29 再生魔法
お茶を飲んで一息ついた。わたしは遠慮したよ。王様と王妃様に頂いたお茶とお菓子でお腹がたぽんたぽんでしたから。
「まさかジンクレットとまたお茶ができるとはな。夢のようだ」
爽やかな笑顔で恥ずかしい台詞を恥ずかし気なくおっしゃってるのはリュート殿下です。ワイルド系のジンさん、アラン殿下に比べて少し線が細いものの、その佇まいはザ・王子様。王妃様似の金髪、青い瞳は、女子が夢見るタイプの王子様だね。
ちなみにガチムチ度はジンさん>アラン殿下>リュート殿下。王太子のサイード殿下はどこに入るかな。まだ会ったことがないからわからない。
「リュート兄さん…相変わらずだな」
ジンさんは顔を赤らめ、苦虫を噛み潰したような顔。ニヤリと笑うリュート殿下。嫌がらせのようです。
「可愛い弟と、何年も交流できなかったんだ。少しぐらい我慢しろ」
ニヤニヤ笑う顔は人が悪そう。王子様〜と夢見て近づくと痛い目見るな、こりゃ。わたしは近づかないけど。
「シーナ殿、ありがとう。弟に喝を入れてくれたそうだね。ウチの家族ではできなかったことなんだ。拗れすぎて、どうにもできなかった…」
ちょっと寂しそうな顔のリュート殿下。当事者同士じゃ色々あるんでしょう。でもね。
「末っ子だからって、甘やかしすぎるのは駄目ですよ」
正直な気持ちはコレです。家族に駄々こねて5歳児か。
リュート殿下が盛大に吹き出した。お茶吹いてるよ、汚ないなぁ。ジンさんは赤い顔で眉毛を下げている。異議は認めん。
「た、確かに。甘やかしすぎたな」
腹筋を揺らして、リュート殿下は息も絶え絶え笑ってる。笑い上戸なのかしら。
「シーナ様」
レンドさんが、声を掛けてくれた。お願いしていた人が来てくれたようだ。
白いローブを纏った男の子。オドオドと辺りを見回しながら、遠慮がちに入室してきた。思ってたよりも若いな。
「すいません、もうお一方。どうしても同席されると仰って」
そう言ってレンドさんは困ったようにドアを見る。ヒョッコリ、覗き込む頭一つ。
「ワシもいいかの?噂の聖女様にお会いしたいんじゃ」
真っ白いお髭を伸ばした、小太りの、赤いローブを纏った…サンタさん?!
「イーサン。それにサンド老。どうしてここに?」
リュート殿下が驚いて声を上げた。
若い男の子はイーサン君。サンタさんはサンドさん?名前も近い。良い子にしてたらプレゼントが貰えるのかしら?
「わたしがレンドさんにお願いして呼んでいただいたんです。サンタ、いえ、サンドさん?は分からないですけど」
わたしがそう言うと、イーサン君はペコリと頭を下げた。
「ワシはイーサンから、聖女様に呼ばれたどうしよう、と泣きつかれてのぉ。イーサンはちょっとシャイボーイじゃから、付き添いじゃ」
ホッホッホと声をあげて笑いそうなサンドさん。もうサンタさんにしか見えません。ローブが赤と白の絶妙なクリスマス配色で、この世界にもあるのか?クリスマス!と疑うほどです。
「だ、第二騎士団付き魔術師のい、イーサンです!お呼びと伺い、さ、参上しましたっ。な、何かそ、粗相がありましたでしょうかっ?」
イーサン君が震えながら小さな声で言います。シャイボーイ、確かに。突いたらぱぁんと破裂しそうなぐらい緊張してます。すいません、怖がらせて。
「あー、すいません、突然お呼びだてしまして。レンドさんから、あなたがリュート殿下の治療を担当されているとお聞きしましたので。やはり馴染んだ魔力の方が良いので」
「シーナ殿?イーサンが何か?」
リュート殿下が、戸惑って聞いてくる。
優しいお兄さんだ。ジンさんのお兄さん。弟を甘やかし過ぎるけど、頼りがいのあるお兄さん。
大丈夫だよね。きっと大丈夫。アレを使っても、幸せになってくれるよね。
「試したいことがあったので、来ていただいたんです」
覚悟を決めて、わたしは微かに笑った。
◇◇◇
あまりに緊張しているイーサン君を落ち着かせるために、お茶をご馳走した。サンドさんも、ちゃっかりお茶菓子まで頂いてますよ。
「リュート殿下が右腕を負傷された時、回復魔法をかけられたのは貴方なんですよね?」
「はい、力及ばず、申し訳ありません」
お茶を飲んで少し落ち着いたイーサン君が、ショボンと肩を落とす。
「いえいえ。今でも定期的にリュート殿下の右腕の保持をしているのはあなたでしょう?丁寧な治療ですね」
保持というのは、リュート殿下のように腕を失くしたり脚を失くした人に、回復魔法を掛けて失くした腕や脚を再建し、形を保つことをいう。動かせないし、血色は悪いけど、腕や脚があるように見える。継続的にかけ続けないと、腐り落ちちゃうんだけど。
「は、はい。3日に一度、治療を施させて頂いてます」
イーサン君は顔を赤らめてはにかんだ。年上だろうけど可愛いな。
「その保持を、今やって頂いてもいいですか?」
「え?あ、は、はい。本来は明日の予定でしたが…」
そう言って、イーサン君は伺うようにリュート殿下を見る。
「俺もいつでも構わない。でも、シーナ殿は何がしたいんだ?」
「ちょっと、お手伝いです。レンドさん」
声をかけると、レンドさんが瓶を3本、お盆に乗せて運んできた。
「魔力ポーション?」
イーサン君が首を傾げる。サンドさんは嫌な顔。気持ちは分かります。美味しくないよね、あれ。魔術師の栄養ドリンクと言われていて、魔力が回復する。わたしもグラス森にいた頃は毎日、水代わりに飲んでいた。お腹に溜まらないけど、苦くて甘いという、謎の味。
「保持の場合、どういう風に魔法を掛けますか?」
「は、はい。全体的に壊疽の防止、爪や指の形の維持、切断面が目立たぬように魔力を伸ばします」
一般的な保持の方法と一緒だった。セオリー通りだね。
「それじゃあ、骨が折れた患者がいた場合、どうしますか?」
「えっ?えっと、折れた骨が元に戻るように、魔力を伸ばします…」
そうですね、正しい魔法行使だと思います。
「じゃあ、想像してください。腕が切れてしまった人がいます。元通りにするためには、どうしたらいいでしょう?」
「元通りにするのは無理です…。一度切れた腕や脚は、繋ぐことはできません…」
ションボリするイーサン君。喜怒哀楽の分かりやすい子だ。
「じゃあ、怪我をしてない腕が、どうやって動いているか分かりますか?」
「はい?」
イーサン君がちょっと裏返った声を上げた。わたしは構わず続ける。袖をまくり、腕を晒した。貧相な腕ですいません。
「腕は表皮の下に、骨、腕を動かす筋肉、血を巡らせる血管、頭で考えた動きを手に伝えて動かす神経があります。腕が切れた状態ということは、それらも切れた場所で断ち切られたということです。保持の腕は、それが繋がれず、ただ表皮の上だけ綺麗に仕上げている状態なんです。血が通わないから定期的に、保持をかけ続ける必要がある」
わたしはリュート殿下に許可をとり、右腕の袖を捲った。
「右腕の色が白くなっている所から先が、保持をしている部分です。ここから先は、表皮とその付近しか治していない」
イーサン君に保持のための回復魔法を発動してもらう。リュート殿下の腕が、淡い光に包まれた。
「イーサン君。魔力を流す時、表皮の下で筋肉、骨、血管、神経、あー、リュート殿下が腕を動かそうとする時、頭からその動きを伝えるものが、細い管の中を流れて伝えているって考えたらいいかな?そういうものを一緒に作っていると想像してみて。どうやって骨がくっついているとか、筋肉がついているとか細かく考えなくてもいいから。そういうのは、身体がちゃんと覚えているから。最初はわたしが誘導するから、わたしが通すように流してみて」
リュート殿下の色が変わっていた腕のつなぎ目が、ゆっくりと指先に向かってズレていく。
「そうそう!上手。そう、機織りしている感じで、一目一目、緻密に魔力を流してね。患部に魔力が吸い込まれるように感じたら、身体が組織を作り始めてるって事だから、そのまま流れに任せて、でも密に流して。結構魔力を使うから、魔力が切れそうになったら、魔力ポーション飲んで!」
わたしは魔力ポーションの蓋を開け、イーサン君の横にスタンバイする。イーサン君の額に玉のような汗が吹き出し、顔色が悪くなったので、魔力ポーションを手渡した。
イーサン君は魔力を流しながら一気に飲み干し、不味っっと顔を顰めた。
「うん、その調子。指の部分は繊細な動きをする所だから、もっと丁寧に。そうそう、それぐらいの緻密さがあれば大丈夫」
わたしの魔力誘導は外し、イーサン君のみの魔力で治療を続ける。やっぱり怪我をしてから何年もリュート殿下に回復魔法を掛け続けていたイーサン君の魔力は、リュート殿下の身体によく馴染んでいた。すんなりグングン染み込んで行く。
2本目の魔力ポーションを空け、指先までの治療が終わる。
「最後に、いつもの保持のように外見を整えるよ。でも、意識するのは切れたところから先の表皮が、元のように触感や体温、汗や痛みを感じるようにと想像しながら魔力を流してね。こっちも魔力がどんどん吸い込まれて行くから、お替わりになると思うよー」
イーサン君が3本目の魔力ポーションを飲み干し、懸命に魔力を流す。うん、なかなか良い集中力。さすが騎士団付きの魔術師だ。
指先まで魔力を流し終わって、最後に全体に魔力を流すと、イーサン君はどっとテーブルに突っ伏した。息が大きく上がっている。わたしはサラッとイーサン君に回復魔法を掛け、リュート殿下の右腕の状態を確かめた。
うん、イーサン君優秀。初めてなのに完璧な再生です。
「リュート殿下、右腕、動かしてみてください」
リュート殿下が半信半疑のまま、腕を動かす。ピクリと指が動き、やがてグッと握り込むことができた。
「ちょっと腕を切ってから時間が経っているので、元のように動かすのは身体が感覚を思い出すまで、時間が掛かると思います。軽い重りから慣らしていって、動かしていってください。イーサン君の再生は完璧なので、普通に動かせるようになりますよ。念のため、暫くはイーサン君に毎日回復魔法を掛けてもらってくださいね」
ポカンとした顔のリュート殿下。
同じくポカンとした顔のジンさんとレンドさんとサンドさん。
魔力が復活したイーサン君は自分の手とリュート殿下の腕を見比べてオロオロ顔。
「なんじゃとー!!!」
一番最初に復活したのはサンドさんだった。
「聖女殿!今のは一体?再生とはなんじゃ?なぜ切れた腕が動くのじゃー!」
「サンドお爺ちゃん落ち着いて。顔、顔すごい赤くなってるよ!血圧上がりすぎて倒れちゃう!落ち着いて、どうどうー!」
サンドさんの顔が真っ赤になり、目が血走っている。怖いよ、血圧上がりすぎてポックリ逝ったらどうしよう。
「腕が…動く…温かい…」
リュート殿下が右腕を上げたり下げたり、手を握ったり開いたり、何度も何度も確かめていた。
「は、はは。これは夢か?本当に俺の腕が…」
リュート殿下の両目からポロポロと涙が溢れる。吹っ切れたつもりでも、やっぱり辛いこともあったんだろうね。
「シーナちゃん」
ジンさんが呆然としたまま近づいて来た。わたしのそばにしゃがみ込むと、呆然としたまま言う。
「すまない、俺は夢を見ているみたいだ。一発殴ってくれないか?起きるから」
「手が痛くなるからヤダ。レンドさーん、ジンさんが殴って欲しいそうです」
「…はいっ!」
レンドさんがツカツカ歩いて来て、容赦なくジンさんの頭にゲンコツを落とした。躊躇わないな。結構良い音がしましたよ。
「…夢じゃない。痛い」
正気に戻った顔をしているジンさん。ちょっと不満そう。なぜ言われた通りに殴ったのに、不満気なのか不思議。
イーサン君にお替りの紅茶を注ぎながら、わたしは皆が落ち着くのを待った。
皆はわぁわぁしながら、泣いたり笑ったりしている。
それを見ながら、内心は、嵐が荒れ狂うように、乱れに乱れ切っていた。
キリがそっと、わたしの手を握ってくれた。





