44 花を飾る意味
あの後、部屋に雪崩れ込んできた侍女さん達にキャーキャーされていたところ、陛下からサイード殿下に晩餐会の前に引き合わせたいと連絡が来た。
混乱の抜けないまま、わたしは慌ててキリと共に指定されたお部屋に向かった。顔が赤いのが治らないよぅ。
「どうしたシーナちゃん。顔が真っ赤だが?熱がぶり返したのか?」
陛下に心配されてしまった。気にしないでくださいっ!
「貴女がシーナ殿か!私はサイードだ!会えて嬉しいよ!」
初めてお会いしたサイード殿下は陛下とジンさんに似ていた。陛下と同じ赤い髪と茶色の目。ちなみにガチムチ度はジンさん>サイード殿下>アラン殿下>リュート殿下。ジンさん圧勝だな。
そこにはジンさんを除く、ロイヤルファミリー大集合だった。陛下に王妃様、サイード殿下、アラン殿下、リュート殿下。それに王太子妃のルーナさん、息子のシリウス殿下。アラン殿下の婚約者ハンナさん、リュート殿下の婚約者サリアさん。全員揃うと美形が凄い。ファッションショーのモデルの集まりみたい。
王太子妃ルーナさんは、青髪と青い瞳の色白美人。キリリと髪を結い上げ、ピシッと背筋が伸びて綺麗な立ち姿だ。まだ一言も会話を交わしていないが分かる!彼女はお姐様だ。
息子のシリウス殿下はわたしより二つ下と聞いていたが、本当に13歳なのだろうか。サイード殿下そっくりで、眼はルーナさんと同じ色だった。大きいなぁ。こっちの子どもは前の世界より発育いい。高校生ぐらいに見える。
アラン殿下の婚約者ハンナさんは、蜂蜜色の髪で少し垂れ気味の碧の眼が色っぽい美人さんです。ふぉぉ、すごい色気がっ。この方も初めましてだ。暫く領地に帰っていたんだって。真面目なアラン殿下が嬉しそうにデレデレしてる。
「シーナと申します」
初めましてな皆さんに向かって、侍女長さん直伝の淑女の礼をとった。ルーナお姐様とハンナさんが、優しい笑みで頷いてくれた。
「なんだ、僕より年上だと聞いていたのに、小さいな」
せっかく良い気分だったのに、13歳のシリウス殿下に馬鹿にするように言われた。
ふっ。大きければ大人だと思っているガキンチョに言われたからって傷ついたりしないもんね。…しないもんねっ!
そう思って黙っていたら、王太子妃ルーナさんがスッと表情を消して、シリウス殿下の頭を殴った。スパーンといい音がしましたよ。
「淑女になんと無礼な。このうつけ者が」
「母上!しかし!僕はこんな女が婚約者だなんて、嫌です」
「たわけが!淑女をこんな女呼ばわりするお前のようなうつけに、婚約者など100年早い。シーナ殿はお前の婚約者になど勿体なさすぎるわ。今宵の晩餐会が終わればその性根を叩き直す故、覚悟しておけ」
ギロリっとシリウス殿下を睨みつけ、わたしに向かって済まなそうに一礼するルーナお姐さま。
ルーナお姐様、やはりあなたはお姐様なんですね。
そしてシリウス殿下。わたしはあなたの婚約者にはなりませんよ。そういえば前に、アラン殿下からシリウス殿下との婚約の話をされたな。あの話を未だに引っ張ってたのか。
「シリウス。君とシーナ殿の婚約は絶対、金輪際ないから。余計なことを言わないように」
アラン殿下がニコニコしながらそう言った。チラッとこちらを見て、意味あり気に笑っている。
「そうねー。ないわねぇ。残念ね、シリウス。それにしても、あのバカ息子にしちゃあ、良くやったわー。上出来ね」
王妃様がニコニコと追従する。
わたしはまた、顔が真っ赤になるのを感じた。
「遅くなった、すまない」
そこに、支度を整えたジンさんがやって来た。バリーさんも一緒だ。
晩餐会用に正装して、髪をオールバックに撫で付けたジンさんは、いつもより2割増しで格好良く見えた。
そしてわたしを見て、ジンさんが息を呑む。
青い眼が、驚きに見開かれている。
「シーナちゃん…!」
ジンさんが大股でわたしに近づいてくる。わたしの目の前に立つと、そっとわたしの髪に飾られた、シュラクの花に触れた。
「シーナちゃん、この花を身につける意味を…、分かっているのか?」
「…ちゃんと侍女さん達に教えてもらったよ」
求婚の際に贈られた花を身につけることは、承諾したと意味することを。
わたしはジンさんを見上げ、恥ずかしさに耐えて答えた。
「シーナちゃんっ…!ありがとうっ!」
ボロボロとジンさんの目から大量の涙が!わたしは慌ててハンカチで拭いてあげたが、ジンさん、しゃがんで拭いて貰おうとしないで、自分で拭きなさい!泣きながらデレデレ笑うという、気持ち悪い芸まで身に付けてしまった。
「…ジンクレット。私たちに、何か報告があるんじゃないのか?」
呆れた様子の陛下に、ジンさんが慌てて居住まいを正す。
「はっ!ご、ご報告しますっ、し、シーナちゃ、シーナ嬢に、求婚、受け入れっ」
涙で上手く発声できないジンさん。ますます呆れる陛下。何故かわたしが申し訳ない気持ちになったよ。
「先程ジンクレット殿下より求婚して頂きましたので、承諾致しました」
仕方なく代わりに報告する。ジンさんと手を繋ぐと、ギュッと握り返してくれた。皆からワァッと歓声が上がり、拍手してもらえた。ありがとうー。
「シーナちゃん。ジンクレットでいいのか。君の嫌いな王族で、しかも親の私が言うのも何だが、イマイチ頼りなかろう」
号泣しているジンさんを見て、陛下だけでなく王族の皆さんが頷いている。バリーさん、あなたは一応ジンさんの側近なので頷くのはやめましょう。
「マリタ王国は大好きなので大丈夫です。むしろもう少しわたしのことを利用してください。色々と貰いっぱなしで気が引けます」
お金も沢山貰ってるし、待遇もダメ人間になりそうなぐらい素晴らしいし、対外的にも守ってもらっているし、申し訳ないぐらいだ。
「何を言う。シーナちゃんが産み出したものの対価を受け取っているだけだろう?マリタ王国としてはまだカイラット街の報酬すら渡せておらぬ」
難しい顔をする陛下。わたしはにっこり笑った。
「でもわたしが産み出したものを商品化して価格を決めて、販売ルートを確保してくれたのは、バリーさんや文官の皆さんです。各都市に魔物の香が広がるように、兵士の皆さんもザイン商会の輸送に協力してくれました。商品を作って、それを活かすために働いてくれたのは、マリタ王国の皆さんでしょう。その対価をわたしは払っていません。だからカイラット街の報酬をと言われても受け取ることはできません」
それに。泣いているジンさんを見上げて、わたしは可笑しくなって笑った。
「ジンさんは頼りになりますよ。わたしが辛い時も悲しい時も、一緒に泣いて、一緒にどうしたらいいか考えてくれますから。ちょっと過保護ですけど、わたしのことを信じてくれて、とっても大事にしてくれます。わたし、そんなジンさんが、だ、大好きなんですっ!足りないところはお互いに補い合えばいいし、困ったことが起こったら、周りの人に相談しながら乗り越えていきます!わたしがちゃんとジンさんを幸せにしますから、ジンさんのお嫁さんとして認めていただけませんか?」
恥ずかしくて噛んだ上に、途中で何言ってるか分からなくなったぁ!情けない気持ちで申し訳なくて、ジンさんを見上げると。
「じーなぢゃん…!」
ジンさんが息もできないぐらい号泣していた。わたしのハンカチも絞れそうなぐらいビッチョリだ。キリがそっと代えのハンカチを渡してくれた。できる子だわ、さすがキリ。
「良い心構えだ。ジンクレットは良き嫁を見つけたな」
小さな声でルーナ姐さんが言ってくださいました。わーい、姐さんに褒められたぞー。
「はぁぁぁっ…。すまんなぁ、シーナちゃん。シーナちゃんを守り切れる、最高の男と添わせてやりたかったんだがなぁ。本当に、ほんっとうに、そこの泣き虫でよいのか?」
陛下が額を押さえて確認する。最高の男なんて、こっちが肩凝りそうな人は嫌です。
「はい!ジンさんがいいんですっ!あ、あぁ、でも、すいません…わたし平民でしかもダイド王国では罪人…」
調子に乗って嫁にしてくれとか言ったけど、そもそも身分的にも賞罰的にもあかんのでは。
「シーナちゃんは我がマリタ王国の恩人にして至宝。身分など瑣末な事よ。気になるようなら王子妃として相応しい家に養女となる手もある。シーナちゃんと縁を結びたがる貴族は多いであろうから、養い親の選定に悩むであろうがな。それに、あの阿呆な国はシーナちゃんを罪人として国外追放の刑に処し、それを国内外に公表している。裁きは終わっているのだから、追放された後に我が国の王子と婚姻を結んでも、問題あるまい。そもそも裁判もせずに刑を確定するなど、マリタ王国では有り得ぬ。彼の国の第3王子は司法権も持っているとは、国柄の違いとはいえ恐ろしいことよな」
マリタ王国では重罪人は王家の管理下にある司法部により王国裁判にかけられ、罪人の審議を行うそうです。たとえ王子といえども、重罪人の罪を決めることはできない。軽犯罪などは街ごとにある地方の司法部で審議するらしい。これは周辺国でもほぼ同じような司法制度をとっていて、ダイド王国も同じだったはずだけどね。陛下の痛烈な皮肉ですね。
こうして、ジンさんとわたしの婚約は若干心配はされたけど、特に反対されることもなく、認められた。ジンさんは泣きっぱなしだった。バリーさんに後ろ頭を叩かれてたが、ニヤニヤしながら泣いてた。これが可愛いと思ってしまったわたしは、自分のことながら大丈夫かと心配になった。
約1名、俺の婚約者じゃなかったのか!と騒ぐお子ちゃまがいたが、ルーナお姐様の鉄拳制裁を喰らい、沈黙していたので問題はないのだろう。





