間話 サンド老視点
30 再生魔法 以降のお話です。
隣国の元聖女を、ジンクレット殿下がマリタ国に連れて来たという知らせを受け、ワシは盛大に舌打ちした。
「あの魔物狂いめ!何を考えておるんじゃ!」
隣国の元聖女と言えば、隣国ダイド王国の第3王子の元婚約者で、新たな聖女の誕生を妬み、害そうとした強欲な女だと噂されていた。平民の出で、大した癒しの力もなく、グラス森討伐隊に加わってはいたが、兵士達を虐げ、威張り散らしていたという。
グラス森に共犯の侍女と共に追放されたと聞いていたが、何故かカイラット街の救援に行ったアラン殿下と、魔物狂いのジンクレット殿下と一緒にマリタ王国にやって来たのだ。
国は今、増えていく魔物の襲撃に荒れつつある。王家、貴族が一丸となってこの危機に立ち向かわないといけない時に、なぜそんな不穏分子を引き込んだのか。
しかも、我が愛弟子のイーサンにリュート殿下とジンクレット殿下の名の下、突然の出頭命令が下された。腕はすこぶる良いが、気の弱いイーサンはそれだけでガタガタ震え出した。まさか同じ回復魔術士として何かイチャモンをつける気かと、ワシは青くなるイーサンを伴って、鼻息も荒く両殿下の元へ参上した。
隣国の王子をたぶらかした魔女じゃ。どんな綺麗な顔をしていても騙されんぞと気負っておったワシは、思いっきり肩透かしを食らった。そこにいたのは美女と言うよりも子ども、しかも栄養が足りておらんのかガリガリじゃった。
子どもはワシの顔を見て、サンタさん?と目を輝かせておった。サンタじゃない、サンドじゃ。
そして始まった再生魔法に、ワシは度肝を抜かれた。なんじゃ、このとんでもない魔法は!ワシの弟子は天才だったのか?ピクリとも動かなかったリュート殿下の腕が、治っただと?
驚き騒ぐワシに、子どもが血圧上がるから騒いじゃダメ!と叱りつける。おお、動悸が激しいのはそのせいか、落ち着かんといかん。
ワシはなんとか興奮を収めることに成功した。イーサンは未だに自分の成し遂げた事に呆然としておった。リュート殿下は腕を伸ばしたり曲げたり、ぐるぐる回したりしておる。無理もないのぅ。ジンクレット殿下はリュート殿下の側近に殴られておった。何故じゃ?
そんな中、素晴らしい偉業を成し遂げたというのに、子どもは浮かない顔…というよりは、何かに怯えとる?どうしたんじゃ?
女が一人、子どもに寄り添うように立っている。銀髪に褐色の肌のコチラも痩せ気味じゃが、子どもを見る目はどこまでも慈愛に満ちていて、不安げな子どもの手を握っている。これが共犯の侍女という者か?
噂とは全然違う二人の様子に、ワシは困惑した。しかし、すぐにその疑問は解ける事になる。
陛下や王妃様も集まり、子どもに優しくこの奇跡の魔法のことを問うと、子どもはとんでもないことを言い出した。
「再生魔法が使えるようになったのは、…沢山の兵士を癒したから。う、腕や、脚を、魔物に取られた兵士を癒した時、その傷口を診て、思ったの…。表面だけじゃなくて、中も、血が出たり、骨が折れたり、してる所は、きちんと繋げなきゃって。また血がちゃんと指先まで流れるように、脚を動かすための筋肉も繋げなきゃって」
王妃様が息を呑み、震えながら涙を流した。ワシも衝撃を受けた。成人しているとは聞いたが、こんな、見かけはどう見ても幼子が、なんでそんな過酷な現場にいるんじゃ。王国共通法で、子どもの重役は禁止されとるんじゃぞ?
子どもは困ったような顔をして、王妃様を気遣っている。違う、気遣われるべきは、守られるべきは、お主の方じゃ!
「でも再生の魔法が出来て、いいことばかりじゃなかった。腕や脚がなければ、負傷兵としてそのまま故郷に帰れたのに、わたしが治したせいで、また討伐に行かされて、亡くなった兵士もいたから。わたしが治さなければ、死ななくていい人もいたの」
己を責めるように、子どもは静かに涙を流す。
なんで泣き喚かないんじゃ!お主は子どもじゃ!そんな全ての罪を受け入れたように、静かに泣く子どもがあってはならん!
「違う!」
皆の心を代弁するように、大きな声が上がる。
「シーナちゃんは、怪我をした兵士を助けたくて魔法を作ったんじゃないか!悲惨な討伐の現場で、一人でも多くの兵士を救おうとして頑張ったんじゃないか!シーナちゃんは悪くない!絶対に悪くない!シーナちゃんを悪いという奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる!」
そうじゃ。ジンクレット殿下の言う通りじゃ。ワシは力強く頷いた。皆も同じく頷いていた。
「俺は幸せだ!シーナちゃんがリュート兄さんを治してくれた!俺は嬉しかった!俺はシーナちゃんに救ってもらったんだ!シーナちゃんの魔法に助けてもらったんだ!みんなそうだ!これからそういう人達が沢山増えるんだ!だから、だからシーナちゃん、泣かないでくれ…」
子どもがジンクレット殿下の首に抱きつき、声を上げて泣き始めたのを見て、ワシはホッとした。
あのまま子どもが壊れてしまったら、ワシは自分を一生許せんかっただろう。
魔術師の先達として、大人として、あの子を救えなかったら、ワシなど生きてる価値はないわい。
◇◇◇
かくして、シーナちゃんとの出会いは、衝撃の連続じゃった。
あの後、高熱を出したシーナちゃんの主治医を務めることになったワシは、シーナちゃんの侍女のキリ殿の話に更に打ちのめされた。
シーナちゃんがその年齢の割に小さいのは、グラス森での過酷な環境に加え、慢性的な栄養不足、睡眠不足、過労が原因に違いない。回復魔法で命を繋いでいたようだが、それは望ましくないのは明らかじゃ。身体が成長してないからの。キリ殿が言うには、グラス森にいる間はほとんど身長も伸びず、体重も増えてないらしい。
おのれダイド王国め。いたいけな子どもに何してくれとるんじゃ。許すまじ。
ワシがシーナちゃんのために薬を調合し、身体に合わせた食事が取れるよう侍女と話し合っていた所、キリ殿が深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。シーナ様のためにっ…、ありがとうございます!」
ほっとしたようなキリ殿の目から、涙がポロポロと溢れる。他の侍女たちが、代わる代わるキリ殿の背を優しく撫でた。一人であの子を守ってきたんじゃな。成長の進まぬあの子を見守るのは、気が狂わんばかりに心配じゃったろう。シーナちゃんは良い侍女を持ったのぅ。
しかしキリ殿、お主も痩せすぎじゃ。食事指導はお主も必要じゃぞ。
数日して、シーナちゃんは起き上がれるようになった。しかしベッドから降りることは許さず、回復魔法の使用も禁じた。寝て食べて運動して、子どもは大きくならにゃいかんからの。
しかし診察に行くたびに、ジンクレット殿下がいるのはどういう訳じゃ?
あの魔物狂いの氷の王子が、陽だまりの猫みたいな蕩けきった顔でシーナちゃんに張り付き、本やら花やら菓子をシーナちゃんに貢いでいる。
シーナちゃんも仔猫みたいにジンクレット殿下に引っ付いて…。シーナちゃん、甘えている自覚は無さそうじゃの。なんと自然にジャレつくことか…。天然のタラシかの。
かくいうワシもシーナちゃんにたらし込まれている自覚はある。可愛いんじゃ、行動が。苦い薬を飲むのに、水を3杯、お口直しの飴を山程準備して…。薬の量は小指の爪くらいじゃぞ?そんなにいらんだろうに。
薬を飲み込み、得意そうにやりきった顔をするところなんか…。侍女たちもニコニコしとるぞい。確かに、いくらでも見てられるのぅ。
「ふむ、シーナちゃん、毎日苦い薬を頑張って飲んでエライのぅ。どれ、サンド爺ちゃんが、何でも欲しいモノを買ってやるぞい」
「ええー?」
目をまん丸にして、シーナちゃんは驚く。
「サンドお爺ちゃん。わたし子どもじゃないよ。プレゼントなんてなくても、薬ぐらい飲めるよっ!」
ぷぅっと頬を膨らませるシーナちゃん。そういう所がまだまだ子どもじゃのう。
「何でもいいんじゃぞ?欲しいものは無いのか?」
毎日ジンクレット殿下にアホみたいに繰り返し聞かれてるから、欲しいものなんてもう貰い尽くしたのかもしれんが。シーナちゃんは首を横に振りかけて…、ピタリと動きを止めた。
「ん?なんじゃ?あるのか?」
シーナちゃんが目を泳がせている。ジンクレット殿下の目がキラリと光る。シーナちゃんの欲しいものは全部把握してないと気が済まんらしい。心の狭い男じゃのう。
「あの…、その、えっと。サンドお爺ちゃんが嫌じゃなかったらなんだけど…」
珍しくシーナちゃんが言い淀んでいる。ハッキリ、キッパリのシーナちゃんが珍しいのぅ。
もじもじ、チラチラとコチラを見ながら、恥ずかしそうな上目遣いでシーナちゃんは言った。
「あのね、あの、…サンドお爺ちゃんのお髭に触ってみたい」
消え入りそうな小さな声でそう言われ、ワシは思わず震えた。
なんじゃ、その可愛いお願いは!!
可愛すぎて目眩がしたぞ!
見ろ、周りの侍女たちが悶絶しとるじゃないかっ!
「な、なんじゃ、そんな事か。いくらでもいいぞ!」
ワシはシーナちゃんを抱っこして、膝の上に乗せた。うーむ、まだまだ軽いのぅ。
シーナちゃんを抱き上げた時の、ジンクレット殿下の険しい顔ときたら。
こんなジジイにまでヤキモチとは、余裕ない男だのぅ。
「うわぁ…!ふわふわだあ!」
ワシ自慢のクルクルの真っ白なアゴ髭に触れ、シーナちゃんは感嘆の声を上げる。目がキラキラ、頬はほんのり赤くなり、本当に嬉しそうじゃった。
横でジンクレット殿下が「俺もまた髭を伸ばす!シーナちゃん!触ってくれ!」と騒いでいる。気持ち悪いのぉ。
しかし、シーナちゃんはよくワシの名前を間違えるのぅ。
「サンタさんだあ」と小さく呟いておったが、ワシはサンドじゃからの!
外国の映画によくある、サンタクロースの膝で子どもが欲しいプレゼントを聞くというシーンを思い出して書いてみました。あの髭、食事の時に汚さないのかなぁと心配になります。
もうすぐクリスマスですね。皆さんの元にもサンタが来てくれますように。





