30 再生魔法の功罪
怪我などの表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
あの後、みんなは全然落ち着かなかった。当たり前か。
リュート殿下は明後日の方向に雄叫びをあげたかと思ったら、剣を振ってみる!と言い出したり。止めて。まだ慣れてないから怪我するよ。
レンドさんは泣きながら部屋を飛び出して行って王様、王妃様、アラン殿下を引き連れて帰って来たり。
サンドお爺ちゃんとイーサン君にはあの魔法はなんじゃなんですか?と詰め寄られたり。
復活したジンさんに泣きながら抱き上げられて、ぐるぐる回され目が回って気持ち悪くなったり。
怒ったキリにわたしを取り上げられて、ジンさんが本気で泣いたり。付いてきたバリーさんがトバッチリでキリに冷たくされたり。
まあ色々あって、ようやくみんなの興奮が治まり、大広間みたいなお部屋で、ロイヤルなファミリーの皆様プラスサンドお爺ちゃんとイーサンくん、それぞれのお付きの皆さん、それにわたしとキリという、カオスな会議が始まった。
「それでシーナちゃん。リュートの腕は何故治ったのかね?」
代表して王様に聞かれた。目尻がこれでもかというぐらい下がって、優しい顔をしている。そんな風に見られると、罪悪感でギリギリと胸が痛んだ。
わたし、そんな優しい顔をしてもらえる様な事、してないんだよ。
きっとこの魔法がどんな結果を齎したかを知ったら、誰も喜んでなんてくれないよ。わたしが極悪人だって、この優しい人達に知られてしまう。
キリが心配そうに、わたしに寄り添ってくれる。
「再生という回復魔法を使ったからです」
リュート殿下をチラッと見て、わたしは目を伏せて答えた。
「再生…初めて聞く魔法じゃのぉ。ワシはちっとばかり魔法には詳しいんじゃが、聞いたことがないわい」
サンドお爺ちゃん、マリタ王国お抱えの宮廷魔術師さんだそうです。凄い人でした。少しばかりなんて、謙遜だよね。
「ダイド王国で、というかグラス森討伐隊では普通に使ってました」
「もしかして、シーナちゃんが作った魔法なのか?」
ジンさんに涙目で聞かれ、わたしは小さく頷いた。
緊張で、心臓がドキドキして吐きそうだ。わたしがした事を知ったら、この優しい青の目が、侮蔑の色に染まってしまうのだろうか。
この魔法を使うか、直前まで迷っていた。
でもリュート殿下の腕が治る可能性があるなら、使った方がいいのではないかと思った。
ジンさんやリュート殿下が、この魔法で少しでも幸せになってくれたら、わたしの罪は少しは赦されるんじゃないかと、ほんの僅かな希望を持ってしまった。
元々、わたしも保持の魔法しか使えなかった。
でも日々の討伐の中で、腕や脚を無くした兵士をどうにかしたくて、出来た魔法だった。
シーナに、生まれた時から椎奈の現代日本の記憶があったら、最初から腕も脚も再生出来ていたと思う。治すのは表面だけではなく、血管や神経を繋がなきゃいけないって簡単な知識ぐらいはあったからね。
でもシーナは知らなかった。どうして分かったかというと、多くの兵士達を治療していたからだった。
血生臭い話になるけれど、無くなった腕や脚を、その切れた断面を沢山見ていたから気づいたんだよ、表面を治すだけじゃダメだって。腕や脚には色々と大切な器官が有るんだって。
わたしが淡々とそう話すと、皆がシンと黙った。王妃様が目を大きく見開いて泣いている。ごめんなさい、女の人にはキツい話だったかな?
10歳前後の子どもが気づくことじゃないよね。わたしも、今だったらあれは異常だったって分かる。そんな現場に、わたしはずっといたんだ。
「でも再生の魔法が出来て、いいことばかりじゃなかった。腕や脚がなければ、負傷兵としてそのまま故郷に帰れたのに、わたしが治したせいで、また討伐に行かされて、亡くなった兵士もいたから。わたしが治さなければ、死ななくていい人もいたの」
だから胸を張って使える魔法じゃない。この魔法のせいで、わたしは沢山の兵士を死に追いやってしまった。
思い出すのは、グラス森の討伐隊で、もう魔物の討伐はしたくないと泣き、それでも引きずられて連れて行かれた兵士たち。助けてくれ、治さないでくれと泣く兵士たち。冷たくなって帰ってきた、あの兵士たち。
でもどうしたら良かったんだろう。
治さなければ足手纏いは殺すだけだと言われ、傷ついた兵士たちにダース副隊長は剣を向けた。
治さなければ殺されたし、治しても殺された。じゃあどうしたら良かったの?
あんな魔法を作ったから。わたしが結局殺したんじゃないか。死にたくないと泣く人を、わたしが死なせたんじゃないか。誰も救うことなんて出来なかった。酷い時は二度も三度も再生して、もう殺してくれと泣いてた人が骸になって帰って来た時、ホッと安堵の息を漏らして愕然とした。何度も痛みと恐怖を繰り返させた挙句、死んで安堵するなんて、わたしはなんて非情な人間なんだろう。わたしが彼らを、何度も何度も苦しめて殺したんだ。わたしが。わたしが。
「違う!!」
大きな声が、雷みたいにわたしを打った。
ぐるぐると暗い思考に囚われそうになったわたしを、力強く救いあげるような声だった。
「違う!!シーナちゃんのせいじゃない!絶対に違う!二度とそんなこと考えるな!」
ジンさんが、わたしを抱き上げて大きな声で言った。
「シーナちゃんは、怪我をした兵士を助けたくて魔法を作ったんじゃないか!悲惨な討伐の現場で、一人でも多くの兵士を救おうとして頑張ったんじゃないか!シーナちゃんは悪くない!絶対に悪くない!シーナちゃんを悪いという奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる!」
ジンさんが泣いている。わたしの好きな、夏の空の色の瞳から、綺麗な涙がポロポロ流れてる。
「俺は幸せだ!シーナちゃんがリュート兄さんを治してくれた!俺は嬉しかった!俺はシーナちゃんに救ってもらったんだ!シーナちゃんの魔法に助けてもらったんだ!みんなそうだ!これからそういう人達が沢山増えるんだ!だから、だからシーナちゃん、泣かないでくれ…」
ジンさんの大きな手が、わたしの頬を撫でる。
泣いているのはジンさんじゃないかと言いたかったが、わたしもいつの間にか泣いていたみたいだ。
おかしいなぁ。
グラス森にいた頃は、泣くことなんて忘れてたのに。
ジンさんと会ってから、わたしは泣いてばかりいる気がする。
◇◇◇
泣き疲れて眠ったシーナ様の髪を、ジンクレット殿下が優しい手つきで梳いている。膝にシーナ様を乗せたその姿はすでに見慣れたもので、違和感がないのが恐ろしい。しかしシーナ様が一番安心してお休みになれるのは、実はジンクレット殿下の膝の上ということが分かっているため、私は仕方なく黙認する。
「キリ殿」
一介の従者を呼ぶには丁寧すぎる問いかけは、マリタ王国の王から出たものだ。敬意を払って頂くのはありがたいが、落ち着かないので呼び捨てにしてもらいたい。
「はい、なんでございましょう」
「シーナちゃんが再生を使える様になったのはいつ頃かね」
わたしは即答した。
「4年前です。私がシーナ様の侍女となったときですから」
わたしはマリタ王を真っ直ぐ見つめた。
「シーナ様が初めて再生をお使いになったのは、私が魔物に脚を奪われたときでした。シーナ様は、私を助けるために再生の魔法をお作りになったのです」
マリタ王が、驚きに目を見開いた。
「私は幸い、女だったこともあり、そのままシーナ様の侍女兼護衛となりましたが、シーナ様が仰った通り、多くの兵士がシーナ様の魔法で癒され、また前戦へ送り出されました」
癒した兵士が前線で亡くなるたびに、シーナ様が心を痛めていたのは知っていた。側にいても、なんの助けにもなれず、己の非力さが身に染みた。
「シーナ様が再生を使い兵士を死に追いやったと仰るなら、一番の罪は私にあります。シーナ様はその優しさから、私を助けるためにあの魔法を作られたのですから」
後方での支援が主だった私が脚を失ったのは、運が悪かったとしか言えなかった。大掛かりな風魔法で後方まで吹き飛ばされてきた魔物が、死ぬ間際に私の脚を喰い千切ったのだ。
あの当時、グラス森討伐隊の中で、私とシーナ様が特別に親しかった訳ではなかった。あの国では混血の私と口を利く者は殆どいない。そんな中でシーナ様は、特に他の者と変わりなく接してくださった。私は私で小さな少女が大人に混じって懸命に働くのを哀れに思い、何度かありきたりの労りの言葉を掛けた。私とシーナ様の間柄は、知り合いと友人の間のような、薄いものだった。
シーナ様は、そんな私を必死で助けた。薄れゆく意識の中、「キリさん、キリさん!死んじゃダメ」と、泣くシーナ様の声が聞こえた気がして、次に目が覚めたとき、魔力切れで倒れたシーナ様と、魔物に奪われたはずの私の脚が、初めから何もなかった様にそこに無事にあった。
そのとき初めて、シーナ様は再生魔法を作り上げた。それがシーナ様の御心を切り裂く魔法になるなんて知らずに、私の命と脚を救ってくれたのだ。
「シーナ様に一片の罪などあるものですか。シーナ様はお優しく、素晴らしい才能に恵まれた、最高の主人です」
私の言葉に、マリタ王は大きく頷く。マリタ王家の方々が、温かい眼差しをシーナ様に注いでくださるのを有り難く思う。
シーナ様を、私一人でお守りするには無理だと感じていた。もちろん、命懸けで守るつもりではあるが、ジンクレット殿下が以前に仰ったように、シーナ様に伸び伸びと、その才能を遺憾なく発揮して頂くには、私一人では、経験値と手が、圧倒的に足りない。私には精々、剣で敵を屠ることぐらいしかできないのだから。
なんて無力なのだろう。侍女としても護衛としても、私はシーナ様のお役になど立てたことはないのだ。
「キリさんだって何も悪くない。シーナちゃんがキリさんを一番大事に思ってて、助けたいと思って出来た魔法じゃないか。自分に罪があるだなんて、そんなこと二度と言わないでくれ。グラス森討伐隊の中で、キリさんがシーナちゃんの側に居てくれたから、シーナちゃんの心は壊れなかったんだ。キリさんがそんな風に自分の事を思ってると知ったら、シーナちゃんが悲しむ」
ジンクレット殿下が穏やかに仰った言葉に、私はハッと顔を上げた。ジンクレット殿下の目には、私に対する心遣いと信頼が見てとれた。私は救われたような思いになった。
シーナ様に対して、言動がたびたび残念な方ではあるが、こういうところは尊敬できる方だ。
だが、なし崩し的に強引に事を進めようとする方なので、本当に油断ならないのだ。シーナ様を大事に思ってくださるのは有り難いが、そのダダ漏れている欲やら執着心を少しでも制御できないのだろうか。シーナ様は上手に流しておられるが、見ているこちらは気が気ではない。私は、シーナ様のお心の伴わないうちは、例えどんな素晴らしい方だと分かっていても、断固、ジンクレット殿下を阻止するつもりだ。
歳上で王族という圧倒的な身分もあり、姿形も麗しく評判もいい。何故もう少し余裕をもてないのか。
多分余裕をお持ちになればお気づきになられるだろう。
シーナ様が一番泣いたり笑ったり怒ったり呆れたりするのは、私ではなくジンクレット殿下に対してだということに。





