41 お支度しましょう
「ぐぇぇぇぇ!なんかでるぅぅぅ」
「も、う、ちょっ、と、です!」
「シーナ様、頑張れー!」
「ここが我慢のしどころです!ここを過ぎれば楽ですから!」
侍女さん達の応援の声が遠くに聞こえる。
わたしの後ろで侍女長のマリアさんが容赦なくコルセットを締め上げている。いや、苦しい!出るから、絶対なんか出るよ!
「ふぅ!シーナ様の体調を考えて緩めに致しました」
「優しい!〝締め上げのマリア″と言われた侍女長様が加減するなんて!」
なんて物騒な二つ名!あの優しい侍女長さんが、伝説のヤンキーみたいな呼ばれ方している。
「こ、これが緩めなんて…。淑女ってドレス着るだけで偉大…!」
「さぁさ、シーナ様。これからが本番でございます。ただいまジンクレット殿下は陛下に帰還の報告中、それが終わりましたら、晩餐までの間にしばし時間がございます。その時は絶対に!必ず!こちらにいらっしゃるので、早めにお支度致しましょうと私、あんなに申し上げましたのに…。シーナ様ったら、調理場にお篭りになられて帰っていらっしゃらないし。本来ならば朝から入浴、マッサージ、お肌の手入れとスペシャルコースのご予定が、入浴のみに…。私、断腸の思いでございます!」
ニコニコしながら迫る侍女長さんが怖くて、わたしはキリの背に隠れる。
「約束破ってごめんなさい…」
キリの背からそっと顔を出すと、激おこの侍女長さんと侍女さんズ。ニコニコしてるのに怖いぃ。だってー。
「ジンさんに美味しいご飯食べさせてあげたくて。夢中になっちゃった。時間を守れなくて、ごめんなさい」
ううう。でも約束破るのはいかん。社会人として、時間を守れないのは致命的だ。怖いけど、いざ、怒られます。
キリの背から出て、キュッと目を瞑る。さぁこい、お説教!存分に反省させて頂きます!
でも、…あれ?待てども待てども雷が落ちてこないので、わたしがそっと目を開くと。
「くぅぅっ!怒れない!なんて可愛い理由なの?ここにジンクレット殿下がいたら、間違いなく襲ってるわ!」
「侍女長様!侍女長様!私たちには叱るなんて無理です!」
「悔しい!せっかく隅から隅までお磨きするチャンスがなくなって辛いのに、悶絶するほど可愛い理由!!」
侍女長さんを中心に、侍女さん達が涙目でプルプルしていた。あれ?お説教は?
「シーナ様。皆さん、シーナ様のお支度のために早くから準備なさってたんですよ?次から時間はキチンとお守りください」
キリがわたしを覗き込み、メッと叱る。はい、すみません。二度としません。
侍女長さん達がわたしにドレスを着せ、いつもは下ろしている髪を結ってくれる。首がスースする。鎖骨から胸元が露わなデザインなので、油断すると風邪引きそうだ。こんな真冬にこんな寒い服を笑顔で着るなんて、やっぱり淑女ってドレス着るだけで偉大だ。
いつもはスッピンだけど、ほんのりお化粧をされて、鏡を見る。おおう、馬子にも衣装!
ドレスは薄い青色、コルセットで絞った腰から下に、シフォンを重ねたふんわりとしたスカートが丸く広がっている。差し色に、腰には鮮やかな赤いリボン。鎖骨と胸元が露わで、わたしのささやかな胸が、寄せて上げてあるように見える!侍女さんズ、凄技!
香油を塗られたお肌はシットリ。お花のいい匂い。
鏡の前でクルクル回って、後ろ姿を確認したり。スカートが広がるのを楽しむ。
「ふぉー!凄ーい!綺麗にしてくれてありがとうございます!お姫様になったみたい!!」
動きにくいけど、可愛いね!王妃様達から山程ドレスを貰ってどうしようと思ってたけど、たまにはドレスも良いもんだ。
「くうぅ!想像以上の可愛い仕上がり!我ながら、会心の出来です!」
「大人と少女の中間の、危うい魅力!」
「こちらにいらしたばかりの時より、大きくなられましたわ!身体付きも、丸みを帯びて女性らしくなってきていますね」
侍女さんズが口々に誉めてくれた。お世辞でも嬉しいです!ありがとう!
王妃様を始めとする美しい淑女の皆様に比べたら、ミソッカスなのは分かってるけど。あの美しい方々と同じフィールドにいるなんて考える方が罰当たりだわ。あれはもう、土台の奇跡と努力を結集した美しさだから!女子力が低いわたしは、己を知ってるのよ。
「可愛くしてもらって嬉しいけど…。他国の王太子様にお会いするのに、ドレスを着る必要あるのかなー?治療するだけだから、ローブ姿でもいいんじゃない?晩餐会に出るとはいえ、ちょっと、必要のないドレスアップだったんじゃないかと心配で…」
わたしが気弱にそう言うと、侍女さん達がまあぁ!と悲鳴を上げた。
「何を仰ってるんですか!久しぶりにお会いするんですよ!会えない辛さと恋しさと焦燥感で爆発しそうになっている所に、いつもより綺麗に着飾って見せつけることで、より一層メロメロのドロドロにして墜として差し上げるんじゃありませんか!本当はもっと露出の多いドレスにするつもりだったのにぃ!」
「そうです!でもキリ様があんまり刺激が強すぎるのは暴走を招くと仰るから我慢したんですよ!」
「けど、このドレスもお似合いですぅぅぅ!可憐さと妖艶さが危うい魅力で!いつもの活発的な装いもいいんですが、ギャップがもう!殿方が攫って逃げたくなる気持ちになるのが分かりますぅ!」
「ナリス王国の王太子にお会いするのは初めてだよ…?」
「ナリス王国の王太子を招いての晩餐会、その名目で着飾って頂きましたが、本命は別の所にあります」
侍女長さんの言葉に、侍女さん達が腕組みをしてウンウン頷く。
「全くですわ!いつまでもウジウジと…!さっさと想いを口になさればいいのに!!ボヤボヤしていて誰かに掻っ攫われたらどうするんですか!!」
「本当ですよ!全くへタレていらっしゃるんですから!」
皆さん何のお話をされているのでしょうか。キリは分かっているのかウンウン頷いている。
「美しく着飾ったシーナ様をご覧になれば、少しは御自覚なさるでしょう。躊躇っている時間などそうないことに」
ますますよく分からないけど、侍女長さんを始めとする侍女さんズは、誰かに怒っている様な?
困惑するわたしの前にキリが跪き、わたしの手を取った。キリの優しい目が、真っ直ぐにわたしを見ている。
「シーナ様。私はシーナ様のお幸せだけを願っております。ですから、侍女長様たちのお考えに賛同いたしました。シーナ様が今後、どんなご決断をしようと、シーナ様のお側を離れません。いつも一緒です。今度こそ、シーナ様を害する者からこの命に代えても全力でお守りします。ですから怖がらず、シーナ様の御心のままに行動なさってください」
「キリ…?」
キリだけじゃない、侍女さんズも心配そうに見ている。
なんだかよく分からないけど、みんなが味方だってことは分かる。だって、こんなに優しい目をしているからね。
だからわたしはにっこり笑った。
「ヤダよ、キリ。命に代えてなんて絶対」
今日は何かいつもと違うことが起こるのかな。
だからキリも侍女さん達も、こんなに一生懸命、わたしを応援してくれてるのかな。
「大丈夫だよ、キリ。キリやみんなが居てくれて、わたしは今、とっても幸せだもの。ダイド王国にいた時は、沢山の仲間がいたのに、ちっとも幸せじゃなかった。仲間のために働くのが苦痛な時もあった。でもここでは違う。みんながわたしのこと心配してくれて、認めてくれて、叱ってくれる。だからわたしも、みんなのこと守りたいし、幸せにしたいの。だからね、そのためなら絶対、負けたりしないもんね!何が来ても、全力で迎え撃ってやる!」
過去のわたしとは違うのだ!
力強くファイティングポーズをとるわたしに、侍女さんズが揃ってため息をつく。
「シーナ様…!震える程嬉しいですが、決意の方向が予想以上にズレています!」
「勇まし過ぎます!カッコイイですけど、乙女心皆無なところが残念です!!」
「私のお育ての仕方が悪かったのでしょうか…」
「キリさんしっかり!あれはもう、元の素質の問題です!!後はあのヘタレ殿下にどうにかして頂くしかありません」
お互いを励まし合う、キリと侍女さん達。わたし、何かやらかしましたでしょうか。
その時、扉の外で、何やら騒ぐ声が聞こえてきた。





