間話 ジンクレット視点 可愛い少女
「4 お約束の展開」頃のお話です。
「あと少しでこの旅も終わりですね」
残りの旅程も一季節を切り、バリーは感慨深く呟いた。
「全くだな。しかし、魔物活発化の原因についてはさっぱりだ。何と国王陛下に報告したものか」
ため息をつく俺に、バリーも顔を曇らせる。原因も分からず、対処法もないのでは八方塞がりだ。
旅に出た当初は、原因もすぐに究明できるだろうと思っていた。対処法もすぐに見つかるだろうと。マリタ王国建国以来、グラス森とは上手く付き合ってきたのだ。何度か今回のような活発化もあったが、過去の文献によると各国で協力しながらも解決できていた。今回も、それ程重要視はしていなかったのだが…。
隣国のダイド王国がグラス森討伐隊を率いて森に入り、本腰を入れてグラス森攻略を始めたのが5年前。優秀な人材を潤沢に投下し、ここ1年は、とうとうグラス森中心の魔物の洞の攻略まで進んでいると報告を受けていた。マリタ王国だけでなく、グラス森と接する周辺国は、このダイド王国のグラス森討伐隊に期待を懸けていた。
異常な強さの魔物を絶えず排出するこのグラス森は、たとえたった1匹の魔物が森から出て街に入り込んだとしても、壊滅的な被害をもたらす。この森出身の魔物たちは、災害級のクラスの魔物ばかりなのだ。
そんな魔物を、この一季節ほどの間に、度々、街中にまで魔物の侵入を許す事態となっている。現時点では何とか討伐できているが、人的、経済的被害は小さくない。魔物の増加の原因究明のために、国王陛下から直接、第4王子である俺に隣国の動向を含め調査を命じられたのだが、旅の終盤になっても、原因も対処法もさっぱり見つからない。
残りは大都市のエール街と要塞都市のカイラット街に立ち寄り、王都に戻る予定となっている。マリタ王国の反対側を巡り調査をしていたザインと途中で合流し、近辺諸国の動向も確認したが、成果は芳しくない。元ザイン商会の長であったザインの人脈や情報収集力を以てしても、原因は不明だ。
強いて言えば、ここ一季節の変化といえば、グラス森討伐隊に参加していた聖女が罪を犯し隊を追放されたことぐらいか。聖女といっても、回復能力に長けた女性を指す言葉であり、特別な存在というわけでもない。教会出身の聖女の身分でありながら、罪を犯すような女がたった1人、優秀な人材が集まるグラス森討伐隊から抜けたぐらいで、大勢が変わるなどありえないだろう。
思いを巡らす俺の耳に、警告の呼子が聞こえた。御者を務めていた若い冒険者が吹いたもので、敵襲を知らせるものだ。笛の音は短く2回。迎撃体制にすぐ入れという合図だ。外に出ている冒険者では手に負えない、少し厄介な敵のようだ。
俺とバリーは剣を抜いて動きを止めた馬車から躍り出た。ザインは大人しく中に隠れている。諜報活動には長けているが、戦闘はからきしだからな。
外に出ると、すでに数十匹の狼型の魔物に囲まれていた。銀狼か。それほど強くはないが、群で行動し次から次へと仲間を呼ぶので面倒な相手だ。次の街で補給予定だったので回復薬はそれほど残っていない。怪我をしないように気をつけなくては。
俺とバリー、それと若い冒険者3名が討伐に当たる。この3人はザインが元々雇っていた冒険者で、次のエール街までの契約になっている。若いがなかなかバランスの良いパーティーで、これまで危なげなく共闘してきたが、今回の敵は数が多い分、動揺があるのか動きが悪い。声を掛けて落ち着かせながら討伐を進めていく。
「バリー!持ち堪えられるか!?」
数十匹倒したところで、更に数十匹の仲間を呼びやがった銀狼に悪態をつきながらバリーに声を掛ける。
「俺が倒れたら、お一人で離脱してください!!」
ギリギリだな。くそっ。風魔法を一発お見舞いしている隙に、他の奴らを逃すか。
「ジンクレット様!アホなこと考えないでくださいよ!あなたを死なせたら、俺、減給になるんですからね!」
軽口を叩いているが、結構ヤバいな、バリー。若い冒険者3人も、完全に浮き足立っている。どうするか。
「助力が必要ですか?」
背後から、突然想定外の声が聞こえた。慌てて振り返り剣を向ける。完全に後ろを取られていた。気配を全く感じなかったぞ?
そこには銀の髪と褐色の肌の女性が立っていた。涼やかな目の、なかなかの美人だ。質素というよりはボロボロの服装だが、持っている剣は大きな魔石があしらわれていて、見たことのない紋様が彫り込まれていた。
「あ、あんたは?」
馬車を中心にぐるりと銀狼に取り囲まれていたはずだが、どこから現れたんだ、この女は。女の背後に、銀狼の屍が折り重なるように積み上げられていたが、この女がやったのだろうか。
「わたしの名はキリ。シーナ様の従者です。貴方はこのパーティーのリーダーとお見受けした。助力は必要ですか?」
キリと名乗った女はそう言いながら、襲いかかってきた銀狼をうるさい虫を追い払うように、軽く剣を振って切り捨てた。錯覚か?一振りで5、6匹が切り捨てられたぞ?
バリーがポカンと口を開けて女を見ている。俺でも1匹ずつ切るのがやっとなのに、どうなっているんだ?そ、そんなことより、手伝ってもらえるなら有り難い!相当高位の冒険者かもしれない。助かった!
「あ、ああ!助力が必要だ!手伝ってくれ!」
「承知!」
ニヤリと女は笑い、魔物に向きあう。腕にはめたバングルが光を孕み、刻まれた術式が浮かび上がって…って、なんだありゃ?爆発的に女の魔力が上がったぞ?
そこからは女の独擅場だった。尋常ではないスピードで剣を振り回し、その一振りであれだけ厄介だった銀狼が仲間を呼ぶ間も無く殲滅されていく。楽しそうに剣を奮っているなぁ。
数分後には全ての銀狼が倒されていた。大きな群れだったんだな。積み上げた銀狼の小山ができているぞ。
「助かった、礼を言う、キリさん」
「主人の命に従ったまでです」
キリさんがそう言って、振り向いた。先ほどまでの鬼気迫る顔とは違い、優しい表情をしている。
すると、軽い足音が聞こえて、1人の少女が近づいてきた。
「キリー。終わった?」
少女から発せられた、鈴を転がすような可愛らしい声。まだ幼い、10歳前後の子どもだ。茶色の髪と黒い瞳の、顔立ちは可愛らしい少女だが、細い腕と脚が痛々しい。身にまとう衣服も丈が短く、ボロボロだ。教会で暮らす孤児だって、もう少しいいものを身につけている。
俺は胸が掻き毟られるような気持ちになった。俺の国の子だろうか。子どもにこんな扱いをするなどと、王族として見過ごすわけにはいかない。
キリさんが少女に駆け寄り、傍に跪く。その様子から、この子がキリさんの主人なのだろうと推察された。しかし、このボロボロの少女が主人?
少女の黒い瞳が俺の姿を映した。頬が痩せてこけているが、瞳は生き生きとしている。
「俺はジン。この馬車の護衛をしている」
まずはこちらから名乗った。少女は少し驚いたように目を丸くして、にこりと微笑んだ。
「いや、助かった。シルバーウルフの奴らに囲まれて、大変だったんだ。あいつら、強くないのにどんどん仲間呼ぶからやばかった。こちらは君の従者?凄い強さだな!」
「キリを褒めてくれてありがとう。自慢の侍女なんです。わたしはシーナです」
丁寧な返答に、内心驚く。見た目はボロボロだが、教育を受けた者のような受け応えだ。一体どういう素性の子なのだろう。
会話の中で少女の素性を探ってみたが、2人で旅をしているという驚くべき回答。グラス森付近なんだぞ?最低でも5人は護衛が必要だ。それをいくら従者のキリさんが強いとはいえ2人で旅をしているだと?
俺はなんとしてもこの子を保護しなくてはという気になった。慎重なバリーも、疑い深いザインさえも、2人を保護することに異議をとなえない。少女の受け答えが素直なせいもあるかと思うが、その澄んだ瞳と可愛い笑顔と、隙だらけの様子が、他所の国の間者だとか、王族を狙う暗殺者だとかには、どう頑張っても思えなかった。
ザインなど、初対面なのに実の孫に接するときのように、秘蔵の菓子や果物を嬉々として与えていたからな。少女の身体つきが痩せ過ぎて痛々しいのもあるのだろうが。
俺の髭だらけでボサボサの頭を見て「獅子」って呟いていたからな。思っていることがダダ漏れすぎるぞ、シーナちゃん…。





