20 ストレス解消法
みなさん、嫌なことを忘れたいときはどうしますか?
お酒を飲む?ヤケ食いする?パーっと騒ぐ?
わたしの場合は「料理をする」だった。
阿呆な上司に無茶振りされた時、マイペースな後輩の尻拭いを押しつけられた時、合コンに間に合わないと同僚に仕事押し付けられた時。
わたしは実家の台所でパン生地を台に叩きつけたり、ひたすら野菜を刻んだり、中華包丁で肉を叩き切ったりしてストレスを発散していた。前世の母などは、わたしがひたすら料理に没頭している時は「阿修羅のような顔」だと怖がっていたっけ。
今のわたしは椎奈ではないし、ここは日本でもないけども、持って生まれた性質は変わらないみたい。
ひたすら、ひったすら肉を切り野菜を切り串にどんどん刺していく。(ほぼ)醤油とお酒とお爺ちゃんからもらったリンゴっぽい果実とニンニクっぽい薬草等を混ぜて焼肉のタレもどきを作って大きな壺に入れる。熟成は出来ないけど家庭料理なら充分美味しい。
肉だけじゃ栄養バランス悪いよねと、大量のサラダも作った。ドレッシングはキリのお気に入りの醤油ベース、卵と酢と油から作った簡単マヨネーズベース。マヨネーズは壺に入れて、しっかり蓋をして風魔法で死ぬほど攪拌してやったわ。
カイラット卿にお願いして、調理室の一角を借りたんだけど、料理人の皆様は苦い顔をしてた。職人気質なんだろうね。いくら街を救った恩人といえど、遊びで仕事場を使われるのは気に食わないだろう。最初の挨拶以外、誰もわたしとお手伝いしてくれているキリには話しかけてこなかった。
あ…、もしかして、わたしが無言で「阿修羅のような顔」で料理しているのも怖かったのかもしれないけど。その上、頭上ではマヨネーズ作成のために、壺がグルグル廻ってるし。わたしだったらそんな奇人には怖すぎて近づかない。
でもわたしが焼肉のタレやドレッシング、おまけに酒の肴用に唐揚げやフライドポテトを揚げたり、燻製肉を切って盛り付けたりしていると、いつの間にか料理人さん達にグルリと取り囲まれていた。ふっと我に返った時に白い調理師服の集団に囲まれていたら驚く。「ひっ」と悲鳴をあげたよ。
わたしの悲鳴に、料理人さんたちはざざざっと潮が引くみたいに後退った。でも視線はわたしの手元の料理に釘付け。ギラギラしてる。こっちの世界にはあまりない料理だから気になるのかな?
少量取り分けた料理をお皿に盛って、そっと料理長さんに差し出す。腕が丸太みたいに太く、頑固一徹の厳つい顔の料理長さんは、ジロリと皿を睨む。
「味見します?」
恐る恐るそう言うと、料理長さんはグイッと皿を取り、サラダを一口食べた。カッと彼の目が見開き、真っ赤な顔でブルブル震え始めた。唐揚げ、ポテトフライ、燻製肉、試し焼きしたBBQ用のお肉を次々と口に入れていく。がっつく事なく、じっくり味わってる。
高位貴族のお抱え料理人にじっくり料理を食べられるって緊張する。こちらの世界では、いかに腕の良い料理人を雇うかが貴族の誇りなんだって。高位貴族のお抱え料理人なら、腕も国で一、ニを争うものらしい。日本でいえば高級料亭の板前さんみたいなもんかな?素人料理を味見させて、怒られないかな?
「シーナ様、この料理をどちらで学ばれました?」
学んだことはない。ポピュラーな料理だし、ベースは母・ヨネ子に教えてもらい、後はネットでレシピを調べてそこに自分なりのアレンジを加えただけだ。
「学んだことはないですね」
正直に答えてみた。それ以上は聞かないで。それ以上は答えられない。
でも料理長さんの追求は続く。
「学ばれたことがない…。では、この料理はシーナ様がお考えになった料理ということでしょうか」
「うーん。厳密にいうと違います。こういう調理法があると聞いたことがあるというか…。その、詳細はお話しできません」
前世のレシピですとも言えないし、こう言うしかないよね。嘘はつきたくないし。
「左様でございますか。それでしたら、この料理を教えていただくことはできますでしょうか」
「はい?どの料理をですか?」
醤油の作り方かな。特殊な調味料だもんね。全然OKですよ。
「全てです!この独創的で革新的な調理法!未知の調味料!こんなに美味なものがこの世にあったとは!料理人として長年働いてきましたが、元王国料理人なぞと呼ばれ、後進を育てるため引退したなどとふんぞり返っていた自分が恥ずかしい。シーナ殿!この愚かな私をどうか弟子に!この素晴しい料理の数々を学ぶことをお許しください!」
「ええぇ?」
土下座する料理長。頭を上げてください。休日を楽しむBBQメニューですよ?元王国料理人に教えるものじゃないです!
「サラダひとつにしても、このさっぱりとした黒色のソースと対比するコッテリとした白色のソース!癖のある野菜もこのソースに出会うことで生まれ変わった様に新たな魅力が引き出される!なんと奥深い!」
ただの和風ドレッシングとマヨネーズです。マヨネーズは色々バリエーションがありますよ?
「この野性味溢れる肉と野菜の串にからむソースもまた!なんという深い味わい。肉にも野菜にも合い、次から次へと食べたくなる!」
BBQ用の簡易焼肉のタレです。市販品の方が美味しいです。
「そしてこの鳥!カリッとした外側の薄い衣。中からは肉汁が溢れ…!」
ただの唐揚げです。居酒屋の定番メニューです。美味しいよね、わたしも大好き。
料理長さんの賛辞が続いていたけど、わたしはBBQの準備で忙しい。兵士や街の皆さんの炊き出し用も兼ねているので、大量に作らないといけないんですよ。
「じゃあ作るの手伝ってください。街が無事だったお祝いに街のみんなで食べたいので」
わたしの言葉に、料理長さんが驚いている。
「み、みんなというのは、街の平民も含まれますので…?」
「…?みんなで街を守ったんですから、当たり前じゃないですか」
街の自警団、カイラット領の兵士たち、それだけじゃない。商人も平民も小さな子どもたちまで、魔物と戦えなくても、速やかな避難、篭城のための物資の運搬、魔物が撤退した後の街の復旧に一丸となって頑張っていた。カイラットの街が無事だったのは、他の誰でもない、街の皆が頑張ったからだ。街が無事だったぜパーティーには、みんな参加する資格がある。テーブルマナーがいらないBBQなら楽しめると思ったんだけど。幸い、お肉は魔物の肉がまた山ほど手に入ったので、街のみんなに振る舞うぐらい大丈夫だ。というか減らしたい。
BBQの機材も作っちゃったんだけど。エール街で仕入れた素材とカイラットの街で出た廃材を溶かして大型BBQ台を20台ほど。え?どうしよう。勝手に計画して作ってたけど、ダメだった?衛生許可的なものいる?鑑定魔法さんが食中毒を起こさないように、食材を見張っててくれるって言ってたからその辺は大丈夫だよ?
だって王様に会わないといけなくなったんだよ。わたしは一般平民なのになんでだよ。
アラン殿下とジンさんのお父さんだから気楽にって、一国のトップに会うのに気楽に会えるかぁ!
もうこのままこっそりこの国を出ちゃおうかなーって、心の中で考えてキリに相談しようと思った瞬間。相談した瞬間じゃないよ?相談しようかなーって思った瞬間、わたしの部屋にジンさんが駆け込んできて、わたしに抱きついて「行っちゃダメだ」って怖い顔したのよ?
部屋の中を盗聴されているのかと思ったけど、口に出してないのよ?考えただけなのになんで分かるの?わたしは真っ青になって誤魔化したけど、キリはジンさんの突然の行動にポカンとしてた。
こっそり鑑定魔法さんに、ジンさんって人の心が読めるのかって相談したら、すっごく言いづらそうに「人の心が読めるスキルはないみたい。あれ多分野生のカン。シーナちゃんが離れようとすると気づくみたい」と言ってた。ドンマイみたいな雰囲気で。鑑定魔法さんに気を遣ってもらうってどうなんだろう…。
そんなこんなで逃げ場がなくて、クサクサしてたので料理しました。気づいたら大量に料理ができたので、皆でBBQしたいです。ダメかな?
そういう裏事情は伝えず、料理長さんに皆で慰労会的BBQを提案したら泣かれた。そんなにカイラット領の民のことを考えてくれるなんてと。ごめん、ちょっと違う。大量に作りすぎたので皆で食べてくれると助かる、が正しい。
料理長さんはカイラット卿の元へすっ飛んでいってカイラット卿を伴って調理場へ戻ってくると(忙しいのにお呼び立てしたみたいですみません)、わたしのBBQ慰労会について説明してくれた。もう話の途中からカイラット卿号泣。街の皆をそんな風に思ってくれるとはなんと慈悲深いって大声で泣くもんだから、アラン殿下やジンさん、バリーさんにジャンさんまでやって来て大事になってしまった。
ジンさんにこんなにたくさん料理して疲れてないかと気遣われたけど、原因の72%はあんたのせいだと言ってやりたい。





