27 居た堪れなさNo.1
それから王様と王妃様に実際に魔物避けの香、通信機能付きイヤーカフ、バングルとほのおの剣、それと角煮丼を見てもらった。
王様はふーむと難しい顔、王妃様はキラキラした目でそれらを試してた。
「角煮丼、美味しいわぁ。ザロスがこんなに美味しくなるなんてねぇ?」
ドレスを纏った美女が角煮丼を食べている姿はシュールだ。ロイヤルに丼は似合わない。すみませんお付きの人達。でも角煮は丼なんです。
「しかしすごいな、このイヤーカフ。どのぐらいの距離を通信出来るのかな?」
「まだ試してはいませんが、カイラット街内でしたらどこにいても問題なく通信できました」
「ふぅむ!素晴らしい!しかし、危険だ。これを作ったのがシーナ殿だとバレると、どこから圧力がかかるとも分からん。ダイド王国が連れ戻そうと躍起になるだろう」
その時はキリを連れて逃げ…逃げないよー。ジンさんの目が鋭くなったのに気づき、慌てて思考を誤魔化します。
「だからマリタ王国がしっかりとシーナちゃんの後ろ盾になるべきかと」
「よし、シーナちゃん。うちの孫と結婚しようか。わたしのことはお爺様と呼んでいいんだよ」
さっき良き友人になれたらと言ってませんでしたか王様。なぜ孫の嫁に。
「シリウスの嫁にはやりません!」
叫ぶジンさん。あなたはわたしの父親ですか。
「煩いぞジンクレット。わたしは娘が欲しいんだ!孫娘でもいい!お父様とかお爺さまとか呼んで欲しいんだ!お前らデカくなったら父上とか親父とか野太い声で可愛げのない呼び方しおって!」
王様、目的が変わってますよ。
「孫娘は無理ですが、娘にはなりますから!余計なことはしないで下さい」
どちらにもなりません。勝手に決めないでください。
「ジンクレット、お前…」
王様がジンさんとわたしを見比べます。そして…なんでしょう、この面白いもの見つけたような顔。対するジンさんはものすごーく苦い顔。
「ふーん、ほー、ふーん。あの、氷の王子と呼ばれたジンクレットがねぇ。まあ、頑張れよ」
氷の王子とな?ジンさんのこと?なにその恥ずかしい呼び名。全然氷って感じしないけどな?赤毛だし暑苦しいし。
聞けばご令嬢に対して冷たいからだって。ほー。
「とりあえず、シーナちゃんを我が国の恩人として、陛下が後ろ盾になられたと公表してはいかがでしょうか?」
王様から目を逸らしたまま、早口でジンさんが言う。
わたしもそうして頂けるとありがたいです、はい。結婚とかは無しで。
「まあしばらくはそれで何とかなるだろう。しかしあまり時は稼げん。シーナちゃんは元はダイドの民。返せと言われて突っぱねるには、やはり王族の一員として迎え入れんと安心できんぞ」
王様が心配そうにわたしを見た。その目はジンさんがわたしを世話焼くときの目とそっくりだった。親子ぉ。
「シーナちゃんの気持ちが一番大事です。無理強いはしたくない」
ジンさんがわたしを見ながらそう言うと、うーんと王様がうなる。
「まあ、早めに頑張れよ。もしもの時は養女になってもらうかなー。シーナちゃん、お父様と呼んでくれんかな?パパでもいいぞ?まあ、しばらく我が国に滞在して楽しんでくれたまえ。そうだ!お忍びで一緒に城下に行こう!オススメのとっておきのお店があるんだ。なーに、護衛や侍従を撒くのは得意なんだ、楽しみにしておいてくれ」
「ママも一緒に行くわよー。お忍びの変装は任せてね。可愛くしてあげるわよ」
にっこりウィンクする王妃様。うはぁ、美女のウィンク、色っぽい。
「陛下、妃殿下!次こそ城下遊びは阻止させて頂きますからね!何回も騙されると思ったら大間違いです!だいたい、お忍びで城下にいらっしゃるなら、そうおっしゃっていただければ準備をいたしますとあれ程申し上げておりますのに」
お付きの侍従さん達が涙目で抗議している。苦労性なのか、頭髪が寂しい人が多い…。
「だってお主らが準備すると、やれ教会の慰問だ、学園への視察だなどと、つまらん予定を立てるじゃないか。ああいうところはこっそり行った方が普段の様子が見られて楽しいんだぞ?視察で行くと偉いヤツばっかり話して、頑張ってる子どもたちの様子が分からんではないか」
「突然行った方が不正も見つけやすいしねぇ。相手もいつ来るか気が気じゃないから、普段からいい子でいますものねぇ」
ほほほと笑う王妃様。嫋やかな笑いなのに何故か寒気が。
「王家の威信とか、警備の問題とか、少しは気にしてくださいって言ってるじゃあありませんかぁ。せめてわたくしには一言言ってくださいよ?護衛としてついて行きますから!」
侍従さんに泣きつかれても、知らんぷりする王様と王妃様。わたしは思わず緊張も解けてふふっと笑ってしまった。王家といっても全然雰囲気が違うもんだ。
「んまぁー、シーナちゃんが笑ったわぁ。可愛いっ」
「おー。可愛い。ほら、飴があるぞー」
王様と王妃様が目尻を下げ、私を奪い合うように抱き上げて撫で回す。
始まる前は緊張して、あんなに気が重かった謁見だったけど。
髪の毛グシャグシャ、お菓子やジュースでお腹一杯、ポケットはお菓子や飴でパンパン、プレゼントにお菓子とドレスをたくさん持たされて、思ってたのと違う謁見は終わったのだった。
◇◇◇
何だか妙に疲れた謁見を終え、宛てがわれたお部屋(豪華絢爛!)でぐったり寛いでいると、来客があった。
キリはお城の侍女さん達と、わたしのお世話の仕方について相談に行ってて留守だったので、自分で応対しましたよ。
「お寛ぎのところ申し訳ありません、こちらに、ジンクレット殿下がいらっしゃるとお聞きしました」
お客様は背の高い、銀と黒の混ざった短髪、褐色の肌の、がっしりした男性だった。30代前半ぐらいかなぁ。
「初めてお目にかかります、シーナ様。わたくしはリュート殿下にお仕えしています、レンド・キスナーと申します」
そう丁寧に挨拶してくれたリュート殿下の側近レンドさん。マリタ王国、居た堪れなさNo.1の人です。
「…レンド、久しぶりだな」
当然のようにわたしの部屋に付いてきて寛いでいたジンさんが、レンドさんに躊躇いがちに声をかけます。ジンさんがお部屋についてくることに疑問を持たなかった自分が怖い。慣れって怖い。
「ジンクレット殿下。このレンド、一命を掛けてお願いにあがりました、どうか、お聞き届けください!」
ガバッと平伏し、レンドさんが必死に言い募る。
「リュート殿下にお怪我を負わせてしまったのは、わたくしの、わたくしの不徳の致すところでございます!わたくしなどの命を守るために、殿下は利き腕を失ったのでございます!責はわたくし1人に!決してジンクレット殿下のせいではありませんっ!リュート殿下は御寛大にもわたくしを御許しになり、変わらずお側に仕えさせて頂いております。そんなリュート殿下が、ジンクレット殿下をお恨みになることなどありません!責任を取れというならば、わたくしのこの命を差し出します。ですからどうか、リュート殿下に以前のように、仲良くっ…」
声にならないレンドさんの言葉に、わたしは思わずレンドさんに駆け寄った。
「ほらぁ!ジンさん!」
居た堪れなさNo.1が泣いちゃったじゃない。命賭けるまで追い詰められてるよ。だから言ったでしょ!
慰めるようにレンドさんの背を撫でてあげる。
「大丈夫ですよ、レンドさん。今日はちゃんとジンさん、リュート殿下と仲直りするって約束しましたから」
レンドさんがガバッと顔を上げた。
「ほ、本当でございますか?」
涙でグチャグチャの顔をハンカチで拭いてあげ、チラッとジンさんを見上げると、ものすごーく気まずい顔のジンさんが頷く。
「ああ、本当だレンド。この後リュート兄貴と会う約束をしている。今日はきちんと話し合うつもりなんだ」
「ちゃんと仲直りさせますから。仲直りしなかったらわたし、ジンさんと口を利きませんから」
「えっ!そんな約束してないよね?」
ジンさんが焦った顔をしてます。
「今決めた、レンドさん可哀想だもん。頑張れ、ジンさん」
「そんなっ!」
何故そんなにショックを受ける。仲直りしたら何も問題なかろう。
「あ、ありがとうございます、シーナ様っ!なんとお礼を申し上げたらよいかっ」
感動したレンドさんが、泣きながらわたしの両手を掴んでいる。可哀想に、よっぽど思い詰めてたんだろうなぁ。
「レンド…シーナちゃんから手を離せ。勝手に触るな!」
ギリギリとジンさんが歯軋りしてる。自分が抱っこできないからって八つ当たりはやめなさい。
「はっ、申し訳ありません」
顔を赤らめ、ばっと両手を挙げるレンドさん。お年の割には純情そうな人だ。
「そうだ。レンドさん、一つお願いがあるんですけど」
「なんでしょう?なんでもおっしゃって下さい!」
内容も聞かずに快諾してくれるレンドさん。そんなに簡単にオッケーして大丈夫なのかと心配になります。
わたしはレンドさんにお願いを耳打ちした。レンドさんは不思議な顔をしていたけど、改めて頷いてくれた。
笑顔を浮かべた心の奥では、本当はどうしようか迷っていた。使うべきか、使わないべきか。これが正しいのか、正しくないのか分からない。
でも願うことは、この優しい人達が、少しでも幸せになってくれることなんだ。





