5 忠告と反論
「うっま。なにコレ、うっまい」
ジンさんが一口食べるなり叫んだ。
ガツガツガツガツって、すごいスピードで口の中に放り込んでいる。
「シーナさん。これはなんという料理ですか?」
バリーさんに聞かれて、わたしは普通に答えた。
「ただのスープですけど。魔物のお肉は入ってますが。あとは、ただのお肉の燻製です」
ただ今夕食のお時間です。馬車に乗れて快適楽チンのお礼に、夕食当番に名乗りをあげてみた。
ジンさんには子どもが気を遣わなくていいんだぞ、なんて言われたけど、一応成人年齢に達している身としては、只乗りは気が引けるよね。
本日のメニューは普通の野菜と魔物のお肉のスープ。薬草できちんと臭み消しをして、お肉はコッソリ魔法で圧力調理をして柔らかトロトロ。野菜は煮崩れすることなくしっかり味が染みてもう…。うん、今日も上手にできましたー。
後は燻製した牛肉もどきも出した。香りの強い木のチップで燻製にしたお肉は良いお味です。お酒飲みたくなるみたい。グラス森の中で初めて作った時、イケる口のキリがお酒があったらって悶えてた。茹で卵を燻製にしても美味しいよね。卵が手に入ったら是非作ろう。
みんなの表情を見る限り、ご満足いただけた様で良かった良かった。
「ジン様、お代わりは1人1回までとシーナさんが言ってたでしょう」
「お、俺まだ1回目だぞ」
「嘘つかないでください。さっきご自分でお代わりしていたの見ましたよ。ほら、諦めて干し肉でもかじってなさい」
「ぐうっ。干し肉なんてこれに比べたら道端に転がる石だ!」
ジンさんが燻製肉の載った皿を抱きしめて叫んでる。
「その意見には同意しますが、他の人の分がなくなります。石を食べてなさい」
バリーさんが容赦なく燻製肉の皿を取り返した。ジンさん、そんな恨みがましい目でバリーさんを見ないであげて。
「ジンさん、わたしの分、食べてもいいですよ」
実はお腹一杯だけど、キリが頑張って食べなさいっていつもお皿に山盛りにするんだよー。わたしが小さいのでたくさん食べて欲しいみたいなんだけど、いつも食べ切れないんだよね。
お皿を差し出すと、ジンさんは目を丸くして、ブンブンと頭を振った。
「だ、ダメだぞ、シーナちゃん。もっと食べないと大きくなれないぞ!大丈夫、俺は石をかじってるから」
干し肉=石ではありませんよ。今日の昼までは、それが主食だったはずなのに、干し肉に失礼だよ。
「もう入らないんです。いっぱい食べましたよ」
「シーナ様、もう少し召し上がってください」
キリが皿の上をチェックして、すかさず口を挟む。むう。今日の量はキリの合格点に達していないらしい。
「キリ、もう食べられない。さっきおじいちゃんに果物もらったの食べたの」
久しぶりの果物だったので、ついつい食べ過ぎました。おじいちゃんがあちゃーって顔をしてます。孫におやつあげすぎて、失敗するパターンではないので心配しないで、おじいちゃん。わたし成人してます、自己責任だからね。
「果物を召し上がったんですね。それでは仕方ありませんね」
キリが微笑んで合格を出してくれた。うん、果物もちゃんと栄養あるもんね。むしろ今まで全然食べてなかった分、積極的に食べた方がいいよね。ビタミン豊富だし。
「ね、ジンさん。だから食べていいよ。あ、わたしの食べかけは嫌?」
そういえば口つけちゃってるもんね。こっちの世界にも、そういうの嫌がる人もいるはず。
「いや、全然嫌じゃない。いいのか?じゃあ有り難くってコラァ!」
「こういうものは争奪戦ですよね」
「あ、俺も食べたいっす」
「俺も!」
バリーさんが横から皿を掻っさらい、それに他の冒険者達も群がる。キリもちゃっかり混ざっている。
あらー。そんなに量が足りなかったかしら。大鍋一杯に作ったのよ。おかしいよね。明日はこれ以上作る必要があるのかな。大鍋二杯分?いや、さすがに食べきれない…いや、あの人たちなら食べそう。わたしの食べ残しを巡って、剣を抜いているあの人たちなら。
そして、争奪戦はキリの圧勝で終わり、わたしの食べ残しは、無事にキリのお腹の中に納まったのだった。
◇◇◇
「シーナちゃん、シーナちゃん、これはなんだ?」
わたしが簡易香炉で魔物避けのお香を焚いていると、ジンさんがぶっ飛んできた。
「え?もう寝るんですよね?魔物除けのお香ですけど」
「魔物除けのお香?すごいいい匂いだな…」
「はい、寝る時用なので。よく眠れる様に、眠りにいい薬草も混ぜているんです」
「眠りにいい薬草?寝る時用って、他にも種類があるのか?」
「移動中は逆に眠気があるとまずいんで、集中力を高める成分の薬草を混ぜてます。後、ご飯中は香りの弱いものを。食事の香りも楽しみたいですから。ちゃんと魔物除けの効果は同じ様についてますよ」
「魔物除けの香なんて珍しいものに、そんな種類があるなんて初めて聞いたぞ。どこで売ってるんだ?」
「わたしが作りました」
「シーナちゃんが?」
「はい。薬草にはちょっと詳しいので。ちゃんと魔物除けの効果もありますよ」
わたしの説明に、ジンさんは目を見開いて驚いた。
「そうか。今日の食事といい、シーナちゃんは小さいのに凄いな。でも簡単にそんなこと他の人に言っちゃダメだ。それが本当なら、そんなすごい効果のある香、高額で取引される品物だ。変な奴に目をつけられて、拐われたらどうするんだ」
ジンさんにちょっと怖い顔で注意されました。そんな注意をするぐらいだから、ジンさんは変な奴の中には入らないのだろう。でも怒られてしまった。
「はい、ごめんなさい」
ちょっとしゅんとして、ジンさんに謝ると、彼は慌て出した。
「ああっ。怒ったわけじゃないんだ。すごい発明だから、胸を張っていいんだよ、シーナちゃん。でも、あんまり無防備だから心配で」
ジンさんは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。大丈夫ですかー、ジンさん。
様子を見守っていると、ジンさんは落ち着いたのか、すっくと立ち上がった。
「あー、心配で目が離せん。あー、もう」
ジンさんは着ていた上着を脱ぎ、わたしを包むと、ひょいと抱き上げた。
「うわぁ!」
わー。視線が高い!背の高い人って、こんな風に景色が見えるんだ。
「キリさん!キリさん!」
わたしを抱き上げたまま、キリの場所まで連れて行く。
キリが驚いた顔でジンさんとわたしを見比べている。
「キリさん、この子、ちゃんと見てないと危ないよ。こんなに可愛いくて色々規格外なのに、無防備すぎるよ。悪い奴らに連れて行かれそう」
ジンさんがわたしをしっかり抱き上げたまま、泣きそうな顔をしている。髭面だけど、目が泣きそうなので分かるのだ。
しかし失礼な。わたしはもう立派な成人。前の生を合わせて40オーバーの年だぞ。大人なの!
ジタバタ暴れてみたけど、ジンさんはびくともしない。純粋な力比べでは勝てないからなー。ちくしょう。
「私が、命に代えてお守りしますので」
キリがジンさんに手を差し出す。わたしを引き渡せという意味か。キリにまで抱っこされるの?大人だよ、わたし。
「それじゃダメだろう。キリさんが死んだら、誰がこの子を守るんだ。キリさんが命に代えて守るんじゃなくて、この子を守る人を増やさなきゃ」
ジンさんの言葉に、キリが固まる。おお、正論。そうだよ、キリ。わたしのために死ぬんじゃなくて、一緒に生きてくれなきゃ困るよ。キリがいなかったら、すぐに行き倒れる自信があるもんね、わたし。寂しくて。
でもね、ジンさん。一つ勘違いしてるよ。キリはわたしの保護者じゃない。従者なの。だからね。
「ジンさん、降ろしてください」
わたしは冷ややかな声でジンさんに告げる。ジンさんがびっくりしてわたしの顔を見て、慌てて降ろしてくれた。
「ジンさん、お気遣いありがとうございます。自分が無防備で考えが足りなかったこと、理解しました」
でも、とわたしは続けた。
「それはキリのせいではありません。この子はわたしの大事な従者。責任を負うべきはわたし。この子は旅の間、ずっとわたしの命を守ることで精一杯だったんですから」
そう、キリは悪くない。無防備でバカで人を信じやすくて、嵌められてグラス森に一人で放逐されかけたわたしに、キリは命の危険も顧みず付いて来てくれた。
味方もなく、わたしの護衛も侍女もこなすキリに、これ以上何ができるのか。
キリの負担を減らし、わたしとキリの身を守る術を考えるのは、主人であるわたしの仕事なのだ。
「だから、キリを責めるのはお門違いです」
まっすぐジンさんを見て言った。心配してくれるのはありがたいが、間違えてもらっちゃ困る。うちの子悪くない、絶対。
ジンさんはわたしの言葉に、フリーズしている。全く動かない。息してるかしら。
ブッファっと、笑い声が聞こえた。いつから聞いていたのか、バリーさんが馬車の影で笑い死にそうになっていた。
「バリーさん?ジンさんが動かないんですけど」
「ブッフェふぇっふぇっ、グフっ。すいません、大丈夫です、ブッフ。庇護対象と思っていたシーナさんに、めちゃくちゃ正論ブッ込まれたんで、理解がついて行かないんです、多分。あーおもしろ。こんなアホみたいに焦ってるジン様、初めて見ました」
バリーさんも大概口が悪いよね。多分、ジンさんとの関係は、仲間じゃなくて、主従関係だと思うけど、敬っているというよりは面倒見てるって感じ。大変そう、バリーさん。
わたしは落ち込んでいるキリの頭を撫でてやった。うちの子悪くない。絶対。





