43 ジンさんの願い
よほどわたしが不安気にしていたせいか、ジンさんがふっと優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、シーナちゃん。すまない、焦り過ぎたな」
握っているわたしの指に一つ一つ唇を落とし、ジンさんは蕩けるような視線を向けてくる。
ジンさんから只ならぬ色気を感じる。ガチムチライオンが、ガチムチ色気ライオンに…。ドキドキした。いつもと違うジンさんに。
「察しの悪いシーナちゃんだが、そろそろこの花の意味には気づいていると思う」
恥ずかしくて逃げたいけど、離れ難くてどうしたらいいか分からない。
「…初めて会った頃は、小さな君に惹かれているのは、妹のように思っているせいだと思った。小さいのにクルクルよく動き回って、皆の為に一生懸命で。でも知り合ったばかりの俺たちにすぐに秘密を喋って。無防備で放っとけなくて、俺が守らなくちゃと思ったんだ」
そういえばあの頃は、ジンさんに心配で堪らんって言われてたっけ。
「でも君の、芯の強さに、心根の優しさに、どんどん惹かれていった。騙されて傷付いてもまた信じようと足掻いてて、簡単に人を信じられないことを恥じて泣く君を、とても綺麗だと思った。俺は君のように強くて美しい人に出会えたことに感謝しているんだ。この気持ちは、妹に対するものじゃない。一人の女性に対するものだと気づいた」
ジンさんの称賛の言葉に、わたしは顔が熱くなった。
褒められ慣れてないから、どうしたらいいか分からない。それに、美化されすぎだよ。
「そんな綺麗な人間じゃないよ、わたし。心の中がドロドロに濁ってて、他人には言えないような恨みや嫉みも持ってるもん」
「そうだな。そういう気持ちは人間なら誰でも持っている。でも君は、その感情から逃げない。ちゃんと向き合う強さがある。逃げてばかりの俺にはその強さが眩しいんだ。君のように強くなりたいと思った。自分の弱さが心の底から恥ずかしかった」
ジンさんは苦笑を浮かべた。
「君の後押しがなきゃ、リュート兄さんと話し合うことも出来なかったからな。自分を罰することの方が楽だったんだ」
ジンさんはリュート殿下が右腕を怪我をしてから、ずっと魔物討伐に明け暮れていた。リュート殿下の腕を奪った魔物に憎しみをぶつけ、その原因になった自分を罰するために危険な討伐を繰り返していた。その頃のジンさんは、氷の王子の二つ名と共に、魔物狂いと呼ばれていた。
「ジンさんはちゃんと、リュート殿下と話し合って、仲直りすることができたよ。わたしはちょっときっかけを作っただけだよ」
「そうかもしれない。でもそれは、君に背中を押してもらって、出来たことなんだ。君に沢山助けてもらって、沢山の幸せをもらった。俺は君を守れるぐらい、強くなりたいと思った。馬鹿な俺は、君に相応しくなれるまで、君が大きくなるまで、この気持ちを伝えるのはやめようと思ったんだ」
ジンさんが、わたしを真っ直ぐに見つめた。熱を孕んだ瞳に、わたしの心臓が高鳴る。
あぁ、わたし、ジンさんに望まれているんだ。
「でも、今日久しぶりに君に会って、頭を殴られたような衝撃を受けた。君は怖いほど綺麗で、誰もが惹きつけられるほど魅力的な女性だと思い知らされた。まだ子どもだと言い訳して、今の居心地の良さに浸かっていたかった。君に気持ちを打ち明けて拒絶されるのが怖かった。何もしなければ、他の男に君を攫われて、失うかもしれないのに。気持ちを隠して、君の保護者の振りをして、君に触れるような卑怯な男が、君に相応しくあるはずない。また逃げて、同じことを繰り返すところだった」
ジンさんが持っていた花を、わたしに向かって捧げる。
小さな白い花だった。真っ白な雪のような花びらが重なっている。派手さはないけど、雪の妖精のような可憐な花だ。
「シュラクの花だ。マリタ王国にしか咲かない花だよ。花言葉は清廉、優しい心、一途な愛。俺にとっての君そのものだ。頼りないかもしれんが、君の側に居たい。君の幸せも悲しみも、共に感じていたい」
ジンさんの青い目。夏の空みたいな綺麗な青が、わたしを優しく包み込む。
「シーナ嬢。この花を貴女に捧げる。私、ジンクレット・マリタの妻になって欲しい」
◇◇◇
しばらくして、バリーさんが遠慮がちにジンさんを呼びに来た。そろそろ晩餐会の準備をしないと、本当にヤバいですと。わたしの手に白い花があるのを見て、ホッとした顔をしていた。
「返事は良く考えてからでいいよ。どんな返事でも、この国と、俺の君に対する気持ちは変わらない。だから安心して欲しい」
そっとわたしの額に口づけて、ジンさんは部屋を後にした。
固まっていたわたしは、その瞬間、ヘナヘナと座り込んでしまった。鏡を見なくても分かる。今、絶対全身が赤い。
「ふぁあぁぁぁあぁあぁあ!」
色気が!色気が半端なかった。いやぁ!何あれ!わたしあんな人にベタベタくっついていたの?!
告白!人生初告白だよ!ん?前世を入れたら2回目か?いや、そんなことより、告白通り越してプロポーズだよ!
知らなかったよ!ジンさんがあんな風に思ってたなんて!てっきり妹かペットか小さい子どもぐらいに思われてるかと思ってたよ!だって、いつから?いつからあんな風に…!
顔が知らずににやけた。だってさ、あんな風に言われたら。
「嬉しかった」
「さようでございますか。良かったですね」
「っぎゃー!キリ!聞いてたの?」
「シーナ様、そのような大きな声で全部ダダ漏れになっていれば誰でも聞こえます」
困ったようなキリの言葉に、わたしは口を押さえた。
聞かれてた!聞かれてたよ!
今こんな格好じゃなかったら、ベッドにダイブしてゴロゴロしたいぃ。恥ずかしい!
「キリぃ」
「どうなさいますか、シーナ様。ジンクレット殿下のお申し出は…」
「え、受けたい!ジンさんと結婚したい!」
わたしの即答に、キリが驚く。
「よ、よろしいのですか?シーナ様、あれ程、王族との結婚は嫌だと」
「え…?…あ!そうだった、ジンさん王族だった!」
忘れてた。というかここ、王城だ。マリタ王国、実家ぐらい居心地良かったから、すっかり忘れてたけど。そうだった、わたし、王族嫌いなんだった。
「あー。王族?との結婚になるのか」
あまり、実感が湧かない。ジンさん、王族っぽくないし。
それにダイド王国だったら死んでもイヤだけど。マリタ王国ならいいかなぁ。
「だって、誰もわたしのこと利用しようとしないんだもん、この国の人たち」
それどころか上げ膳据え膳、休み放題、魔物の香とか薬草スパイスのお金もドンドン入ってくるし。
頑張ったら褒めてもらえて、無理したら怒られて。
わたしとキリの受けた仕打ちに怒ってくれて、絶対守るって言ってくれて。
まるでわたし達を家族のように扱ってくれる、優しい人達ばかりだ。
いつの間にかわたしの中で、マリタ王国から離れたくないという強い気持ちが芽生えていた。マリタ王国のために、使える力があるならバンバン使って、皆んなで幸せになりたい。
「さようでございますね。国が違うと、こうも扱いが違うとは…」
キリも実感しているようだ。外国の血が混じったキリは、ダイド王国では、穢れてるだのと差別されていたもんね。ここでは侍女さん達とキャッキャッと仲良く出来て楽しそう。
「問題は、わたしが平民で他国人でダイド王国では罪人ってことかな?」
おお、わたしの方に問題だらけだ。途端に不安になる。ヤダヤダ、ジンさんと一緒にいたいのに。
「キリ、どうしよう。ジンさんと結婚できないよぅ」
「その辺はジンクレット殿下がどうにかなさると思いますので心配はないかと…。それより、シーナ様がそれほどジンクレット殿下のことがお好きだとは思いませんでした」
「えっ?」
キリの言葉に、わたしはまた顔が赤くなった。
好き?そっか。わたし、ジンさんが好きなんだ。
急速に自覚して、わたしは無性に恥ずかしくなった。
「ジンクレット殿下がシーナ様をお好きなのは気づいていましたが、シーナ様が同じ気持ちだとは」
「あの、いや、その、だって、急に結婚申し込まれてビックリしたけど、ジンさんと結婚したいって思って!」
前世のモテ友が、電撃結婚した時、言ってた言葉を思い出した。男性にモテまくっていて、よりどりみどりだった彼女が結婚した相手が、言っちゃあ悪いが普通の人だったから、何故彼だったのかと聞いたら。友達としか思っていなかった彼に告白された時、『あ、私この人と結婚するわ』と思ったからだと言ったのだ。
その時は何言ってるんだろうと全然意味が分からなかったけど、今日初めて分かった。あぁ、あの時のモテ友は、その時まで、彼が好きなことに気づいてなかったんだろうなと。わたしも、ジンさんが好きなことに気づいてなかったように。
ジンさんの夏の空の目が、優しく細められてわたしを見るのが好きだ。すぐに抱っこしてくるのも、本当は好きだ。
自分の国や家族を大事にして、全力で戦うところが好きだ。
情けなくてカッコ悪いけど、それを頑張って克服しようと努力するところが好きだ。
わたしが泣いたら、カッコ良く解決してくれる訳じゃないけど、最善の策を一緒に考えてくれるところが好きだ。
ジンさんなら、ずっと一緒に歩いていけるだろう。それぐらい、彼のことを信頼している。
ははは。わたし、いつの間にか、ジンさんのことがこんなに好きになってたのに、全然気づかなかったよ。
「良かった。シーナ様にも人並みに恋愛感情が育っていて…。ジンクレット殿下のあからさまなアプローチに気づかな過ぎて、私のお育ての仕方が良くなかったのかと…」
「アプローチ?いつ?どこで?キリは気づいてたの?」
「あの過保護に見せかけた言動の数々は、全てシーナ様を思うジンクレット殿下の執着心から出たものです。外堀を埋めてシーナ様を逃げられぬよう、殿下も必死でしたから」
何その怖い状況?わたし、そんな怖い状況に置かれてたの?知らなかったよ。感動のプロポーズが台無し!
でもそう言われても、ジンさんと結婚したい気持ちに変化はない。毒されているのかしら、わたし。鑑定魔法さんの気の毒そうな視線が、滅茶苦茶気になります。
「キリはシーナ様がお幸せなら、どこにでもついて参ります。ジンクレット殿下のお傍で、シーナ様が安心して過ごせるのなら、キリは嬉しゅうございます」
キリが淑女の礼をする。さっきの侍女長さんみたいで、とっても綺麗…、って、あれ?
「ねぇキリ、もしかして、ジンさんがプロポーズするってみんな気づいてたの?」
あのよく分からない話は、考えてみたらそういう意味か?!
「気づいてたというか…。あまりに焦れったいお2人にヤキモキした侍女様達が、シーナ様を綺麗にドレスアップさせて、ジンクレット殿下を焚き付けようと画策致しておりました」
「えぇぇぇえぇ?」
「ジンクレット殿下は中々シーナ様に手を出さ…告白しないし、シーナ様はジンクレット殿下の、重い、いえ、情熱的なアプローチに全く気づかないし。かと思えばお二人でベタベタとジャレあっているしで、あの2人はどうなっているのかと関係各所から質問が相次いでおりまして。シーナ様お世話隊の業務にも支障が出ておりましたので、さっさと白黒ハッキリさせようと、侍女長様を筆頭に作戦が練られたのでございます」
ジャ、ジャレあって?ジャレあってました。今考えたら、人目も憚らず、ベタベタくっついてた。抱っこにお膝抱っこにあーんでご飯とか食べてた。すいません、お目汚しを。関係各所ってどこですか?謝ってきます!恥ずかしくてお城の中歩けないよ、もう。





