46 治療をしましょう
晩餐会の翌日。さっそく、ナリス王国のカナン殿下の治療を行うことになった。
場所はサンドお爺ちゃんがいる王宮魔術師棟。イーサン君が出迎えてくれました。他の魔術士さん達も熱狂歓迎してくれた。なんで?はいはい、握手はいいけど、サインはしませんよ。
「シーナちゃんが教えてくれた再生魔法で色々研究が進んでなぁ。忙しいんじゃがみんな学者バカじゃからのぅ。喜んでいるんじゃ」
魔術師さん達、全員、青い顔で目の下に隈を作っていた。みんなでニッコリ笑わないで。昔見た映画に出てきた幽霊そっくりぃ、ひいいぃぃ。
「今日はよろしくお願いします、聖女様」
今日も女の子のように可愛らしいカナン殿下。ピカピカの素敵な笑顔ですね。
「もう聖女ではありませんので、どうぞシーナとお呼びください」
釣られて笑顔でお願いすると、カナン殿下は生真面目に頷いてくれた。カワユイ。
カナン殿下の足を診察すると、左足首の付け根から色が変わっていた。
身体に合わせた杖をつき、しっかりと歩いているが、左足を庇って歩くせいか、右足や腰にも痛みがあるみたい。鑑定魔法さんの所見です。
「私も見せていただきますぞ!いやはや、楽しみだ!一体どんな魔法でカナン殿下を治すなどと仰るのか」
信用度0、イヤミ度100のアダムさんが、今日も元気にイヤミを炸裂させている。朝から爽やかなイヤミですね。
ちなみに、今日の朝ごはんはシーナちゃん特製サンドイッチだった。燻製肉と野菜を挟んだガッツリサンドと、ゆで卵とマヨネーズの優しい卵サンド。お好きなものをお選びくださいといってお出ししました。カナン殿下は目をキラキラさせて、卵サンドを選んでいたよ。ジンさん?両方朝からガッツリだよ。皿に山のようなサンドイッチタワー。よく食べるなー。
もちろんアダムさんには料理長が作った渾身の朝ごはんだよ。パンに卵料理にスープにサラダ。サラダは塩のみ。わたしの料理はお口に合いませんものね、ほほほ。
仕返しは前払いで済ませているので、わたしは余裕の笑みでイヤミを流す。昼ご飯も覚えてやがれ。
「もちろんわたしもお手伝いさせて頂きますが、頑張って頂くのはアダム様ですよ?」
イーサン君がニコニコと魔力ポーションの瓶を運んできた。その数は5本。アダムさんの魔力量を正確に掴んでいますね、流石サンドお爺ちゃんの愛弟子。鑑定魔法さんのお見立てと同じだった。
「魔力ポーション?」
アダムさんが嫌な顔。アダムさんのお付きの魔術師さん達も嫌な顔。味は皆さんご存知のようです。
「じゃあ、早速始めましょう」
わたしはにっこりイイ笑顔を浮かべた。わたしの指導は厳しいぞー。
アダムさんが魔力展開を始めたので、容赦なく指導していきます。
「だからもっと緻密に魔力を組みなさい!やる気あるの?お手本見たでしょ?」
「想像力が足りない!身体の記憶の流れに任せるにしたって、ある程度こちらで誘導が必要なの!ほら、集中しなさいっ!」
「もう魔力がないから勘弁してくれ?あと2本魔力ポーションがあるでしょ?ナリス王国筆頭魔術師なら、もっと根性見せなさい!!」
魔力ポーション6本飲んで、アダムさんによる初めての再生魔法は成功した。見積りより1本多かったのは、アダムさんの魔力展開に無駄があったから。
「足が、足が動くっ!!」
立ち上がりピョンピョン跳ねるカナン殿下。おっと、数年動かしていないので、バランスがうまく取れてない!慌てて護衛騎士がカナン殿下を支える。いつも優等生でお行儀の良いカナン殿下しか見てなかったけど、今のカナン殿下は、頬を紅潮させ、キラキラの目で足を触ったり、護衛騎士に掴まって恐る恐る歩いたり、足踏みをしている。支える護衛騎士の目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「足の感覚がある!足が温かい!杖なしで立てる!立てるんだ!立てるんだ!…これで、父上みたいな、立派な王になれる!」
カナン殿下の目にも涙が…。慌てて袖で拭っている。男の子だもんね、泣いてる所は見られたくないよね。護衛騎士さんは既に鼻を垂らして泣いてるけど。わたしは何も見てませんよー。
うん、白い色だった足首の血色もいい。上手く再生しているようだ。
後はバランスの取り方や、歩き方のリハビリだが、こちらは医師やサンドお爺ちゃん達の出番だ。
「念のため、暫くの間はアダムさんに1日1回は回復魔法をかけてもらってくださいね」
魔力ポーションの飲み過ぎと魔力の使い過ぎでぐったりしているアダムさん。頑張ってください。
「はい!ありがとうございます、シーナ様!ありがとう、アダム!」
グッタリしているアダムさんに、カナン殿下が駆け寄る。アダムさんは慌てて、グッタリしていた身体を起こし、恐る恐るカナン殿下の足に手を伸ばす。
「カナン殿下…。本当に足が?」
「うん!アダムが治してくれた!ほら!」
カナン殿下がアダムさんの手を自分の足に当てる。
「あ、温かい…!」
アダムさんの手が、ブルブルと震えている。
足首を自由に動かすカナン殿下に、アダムさんの両目から涙が零れ落ちた。
「カナン殿下、カナン殿下、ようございました、ようございましたっ!これからは、自由に、走り回れます!また馬にも!お好きな乗馬も楽しめましょう!」
「うん!父上に乗せてもらうんじゃなくて、自分で乗れるよ!父上と、丘の上まで、競走するんだ!」
大人びたカナン殿下の、年相応の子どもらしい笑顔。アダムさんはそれを見て嬉しそうに頷き、またボロボロと涙を流した。
いつの間にかジンさんが隣にいて、柔らかな笑顔でわたしの頭を撫でてくれた。
「ほらな。シーナちゃんの魔法は皆んなを幸せにするんだ」
ジンさんのドヤ顔に、笑ってしまった。
◇◇◇
「聖女様!数々のご無礼、ご容赦ください!」
ガンっと頭を地面に打ち付けて、アダムさんが土下座している。ナリス王国の魔術師さん達も、護衛騎士さんたちも、アダムさんの後ろでざざざっと土下座。やめて、居た堪れない。
「我らはこれまで、カナン殿下の足を治すべく色々な治療法を探して参りました。その中には、切り落とした足でも再生できるという詐欺まがいの輩も多く…。カナン殿下には、期待をさせてそれを裏切るということが何度も…」
アダムさんが頭を上げず、呻くように仰るには、詐欺師達はそのやり方も悪辣で、何度も煮湯を飲まされたのだとか。
あのいたいけな子どもを何度も騙すとは!許すまじ、詐欺師!
ジンさんにドウドウと宥められ、グルグルと唸るのを抑えた。ジンさんが何かをバリーさんに耳打ちし、バリーさんはイイ笑顔で出て行きました。詐欺師連中を探りに行ったのかな?ご愁傷様です。
「また今回も、カナン殿下をガッカリさせるだけだと思うと、私は、己の力不足が情けなくっ!」
いやいや、アダムさん、さすがナリス王国の筆頭魔術師。まあまあ魔力ロスはあったけど、なかなか一発で再生魔法ができる人って居ないんだよー。
イーサン君やサンドお爺ちゃんみたいな人達はさておき、王宮魔術師さん達をもってしても、一回で成功させるのは稀だったと聞いている。魔力ポーションを飲みながら練習を繰り返せば、精度は上がるけどね。向き不向きもあるんだよなー。性格的に、細かい仕事が得意な人は向いていると思う。
ダイド王国の魔術師達は、最初は酷かったもんね。あいつら、わたしの言うことなんて聞きやしないし。偉そうに威張り散らして、出来なかったら八つ当たりするし。あー、嫌なこと思い出した。
どよんとした気持ちになりそうになったところで、ジンさんのお膝の上に乗せられた。口元に焼き菓子。モグモグ。
「眉間にしわが寄ってるぞ」
焼き菓子を給餌されながら、眉間をモミモミ。うん、気持ちいい。
「ジンさん、マッサージ上手だね」
「そうか?いつでもやるぞ」
肩や頭や首を大きな手でギュッギュッと揉まれると、くうぅ、気持ちいい。
「アダムさんもお疲れだろう。焼き菓子をどうぞ。カナン殿下、果実水もあるぞ」
わたしがジンさんの膝の上で蕩けている間に、ジンさんはさっさとアダムさん達の謝罪をやめさせ、椅子に座らせた。アダムさん達はキョロキョロと狼狽えながら椅子に座った。
「別に我々は貴国に謝罪をしてもらいたいわけではない。ナリス国王にも我が陛下から打診があったと思うが、この再生魔法と魔物の香の共同開発国になって欲しいのだ。アダム殿はその件についての判断を、ナリス国王より一任されていると聞いた」
「はい!その通りです!」
アダムさんがピシッと姿勢を正す。
「全ては彼女の身の安全のためだ。他意はない。ナリス王国にも益のあることだと思う。前向きに検討を…」
「お受け致します!」
ジンさんに被せ気味に快諾するアダムさん。カナン殿下もお付きの人達もニコニコ頷いている。いいの?!
「このような素晴らしい魔法の共同開発国になるなど、栄誉以外にありません。魔物の香も、この旅路で効果も実感致しました。どうしてお断りすることがございましょう。それに…」
ギリっと両手を握りしめて、アダムさんが悔しそうに顔を顰めた。
「かのダイド王国は、カナン殿下のことを知りながら、この再生魔法を秘匿致しておりました。カナン殿下が何年も苦労なさっていたというのに…。それだけでも許し難い!!」
わたしは焼き菓子を頬張りながら、左足をピョコピョコ動かしているカナン殿下を眺めた。嬉しそうに足を動かしては、焼き菓子を食べている。焼き菓子も気になるけど、走り回りたいとウズウズしている様子は、どこにでもいるヤンチャな子どもだ。
あの子の足を治すため、ナリス国王夫妻やアダムさん達は治療法を必死に探していたのだろう。国の後継というだけでなく、可愛い我が子のことを思えば当たり前のことだ。再生魔法を秘匿していたダイド王国の人達は、ナリス王国やマリタ王国から治療法の問い合わせが来た時、何も思わなかったのだろうか。
「あの国のことです。シーナ様がマリタ王国にいらっしゃると知ったら、臆面もなく引き渡せと要請してくるに違いない!我が国の恩人、シーナ様の安全のために、ナリス王国も協力いたしますっ!」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げるアダムさんに、わたしも頭を下げ返す。ジンさんのお膝の上からですが。
「そ、それと、その…。これは個人的なお願いなのですが…」
アダムさんが言い辛そうに口を濁した。
「なんでしょう?」
個人的なお願いとな?サインは書きませんよ。
「わ、わたくしも、シーナ様のお作りになった料理を頂きたい…。昨日、あんな失礼なことを申し上げて、虫のいいことをとお思いでしょうが…。殿下や側近たちに、あれが美味しかった、あんな味付けは初めてだとか!ずっと話題に入れず…。料理長の食事も美味しいんですが、やはりシーナ様の料理を食べたいっ…!」
恥ずかしそうに身悶えるツルピカ髭のオジサン。
ちょっと可愛く見えた…りはしなかった。気持ち悪い。
「わ、分かりました。わたしのご飯でよければどうぞ」
別メニューは嫌味への応酬で始めた嫌がらせだったからね。嫌味が無くなれば別にもういいや。
「私!今朝のパン料理と、昨夜の肉料理が食べたいです!シーナ様っ!是非っ!」
うるっうるの目でこちらを見つめるアダムさん。
モテ友直伝のうるうる目?!これは抗えない…?でもなかった。ツルピカ髭のオッサンのうるうる目は、誰の心も動かさない。
「全部は無理ですよー」
そう言ったら、アダムさんは分かりやすく、ガーンって顔をした。リアクションが昭和だな。いや、この世界に昭和はないか。
嫌味への応酬で始めた別メニューだったので、許してやろう。わたしは心が広いのだ。





