32 元気になりました
「全!快!」
とうとうラスボス(キリ)の許可を取り、床上げしましたー!長かった!長かったよ!
というか、2月半も許可が降りなかったよ。お陰で太った!お腹にお肉がー、お顔にお肉がー!
鏡を見て落ち込んでたら、キリにようやく標準ギリギリになったぐらいだと怒られた。わたしすごいガリガリだったらしいよ。気づかなかった。グラス森ではあんまり鏡を見なかったからなぁ。
「それじゃあシーナちゃん、行ってくるな」
旅姿を整えたジンさんが、そう挨拶に来てくれた。
前に見た冒険者風の姿ではなく、騎士の格好だ。バリーさんも同じく騎士の格好だ。
もうすぐ王太子御一行様がマリタ王国に帰ってくるんだけど、最近は魔物が多いので、ジンさんが1部隊を率いてお迎えに行くそうだ。騎士の隊服に身を包んだジンさんは3割増しぐらいでカッコ良く見える。
ジンさんが王太子御一行様のお迎えに行くと聞いて、わたしは少し心配になった。カイラット街のように、魔物避けの香が効かない強い魔物が出たら危険だ。危険クラスの魔物の頻出が、グラス森討伐隊が魔物の洞窟を突っついているせいだったらなんだか申し訳ない。わたしの責任じゃないけどさ。
なのでジンさん専用の剣を作ることにした。ミスリル鉱石とその他鉱石を混ぜ、ジンさんの愛用の剣と同じ形にする。剣の柄に魔石を嵌め込み、重さや重心、持ち手をジンさんに確認しながら、調整していく。それが終わったら一気に刀身に魔術式を刻み込む。僅かに重さが変わるから、またジンさんに剣を振ってもらい微調整。うむ、出来た。
「じゃあ、魔力を流してみてくださーい」
わたしの合図で、ジンさんが剣に魔力を流す。青みを帯びたジンさんの魔力が刀身を満たす。
「綺麗ー」
魔石に魔力が漲り、青く染まった。キリの赤とは対照的な青。すごく綺麗。ジンさんの眼の色と同じだ。
騎士団の鍛錬場で、ジンさんが剣を一振りする。
風の魔力を孕んだ刀身が揺れる。うむ、調子は良さそうだ。強めに魔力を込めると、刀身から風の刃が放たれる。
「しっぷうの剣と名付けよう」
「カッコいいな!」
ドヤ顔で命名したわたしに、ジンさんがキラキラした顔で即、許可を出す。良いのか、その名前で。…ジンさんがいいならいいけど。うん、オモチャもらった子どもみたいな浮かれようだな、あれは。
「国宝、いえ、伝説レベルの剣ですね」
バリーさんが引きつった顔で言う。作成時間2時間の剣は、伝説にはなりませんよ。
「ジンさーん!バングルも試してね!ちゃんと動く?」
鍛錬場の真ん中で、ビュンビュンと剣から風魔法を飛ばしているジンさんに、わたしは声を掛ける。ジンさんの魔力がふわりとバングルに流れたので、わたしの声は届いたようだ。
ジンさんとバリーさんのバングルも改良した。身体能力向上、魔力向上、防御力向上に加え、魔法防御力向上、自動全回復も付けた。うむ、鉄壁の防御だ。バリーさんも喜んでくれたよ。
陛下から、たくさん魔法の剣を作るのはダメと言われた。うっかり濫用されたら大変だもんね。ジンさんが心配だから作りたいって相談したら、厳しい顔しながらも、どこか嬉しそうな顔で許可してくれた。
そうして旅の準備を万端に整え、冒頭部分に戻るのだけど、ジンさんはわたしに行ってきますの挨拶をしながら、大層悲壮な顔をしていた。国境付近まで馬で往復30日ぐらい?部隊を率いての旅って、そんなに大変なのかな?
「シーナちゃんと会えないなんて」
悲壮な顔で何を言うのかと思ったら、やっぱりそれか。今までの言動から、なんとなく予想はしていた。予想を裏切らない男。それがジンさん。
「お仕事で行くんでしょ?」
呆れ顔で言うわたしを抱き上げ、頬擦りするジンさん。隊服は飾りが付いてるから地味に痛い。
「シーナちゃんに会ってから離れるのは初めてだ。俺がいない間に、誰かが攫いに来たらどうしよう」
「え?ぶっ飛ばすけど」
風魔法でスパーンと!あ、スパーンだと切れちゃうね。
それに何より、キリがそんなの見過ごすはずない。文字通り、真っ二つにされちゃうでしょ、そんな人。
「そうだな。シーナちゃんは強いもんな…。あぁ、シーナちゃん。俺が帰ってくるまで待っててくれよ」
「んー、分かった」
おざなりな返事というなかれ。1ヶ月ぐらいで大袈裟な、と言う気持ちで満載です。
まぁ、少し寂しくない事もない…けど。ちょっとこの過保護っぷりから離れるのも嬉しいのは事実。
「俺も頑張る。シーナちゃんに会えなくても、ちゃんと我慢して仕事をする」
決意を込めておっしゃるジンさんですが、目標のハードルが低すぎで共感できない。それは朝、遅刻しないで仕事に行くと同じぐらい当たり前のレベルでは?
バリーさんがアホだコイツって目でジンさんを見てる。ジンさんに対しては、不敬が服着て歩いているようなバリーさんだけど、その反応は正しい。アホですよ。
「はいはい殿下。行きますよ。シーナ様、バングル強化ありがとうございますー。アラン殿下に羨ましいって言われましたー。出来れば俺が帰ってくるまで、アラン殿下には作ってあげないでください。せめてもう一回、アラン殿下に勝ちたいんです」
志の低さは主従お揃いだな。
「お約束は出来ませんが、キリのお相手は心と身体が強い人じゃないと認めませんよ、わたし。精進してくださいねー」
グッサリと何かが刺さったようで、バリーさんが引き攣る。連戦連敗どころか視界に入ったらゴミみたいな目でキリに見られている彼に、勝機はあるのか不明だ。
兎にも角にも、ジンさんたちを見送り、わたしは密かに温めていた計画を発動させた。
題して、ジンさんがいないうちに王都でお買い物計画。
食っちゃ寝生活は心身共に元気になったが、残念なことが一つ。お肉がついたせいで、エール街で買ったお洋服全滅。お肉がついたのは、お腹だけじゃないよ。お胸にも少しは…と思います。当社比。身長だって伸びた。スカートが短くなってしまった。足首までの長さが普通のこの世界では、アウトな長さになってる。
ケープは大分大きめだったから大丈夫だけど、あとは全滅。ウエスト(と多分胸も)が入らないよぅ。可愛い服なのにお気に入りなのにまだあんまり着てないのにぃ。サンドお爺ちゃん曰く、回復魔法じゃなくご飯をモリモリ食べてちゃんと寝てるから身体が今まで出来なかった成長をしているんだとか。お爺ちゃん特製の薬湯も良い仕事してるらしいですよ、激マズですが。
私のお洋服達は泣く泣く孤児院に引き取られていきました。さようなら、わたしの可愛いお洋服たち。リサイクルですな。
まあ、王妃様をはじめとする女性陣から、これでもかとドレスを頂いたのですが、ドレスでは普段着にならない。わたしは気ままに街歩きがしたい!ドレスは目立つ。
と、言うわけで、今日は城下でお買い物だぁー!やった!わーい!
ジンさんからは、元気になったら一緒にお買い物に行こうと言われてた。1、2軒、雑貨屋さんや武器屋さんを見て回るぐらいならいいけどね。女の子のお洋服は時間がかかるのよ。長くなる買い物には男子は厳禁。これ鉄則。
前世の椎奈にはクソ生意気な二つ下の弟がいた。母と弟と一緒に、ある年末、弟に車を出してもらい、年越し準備ための買い物に行った時、奴はスマホ片手にずっと早くしろ、まだかよ、どっちでも一緒だろを繰り返していた。その挙げ句、付き合ってらんねーと母と私を置いて先に帰ったことがあった。車に乗って一人で。
大量の荷物をもって母と途方に暮れたのはいい思い出だ。その後、奴は激怒した母・ヨネ子に半年間ご飯(激ウマ)を作ってもらえない刑に処された。わたしは女神のごとく優しい姉だったので、3ヶ月で許してやり、母に内緒でオカズを分けてやったものだ。
それ以来、時間がかかると分かっている買い物に、男子と行くのは青木家では厳禁になった。ちなみに父は母の買い物には決して付いていかない。タクシーを使えとタクシー代を渡すか、買い物が終わる頃に迎えに行く。優しい父だよねと母に言ったら、ニヤリと怖い笑みで、最初が肝心よと言われた。父よ。昔、何があったんだ。
ジンさんは優しいから何時間でも待っていそうだが、私が待たせるのが気になるので嫌だ。ワガママといわれようが、待たせてるから!と気にしながら買い物はしたくない!気兼ねなく、買い物がしたい!
キリはいいのか?と聞かれそうだが、わたし以上に服選びを楽しんでいるので、何時間でも行ける。買い物バチコイだ。やっぱりキリ最高。
王妃様がくれたお忍び街歩き用ワンピースを着て、少し伸びた髪をキリに結ってもらい、準備万端!
今回のお出かけはちゃんと陛下、王妃様へ相談済み。陛下の侍従さんが護衛なしでは危険だと難色を示し、山程護衛を手配しようとしていたが、わたしとキリに勝てる人がいるのか聞いたら反論出来なくなった。そうだよねー。
しかし、物理的には無敵でも、精神的にはまだまだ心配だと陛下に言われた。確かに。ハニートラップで5年間タダ働きしてたからぐうの音も出ませんよ。
という訳で、わたしとキリの精神的な護衛?に、諜報部員のラミスさんが付いてきてくれることになりました。諜報部といえば、駆け引き上手の頭脳派。
ラミスさんは外見はおっとりしたお姉さんです。蜂蜜色の髪と茶色の瞳。見た目は大人し気なタイプですね。
「諜報部のラミス・ガードックです。よろしくお願いしますね」
そう棒読みで言うラミスさんの目には、こちらを侮るような色。ふふふー。諜報部勤めなのに面倒臭そうな様子が丸わかり。感情が隠せてませんよ。キリの眉が一瞬、ピクリと反応した。
…はー。一波乱、ありそうだなー。





