40 パーティの準備をしよう
契約とか利潤とか収益とかのお話がようやく終わった…。
あまりに大金だったので、怖くなって泣きながらキリに励まされたのが2回、交渉から逃げ出そうとして捕まったのが3回。宝くじ一等が何回分かなー、庶民にはどう使ったら良いか分からないやー。ははは。
それにしても、手続きがこんなに大変だなんて知らなかった。今分かる、バリーさんの凄さが。こんな面倒な事を同時並行でいくつもこなしていたなんて、天才!いつもありがとう、バリーさん。ちょっとだけキリにバリーさんは頼りになるねアピールをしておいたよ。帰ってきたら、ちょっとだけキリの目が優しくなってると思うよ。
気がつけば今日の昼にはジンさんたちが帰ってくる予定だ。まぁ、予定も何も毎日、伝令魔法とイヤーカフでやり取りしているから、今日帰ってくるのは確実なんだけど。
毎日の連絡の中で、ジンさんの声が段々暗くなっていくのが怖かった。
毎日毎日、「あと5日、今アドーリ街だ」とか、「あと3日、今ルータス村だ」とか連絡がくるんだよ。某都市伝説を思い出したよ。
バリーさんが「シーナ様のお陰で小金が儲かりました」って言ってたけど、何のことだろう。
今日はキリは侍女さん達のお手伝いをしている。王太子御一家と他国のお客様がいらっしゃるからね。王城の中はてんてこ舞いなんだって。
わたしの護衛につけないと渋っていたけど、必死の形相の侍女さん達に引き摺られていった。何かあったらイヤーカフでお知らせするので大丈夫よ。
何はともあれ、ジンさんたちが帰ってくるから、お帰りなさいパーティの準備をしよう!
侍女さんたちが作ってくれたレース付きの可愛いエプロンを身につけ、張り切って料理をしますよ!
調理場に行くと、料理長のナリトさんを始めとする料理人さんたちが出迎えてくれた。ムキムキが多い。マリタ王国では料理人=ムキムキなのかな。ナリトさんは細いけどね。
「お待ちしていました、シーナ様。本日はどんな料理をご教示頂けるのでしょう?」
「ご教示なんてしないよ。ジンさんのお帰りなさいパーティ用のご飯を作るだけだからね?」
「はっはっはっ。シーナ様は謙虚な方ですね」
ナリトさんが朗らかに笑う。いや、謙虚とかじゃないよ、本音だよ。
そういえばジンさんに、帰ってきたら何か食べたいものがあるか聞いてみたら、「シーナちゃんの作った肉、シーナちゃんの作ったサラダ、シーナちゃんの作ったスープ、シーナちゃんの作ったザロス(お米)、シーナちゃんの作った…」ってエンドレスで止まらなくなった。怖いよ、ジンさんが帰ってきたら、わたしが食べられるんじゃなかろうか。
とりあえず、一般的なパーティメニューでもいいよね。
わたしはナリトさんに用意してもらった鶏肉っぽい何かの肉を一羽丸ごと使って、ローストチキン?らしきものを作ることにした。
内臓を取り、綺麗に洗って、塩、胡椒、薬草で味付けし、中には別で用意していた味付けしたザロス(お米)を詰める。昔は手抜きして冷凍ピラフを詰めてたな。それを20羽分。多いかな?でも、兵士の皆さんはみんなよく食べるからね。多めに作った方がいいってナリトさんに言われたんだよ。
今回は他国の王太子という胃が痛くなるようなお客様もいるけど、そちらはナリトさんが伝統的なマリタ王国の料理を用意してくれる事になっている。だってわたしの料理は身内向けの簡単楽しいパーティ料理だもん。
後は時間を合わせてオーブンにお任せ。さすが王宮の調理場。大型オーブン5台もあるよ。
次にローストビーフの準備。これは昨日から仕込んでおきました。赤炎牛の塊肉を取り出して、肉の全面に満遍なく塩胡椒薬草をすり込み、寝かせておいた。こいつは他の料理人さんたちにお願いして、フライパンで焼き色をつけてもらい、オーブンに入れる。時間かかるからね、こっちはもう焼きに入らねば!
昨日の仕込みの時に、味付けして続きは明日!と言ったら、料理人さんたちから絶望の声が上がった。味見を楽しみにしていたみたい。今日は張り切って焼いてくれてます。味見はいいけど、つまみ食いはダメですよー、特にナリトさん。全部食べちゃうからね。痩せの大食いめ。
後はジンさんの好きなシチューとか、唐揚げとか、ポテトサラダとかを作った。ポテトサラダ用のマヨネーズは壺で撹拌ですよ。わたしの頭上で回しましたが何か?
彩り的にトマトとブロッコリーがあったら華やかなんだけどなぁ。あの2つは、素人がパーティー料理を作るときの必需品じゃないかと思う。パプリカとかも、簡単に色鮮やかになるよね。
毎度お馴染み、鑑定魔法さんに聞いてみよう。教えて!鑑定魔法さん!!
あるわよ!と脳裏に示されたのは木に生えてるブロッコリーモドキと水に浮かんでいるトマトモドキ。ブロッコリーと、トマト、だよね?見慣れない光景に目を疑った。
鑑定魔法さんの説明を見てみる。
カルーノ(ブロッコリー)
カルーノの木になる実。ブロッコリーに味と食感が似ている。栄養価が高い。
リュクリ(トマト)。
綺麗な水中で育ち大きくなると茎から離れ水面に出る。茎から離れると1日で痛むのですぐに収穫すること。
トマトに味と食感が似ている。生食可。栄養価が非常に高い。
おお、素晴らしい。
わたしはすぐにナリトさんに訊ねた。物凄い怪訝な顔されたけど、教えてもらえた。
「カルーノとリュクリですか?庭にありますけど」
カルーノ(ブロッコリー)はすぐに見つかった。ふおぉぉお!木にブロッコリーが生ってる!直に見ると凄い衝撃。盆栽の松っぽいシルエット。シュールな光景だわ。
庭師さんに収穫してもらい、状態を確かめる。うん、新鮮!素晴らしい。成長が早いので3日に一度は形を整えるため、刈り込みをしなくてはならないらしい。
次にリュクリ(トマト)を探しにいく。王宮の庭には小川が流れている。小川を覗き込むと、ははははっ!鈴鳴りのトマトが水中にあるよー。水底に近いところに、一房10個程のトマトが揺らめいていた。
小川の流れはとても緩やかで、その緩さがリュクリ(トマト)の生育に合っていたのか、刈っても刈っても生えてくるんだって。実が毎日浮かんできて、放っておくと腐って水を汚すので、毎日網で掬っているんだって。大変。
掬ったリュクリ(トマト)の実をどうしているのかと聞いたら、焼却処分していると言われた。焼きリュクリ(トマト)?!いやー!せっかくのリュクリ(トマト)が!スタッフで美味しく頂いて!
カルーノ(ブロッコリー)とリュクリ(トマト)は食料とみなされていなかった。くうぅ。なんてもったいない。カルーノ(ブロッコリー)は観賞用としか認知されておらず、リュクリ(トマト)の見た目は血の色なので忌避されているのだとか。
わたしは庭師さんに、カルーノ(ブロッコリー)とリュクリ(トマト)はこれから捨てないで、わたしの元に届けて欲しいとお願いした。庭師さんは怪訝な顔をしていたけど、了解してくれたよ。
調理場に戻ると、ナリトさんが眉を顰めていた。
「まさかそれを食べる気ですか?」
わたしはニヤリと笑う。
「カイロット街で初めてザロス(お米)を調理した時、ナリトさんのお父さんも同じこと言ってた」
その言葉に、ナリトさんはハッとして、すぐに料理人の目でカルーノ(ブロッコリー)とリュクリ(トマト)を見る。
わたしはカルーノ(ブロッコリー)を株から切り分け、サッとゆがく。今日は彩り用だから、軽くお塩を振るのみ。
リュクリ(トマト)を生のまま口に運ぶと…。味が濃くて美味しい!甘味もあって果物みたい!
わたしが美味しい顔をしていたせいか、ナリトさんが意を決してカルーノ(ブロッコリー)とリュクリ(トマト)を口にする。
「…美味しい、普通に食べられる」
「ねー、美味しいでしょう!さて、飾り付けようっと」
ポテトサラダにカルーノ(ブロッコリー)とリュクリ(トマトモドキ)を飾り付けると、一気に彩りが良くなった。困った時のカルーノ(ブロッコリー)とリュクリ(トマト)だよね。
まだリュクリ(トマト)が残っているので、皮を湯むきしてペーストにする。刻んだお野菜と少々の薬草を加え、ミンチにしたお肉を入れてリュクリ(トマト)を入れて煮込み、塩胡椒で味を整えると、あっさりしたミートソースの出来上がり。パスタに絡めて…美味しそう!
ナリトさんがパスタを一口味見した途端、真顔でミートソースの鍋に向かったので他の料理人さんたちが必死で止めてた。
ナリトさんが鍋一杯のミートソースを食べ尽くしそうだったんだって。前に雑炊を鍋一杯食べた時と同じ顔してたんだって。さすがに鍋一杯のミートソースは無理だと思うけど…。
「俺はバカだ。リュクリ(トマト)の美味さを知らずにこの歳まで生きていたなんて」
ナリトさんが鍋の前で顔を覆ってへたり込んでいる。
そんなにですか?そうですか。
「リュクリ(トマト)は生でも火を通しても美味しいよね。サラダに入れたりソースにしたり。まだ色んなレシピあるから、作ってねナリトさん!」
「はい!シーナ様、我々を美食の高みにお導き下さい!」
そんな高みに行った覚えはわたしもないので無理です。
出来上がった料理を見て、ふぅっと満足の息を吐いた、
後はジンさん達が帰ってくるのに合わせて、出来立て熱々の最高の状態で出すだけだ。
「今回はそんなに目新しい料理はしなかったけど、まずまずの出来だよね!」
「新たなメインディッシュ2品に、カルーノ(ブロッコリー)とリュクリ(トマト)まで調理して何言ってるんですか」
呆れた顔のナリトさんに、わたしは首を傾げる。
「お肉は味付けして焼いただけだよ?」
「味付けに薬草を使う所がそもそも新しい手法だっていうのに、ザロス(お米)新しい食材なんですよ?それをターロスの腹に詰めるなんて…。それにあのリュクリ(トマト)のパスタ。あぁ、リュクリ(トマト)があんなソースに化けるなんて…。誰が想像します?」
ターロスって鶏肉っぽい何かの名前か。唐揚げの肉もこれだったな。鶏の旨みを吸ったお米はとっても美味しいよね。
リュクリ(トマト)はまあ、そのままでも美味しいから素材が良いってだけだしなぁ。
「美味しくてみんなが喜んでくれたらそれでいいんじゃない」
「それで済むと思ってらっしゃるシーナ様も凄いですよね。新たな食材なんですから、もちろん陛下と王妃様にもご報告もうしあげますからね!」
ナリトさんが不穏なことを言ってるが気にしなーい。
これはただのお帰りなさいパーティ料理だもんね。
その時、どこからか歓声が聞こえた。
反射的に窓に近づくと、赤地に獅子の紋章の旗が遠目に見えた。第4王子旗だ。
紫地に獅子の紋章の王太子旗と、初めて見る旗、白地に金の鷲の紋章の旗は、隣国ナリス王国のものかしら。
わたしは一人で青くなる。
支度があるから、料理が終わったらすぐに部屋に戻るよう、侍女さん達に言われてたのを思い出したのだ。
ナリトさん達に後を任せ、わたしはダッシュで部屋に戻った。
走りながら、自然と頬が緩んだ。
ジンさんが、帰ってきた。





