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間話 諜報員ラミス視点

「今何と仰いました?長官」


 私は不快な顔を隠しもせずに、長官である父を睨み付けた。


「何度も同じことを言わせるな、ラミス。明日、王妃様の遠縁のお嬢様が王都散策をされる。その護衛をしろ」


 ぎゅっとこぶしを握りしめる。あまりの屈辱に身体が震えた。


「私は諜報部の諜報員です!なぜそんな事をしなくてはならないのですか!」


「それが陛下のご命令だからだ。女性をご指名だ。お前が適任だろう」


 冷酷な父の目を見返す。私に一欠片の期待も持っていないのが良くわかった。


「陛下からは大事なご令嬢だと伺っている。失礼のないようにお相手をいたせ」


 父は話は終わりとばかりに背を向けた。いつもと同じだ。何を訴えたところで、父が下した結論は変わらないだろう。


 ガードック子爵家の次女として生まれた私は、出来の良い兄と美しく可憐な姉と常に比べられてきた。頭の出来は兄より良いのに、女というだけで認められず、両親からはずっと男に媚びるしか脳のない姉を見習い、有力貴族に嫁げるよう努力せよと言われてきた。

 そんな両親に反発し、貴族の子女が通う学園を上位の成績で卒業し、そのまま父が長官を務める諜報部へ就職した。実力があれば誰もが受けられる王城の採用試験に合格したのだ。先進的なマリタ王国では女性の仕官も珍しくない。これでわたしも漸く、両親に認めてもらえると思っていた。

 

 しかし働き始めた私は、すぐに落胆する事になった。私の才能に嫉妬した先輩たちには存在を無視され、上司には雑用ばかり押し付けられる。もしかしたら、早く私を嫁がせたい父が、上司や同僚に指示して圧力をかけているのかもしれない。同じく諜報部に勤める兄からも、お前はこの仕事に向いていないと言われる始末だ。


 今回の仕事も、諜報部の仕事とはとても思えないありえないものだ。私は他国に潜入し情報を集めたり、犯罪組織の調査などの華やかな仕事がしたいのに!


 執務室に戻り、腹立ち紛れに支度をする。明日の朝から田舎の貴族のお守りだ。馬鹿らしい。なぜ私がこんなことをしなくてはならないのか。


「ラミス先輩?どうかなさったんですか?」


 私が余りに乱暴に支度をしていたせいか、後輩のピートが話しかけてきた。ピートは平民ではあるが、私の能力を認めてくれている唯一の同僚であり、可愛い後輩である。

 痩型で背が高く、癖の強い黒髪と糸のような目の男で、私と話す時は真っ赤になる。ハッキリと言われたことはないが、私に好意を寄せているのが丸分かりだ。くすぐったいような気持ちになるが、相手は平民。身分の差もあるし、男としての魅力は感じないので知らない振りをしている。


 私に相応しい相手は、身分も高く、美しく優雅で勇敢で、例えば、そう、ジンクレット殿下のような方だ。王族で唯一お相手が決まっていない、氷の王子。女性に求めるレベルが高く、並の令嬢では口も利いてくれないとか。私なら、身分は子爵と少し足りないかもしれないが、顔立ちも整っているし、マナーも完璧。何よりも優秀だ。王族に名を連ねるに不足はないはず。

 ジンクレット殿下も、私の事を知りさえすればきっと興味を持たれるはず。今はまだ出会う機会がないだけだ。


「どうしたもこうしたもないわよ。長官に田舎の下級貴族の娘の王都見学に同行しろって言われたのよ。どこが諜報部の仕事なのよ、馬鹿にしてるわ」


 イライラしてピートに八つ当たりをする。ピートは糸目を見開き、驚いた様子だった。


「そんな!ラミス先輩にそんな仕事をさせるんですか?…全然先輩の能力を理解していないですね。優秀な先輩にそんな事をやらせるなんて」


「そうなのよ、ピート。本当にここの上司は無能だわ。全く私の事を活かしきれてないのよ。きっと私の能力に嫉妬しているんだわ」


 ピートはため息をついた。


「本当ですね。こんなに素晴らしい先輩に田舎者の相手をさせるなんて。そんなこと先輩にやらせるわけには行かないです!ボクが代わりましょうか?」


 私に褒められるかもと、期待を込めた目を向けるピート。しかし私は首を振った。


「それが、女性をご指名なのよ。貴方に代わってもらうのは無理だわ」


 私がそう言うと、ピートはあからさまにガックリと肩を落とした。


「そうですか、先輩のお役に立てないなんて残念です。ボク、何でもお手伝いしますから、何かあったら絶対にボクに言ってくださいね!」


 本当に可愛い後輩だ。私はくすっと笑った。


「その時はお願いするわね。いつもありがとう、ピート」


 ちょっと微笑んだだけで、ピートは顔を赤くして俯いている。純情ね。

 優越感に浸りながら、私は明日の忌々しい仕事に備え、いつもより早めに自室に戻った。



◇◇◇



 翌日、私は王妃様の遠縁の娘、シーナという娘に会った。銀髪の混血の侍女から紹介を受けたが、家名は教えてもらえなかった。名乗るのも恥ずかしいような田舎貴族なのかしら。


 シーナは成人していると聞いていたが、12、3歳ぐらいの小柄な子どもにしか見えなかった。茶色の髪と黒い瞳の、可愛らしくはあるがどこか田舎臭さが抜けない娘だ。お付きの侍女も一言も喋らず陰気。帯剣しているので、護衛も兼ねているようだ。護衛と侍女を別々に付けられないとは、相当な貧乏貴族なのだろう。


 シーナと侍女は私に媚びるようにアレコレ聞いてくるが、どれもこれもくだらない質問だった。お前の相手なんてする気はないとハッキリ態度に出してやると、次第に大人しく馬車から景色を見るだけになり、馬車に静けさが戻った。はぁー、鬱陶しかったわ。


 それでもこの下らない仕事はまだまだ続く。ため息しかでないわ、ほんとに。


 侍女が御者に向かって突然行き先の変更を告げた。

 王都一の規模を誇るザイン商会だ。まあまあ、田舎貴族が見栄張っちゃって。


 ザイン商会につくと、店員が丁寧に頭を下げてくる。何度か利用した事があるけど、今日は殊更対応がいいわ。

 田舎貴族が尊敬と羨望の眼差しを向けてくる。悪くないわね。


 商会長まで挨拶にやって来たわ。しかも私のために田舎貴族の案内人を用意してくれたわ。ナジル会長の意味ありげな視線。あら、ここにも私の信奉者がいるのね。でも、いくら豪商といえども平民では、私に相応しくないわ。


 ナジル会長のお陰で碌でもない仕事から解放されたわ。

上機嫌で諜報部へ戻ると、何やら書類仕事をしていたピートが驚いた様子で話しかけて来た。


「ラミス先輩?今日は王都の案内の仕事ではありませんでしたか?」


 私はピートに意気揚々と事情を説明をした。ナジル会長が私に気があるらしい事も匂わせると、ピートがちょっと嫌な顔をした。しかし直ぐに笑顔を見せる。


「良かったですね、ラミス先輩。くだらない仕事から解放されて」


「そうね。それじゃあ私は他の仕事をしようかしら。何かある?」


「あ、今はカイラット街の報告書を纏めている所です」


「あぁ、あの。荒唐無稽な話よね。S級、A級レベルの魔物が複数体出現なんてねぇ。そんなの、たった10小隊で討伐出来るはずがないじゃない。大袈裟に話が伝わってるんでしょ」


 私はピートの隣の席に座り、書類を覗き込む。

 机の上には、他の報告書も山積みになっている。数時間留守にしただけで、こんなに仕事が溜まってしまった。うんざりした気持ちになる。


「それが…。複数の証言、騎士団からの報告、そして確かにカイラット街の冒険者ギルドに大量の魔物の素材が出回ってるんです。あながち大袈裟とも言えなくて…。もう一度調査に行って貰った方がいいかも」


 ピートが癖の強い黒髪を、困惑したように掻き回す。

 彼も報告書を纏めているだけで、現場を見ている訳ではない。新人の仕事は基本、先輩の調査内容を書類にまとめる事なのだ。


「あら?でもこれを見て。確かに素材は出回ってるけど、魔石はないわ。それに複数体出現したっていう高レベルの魔物はないじゃない。やっぱりデマよ」


「あっ…。本当だ。でも大量の魔物の素材や騎士団の報告は…」


「魔物の襲撃があったのは本当なのかもね。複数体の魔物の襲撃があったが、高レベルの魔物の出現については確認できずでいいんじゃない?別に再調査なんて必要ないでしょ」


 私は面倒になって、そうピートに言った。いちいち細かく考えなくても、適当にやればいいのよ。他にも仕事は山積みになっているんだから。


「…そうですね!先輩がそう仰るなら!やっぱり先輩は凄いなぁ!」


 ピートは私に称賛の声を上げた。

 本当に素直で可愛い後輩だわ。私は気分良く次の書類に取り掛かった。







 

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― 新着の感想 ―
なんだこいつ。 で、なんでこんな勘違い傲慢女をシーナにつけた、王家よ。まじで見る目無さ過ぎだろう。がっかりだよ。王様。
なんで子爵の娘にふさわしいのが、王子? 間違いなく頭沸いてる。 子爵の娘が成り上がるなら、頑張っても侯爵でしょう。 間違いなく頭沸いてる。
[一言] 確認もせずに決めつけるなんて無能じゃん
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