24 ジンさんの後悔
怪我の表現が出ます。苦手な方はお気をつけ下さい。
街の復興も目処がついたため、みんなで王都へ向かうことになりました。わーい、嬉しくない。
今まではザイン商会の馬車に乗っていましたが、王都に向かう時はカイラット卿が準備してくれた馬車に乗ることになりました。広い!豪華!乗り心地イイ!の三拍子揃った素晴らしさ。これで王族2人さえ同乗してなければ最高なんですが。
アラン殿下がカイラット街に連れてきた兵士たちも一緒に帰るので中々の大所帯。ザイン商会の馬車には、おじいちゃんとザイン商会の人が何人か乗って行きます。王都の店がこれから大忙しになるから、助っ人だってー。なんで忙しくなるのかなー、ははは。
別にアラン殿下とジンさんと一緒の馬車が嫌なわけじゃないよ。ひたすら構ってくるジンさんと、それを微笑ましく見るアラン殿下に疲れるだけだよ。構われすぎて禿げそう。キリに怒られても止めないジンさん嫌ー。
でもちょっとジンさん変なんだよね。ジーッと考え込んでたり。急に抱きついてきたり。無理にはしゃいでみたり。わたしの膝に顔を埋めて動かなかったり。王都が近づくに連れて、それが酷くなってきた。
そんな様子を見ても、アラン殿下は何も言わない。困ったようにジンさんを見て、ため息ついてる。馬車の中の空気もどんどん重くなっていくしさ、なんなのさ、もー。
仕方がないので、ある晩、ジンさんを尋問することにしました。火を焚いて野営地の設置をして、わたしとキリは馬車の中、ジンさんとアラン殿下はテントで寝てるんだけど、テントに移動する前のジンさんを引き留めて、焚き火のそばに移動。他の人は遠慮して2人っきりですよ。
パチバチパチと音を立てる火を眺めながら、しばし無言。焚き火っていつまでも見ていられるよねー。
「ジンさんさぁ、どうかしたの?王都が近づくにつれて、なんだか変だけど」
並んで座りたかったのにお膝抱っこ。後ろからガッチリホールド。今日もガチムチ湯たんぽは健在です。うむ。暖かい。
わたしの肩に顎を乗せ、ボーッと炎を見ているジンさんに、ストレートに聞いてみました。
「ごめん…シーナちゃん…」
ションボリした様子のジンさん。これはもしかして…。
「王都にお腹の大きくなった恋人でもいるの?」
「いないっ!人を最低男みたいに言わないでくれ!」
「じゃあ、二股かけてたから帰るのが怖いとか…」
「その方面じゃないから!俺は恋人なんかいないよ!」
そんな力一杯否定しなくても。なんだぁ、違ったか…。十中八九、女関係だと思ったのにぃ。
「じゃあ、飲み屋のツケを払わないできたとか?」
「俺、一応王族だよ…?シーナちゃん、俺のことなんだと思ってるの…?というか、その下世話な発想はどこから…?」
「グラス森討伐隊兵士たちの、故郷に帰りたくない理由ランキングからですねー」
「なんて教育に悪いところなんだ…。そんな所に5年も…。やっぱり絶対に返さん」
ジンさんのお腹に回った手がぎゅうぎゅう締め付けます。出るから、夕飯出ちゃうからぁ!
「で、理由は何?」
グリグリ、肩に顔を押し付ける。スリスリ、背中に頬擦りする。髪や頭をナデナデ、をしばらくしつこく繰り返した後、ジンさんはようやく口を開いた。早く話せや。
「王都に、顔向けできない人がいる」
◇◇◇
「ジンクレット!」
俺を呼ぶ声に振り向くと、思った通りの顔があった。
「なんだ、リュート兄さんか」
ワザとそう言ってやると、リュート兄さんもニヤリと笑う。
「なんだ、とは随分な挨拶だな。昔はリュー兄リュー兄と、俺の後ばっかりついて回ってたのに」
「そんなの子どもの時の話だろ!」
俺は顔が熱くなるのを感じた。くそっ、リュート兄さんはすぐ昔の事を持ち出すから嫌いだ!いや、これはリュート兄さんに限った事じゃなかったな…。兄達全員に共通する事だ。
4人兄弟の末っ子という立場は、可愛がられもするが、上の兄貴たちからすれば、絶好の揶揄いの対象だ。特にリュート兄さんはすぐ上の兄貴という事もあって、歳も近く、一緒に転げ回って遊んだし、よく喧嘩もした。兄弟の中で一番仲が良いといえる。
「それで、何か用か?」
「ああ、次の討伐、俺が代わりに行くよ」
討伐?東の森の討伐のことか?
あれは俺が陛下から命じられた討伐だ。大巻ヘビの群れが出来たらしく、東の森の先にある村で被害が出る可能性もあるため、早めの討伐が必要だ。
さほど難しい討伐でもなく、通常の仕事として第三騎士団が出張る予定なんだが…。
「お前、明日の夜会のこと、忘れたわけじゃないよな?お前だけなんだぞ、まだ婚約者が決まってないのは」
「ぐっ!」
バレてたか。討伐にかこつけて夜会をバックれようと思ってたのに。
「良いもんだぞ、将来の決まった相手がいるというのは」
リュート兄さん得意の説教が始まりそうだ。ついこの間まで婚約者がいない同士、同盟を築いていたというのに…。ザネット伯爵家の3女、ユリシア嬢と婚約した途端、俺に偉そうに説教するようになった。ユリシア嬢は少し勝気な女性だが、穏やかなリュート兄さんに合っているようで、なかなかいい組み合わせだ。リュート兄さんもユリシア嬢に惚れているようだしな。
「だけど討伐が…」
「お前、昨日陛下から命じられて、明日出発する予定だそうだな。陛下は明日の夜会を終えてからでいいと仰ってたのに。王妃様がお前にご令嬢を紹介しようと準備してるの知ってるくせに」
その紹介でリュート兄さんも婚約者のユリシア嬢に会わされたんだよな。で、トントン拍子に婚約したと。
別に婚約者を決めたくないわけじゃない。ただ、女性に苦手意識があるのだ。俺が幼い時、婚約者候補の女の子と何人か交遊を持っていたが、俺が見ていない所で他の貴族の子相手に俺の婚約者候補だと威張り散らしたり、使用人をいびったりしていたため、婚約まで至らなかった。全部が全部そういう子ではないと思うが、どうしても裏があるのではないかと構えてしまう。
「夜会で紹介される予定の令嬢はユリシア嬢の親戚筋の子だ。俺も会ったことがあるが、良い子だよ。まずは会ってみろ」
ニコニコとリュート兄さんが言う。すでに婚約者の尻に敷かれているな、こりゃ。
「東の森の領主に、明日出発すると伝えたのだろう?俺の隊で行くから、お前はちゃんと夜会に出ろよ」
「明日出発なんだぞ?第二騎士団の準備が間に合わないんじゃないか?」
「間に合うよ、普段から戦時に備えて準備してるの知ってるだろ!往生際が悪いぞ、ジンクレット。夜会に出ろ!兄貴からの命令だからな!」
夜会出席回避の逃げ場はなさそうだ。
俺はため息をついて兄貴の命令に従うしかなかった。
◇◇◇
その知らせは、夜会の最中にもたらされた。
「黒大巻きヘビだと?」
東の森に討伐に行った第二騎士団が、黒大巻きヘビに襲われたと従者バリーから伝えられ、俺は急いで陛下の元へ向かった。
控えの間には、夜会から下がった陛下と王妃、王太子のサイード兄貴、第二王子のアラン兄貴が、沈鬱な表情で集まっていた。
「親父、リュート兄貴は?」
只ならぬ雰囲気に、俺は喉がカラカラになった。
黒大巻きヘビは、A級魔物の中でもトップクラスの強さなのだ。まさか…。
「討伐は成功したようだ…。大巻きヘビの群れだったようだが、その中に黒大巻きヘビがいた。第二騎士団と領主軍が協力して、負傷者はでたものの、死者はなしだ」
ほっと息を吐いた。第二騎士団が壊滅したのかと思ったが、さすがリュート兄貴だ。
「だが、部下を庇ってリュートが怪我をした。右腕を食いちぎられたそうだ」
俺は頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
右腕を?リュート兄貴が?
腕や脚の欠損は回復魔法では完全に治すことは出来ない。見た目は足や腕が治ったように治すことは出来る。しかし、元のように動かすことは出来ない。骨折ぐらいなら完全に回復させることはできるが、欠損となると…。見た目は回復しても指一本動かすことはできないだろう。
リュート兄貴は剣技に優れている。俺よりも遥かに強い。鍛錬に鍛錬を重ね、今の強さになったんだ。兄貴も兄弟で一番強い剣技に誇りを持ってて…。
そんなリュート兄貴の利き腕が。
俺が、俺が討伐に行ってれば…。予定通り俺が討伐に行ってれば。ちゃんと夜会に出席してから、討伐に出ていれば。
身体中から力が抜けた。とんでもないことをしでかしてしまった。リュート兄貴から、剣を奪ってしまった。
俺は、目の前が真っ暗になるのを感じた。





