表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/145

28 お兄ちゃんと仲直り

「ジンクレット!」


 目尻を下げて、声に喜びを滲ませて、ジンさんに抱きつかんばかりに迎えてくれたのはリュート殿下。身体中からジンさんが大好きってオーラが溢れてます。金髪と青い眼は、王妃様譲りかしら。もちろんイケメンだが、どちらかというと優し気な感じ。

 利き腕である右手はピクリとも動かない。肌の色も血が通ってないような白さだ。わたしは思わず目を逸らした。


「リュート兄さん…」


 ジンさんは複雑な顔で、リュート殿下を見ている。視線が僅かに外れているのは、わたしと同じようにリュート殿下の右腕を見ないようにしているのか。

 リュート殿下はそれには触れず、ジンさんに近づき、左手で抱きしめた。


「久しぶりだなぁ。ジンクレット。お前から伝令魔法をもらうなんて、何年ぶりだろう。元気にしていたか?討伐ばかりでなかなか帰ってこないから、心配してたんだぞ?」


「うん…ごめん…」


 リュート殿下はジンさんにあれこれ話しかけているんだけど、ジンさんは、ああ、とか、うん、とか短い返事をするばかり。全然会話が弾まない。側近のレンドさんが横でオロオロしている。


「…すまないな、ジンクレット。帰ったばかりで疲れているところを引き留めて。今度はしばらくゆっくり出来るんだろう?時間が空いたらゆっくり話そう」


 余りにジンさんの反応が薄いので、リュート殿下が会話を切り上げようとする。あぁ、笑顔が萎んで痛々しい。レンドさんの目が潤んでいる。


「あぁ、そうだな、時間が空いたら…」


 そう言って、逃げようとしたジンさんの前に立ち塞がり、腕組みして睨みつけた。ジンさんがピタッと動きを止める。


「いい歳こいてヘタレすぎでしょ。そんな意気地なしだったら見限るからね」


 もうこんなヘタレは友だちでも何でもない。キリ連れてこの国出てやる。


「いや、シーナちゃん…、俺は…」


「わたしは仲直りしろって言ったの。仲直りって意味分かる?謝って話し合って前みたいに戻れるように努力してみろって言ってんの。それでもダメなら仕方ないけど、何もしないうちに逃げるんじゃない」


 ジンさんは俯いた。まだ迷ってるのか、ウジウジくんめ。


「…ジンさん。今日は元気でも、明日は何が起こるか分からないよ。後で後でって思っていたら、間に合わなくなることもあるんだよ」


 今日は元気に笑っていても、明日もそれが続くかなんて分からない。何気ない日常は、当たり前じゃなくて奇跡じゃないかと思う。危うい均衡の上に成り立っている、奇跡だ。


「ちゃんと話して」


 じっと見つめてそう言ったら、ジンさんは小さく頷いてくれた。


「初めまして、リュート殿下。ジンクレット殿下にお世話になっています、シーナと申します。すいません、わたし、喉が渇いたので、レンドさんとお茶の準備をしてきてもいいですか?」


 わたしはリュート殿下に向かって声をかけた。リュート殿下は王妃様似の顔を戸惑わせていたが、頷いてくれた。


「ありがとうございます。レンドさん、行きましょう?」


「は、はい!」


 わたしは、レンドさんと一緒に退室した。2人で迷子みたいな顔をしている男たちを残して。



◇◇◇



「ははっ。苛烈な方だな、聖女殿は」


 リュート兄さんが息を吐いて笑う。


「もう聖女じゃない。彼女が嫌がるからその呼び方はやめてくれ。それにシーナちゃんはいつも正しい」


 いつも正しいんだ。正しいことを俺に示してくれる。


「リュート兄さん」


 俺は真っ直ぐにリュート兄さんを見つめた。変わらず優しい眼と、柔らかな面差し。視界に入れるのを避けていた右腕は、以前より細くなったようだ。


「兄さん。ごめん。俺は、シーナちゃんの言ったように、逃げてたんだ」


 後悔と、懺悔と、怒りが、混じり合って俺の頭を巡っている。


「俺が決められた通り討伐に行ってれば、俺が夜会を避けずに出ていれば、こんな事にはならなかった。兄さんの右腕を失わずに済んだのにって。どれだけ兄さんが鍛錬をしていたか知ってる。俺が代わりになってれば、あの努力は無駄にならなかったのにって。俺が代わりになってればって、そればかり後悔して、ずっと兄さんの顔が見れなかった。兄さんに申し訳なくて、恨まれるのが怖くて、でも、俺に、避けられてる兄さんの気持ち考えろって、レンドの気持ちを考えろって叱られて…」


 視界が潤んだ。シーナちゃんの言う通りだ。いい歳して、何をしているんだ、俺は。


「俺は、兄さんに恨まれてても、そばにいたい。兄さんの、国の、力になりたい。俺に出来ることがあれば、何でもするから。そ、そばにいる事を、ゆ、許して欲しい」


 みっともないほど声が揺れた。憎まれてても、拒否されても、何度でも頼むつもりだ。俺は、兄さんが大事だから。


 リュート兄さんが近づいてきて、俺の頭を撫でた。小さい頃から、よくしていたように。そして、


「いってぇ!」


 そのまま頭をガッシリ掴まれ、思いっきり頭突きされた。目から星が出た。前にシーナちゃんにやられたような可愛いヤツじゃない。冗談ではなく、脳が揺れた。

 たまらずへたり込むと、リュート兄さんが涙目でこっちを睨んでいた。


「お前といい、レンドといい、何なんだ!アホなのか!全然俺の気持ちなんざ分かってないじゃないか!」


 襟ぐり掴まれガクガクと揺さぶられる。左手一本ですごい力だ。よく見たら、左腕の筋肉が以前の倍ぐらいになってる。鍛えたのか。


「俺はな、右腕がなくなって良かったと思ってるんだ!そりゃあ最初はショックだったさ!でも、たった右腕一本で、レンドの命を救えたんだ!俺の大事な側近の命だ!アイツの命と俺の右腕なんて、選ぶまでもないだろうが!いつでも切り落とすわ!それになぁ、お前じゃなくて良かったんだよ。お前が討伐に行って、右腕を失くすぐらいなら、俺が代わってやる!だから、俺で良かったんだ!良かったんだよ!」


 リュート兄さんが揺するのをやめ、その場にペタリと座り込んだ。


「それなのにお前やレンドときたら、俺の腕を見たらイジイジウジウジしやがって。お前は俺を避けるし、レンドはあれ以来、俺の事を恩人扱いだぞ?そんなの望んでねぇよ。今まで通りでいいんだよ。何なんだよ、俺はレンドの命を救って、お前の代わりに討伐したんだぞ?少しは褒美をやろうって気持ちにはならんのか?」


 ぐしゅっと鼻を啜って、リュート兄さんに睨まれる。子どもの頃から変わらない、拗ねた時の顔だった。


「ぷっ、褒美って。親父から貰っただろう」


 思わず吹き出せば、ますますリュート兄さんは口を尖らせた。


「煩い、お前からも寄越せ。お前の代わりに討伐に行ってやったんだ。お前が戸棚に隠してる、あの秘蔵の酒を寄越せ」


 リュート兄さんの言葉に俺は眼を剥いた。


「何で知ってるんだ!駄目だぞ、あれは楽しみにちょっとずつ呑んでるんだ!」


「美味いよなーあれ」


「呑んだのかよ!?」


「味見しただけだよ、味見。あの酒くれるなら、()()()()()()()()()のことは、あの子に黙っててやる」


 リュート兄さんの言葉に、俺は顔が赤くなるのを感じた。一緒に隠してたものって、あれは…。


「ちがう!あれはバリーが押し付けてきたもので!」


「いやー。ジンクレットは胸の大きな子がタイプなんだなぁ」


「本当に違うんだってば!バリーの本だよ!」


「照れるな、照れるな。大人になったなぁ、ジンクレット」


「違うってば!」


「真剣なお話は終わりですか?」


 後ろから聞こえたその声に、俺は心臓が止まるかと思った。

 恐る恐る振り向けば、お茶のセットを乗せたワゴンを押すシーナちゃんと、号泣して噎せ込んでいるレンドが立っていた。


「し、シーナちゃん?違うんだ!今の話は」


「うん?エロ本の話?巨乳路線の本だったら、バリーさんっぽいよね」


「んなっ!シーナちゃん!何でエロ本って!違う!俺のじゃなくて」


「いや、お年頃の男子の聖書だってグラス森討伐隊の兵士はみんな持ってて回し読みしてたし。わたしも何冊か見たことあるけど、色んな趣味嗜好があるよね。うなじ派、胸派、尻派、足首派、年下、年上、熟」


「なんて劣悪な教育環境なんだ!絶対に返さん!」


 俺はシーナちゃんを抱きしめた。うぅぅ。久しぶりだ、嬉しい。


「いや、ジンさんも持ってるなら一緒じゃ」


「俺の本じゃないっ!」


 バリーの本だ!俺のじゃない!ちょっと、興味本位で、ほんの少しだけ読んだが、断じて俺の趣味ではない!


「リュート殿下!申し訳ありません。殿下のお気持ちも分からず、わたくしはなんて事を!」


 ボロボロ大粒の涙を流して、レンドが平伏している。リュート兄さんが苦笑して、平伏するレンドの頭をグシャグシャと撫でていた。


「わたくし、反省しました!今までのように、いえ!今まで以上に、リュート殿下を雑に扱います!ええ、絶対に敬ったりしません!」


「そんなことを力一杯宣言するな!アホなのかお前は!俺は普通でいいって言ったんだ!王族なんだから敬え!丁寧に扱え!」


 シーナちゃんを抱きしめ、頬擦りするオレと、迷惑そうに押しのけるシーナちゃん。泣きながら叫ぶレンドに、更に叫び返すリュート兄さん。

 めちゃくちゃだったが、なんだか全て元に戻ったようで、俺は幸せな気持ちでシーナちゃんを抱きしめていた。


 抱きしめているシーナちゃんが、どんな気持ちでいたかも、少し離れて見ているキリさんが、不安そうにしているのにも少しも気づいていなかった。


 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/7 コミック発売! 追放聖女の勝ち上がりライフ②

html>

★書籍版公式ページはこちら!!★
書籍、電子書籍共に8月10日発売!
★ヤングキングラムダにてコミカライズ好評連鎖中★

追放聖女の勝ち上がりライフ2


ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ