35 意外に大事になりました
「シーナ殿…」
夏の庭でアリの行列を観察する子どもみたいに、ジッと穴の中を見ていたわたしに、アラン殿下が呆れた声を掛けた。
一心に無言で見つめていたせいか、最初はギャーギャーと騒いでいた男たちは次第に静かになり、助けてくれるなら何でもすると泣き出し始めた。なので、なんの目的だったのか再度聞いてみた。
男たちはいわゆる遊び人で女衒モドキだった。もちろん本物の騎士ではない。隊服はローナさんが見抜いた通り偽物で、わざわざ作らせたものらしい。
3人の男たちは、騎士のふりをしてお嬢さん方に話しかけ、攫ったり襲ったりしていたらしい。相手が下級貴族のお嬢さんなどであれば襲った後は解放、田舎から出てきた平民の娘などは娼館に売っているらしい。相手が騎士だと思い込んで、お嬢さん方はアッサリ騙されちゃうみたいだね。貴族の娘さんなどは外聞を気にして口外しないことをいいことに、襲われた事をバラされたくなければと、お金を要求したり…。外道だった。
思わず男達を、頭まで水と土で埋めたら、慌てたアラン殿下に止められた。
「こやつらは俺が責任をもって処罰する」
怒りで震えるわたしを、アラン殿下が宥める。うん、落ち着こう。こういう奴らを滅ぼす為に、平常心って大事だ。
それよりもだ。
「アラン殿下。こいつら、ちょっと気になることを言ってたんだけど」
わたしの説明を聞いて、アラン殿下が顔色を変えた。
◇◇◇
王城に戻った後、わたしとアラン殿下、キリは諜報部に向かった。ローナさんはザイン商会に帰したよ。伝令魔法でナジル会長には経緯を説明しておいたので、無事に帰ってきたローナさんがナジル商会長にギュウギュウ抱き締められてた。真っ赤な顔で慌てるローナさんを生温かく見守ったよ。頑張れ、ローナさん。ナジルさんは多分しつこいぞ。
あの男達は、アラン殿下が連れてきた騎士たちに連行されて行った。騎士たちの男達を見る目は厳しかった。視線だけで縊り殺しそうな感じ。無理もない、騎士を装って女性に狼藉を働いていたのだ。騎士の誇りを穢す輩を、許すはずもない。
諜報部に着いて、アラン殿下は長官であるガードック子爵を呼び出した。ガードック子爵は50代ぐらいの、眼光鋭い渋オジだった。
「アラン殿下、急なお召し、何事でしょうか」
ガードック子爵は、アラン殿下を見て目を丸くしている。そうだろうね、王族の呼び出しって、心臓に悪いよね。その上、グッタリした子どもを連れてるんだもんね。
久々のお出掛けですっかり体力を使い果たしたわたしは、帰りの馬車でグウグウと寝こけてしまった。王城に着いて流石に起きたけど、心配したアラン殿下に部屋に戻るよう言われ、断固拒否した。気になることの結末も見届けずに帰ったら、眠るどころじゃない。眠気を堪えて目を擦り意地でも付いていこうとするわたしにアラン殿下が折れ、渋々連れてきてくれた。
「ガードック子爵。今日は陛下より王妃様の遠縁の令嬢の王都案内の護衛を命じられたと思うが」
「はい。ウチの者に護衛を命じましたが、何か不作法がございましたか?」
不思議そうにガードック子爵が訊ねる。
「不作法か。それで済めばいいが。その者は最初から令嬢に無礼な態度を取り続け、見かねたザイン商会が使用人に案内をさせようかと提案した所、喜んで帰ってしまったそうだぞ」
「はっ?」
ガードック子爵の顔が強張る。信じられないと言った表情だが、真実ですよー。誘導はしたが決めたのはラミスさんだしね。別にわたしはラミスさんが帰った事には怒ってない。何事も無ければアラン殿下にチクって終わりのつもりだったしね。
「しかも令嬢は王都散策の途中、騎士を装ったならず者達に襲われた。怪我はなかったが、王家預かりの大事な令嬢が襲われたのだ。どう言う意味かわかるな?」
ガードック子爵の顔が青くなる。王家を軽視したと捉えられかねないといったところか。
しかし長官の名前がガードック子爵かぁ。ラミスさんの姓も確か同じガードック。もしかして身内かなぁ。
「殿下がお連れになった令嬢は、もしかして…」
「そうだ、こちらはシーナ殿。彼女の名を知らぬとは言わんだろう。陛下はお前に、彼女を必ずお守りせよと命じたはずだが?」
冷酷なアラン殿下の言葉に、ガードック子爵は声もなく頷く。諜報部長官なら、わたしの本当の素性も知っているよね。
「申し訳ありません!陛下のご命令の令嬢が、まさか、まさか聖女様とは思いもせずっ!」
「陛下もシーナ殿の身元がばれて騒ぎになるのを心配されたために、敢えてお前にも身元は伏せておられたのだが。これがシーナ殿でなかったら、無事では済まなかったかもしれん。お前はどう言うつもりで部下に仕事をさせているのだ。途中で適当に放り出してもよいと命じているのか」
「とんでもないです!ラミスをすぐに連れて参ります!」
鬼の形相のガードック子爵が、足音も荒く部屋を飛び出そうとするが、アラン殿下が止める。
「待て、ガードック。お前が諜報部の無能さを晒したことについては後で詮議する。そんなことよりも、気になる事がある」
「はっ!」
ガードック子爵はアラン殿下の元に戻り、跪く。
顔は青いままだが、覚悟を決めたようだ。
「今回のシーナ殿の王都散策を知る者をここに集めよ。詮議したい事がある」
◇◇◇
真っ青なラミスさん、同じく真っ青なラミスさんのお兄さんのルイさん、それからラミスさんと同じ部署で働く方々が一部屋に集められた。
皆、アラン殿下がいる事に驚き、子ども連れな事に驚く。ヒソヒソと誰だ?という声が、ここまで聞こえてますよー。
ラミスさんは真っ青な顔のまま、わたしを睨みつける。うむ、安定の嫌な感じ。
多分彼女はわたしの護衛を勝手に降りたことを怒られると思ってるんだろうなー。怒らないよ、わたしがそう仕向けたんだから。
「仕事中、集まってもらって悪かったな」
冷ややかな声でアラン殿下が全員を睥睨する。王族っぽいアラン殿下バージョンは久々なので新鮮です。普段は気のいいお兄さんなので。
「こちらの令嬢が、王都の散策をしていたところ、偽騎士3名に襲われそうになった。護衛のお陰で難を逃れたが、捕縛した偽騎士達から信じがたい証言を得た」
ザワザワと部屋の中が騒がしくなる。チラチラとラミスさんに視線を向ける。皆、案内の仕事が誰に割り振られたのか知っているのだろう。ラミスさんは真っ青を通り越して真っ白な顔になっている。
「偽騎士達は、王城に勤める者から、王都に不慣れな下級貴族の令嬢の情報を得たと証言した。偽騎士達はこれまでに何度もこの手の情報を手に入れ、令嬢達を襲っていたと。その情報の見返りに、その情報提供者に金銭を渡したと言っている」
アラン殿下がギラリと皆を睨みつける。
「それだけじゃない。その者を通じて、他にも騎士団の情報を得ていたと。警備部の警備のルートや内部情報もだ!」
ザワザワとざわめく声が大きくなる。そして周りのラミスさんを見る目が、冷たさと厳しさを深めていく。
周りの様子に気づいたのか、ラミスさんは激しく首を振って否定している。
「ラミス・ガードック」
アラン殿下はギロリとラミスさんを睨む。その声は、一片の温かみもない。
「お前は今日、令嬢の護衛の任務を受けたな?それが途中で放棄し、令嬢と侍女を放置した」
ラミスさんの目が大きく見開き、更に激しく首を振る。身体がガクガクと震えて、今にも倒れそうだ。
「違う!私は、違います!情報を漏らしてなど!」
「黙れ!ならば何故仕事を放棄した!その後すぐに令嬢は襲われたんだ!これが偶然だとでも言うつもりか!」
ビリビリとアラン殿下の声が響く。ラミスさんの顔が涙でグチャグチャだ。わたしもアラン殿下の側にいたから、大きな声で耳が痛い。
「お、恐れながら、申し上げます」
ラミスさんのお兄さんのルイさんが、青白い顔でしかしシッカリとアラン殿下を見つめ返す。
「申せ」
「妹は、ラミスは確かに不真面目で諜報部員たる資格のない娘でありますが、情報を売るような不実な真似は決して!」
「諜報部員たる資格のない者を何故ここに出入りさせる!身内だからと甘やかした結果がこれか!」
ルイさんの言葉は、アラン殿下を余計怒らせる結果となった。当たり前だ。しかし、兄にまで不真面目で資格なしって言われるとは…。ラミスさん、なかなか凄いな。
「ラミス・ガードックを国家反逆罪、情報漏洩の疑いで捕縛する!」
アラン殿下の言葉に、兵達が剣を抜いてラミスさんに迫る。ラミスさんは違う違うと床にへたり込んで泣き出し、駄々っ子のように足をバタバタさせている。ガードック長官は深く項垂れているし、ルイさんは違いますと抗議を続ける。
阿鼻叫喚の様子に、わたしはため息をついた。
お灸を据えるのはこれぐらいにするかー。早く部屋に帰りたいしね。





