様以外の一枠は、争奪戦になります」
「何故だ?」
バリーの言葉に、俺は首を捻る。魔物討伐など、命じられれば勿論行くが、争奪戦になるほど、人気とは思えない。
「ほのおの剣としっぷうの剣ですよ。陛下が他国とのパワーバランスを考えて、魔剣作りに慎重なので、シーナ様のご希望と陛下の許可がないと作れない状態です。ダイド王国からの救援に応えて魔物討伐に行くとなると、魔剣作りの許可が出る可能性が高いです」
「ああ、なるほど…」
そういえば兄貴達、ひっきりなしにいいなぁいいなぁと、俺の剣を羨ましがっていたな。確かにシーナちゃんの作る剣は凄い!魔力を込めれば刀身に風魔法を纏い、攻撃力が爆発的に上がる。使えば使うほど魔力が剣に馴染み、ますます意のままに奮う事ができて、最早分身の様に感じる。
キリさんがシーナちゃんから貰ったほのおの剣を作り直さないのもそのためだ。ほのおの剣は安い支給品の剣を元に加工したものだから、シーナちゃんは作り直したいらしいが、魔力をあそこまで馴染ませると手放し難いだろう。
魔剣が作れると知られれば、シーナちゃんの価値は更に跳ね上がる。厚顔無恥なダイド王国が、シーナちゃんを取り戻そうと躍起になるだろう。
「俺も欲しいですよ、あの剣。俺だったらみずの剣、いや、こおりの剣かなぁ」
バリーが夢見る様な目で俺の剣をウットリ見つめる。やらんぞ、俺の剣だ。
ジロリと睨む視線に気づき、バリーはごほんと咳払いをする。
「まあ、そう言う訳で、救援に応える体制は至急整えているところです」
「分かった。常にあの国から目を離すな。次にシーナちゃんを虐げる様な真似をしたら…」
「はははー。国ごと潰しましょう」
「その方が後腐れないだろうな」
物騒な顔で笑い合う俺たちを見たら、シーナちゃんはどんな顔をするだろう。だが俺は、あの子を守るためなら何だってするつもりだ。





