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間話 ダース・グリード侯爵視点

シーナ追放後のダイド王国側の視点です。


 忌々しいことだ。この5年、思い続けてきた。


「グリード副隊長。兵士たちの食事について改善をすべきです。今のままだと、彼らは栄養不足と過労で倒れてしまいます!」


「グリード副隊長。どうか、話を聞いてください!兵士たちの治療後は、数日休暇を与えるべきです!身体の傷は治っても、精神的に傷ついています。せめて1日だけでも、休暇を」


「グリード副隊長!兵士たちの装備品が粗悪すぎます。これでは守れる命も守れない。予算を貰えるよう、要請して頂けませんか」


 あの忌々しい平民の小娘が、レクター殿下の婚約者としての地位を利用して、侯爵である私に意見するようになったのはいつの頃だったか。


 初めは大人しい小娘だった。まだ10歳と幼い時にこのグラス森討伐隊に配属され、魔物と気の荒い兵士たちに囲まれたあのガキは、レクター殿下の腕にしがみつき、ガクガクと震え泣き続けていた。

 

 陛下やレクター殿下がこの小娘を聖女として働かせると言い出した時は何の冗談かと思ったが、小娘の聖魔力の魔力量は桁外れで、回復術師を小娘一人に担わせれば、その分魔術師を戦闘要員に回すことが出来た。火力が増せば不可能と言われたグラス森討伐も成し遂げられるかもしれない。レクター殿下の功績に貢献したとなれば、我が侯爵家の更なる繁栄も約束されたも当然だ。平民の虫ケラのごとき小娘を、私が率いる討伐隊に置く不名誉も、受け入れる価値はあった。


 初めは怒鳴りつけられ、殴られて怯えることしか出来なかった小娘が、1、2年経つ頃には、怒鳴りつけても殴っても、涙一つ溢さずにコチラに意見するようになった。しかもその内容は下級兵士どもの待遇改善などと、至極どうでもいいことばかりだ。そんな事に貴重な時間を割く意味はない。そんな誰にでも分かりきった事を、小娘は理解できないのか、何度罵倒しても食い下がって意見してくる。煩わしさを感じた私は、レクター殿下に小娘の排除を提案した。小娘の聖魔力は確かに貴重だが、代えがないわけではない。数人の魔術師がいれば事足りるのだ。思い上がった小娘を、いつまでも嵩張らせておく必要もないだろう。


「私もそう思うよ、グリード。いつまでもあんな見目の悪い娘を側におくなど、私の評判に関わるからね」


 小娘を効率よく働かせるために、甘く接しているレクター殿下も、グリードと2人になればこの態度だ。冷ややかな顔付きで、吐き捨てるような口調。あんな痩せこけた卑しいガキに、睦言を囁くなど屈辱でしかないのだろう。


「早くシンディアを私の妃として正式に迎えたい。彼女をもう5年も待たせているのだ」


 次代の王たるレクター殿下の隣には、完璧な淑女が立たなくてはならない。

 あの小娘はそれを自分だなどと思っているようだが、己を知らぬとは恐ろしい事だ。


 だが小娘との婚約を解消するとなると、なかなか厄介だ。下級兵士どもの待遇改善などを訴え続けたせいで、小娘は彼らから一定の支持を得ている。平民からなる下級兵士とはいえ、貴族で構成される上級兵士よりも圧倒的に数が多い。そんな兵士どもの前であっさりと小娘を聖女から解任し、レクター殿下との婚約を破棄すれば、どんな反動があるか分からぬし、悪意のある噂が流される可能性もある。


「何かいい案はないか、グリード。あの娘など、もうどうなっても構わぬ。婚約を破棄しグラス森に放り出して、魔物どもの餌にするか?」


「短慮はなりません、レクター殿下。あの娘に価値がなくなればよいのです」


 そこで考えたのが新たな聖女の擁立だった。レクター殿下の本来の妃に相応しいルルック侯爵家の令嬢は、幸いにも聖魔力の属性があり、治癒魔術が使える。侯爵令嬢の治癒魔術は小娘の治癒魔術には遥かに及ばない。しかし、みすぼらしい小娘の治癒魔術と雲の上の存在の、輝くばかりに美しい侯爵令嬢の治癒魔術、愚かな下級兵士どもがどちらを有り難がるかなど、火を見るより明らかだ。


「美しい…。女神様のようだ…」


「本物の聖女様だ!」


 実際、新たな聖女としてルルック侯爵令嬢がグラス森に来訪した時の下級兵士どもは、異常な興奮で沸き上がった。姫に仕える騎士のような態度で侯爵令嬢に接し、治癒魔術を施された者は涙を流して喜んだ。小娘など、奴らの視界に入る事も無くなった。小娘の治癒魔術を受けたがる者はいなくなり、小娘自身の聖魔力にも衰えが生じていると囁かれた。治りが以前に比べて悪いと。


 陛下にも小娘の処分については、了承を得る事が出来た。陛下からは、小娘を婚約者の座から引き摺り下ろし、魔術師として死ぬまで使い潰せばどうかと言われたが、小娘の聖魔力が弱まったと報告すると、あっさりと小娘の処分を許可して下さった。生かしておくより殺した方が、ルルック侯爵家への面目が立つとお考えなのだろう。小娘亡き後の魔術師の増員も約束してくださった。これで、あの小娘一人いなくなった所で、グラス森討伐隊が揺らぐ事はない。


 レクター殿下と小娘の婚約解消の為の準備を着々と進めていた時、意外な人物が我々の作戦に加わる事になった。


「わたくしに考えがあります。卑しい平民でありながら、身の程知らずにもわたくしの愛するレクター殿下のお側に婚約者として立ったあの娘を、許す事はできませんの」


 ルルック侯爵令嬢のその顔は、誇り高き王妃の顔だった。平民の娘とは一線を画すその佇まいに、私は思わず頭を垂れた。


「ルルック侯爵令嬢。どうぞご命令を」


「まあ、グリード侯爵。私に頭を下げるなど…」


 驚きに目を見張るルルック侯爵令嬢に、私は笑顔で首を振った。


「貴方様は未来の王妃。臣下の私が跪くのは当然です」


 私の言葉に、ルルック侯爵令嬢は泰然と微笑む。


「侯爵に手伝って頂くまでもないわ。あんな取るに足らない娘、私一人でどうにでもなります」


「貴女が直接手を下すなど、あってはならないよ。あの娘など、私が一太刀で片付けてやるさ」


 レクター殿下の勇ましい言葉に、ルルック侯爵令嬢はおかしそうにクスクス笑った。


「まぁレクター殿下。未来の王がお手を汚すなんて、それこそいけませんわ。…あぁ、でも、あの娘に引導を渡すのは貴方が最適ですわね」


 そこからのルルック侯爵令嬢の手腕は見事だった。少しずつ、少しずつ、小娘の周囲の者に毒の言葉を吹き込み、侯爵令嬢は小娘に嫌がらせをされ心を痛めるか弱き令嬢になっていった。小娘は周りの兵士たちからの怒りを買い、孤独になっていく。

 そうしてあの事件だ。小娘が侯爵令嬢を害そうと、崖に誘い込み突き落とそうとしたと訴え出た。小娘はその能力を盾に教会を騙し、恐ろしい企てをした偽聖女となり、本物の聖女の侯爵令嬢を殺そうと画策した。寸でのところで未来の賢帝たるレクター殿下に助けられ、小娘はグラス森討伐隊を追放され、魔物の餌となる。

 平民どもが喜びそうな素晴らしい戯曲を、よくぞ作り上げたものだ。


 小娘がグラス森討伐隊から追放される日、せめてもの餞別として僅かな食糧を恵んだ私を、小娘はじっと見ていた。その瞳には怒りも恐怖も焦燥も悲しみもなく、ただただ凪いだ海のように平坦なものだった。最後は泣き叫ぶものと思っていた私は、意外な思いがしたものだった。


 たった一人の侍女を連れ、小娘は5年もの間過ごしたグラス森討伐隊を後にした。振り向きもせず、軽い足取りで、伴の侍女に笑いかけながら。これから魔物に嬲り殺しにされると決まっているはずなのに、私は小娘の様子に違和感を抱きながら、その背中が消えるまで見つめ続けていた。



◇◇◇



 異変は、それから数日後に起こった。


「魔物の香がないだと?」


「はい、在庫があと数日分しかなく…」


 報告に来た兵士が、恐る恐ると言った様子でこちらの様子を窺っている。


「ならばまた作ればいい。いつも在庫を切らした事はないだろう?どうしたんだ、一体!」


 なぜそんな瑣末な消耗品の補充について、副隊長()にいちいち報告するのか。


「魔物の香の管理は、その、前の聖女様が行っていまして、作成方法はあの方しか知らず…」


 前の聖女…あの小娘か。そういえばそうだったな。しかしあやつはすでに魔物の腹の中。どうしようもない。


「あの小娘が作っていたものなら、お前らでも出来るだろう!こんなことでいちいち私を煩わせるな!」


「ですが、私どもではどれが薬草なのかも分からず…」


 私は盛大に舌打ちした。これだから学のない平民は…。私は仕方なく、高度な教育を受けている魔術師達に魔物の香の作成を命じた。小娘が残した完成品があるのだ。魔術師達に再現できない筈がない。


 しかし魔術師達の返事は、思った通りには行かなかった。


「グリード副隊長…。魔物の香の再現は不可能です」


「なんだと?」


 魔術師達の中でも特に能力の高く、ダイド王国でもトップレベルの魔術師が、青い顔で報告する。


「この魔物の香の原材料は高レベル魔物の脂と複数の薬草をブレンドしたもので作られています。高レベルの魔物の脂は、下手に使用すると他の魔物を惹き寄せる効力があります。それを複数の薬草と掛け合わせる事で、惹き寄せる効果を魔物避けの効果に変換していることまでは分かりましたが…。どのような配合なのかを調べるには高レベルの鑑定魔法をかけるか、何万通りもある配合を一つ一つ検証していくしか、今の所手立てはありません」


「バカなっ!」


 魔物の香はあの小娘がある日突然作り出したものだ。簡単に作れる上に効果がまぁまぁ認められたので、我々も重宝していたのだが…。


「この魔物の香…。このような物は初めて見ましたが、大変価値のあるものです。低レベルの魔物は寄せ付けず、僅かながら高レベル魔物の動きを鈍くする効力もあるようです。冒険者なども欲しがるでしょう。これを再現出来れば、一財産稼げますよ」


 魔術師は悔しげに魔物の香を見つめている。己の力量で作り出せないのが悔しいのか、大金を手に入れることができず悔しいのかは分からんが、面目は丸潰れだろう。


 魔物の香の在庫は僅か。今までは高レベル魔物の討伐に専念できたが、低レベルの魔物の相手もせねばならなくなる。私は顔を歪めて舌打ちをした。

 





シーナは前世の記憶を取り戻す前は鑑定魔法さんを使えませんでしたが、シーナが気付かないまま、こっそり鑑定魔法さんがサポートをしていました。オカンなので。

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― 新着の感想 ―
え、前半がめちゃくちゃ胸糞悪くて飛ばして読んで、後半でスカッとすると思ったのに、『魔物除けこれからツクレナーイ。ドーシヨー』 それだけ?
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