45 晩餐会
晩餐会は予定通り始まった。
わたしの席は初めは末席の予定だったけど、急遽ジンさんの隣の席になった。
突然の変更で、侍女さんや侍従さんたち、色々調整とかしてくれている文官さんたちに多大なご迷惑をかける事になったんだけど、皆さん戸惑いも見せずサラリと対応してくれた。これがプロというものか。ナリトさんにこっそり食材を渡し、スペシャル賄いで労って頂くようお願いしておいた。連日の準備で疲れてるよね。頑張ろう、みんな。
ナリス王国のカナン殿下は御歳8歳。女の子のような可愛らしい外見からは想像もできないぐらいしっかりしたお子様だ。8歳って家族と離れて1人で外国に来るのは心細いだろうに…。王族というものは大変だ。
同じく未成年のシリウス殿下は、カナン殿下の兄貴分らしく、あれこれと世話を焼いているが、なんとなく精神年齢的にはカナン殿下の方が上に感じた。俺が世話してやるよ的なシリウス殿下に対し、自分でも出来るけどシリウス殿下の顔を立てて世話を受け入れるカナン殿下。シリウス殿下、ルーナお姐様に睨まれていますよー。気づいてー。
さて、ナリス王国のお客様はカナン殿下だけではない。付き添いの侍従さんも山程いるし、専属の回復魔術師さんもいる。皆さんナリス王国の高位貴族だ。その人たちのわたしに対する態度は、一言で表すと慇懃無礼だった。口調も対応も丁寧。でもわたしのことを全く信用していない。
「再生魔法などと素晴らしい魔法を生み出されたのが、こんなお若い女性だとは。まだ再生魔法の威力にはお目にかかっておりませんが、さぞかし素晴らしい魔法なのでしょうね」
嫌味な口調でそう言ったのはカナン殿下の専属回復魔術師のアダムさんだ。見た目50代ぐらいのツルツルの細身のおじさん。ツルツルなのに髭はフサフサなのは何故だ。そこに全て栄養が取られているのか。
リュート殿下という歩く再生魔法の証人がいるのになぜナリス王国の人々が懐疑的なのか。
答えは簡単。リュート殿下の怪我自体が虚偽だと思われているから。
リュート殿下は腕を怪我して以来、外交をしていなかった。別に腕が動かないせいではない。元々第3王子という立場だったので、王太子であるサイード殿下と比べて外交もそれほど多くこなしていたわけではなかったところに怪我をしたもんだから、それ以降の国外訪問などの外交はアラン殿下やサイード殿下やジンさんが引き受けていた。リュート殿下は内政に多く関わるようになっていたんだって。
また、腕が動かないのでダンスが必要な夜会などの参加も少なくなり、自然と人目を避ける結果に。怪我をしたという情報はあるが、その状態を実際確認することがないまま数年経った所で突然、腕が治りました、カナン殿下の足も治るかもしれません、と言われたら、いくら友好国の言う事とはいえ、ナリス王国側としたら、俄に信じられるものではないのだろう。
自然とナリス王国内では再生魔法を信じる派と、そもそもリュート殿下の怪我も嘘だったんじゃないか派に分かれたそうだ。そのため、カナン殿下のマリタ王国訪問について反対も多かったが、安易に断ればマリタ王国との外交にもヒビが入りかねないため、カナン殿下の守りは厳重にして今回の訪問となったようだ。
そんな前情報をサイード殿下に教えられていたので、わたしは彼らの態度をにこやかに流した。わたしの席の配置がジンさんの隣になったのは婚約したせいもあるが、怒りで飛び出しそうなジンさんを抑える係でもある。ドウドウ。さっきから立ち上がりそうになるジンさんの手を握って、一生懸命宥めているんだよ。落ち着いてよ、気持ちは嬉しいけどさ。
あんまりジンさんがガルガルしているので、わたしはジンさんの腕を少し強めに引っ張った。驚いてこちらを向くジンさんに、必殺、モテ友直伝のウルウル目で見つめてやった。
「ジンさん…。ジンさんのためにお料理いっぱい作ったのに、全然食べてくれないね。美味しくなかった?」
小声でそう言ったら、効果覿面。ブンブンと首を振って、慌てて料理に齧り付いた。
「シーナちゃんのご飯に不満があるはずがない!…って本当に美味いな!なんだこれ!ターロスの中にザロス(お米)が入っている?美味い…。美味すぎる…」
「良かった。ジンさんが喜んでくれるかなーと思って一生懸命作ったんだよ。新作料理もあるから、沢山食べてね」
ジンさんの食べっぷりにちょっと嬉しくなりながら、わたしはにっこり笑った。うん、ジンさんの注意がナリス王国の皆さんから逸れた。そのままご飯に夢中になってなさい。
気付けば会話が少なくなり、マリタ王国の面々は黙々と食事に専念している。無言の晩餐会。いいの?社交しなくていいの?
「美味しい!このパスタ、初めて食べる味です!」
カナン殿下がリュクリ(トマト)のパスタに目を輝かせています。あら?ナリス王国の皆様の晩餐は、ナリト料理長が腕によりをかけて伝統的な料理を出すのではなかったの?
バリーさんが小声で教えてくれたところによると、ナリス王国側に晩餐会メニューについて打診したところ、マリタ王国側と同じメニューを希望したとか。いいのか、元は雑草と言われるザロス(お米)とか、食用として使用されていなかったリュクリ(トマト)とカルーノ(ブロッコリー)を使っているよ?
心配でナリス王国側の様子を見てみると、うん、黙々とバクバク食べているね。お口にあったようで良かった。
「ナリス王国でも聖女様の料理は評判なんです。魔物の香と一緒にザイン商会から料理法が伝わって、ザロス(お米)も見直されています。今度はリュクリ(トマト)とカルーノ(ブロッコリー)なんて。こちらの料理法も我が国へ伝えていただけるのでしょうか?!」
ザロス(お米)様の偉大さは国を超えていた。さすがザロス(お米)様。日本のソウルフード。
カナン殿下の弾んだ声に、わたしはチラリとバリーさんを見る。判断はバリーさんに丸投げですよ。にっこり微笑んで頷いているので、大丈夫のようですね。
「はい、カナン殿下がそうお望みでしたら喜んで」
にこやかな陛下や王妃様を見ると、この回答で良かったようです。
リュクリ(トマト)はたくさん調理法があるし、カルーノ(ブロッコリー)はシチューに入れてもチーズをかけて焼いても美味しいよね。わーい、何作ろうかな。
「聖女様は野性味溢れる食材にもお詳しくていらっしゃる。さすが戦場でお育ちになった方は違いますなぁ」
アダムさんが嫌味っぽくそう言った瞬間、マリタ王国側の空気がヒヤリとしたものに変化する。
皆さん落ち着きましょう。アダムさんの前の皿には、野性味溢れる料理がてんこ盛りですので、嫌味にイマイチ破壊力がないですよー。髭にミートソースついてるぞ、おっさん。
そう思ってわたしはニコニコしてたんだけど、晩餐会の空気がこれ以上悪くなるのもアレなんで、反撃に出ることにしました。
「まあ!やはり戦場育ちのわたしの作った料理は、アダム様のお口には合いませんでしたか。わかりました。こんなこともあろうかと、料理長にお願いして、マリタ王国の伝統的な料理もご用意しているんです。すぐにお取り替えいたしますね」
ニッコニコのバリーさんが自ら給仕をしてくれて、ナリトさん渾身の晩餐会メニューが運ばれてきました。野性味溢れる料理はもちろんお片づけさせていただきますよ。
「なっ!だ、誰も食べないとは言っていない…!」
「まあ、ご無理をして食べていただくなんて心苦しいです。やはり目新しいものより、口慣れた物の方がよろしい方もいらっしゃいますものね?」
他のナリス王国の面々を見回すと、他の方々は揃って首を横に振り、美味しいなぁと料理を口々に褒めてくださいました。ありがとうございます。お口に合わないのはアダム様だけのようですね。ほほほ。
「そちらのお料理も料理長が腕によりをかけたものです。どうぞ、ご堪能ください」
そうアダムさんに微笑みかけると、アダムさんはそれ以上何も言えなくなりました。
食べ物を馬鹿にする人には、美味しいものは当たらないという教訓です。はははー。
アダムさんが滞在中は、彼だけ別メニューだなぁと、優しいわたしは考えていましたよ。ふふふ。





