26 謁見?ですよね?
やって来ましたよ、王都!
店が多い!人が多い!見た事ないものが一杯ある!
「観光しよう!キリ!観光しよう!あ、あの店可愛い!なんの店だろう?」
「あれは蝋燭の店だよ。香り付きとか、色々ある」
馬車の窓越しに大袈裟にはしゃぐわたしに、ジンさんが教えてくれる。アロマキャンドル!欲しい!
「シーナ殿、申し訳ないが観光は陛下への謁見の後にして欲しい。もう先触れを出しているので、向こうも待っているはずだ」
「がふっ」
アラン殿下に言われて、わたしは現実に引き戻された。考えないようにしてたのに!国王陛下への謁見!やだよー。
「シーナちゃん、謁見が終わったら、観光に行こうな」
キリの膝に縋り付きイヤイヤと抵抗するわたしに、ジンさんがオロオロと話しかけてくる。それをジロっと睨んでやった。
「ジンさんとは行かない。お兄さんとの仲直りが済むまで遊んであげない」
「仲直りするから!謁見の後、ちゃんと会えるように約束してるから!」
何年か振りにお兄さんに伝令魔法を送ったらしいですよ。仲直りする気はあるみたい。
「そっかぁ。よかった」
ニコリと笑うと、ジンさんが涙目になってコチラに手を伸ばしてくる。しっしっと手を振り払ってやった。
「抱っこは仲直り終わってからね」
ジンさん、わたしを抱っこが出来なくなってから、禁断症状が出るようになったらしい。全身が震えるんだって。アル中か。気のせいだと思うよ。
アラン殿下率いる第一騎士団が王城に着くと、周囲から歓声が上がった。勝利凱旋だもんね。兵士の皆さんの顔が誇らしそうです。
アラン殿下、ジンさんが馬車を降りると、わぁーっと歓声が大きくなる。国民に向かって笑顔で手を振っている。王族はマリタ王国民から人気があるんだって。美形揃いで国民の為の政治をモットーにしているから。前世でいうところのアイドルみたいなもん?
わたしは今回は目立つ場所で馬車を降りないように言われている。カイラット街の魔物撃退に貢献した人物がいることは知られているが、その詳細までは伝わっていない。わたしの評判が隣国のダイド王国で悪すぎるので、正式に王家から発表するまでは混乱を防ぐために伏せておくそう。
わたしはいつまでも秘密にしておいて欲しい。目立つのは嫌だしね。
王城に着いた。でかい!西洋風のお城だ。天井が高く、所々に彫刻や絵画が飾られている。上品な感じ。
そういえば、10歳の時もダイド王国の王城に行ったなぁ。内装とか全く覚えてない。引きずられるように連れて行かれて、どっかの部屋でレクター殿下に会ったことしか覚えてない。それからすぐにグラス森討伐隊に入れられたっけ。
キョロキョロとお城の中を見ながら歩いていたら、アラン殿下とジンさんと離れてた。彼らの一歩はわたしの三歩分ぐらいあるから、走らないと追いつけないんだよな。キリはわたしの後ろに控えて歩いてくれるので、いつも一緒だけどね。
あまりに遅かったせいか、バリーさんに抱えられた。キリが厳しい目を向けているが、早く歩くためには仕方ないよ。わたしの身長が劇的に伸びないと追いつけないもんねと、最近わたしは諦め気味だ。
「これより、謁見の間です」
荘厳な扉の前に控えていた兵士さんが、扉を開けてくれた。さすがにこの時は、バリーさんもわたしを下ろしてくれたよ。
中に入り、アラン殿下とジンさんの真似をして、空の玉座に向かって頭を下げる。すると、衣ずれの音がして、目の前の玉座に誰かがいる気配がした。いよいよご対面かしら。ドキドキ。
「まぁあぁぁ〜!あなたがシーナちゃん?なんて可愛いのかしら!」
頭を上げることなく、いきなり抱き上げられた!な、なんだ?
「母上!」
「母上!やめてください!」
アラン殿下とジンさんの制止の声もどこ吹く風、その女性はわたしを抱っこしてくるくる回転している。きゃー、目が回るぅ!
「オリヴィア、それぐらいにいたせ」
困ったようなテノールの声に、女性がぴたりと止まる。真正面に向き合うその女性を見れば、金髪、青眼の目が眩むような美人。にこりと笑う表情は柔らかい。
「ほんっとに可愛いわねぇ。後でお着替えしましょうね。あなた用のドレスをたくさん用意しているのよ!それとお菓子はお好きかしら?色々珍しいお菓子もあるから、一緒に食べましょうね!」
「オリヴィア、シーナ殿を下ろしなさい。困っているだろう」
テノールの声に促され、オリヴィアさんは渋々わたしを床に下ろしてくれた。そして、玉座の隣の席に戻るって、おい、王妃様かよ。推定年齢20代前半にしか見えなかったけど、まさかジンさんとアラン殿下のお母さん?じゃあさっきのテノールの声は王様?あ、許しもなく頭上げてた。
慌てて頭を下げようとすると、テノールの声が優しく止める。
「良い良い。もうこんな雰囲気じゃ、仰々しく畏まっても今更感があるからな」
赤髪で茶色い瞳の、ジンさんによく似たおじ様が、ひらひら手を振る。
「よく来てくれたな、シーナ殿。マリタ王国へようこそ。わたしはこの国の王、グレイソン・マリタだ。あなたを心から歓迎しよう」
◇◇◇◇
「しかし小さいな、ちゃんと食べておるのか?我が国特産のマルタの実は食べたか?あれは甘くて栄養価も高い。成長期の子どもには良いものだ。おーい誰か、マルタの実を用意してくれ!」
「あら、それならキルグスのジュースも!マルタの実と一緒に飲むと美味しいものね。準備してちょうだい」
国王陛下と王妃様の声に、侍従さんたちが音もなく謁見の間を出ていく。
「父上、母上、まずはお話が先でしょう。そのためにシーナ殿に来てもらったんだから」
アラン殿下が額を押さえながら、うめくように言った。
「あらでも、お腹すいてない?お話は食べてからでもいいじゃない。あ、そうだ!城下で評判のケーキもあるのよ!」
黙っていたらどんどん食べ物が出てくる?田舎のおじいちゃんの家に行ったときみたいだな。これ食え、これ食えってエンドレス。
「そもそもわたしは謁見の間でお会いするのは反対したのよ!私たちばかり座ってシーナちゃんが疲れちゃうじゃない。ほら、隣の部屋に移動しましょう」
「それもそうだな、どれ」
玉座から降りた王様が気軽にわたしを抱っこします。おおーい!
「やはり軽いな。うん、食べ物は何が好きかな?好き嫌いはあるか?」
いろいろ質問をしながら、王様はわたしを隣の部屋に連れていき、王妃様がそばについて歩きながら、あれも食べさせよう、これも食べさせようと話している。
王様の肩越しにアラン殿下とジンさんに助けを求めると、床に脱力している2人がいた。おーい、助けて。
隣のお部屋のフカフカソファにそっと降ろされると、わたしを挟んで両側に王様と王妃様。目の前のテーブルにはご馳走の山。いや、昼食にはまだ早いのでこんなに食べられませんよ。王妃様、アーンはしなくても自分で食べられます。王様、果物の皮も自分で剥けます。
「ごめんね、シーナ殿。うちの両親、女の子も欲しかったんだけど男4人ばかりで。孫も男なもんだから、多分君を見てはっちゃけたんだと思う」
「父上、母上、シーナちゃんが困っているから、ちょっと離してあげてくれ」
とりあえずロイヤルなお二人の間を抜け出し、キリの隣に座ることができました。あれよあれよと攫われていくわたしに、助けられずにキリが落ち込んでいる。いや、あれは誰も止められないよ。
ジンさんとアラン殿下が声を揃えて気さくな人だから構えなくていいと言っていた意味がわかりました。すごくフレンドリー。まるで孫を構うおじいちゃんおばあちゃん(見た目若い)。
「改めてシーナ殿。我が息子と兵士、カイラット街の危機を救ってくださり、感謝する」
わたしの前に膝をつき、目線を合わせてマリタ王国の王様がお礼を言ってくれました。
「我が名にかけて、マリタ王国は終生、あなたを守ると誓おう。それだけのことを、あなたはしてくれたのだ。息子の、兵の、民の命を救ってくれた。本当に感謝している」
王様の真剣な声。わたしは胸が痛くなった。
「本来ならば、爵位や地位を授けたいところだが。あなたがそれらを重荷だと思うのなら、無理強いはしない。ただ、良き友としてそばにいて欲しい。これは私の、切なる思いだよ。あなたを守る、後ろ盾にならせてくれ」
王様はにこりと笑って、わたしの頭を撫でた。
「さて、難しい話は終わりだ。シーナ殿、楽しいお茶の一時を私たちと過ごしてくれんかね。アランも言っていたが、私たちには息子しかなくてね。男の子は年頃になると、一緒に過ごしてくれない。孫も最近私らと遊ぶより学友と遊ぶ方がいいらしくてね。つまらんのだ」
「お茶の後はドレスの着せ替えをしましょうね。もーう。こんなに可愛いなんて!もっとドレスを用意しておくんだったわ!」
「いやいや、カイラットの報告がまだですし、魔物除けの香やザロスの新たな可能性の件を吟味しないといけないでしょうが!お二人とも、仕事をしてください」
アラン殿下が額に青筋を立てて怒っています。真面目な性格だなー。
「まあ、融通の利かない。そんなんじゃ婚約者に嫌われるわよ」
「余裕のない男は見苦しいな」
「父上、母上!」
王様はポリポリ頭を掻いて、仕方なさそうにアラン殿下に突きつけられた書類に目を通します。
「ふむ。カイラット街にS級とA級の魔物か。他の街の被害は?」
「国境沿い、特にグラス森の付近は魔物の目撃、襲撃例が多いです。理由までは掴めませんでした」
「ふーむ」
チラリと王様の目がわたしに向けられた。
「シーナ殿はどう思う?ここ数ヶ月、魔物が街や村を襲う事例が多くなってきている。君が討伐隊を離れるまで、グラス森に異常はなかったかね?」
グラス森の異常かぁ。わたしがいた5年間で、特に変わった事はなかったと思うけど。
「あの…」
わたしは思い当たらず考え込んでいたが、遠慮がちに沈黙を破ったのは、キリだった。
「僭越ながら、一つ心当たりが」
「ふむ、君はシーナ殿の侍女のキリ殿だね。何かあるのかな?」
「はい。ここ数ヶ月、魔物の襲撃が増えているんですよね?」
「うむ。ちょうど実りの季節に入る頃からだな」
「それでしたら、シーナ様がグラス森討伐隊を離れた時期と一致しています」
キリの静かな声に、しんっと部屋の中が静まり返った。
「うん?シーナ殿が討伐隊を離れたことにより、なぜ魔物が増えることになるのだ?」
「グラス森討伐隊の規模は約500名。その回復を1人で担っていたのがシーナ様でした。シーナ様の抜けた穴を埋めるためには、少なくとも回復魔法の使える術士が50名は必要になります。シーナ様の後を引き継いだルルック公爵令嬢程度の術師でしたら、100名は必要です。加えて、シーナ様が1人でお作りになっていた魔物除けの香の在庫もないでしょうから、これまで魔物討伐に向けていた魔術士はほぼ全員、回復専門にならざるをえず、討伐の主力が減ることになります。
討伐隊は魔物の洞にまで達していましたから、今までの森の外に出ていなかった魔物までも刺激することにより、魔物の動きも活発化しているかと思われます。今まで抑えられていた魔物の取りこぼしが、街や村に出ているのかと」
えー。わたしの代わりにそんなに回復専門の魔術士が必要なの?でもわたし1人で全員分の回復できたけどなぁ。
「500名規模の軍の回復士がたった1人だと?」
王様が目を剥いています。え、そんなに驚くことなの?
「普通、一部隊10名として、そこに回復魔法の遣い手が付く。しかも回復は魔力を使うからね。一部隊で2人は必要だね」
アラン殿下の補足説明。目は呆れたようにわたしを見ています。なんですかその珍獣を見る目は。
「シーナ殿が規格外なのはアランの報告で分かっていたが、これほどとは…。これほどの回復力のある魔術師を重宝しないなどと、ダイド王国は馬鹿なのか?」
「こんな小さな子に500名分の回復をさせていたですって!なんてこと!許せないわ!可哀想にシーナちゃん!働きすぎよ、そんなことを続けたら死んじゃうわ!」
涙目の王妃様に抱きつかれました。わたしもすごい働いていたんだなーと実感しましたよ。
「シーナ様の状況の改善をレクター殿下に申し入れても、全然聞いてもらえなくて!シーナ様は毎日、目の下に隈を作って、ガリガリのお身体で、成長も止まってしまわれて!わたしは何もできずに…。お休みになられているシーナ様の息が、いつか止まってしまうのではないかと心配で」
ボロボロと涙をこぼすキリ。心配かけてごめんね。
「今は少しずつですが、成長なさっていて。キリは安心しております」
そう!わたし、成長してるんですよ!
エール街で買ったピッタリサイズの服が、ちょっとヤバイ。着れなくなりそうなんだよ。色んなところがキツくて。成長期には、服は大きめを買うのがベスト。お気に入りの服だったからちょっと残念だけど、成長期終わってなくてよかったよ。
「でもあのワンピース、本当にお気に入りだったのに、着れないのは残念だなー」
わたしがぼやくと、ジンさんがすかさず近寄ってきました。
「シーナちゃん!俺が、俺が新しい服買ってあげるから!」
「先に仲直りしてね」
「分かってる!仲直りしたら2人で一緒に買い物に行こう!」
「2人は嫌。キリも一緒に」
ジンさんと2人で買い物なんてしたら、誤解したご令嬢方に刺されそうです。カイラット街でも、変なのにからまれたもんね。
「……キリさんも一緒でいいから」
「俺もお供しますね」
悔しそうにトーンダウンしたジンさん。
そして空気だったバリーさんがちゃっかり加わります。下心はお見通しだ!キリが一瞬、嫌な顔でため息をつきました。
王妃様がわたしとジンさんを興味深そうに見比べ、アラン殿下に目を向けました。アラン殿下がしっかりと頷きます。王妃様がキラッキラの目をジンさんに向けてます。なんのアイコンタクト?





